14.なにが愛の結晶だ
ボリスに連れられて城へと向かったルークとミスティーは、それぞれ1人ずつアルエと謁見した。最初に謁見の間に招かれたのはミスティーである。
ルークは2人が何の話をしているのかと大扉に張り付いて聞き耳を立てたが、ボリスに有無を言わさず引き剥がされた。
程なくしてミスティーが謁見の間から出てくると、今度はルークが入れ替わりに謁見の間に招かれた。
「──久しいなルーク。息災か?」
「そりゃあもうお陰様で〜! って言いたいとこだけどよぉ、実はアルエにもらった金をその日の内に全部すっちまってよぉ……」
王に対する常軌を逸した馴れ馴れしさに、ボリスが額に青筋を浮かべて咳払いをすると、ルークはギョッとして姿勢を正した。
「……ごほん、げふん! えーと、アルエ陛下から頂いたお金をその日のうちに水の泡にしちまったです……でございます?」
「ふふ、そう肩に力を入れるな。お前と私の仲ではないか」
アルエがそう言うと、ルークは眠たい猫のような目を真ん丸に見開いて口角を吊り上げた。
「……と、本来ならそう言いたいところだが、ルークよ……お前は聖騎士団に入ったらしいな。いや、正確にはまだ見習いか」
「あら、耳の早いこって」
「聖騎士団は神に仕え、そして王たる私の剣であり盾でもある。つまり……」
「……つまり?」
「公私のけじめは付けねばなるまい」
「…………つまり?」
「ごほん、陛下の配下に加わった以上は、気安い言葉遣いは看過できぬということですな!!」
アルエの説明で今ひとつ容量を得なかったルークに、ボリスがピシャリと言い放った。
「……そんなぁ!? いや、けど陛下、聖騎士団で1番強くなったら、陛下と結婚できるんですよね!?」
「……ほう、心変わりの理由はそれか。なんとも、ここまで包み隠さず真意を伝えられるといっそ子気味良いというか……少々面映ゆいな」
「……つまり?」
「……陛下は、貴様の好意に照れておられる」
「ふーん。通訳助かるぜボリスのオッサン〜……ってマジで!?」
思いもよらないアルエの反応に、ルークは首の骨が折れる勢いでアルエの方に振り返った。
「ルークよ。この身が欲しくば正式な騎士となり、百聖剣で成り上がれ。なれば私とお前を隔てる壁は、冬とともに消え去ろう」
「……つまり、結婚してくれるってことですか!?」
「さて、今日お前を呼びたてのは真意を知りたかったのもあるが、もうひとつはこれだ」
ルークの質問を大胆に無視したアルエは、控えていた官女に目配せをした。官女は両手で盆を持ってルークの前へと進み出た。
「……あぁ? なんだこれ、食いもんか?」
ルークの眼前、官女が差し出した盆の上には小さな黒い球体が一つ置かれていた。ツヤのない楕円形の黒い球体は重みがあり、盆の上に敷かれた布にズッシリと沈みこんでいる。
「──それは守護使の卵だ」
「守護使の卵?」
「聖騎士はそれぞれ神イリスより聖剣と共にこの卵を授かる。お前が入団試験を受けに来たと聞いて、どうしてもそれを渡したかったのだ」
「前祝いってことですか!? しゃおらやったぜぃ!!」
「用件は以上だ。2人共もう下がってよい」
「はっ! ささ、行きますぞルーク殿。卵は無くさないように大事に持っておいてくだされ」
ボリスは卵を敷き布で手早く包むと、強引にルークに手渡した。そして、今度はルークの襟首を掴んで扉の方へ歩き出した。
「ええ! ちょ、まだアルエと全然喋ってねぇのに……くそ、引っ張んじゃねぇよオッサン〜!!」
ルークは卵を抱えたまま、城の外まで連行された。
「ちっきしょうボリスのおっさんめぇ、せっかくアルエといい感じだったのによぉ……」
「具体的にはどういい感じだったのぉ?」
「ぎゃあああ!? お、音もなく忍び寄るんじゃねぇよミスティー!! 卵落っことすとこだったじゃねぇかよ!!」
「ん〜? それもしかして守護使の卵? なんでわんこ君がもってるの? もしかして盗んだ?」
「あーもう、質問攻めは勘弁してくれ。聖騎士見習いになった前祝いでアルエから貰ったんだよ」
「ふーん。随分と特別扱いされてるんだね。よっぽど気に入られてるんだ」
「へっへっへっ。だよなぁだよなぁ!? これってもう、アルエも俺に気があるって事だよなぁ!?」
