12.続きは?
ルークとミスティがメインストリートを歩く様を、城下の人々は眉をひそめながら見送った。というのも、2人の装いが完全に犯罪者を連行する執行官だったからである。
「ミスティさんよぉ、犬の散歩に連れてってくれとは言ったけど、これはあんまりじゃねぇ?」
「ん〜もしかして四つん這いで歩きたいの?」
「なわけあるか! 首に鎖付けて連れ回すのは勘弁してくれって言ってんだよ!!」
「そんなこと言われても、飼い犬にはちゃんと首輪と鎖をつけておかないとねぇ〜」
外へ出かける前に、ミスティはルークの首に鎖付きの拘束具を取り付けた。犯罪者や囚人を拘束、移送する際に使用するものである。ミスティはリード代わりに使っていたが、執行官の女が見るからによそ者のルークを鎖で引き回す様は、やはりどこからどう見ても罪人の移送だった。
「で、何でわんこ君は教会なんかに行きたいの? あんなとこ行っても何も無いよ?」
「いいからいいから、取り敢えず連れてってくれよ〜」
ルークは騎士団の入団試験の事をミスティには一切伝えていなかった。事前に言えばそもそも着いてきてくれないと確信していたからである。その一方で、入団試験場所の教会まで連れていけば、何としてでも試験を受けるように説得する腹積もりだったのだ。
「あら? 教会の前に聖騎士が……ああ、そういえば今日までだったわね〜」
教会が目視できる距離まで近づくと、ミスティは門の前に聖騎士が2人立っているのを見つけて呟いた。まだルークの企みには気づいていない。
ミスティとルークはそのまま教会の前まで歩くと、ピタリと足を止めて門の方へ向き直った。そばに居た2人の聖騎士の内1人が、直ぐにミスティに声をかける。
「執行官殿、今教会内では聖騎士団の入団試験が行われておりますので、罪人連れは少々まずいかと……あの、今日はどういったご用向きで?」
「ん〜ただの犬の散歩だよ?」
「……え、それは、どういう……?」
手に持った鎖をジャラジャラ揺らすミスティに、聖騎士の男は狼狽えている。気の毒な男である。
「え? じゃねぇよ! 今のは空気を和ませるための気の利いたジョークってやつに決まってんだろ!? 今日は入団試験ってやつを受けに来てやったんだよ」
「……な、入団試験を?」
「へぇ〜入団試験を〜?」
聖騎士とミスティが2人で首を傾げた。
「おうよ。つーわけで通してくれ。行こうぜぇミスティ。もう始まってるってよ」
「…………は〜い」
ルークの予想に反して、ミスティは文句も抗議もなく門をくぐった。ルークはいつでも地面を舐めてお願いする用意が出来ていたのに、ミスティが大人しく着いてきたことに内心面食らいながら、教会の扉を押し開けた。
「──ぐぁああッ!!」
扉を開けるなり、男が2人、悲鳴と共にルークとミスティ目掛けて吹き飛んできた。ルークは飛んできた男を脚で受け流し、ミスティは片手で受け止めて傍らに放り捨てた。
「びびったぁ、なんで急に人が飛んでくるんだよ。つい蹴り飛ばしちまったぜ」
静謐な教会に、ルークの声が響いた。教会内のあまたの視線が、ルークとミスティに集中する。
「──誰だ貴様は。今は神聖なる聖騎士団の入団試験の最中だぞ。執行官……説明を求める」
教会内の中央、円形に開けた場所で剣を手に持っていた騎士がそう言った。参列用の長椅子に腰掛けた騎士達や、壁際に並んだ試験参加者達も、今度はその声に視線を向けた。
「あらぁ? ライオネルじゃない。試験官になれるなんてすごぉい。なんだか怒ってるようだけど、私たちはただ入団試験を受けに来ただけよ〜?」
「……なにを馬鹿な!」
教会内が一斉にざわつき始めた。しかし、ミスティは何処吹く風といったような涼しい足取りで騎士ライオネルの元へ歩いた。
「今年は最後の入団試験。聖騎士王陛下の特例措置により、純血に限らず市民権さえあれば例外なく入団試験を受ける権利がある……でしょ〜?」
「……! しかし、執行官と罪人というのは余りにも倫理にもとる! 陛下もお許しにはならない筈だ!」
ムッとしたルークが見知らぬ騎士ライオネルに対して「おめぇがアルエの何を知ってんだよコノヤロウ!」と場違いなクレームを入れかけた時だった。
「──若造が、貴様いつから陛下の代弁者になったのじゃ」
最前列の長椅子に腰掛けていた1人の騎士がそう言った。若い女の声だったが、ライオネルの表情が一瞬で青ざめるほど迫力がこもっていた。
