13.心当たりがありすぎて
聖騎士ライオネルの敗北に、場は一時騒然となった。なにせ聖剣を媒介として神の加護を受けた聖騎士を、ただの人間が……それも罪人のような身なりの青年が打ち負かしたのだから。
敗北したライオネルに野次を飛ばす者。ルークを卑劣だと罵る者。よくやったと賞賛する者。喧騒に便乗してミスティにラブコールを送る隠れファンなど……様々な感情が教会内で渦巻いていた。
騒ぎを沈めたのは轟雷のような大きく重たい音だった。
「──静まれ。此処を酒場か何かと勘違いしておるのか貴様らは?」
静まり返った教会に響いたのは、先刻サー・ライオネルを叱責した声だった。声の主は長椅子から腰を上げ、ルークの元へ歩み寄った。
「わしはリコリスじゃ。見事な腕じゃな小僧」
「…………あ? なんだこのガキ?」
ルークの眼前に立っていたのは、まだ年端もいかない少女だった。ルークと同様、この場に似つかわしくない容姿の少女は、しかし実際はこの場の誰よりも力を有した人物だった。
「こら、わんこ君。ガキだなんて言っちゃダメよぉ。その人、聖騎士団で2番目に強い人なんだから〜」
「えぇ、このちんちくりんが!?」
──ゴンッ……!!
ルークの背後で、再び轟音が響いた。ルークの後ろには鎖で縛った黒い棺桶を持った大男が立っていた。真っ黒な外套に身を包み、顔はフードと仮面で隠れている。
骨の髄まで震えるような轟音は、この異様な様相の男が棺桶を地面に打ち付けた音だとルークは察した。
「……な、なんだこのデカブツは……!」
「こらこら、わんこ君。デカブツなんて言っちゃだめよぉ。この子、聖騎士団で2番目に強い人のペットなんだから〜」
「ペット!? このナリで!?」
ルークの狼狽を全く意に介する事無く、サー・リコリスはルークの手からサー・ライオネルの聖剣を奪い取った。
「小僧、ルークと言ったか。一月前、エヴァンスガーデンで冬王軍の魔物を退けたというのは貴様じゃな?」
「そう! それ俺! 俺のお手柄のやつ!!」
「信じ難い話ではあったが、確かに腕は立つようじゃ。あの剣はどこで?」
サー・リコリスは祭壇に突き刺さったルークの剣を顎で指した。
「ありゃあただの拾いもんだぜ。目覚めた家に置いてあったんで失敬したんだ」
「……で、あるか。いやなに、随分と懐かしい剣だったものでのう……さて、本筋に戻るが勝負は貴様の勝ちじゃ。誰も文句はあるまいな?」
サー・リコリスが静かに問いかける。教会内は依然として静謐を保ったまま、成り行きを見守っていた。
「ほれ、いつまでぼうっと突っ立っておる。百聖剣を名乗るなら陛下に与えられた任を遂行せぬか」
サー・リコリスは半ば放心状態のサー・ライオネルに聖剣を渡し、大男を壁際に追い払うと自分は長椅子に戻って腰掛けた。
サー・ライオネルは剣を鞘に納めると、気を取り直したように顔を上げた。
「ホワイトシェルの未来を守るため、己が命を王土に捧げんとする誉れ高き勇者達よ。百聖剣の名のもとに、貴殿らに聖騎士見習いの称号を与える。見習いとして一月の訓練を乗り越えた者には、更なる誉れが待っていよう。貴殿らに神イリスの加護があらんことを」
* * *
「──ったく、聖騎士になれんのかと思ったら見習いかよ。一月も時間を無駄にするなんて我慢なんねぇぜ〜」
「わぁ、一月ホームレスと居候してたわんこ君が言うと説得力があるねぇ」
「……ぐ、とにかくこれでアルエに一歩近ずいたぜ。直ぐに百聖剣とかいうのになって、アルエと結婚……そうだ、プロポーズの台詞考えとかねぇと!!」