「それはない。って言いたいところだけど……そうだね。本当にそうなのかも」
「あーこりゃあれだ、過程をすっ飛ばして結論が出ちまった感じだな! もう両想いが確定してんだから、あとは百なんたらで1番強くなりゃいいだけだ! なっはっはっは!!」
「わーすごーい。頑張れわんこ君ー」
* * *
──城から帰宅したルークは、夕餉を終えて食器を丁寧に拭きあげていた。ミスティーは、ソファーに腰掛けながら守護者の卵を手で弄んだりして眺めている。
「おいミスティー、俺とアルエの愛の結晶で遊ぶんじゃねぇよ」
「え〜奴隷契約の担保の間違いでしょ〜」
「なんて事言いやがる! この俺が奴隷になんてなるわけねぇだろ!」
ルークは拭きあげた皿を丁寧に食器棚に片しながらそう言った。身に染み付いた家事の動作は、奴隷も顔負けであった。
「こんなの貰ったら奴隷と一緒でしょ〜守護者の卵ってアニマを食べさせて孵化させるんだよ〜? 産まれたあとのご飯もアニマだし〜」
「アニマってなんだ?」
「ん〜生き物の魂かな〜人間でも獣でもオーガでもゴブリンでも、生き物にはみんな宿ってる生命の源だよ〜」
「ふーん。よく分かんねぇけど、それを卵に食わせたら俺とアルエの愛の結晶がこの世に爆誕するってことか……にっしっし!」
「笑い事じゃないと思うけどな〜守護者を育てるって事はずっと陛下の為に魔獣とかを狩り続けないといけないって事だからね〜?」
「んだよ、守護者ってやつは絶対にアニマじゃねぇと食わねぇのか? モーマウの塩焼きとかは?」
「アニマしか食べないと思うよ〜今までも餌やりをサボって自分の守護者にアニマを食べられちゃった聖騎士もいたとか いなかったとか〜」
「……その卵、捨てたら怒られる?」
「あはは、陛下との愛の結晶じゃなかったの〜?」
「いや、もっと違う形で愛を育む道もあるんじゃねぇかなって」
「捨てたり壊したりしたら処刑されちゃうんじゃないかな? 神イリスからの賜り物だからねこの卵〜」
「うぉおおおい! だったらさっきから投げたり回したりしてんじゃねぇよ!」
ルークはアルエの手から卵を取り上げると、大事そうに傷が付いていないか確認し始めた。
「心配しなくても石より硬いから簡単に割れたりしないってば。けど、早くアニマを食べさせてあげないと腐っちゃうかもね〜」
「クソめんどくせぇ〜! こんなもん貰うんじゃなかったぜ、何が愛の結晶だチッキショー!」
ルークは卵をソファーのクッションに投げつけて地団駄を踏んだ。潔いほど変わり身の早い男である。
「ま、どうせ明日から聖騎士見習いの訓練とか何とか言って、嫌ってくらいこき使われるだろうからね〜害獣駆除のついでにアニマをあげたらいいんじゃない〜?」
「害獣のアニマとか食わせて大丈夫なのか? 性格悪い子が産まれてきたりしない?」
「急に親心出さないでわんこ君〜」
「だって自分の守護者に食われたりしたくねぇだろうがよぉ〜」
「心配しなくても基本的に守護者は主に忠実だよ。食べさせるアニマで見た目とか性能はかなり変わるけどね〜」
「そうなのか?」
「そうそう、産まれるまでに食べさせられるアニマの数は大体決まってるんだけど〜食べさせたアニマの種類とかに形質とか性質が寄っていくんだよ〜翼の生えた生き物のアニマを与えたら、産まれてくる子も翼を持ってたりね〜」
「げっ、じゃあ虫とかのアニマばっか食わせてたらグロいのが産まれてきちまうのか」
「うわ〜わんこ君最低〜」
「まだ未遂だろ」
「まぁ守護者に食べさせるアニマって大抵は決まってるんだけどね〜移動手段に使いたがる聖騎士が多いから大抵は飛行能力に特化して産ませるのがスタンダードだよ〜」
「……飛行能力ねぇ」
ルークはミスティーの言葉を繰り返して、苦々しい表情を見せた。
「明日は朝から見習い騎士の顔合わせもあるし、今日は夜更かししちゃダメだよわんこ君」
ミスティーはソファーから立ち上がると、外套を羽織ってそう言った。
「んだよミスティー、こんな時間からどっか行くのか?」
「執行官と聖騎士見習いの兼任は忙しいんだよ。時間は有限だからね〜」
玄関に置いてあった剣帯を腰に巻き付けてナイフを腰に挿すと、ミスティーは家を出ていった。
取り残されたルークは、ソファーに身を預けて放り投げた卵を拾いあげた。
「……寝よ」