「小僧、貴様が陛下に与えられた命は入団試験の試験官じゃ。是非を問うてよいのは力量のみ……驕るでないぞ100位」
「……は、出過ぎた無礼をお諌め下さり感謝致します……サー・リコリス」
「では貴殿ら、さっさと剣を抜け。そして実力を示すがよい。百聖剣の末席を汚すそこな男が、それを見定めよう」
ルークは騎士達のやり取りを全く理解していなかったが、ようやく自分の分かる話がきたと、勢いよく腰の剣を抜き放った。思い切りがいいことは数少ない長所である。
「我が名はライオネル。聖騎士王アルエ・アイギス・クロッセル陛下の100本目の剣にして王土の守護者。此度は冬王軍討伐にむけ、陛下より新生聖騎士団入団試験の試験官の栄誉を賜った。御二方、名を名乗られよ」
「ミスティよ。ご存知の通り執行官だから本名じゃないけど、最近はそう呼ばれてるわ〜」
「ルークだ。騎士団でいっちばん偉くなって陛下と結婚する男だぜ」
「え〜なにそれ初耳……なんか手伝う気失せちゃった〜」
ルークが下卑た野望を打ち明けると、ライオネルは眉をひそめて剣を抜いた。隣に立つミスティは、呆れたように肩をすくめている。
「……今から私と手合わせをし、貴殿らの実力が聖騎士団入団に足ると判断に至れば合格だ」
「なるほどなぁ、お前をぶっ倒せばいいわけか。分かりやすくていいじゃねぇか」
「私は何もしないからね〜やるならわんこ君1人でどうぞ〜」
「なに急に怒ってんだよミスティ。まあ、2対1で勝っても嬉しかねぇからなぁ」
「勘違いするな。実力を測ると言っただろう。神の恩寵を受けていない者が聖騎士たる私に傷を付けることなど不可能だ。太刀筋や身のこなしで判断する……あと、打たれ強さでな」
「ああ!?」
ルークの視界からサー・ライオネルの姿が消えた。その直後、ルークの身体は宙を舞って吹き飛んだ。
無人の長椅子に突っ込んだルークは、衝撃で椅子をバラバラにしながらゴロゴロと転がった。
「…………っがは……くっそ、なんだぁ!?」
地面に倒れ伏したルークは、何とか握りしめて離さなかった剣を構えて立ち上がった。
「……どいうことだよ、何がどうなってやがるんだぁ!?」
ルークは突然の出来事に取り乱していた。自分の目に映る光景が信じられないと言った風に。
「なるほど。よもや私の剣を受けるとは……侮っていたと認めざるを得ないが、その様子だとただのまぐれだったのか?」
まぐれなどではなかった。ルークは吹き飛ばされる直前、サー・ライオネルの剣を自分の剣でしっかり受けていた。聖騎士の人間離れした膂力に耐えられないことも瞬時に悟り、自ら飛び退いてダメージを減らしていたのだ。
ルークが狼狽えているのは、サー・ライオネルの強襲に対してではない。彼の背後、揺らめく燭台の炎が形を変えて文字を作っていたからだ。
『聖騎士に傷を負わせろ』
揺らめく炎は確かにそう告げていた。そして、ルークがそれを確認した途端に、フッと消えてしまった。
「……どこのどいつだか知らねえけどよぉ、言われなくてもぶっ倒すつもりだぜ」
ルークは剣を構えてライオネルを見据えた。眠たそうな眼には静かな闘志が揺れ、研ぎ澄まされた殺意が教会内に広がった。長椅子に腰掛けていた何人かの騎士は、立ち上がってルークの方に身体を向けた。
「この私を倒すなど、思い上がりも甚だし──」
ライオネルは油断していた訳ではなかった。ルークの刺すような殺気を感じ取り、決してルークから目を逸らさなかった。故に、話の途中でルークが急に投擲した長椅子の木片も難なく剣で弾き落とした。
しかし、木片を影にして続けざまに投擲されていた剣には面食らった。騎士道に反した卑劣で品のない戦法に、唯一の武器を早々に手放す愚昧さ。瞬時に様々な感情が頭の中を駆け巡り、ともすれば剣が頬を掠めるところだった。
ライオネルは避けた剣が背後の祭壇に突き刺さったのを見ると、ルークを睨みつけようとした。
──しかし、ライオネルがルークの姿を捉えることはなかった。ルークは既にライオネルの懐に潜り込んでおり、ライオネルの右手首を素早く捻って剣を奪い取った。
手から剣を奪い取りそのまま首を切りつける動作は、まるで何千、何万と繰り返してきたかのように一切の淀みがなかった。
「…………ッ!?」
ライオネルの首筋から一筋の血が流れる。ルークの剣は、ライオネルの首の皮一枚のところで止まっていた。
「悪い。話の途中だったよなぁ。この私を倒すなど……続きは?」