「わんこ君さぁ、プロポーズの台詞の前に、勝手に私を巻き込んだことに関して何か言うことはないのぉ? あるよねぇ?」
教会からの家路……浮き足立っていたルークの首の鎖がギリギリと締め上げられた。
「……だ、黙って教会に連れてって悪かった! ごめんってば! けど2人1組じゃねぇと試験が受けれねぇってクモのオッサンが言ってたから……お前しか頼る相手が居なかったんだよ!」
「ふーん。まぁ私も面白そうだし悪くないかなぁ〜なんて思ったりもしたから付いて行ってあげたけど、動悸がねぇ〜まさか本気で陛下にお近づきになるつもりだったなんて……」
「んだよ、アルエと付き合いたいのがそんなに悪いかよ!」
「悪くはないんじゃない〜? 頭はかなり悪いと思うけどぉ〜」
「言いたい放題言いやがって……ズボラ女のくせによぉ……」
「ん〜? 今なにか失礼な事言ったぁ? 私、君のせいで執行官と聖騎士見習い兼任になっちゃうんだけどぉ?」
「ご、ごごご、ごめんなさいごめんなさい! 何も言ってません俺が悪かったですミスティ様!!」
ルークはミスティにナイフを突きつけられると、目にも止まらぬ速さで地面に這いつくばって頭を垂れた。
「ん〜そういう素直な態度をとられると、怒るに怒れないんだよねぇ。私って優しいからぁ」
「……へ、へへ、そりゃあどうも……えへへ」
ミスティは這いつくばるルークの背中に座りながらそう言った。ルークは背中に全神経を集中させ、ミスティの尻の感触を確かめてニヤついている。傍から見れば異常な光景である。
「だいたい、陛下のどこがそんなにいいの〜?」
「……え、顔。あと胸と尻」
「うわやだ、具体的に下卑てる」
真顔で下卑た回答をしたルークにミスティは顔をしかめた。ルークが性欲の奴隷のような性格だと分かったつもりではいたが、改めて酷い方向に認識が上書きされた。
「理由はゴミみたいだけど、一途と言えば一途よねぇわんこ君。私だって陛下と同じような胸とお尻なんだけど、私じゃダメってことだもんねぇ?」
ミスティは椅子にしたルークの背中に、グリグリと尻を押し付けながらそう言った。
「……へ、当たりめぇだ! 俺ぁ惚れたら一途だって昔っから近所でも有名だった筈だぜ!!」
記憶は一切ないのでこれはルークの勝手な主張である。なんの信ぴょう性もない。説得力もない。何故なら鼻から血がしたたっている。
「すんごい鼻血出てるけど。まあいいや、お腹すいちゃったし早く帰ってご飯食べたいなぁ。今日は何を作ってくれるの〜?」
「モーマウの肉に塩かけて焼いたやつだな」
「きゃ〜私あれ大好き〜」
ルークとミスティは周囲からの奇異な視線を全く気にもとめずに歩き始めた。
そして、二人で市場に寄り、夕餉の材料を買い終わって家の近くまで来た時だった──
「執行官殿、見習い騎士ルーク殿、今すぐ王城へ。陛下がお呼びです」
待ち伏せしていたように現れたのは、一月前ルークと共に大空を駆けた壮年の騎士、ボリスだった。
「あらぁ、出頭命令だなんて、わんこ君ったら何やらかしたのぉ〜?」
「わかんねぇな。心当たりがあり過ぎて。つーかミスティも呼ばれてんだろ。そっちこそ何やらかしたんだよ」
「分からないわぁ〜心当たりがあり過ぎて〜」
通常、聖騎士王からの直々の呼び出しともなればそれは一大事。平常では居られないはずの事態だか、ルークとミスティはあっけらかんとしていた。
そんな2人を見て、ボリスは早速頭が痛くなるのだった。




