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10.行きます(再)



「──これが今日から俺が住む家か……めちゃくちゃでけぇなおい!!」

 王都ベリアルの一等地、貴族たちが住まう高級住宅街の中においても群を抜いて巨大で絢爛な建物を見て、ルークが興奮げにそう言った。


「はい。ルーク様のご要望には最大限応えられているものと自負しております。ささ、どうぞ中もご覧になって下さい」家探しの仲介業者がルークを家の中へと促した。


「いや、その必要はねぇぜ。俺ぁもうこの家を買うって決めたね。決めちまったね!」

「はっはっは、それはまた豪胆ですな! いえいえ素晴らしい事ですとも! それでは善は急げ、早速お代の方を頂戴してもよろしいですかな」

 仲介業者は手の皮が擦り切れるのでは無いかというほどに両手を擦り合わせた。


「おうともよ! きっちり一括払いで払ってやるからなぁ」

「ありがとうございます。それではこちらの物件、80万ヘルでございます」

「80万ヘルってことは……8ゴールドだな……よしよし……………………ん、あれ?」


 ルークは懐からヘルの入った革袋を取り出そうとして服をまさぐったが、あるはずの物が無かった。ずっと懐に感じていたご機嫌な音色と確かな重み。それがいつの間にか消え去っていた。


「……な、無い……なんでだ……!? 俺の金が──」


 途端に世界が暗転した。黒くフェードアウトしていく背景に、ガラガラと崩れる足元。ルークはあっという間に闇に飲み込まれてしまった。


「──なぁぁぁぁぁああいっ!?」

 すっかり日も登りきった頃、けたたましい声と共にようやくルークが目を覚ました。


「……んだようるせぇなぁ。飲み過ぎて頭いてぇんだよこっちはよぅ〜」

「は? ここどこだ、おっさん誰だ……」


 ルークが辺りを見回すと、そこは誰がどう見ても馬の厩舎だった。ルークとヴォルフは、厩舎のわら布団で眠っていたのだ。


「なんだよルーク、記憶飛ばしてんのか? まあ、あんだけ飲めば無理もねぇか」

「おいおっさんよぉ、俺ぁさっぱり状況が飲み込めてねぇんだが、なんでこんな臭ぇとこで、男が2人仲良く寝てたんだよ!」

「俺はオッサンじゃねぇヴォルフだ……ってこれも昨日1回やったんだが……まあいい、説明してやろう」


 ルークは懐から取り出した酒を飲みはじめたヴォルフに、昨夜のことのあらましを説明された。


 宿屋を探してヴォルフと出会ったこと。2人で飲み屋を片端から訪れて、暴飲暴食の限りを尽くしたこと。賭博場にも訪れて、金貨を全てスったこと。最終的にはきちんと宿屋に案内したこと……。


「つーわけで、ここがおすすめの宿屋だ。厩舎小屋の旦那に見つからなきゃタダで泊まれるぜ。馬が居るから外よりもあったけぇしな」

「……へ?」


 ルークはヴォルフの話など無視して、青ざめた表情で懐をまさぐったが、昨日聖騎士王から報奨として受け取ったはずの金貨は綺麗さっぱり無くなっていた。


「……うぅ〜しかしやっぱ寒ぃなこりゃ。じゃあ、おっさんはそろそろ家に帰って飲み直すとするぜ。あばよルーク、昨日は楽しめたぜ〜」


 放心するルークをよそに、ヴォルフはそそくさとその場を後にした。残されたルークは、しばらくわら布団の上で壁を見つめていた。




* * *




「──ふむ。ある程度金を使ったらまた来ると言っていたが、まさか昨日の今日で金を借りに来るとは、クモが嫌いというのは冗談だったのかね?」

「えへへ、クモっていいよな。害虫を食ってくれるし、足がいっぱいあってお得な感じだしよ」


 一夜にして大金を失ってしまったルークは、恥も外聞も無くスパイダーの元を訪れていた。

 昨日スパイダーの金庫番を出て直ぐにボッタクリだと騒いでいた人間とは思えない変わり身である。


「で、幾らほど貸してほしいのかね。まずは希望の額を言ってみたまえよ」

「あ、じゃあ20ゴールドほど……」

「いいだろう」

「いいんですか!?」

「取り決めさえ守れるならな」

「守ります守ります!! で、取り決めってなんですか!?」

「月に1度、最低でも残債務の1割を返済することだ。ちなみに利子は月に1割」

「……月に2ゴールド返しても、利子の分しか相殺されないってこと?」

「いかにも」


 ルークは呆れたように嘆息し、腰に手を当てて天を仰いだ。どこを見ているのかというと、遠くを見ているとしか言いようがない。


「そんなもん返せるわけねぇだろうが!!」

「返せなければ命で贖ってもらうのも当金庫番の取り決めだ」

「上等だぜ! とりあえず1シルバーだけ貸してください!!」

「懸命な判断だな」


 スパイダーが指を鳴らすと、天井から皮袋がスルスルと糸につられて降りてきた。

 スパイダーは皮袋を糸からはずして中に1シルバーを入れると、そのままルークに手渡した。


「へっへっへ、ありがとよ」

「では、返済期日は30日以内だ。取り決めが不履行になればすぐさま君の担当が命を奪うので、くれぐれも気をつけることだ」

「……あぁ? 担当ってなんだよ」

「シンディのことだ」

「シンディだぁ? だからなんだよソイツは」

「たった今、君の髪の中に潜っていった毒グモの事さ。取り決めを破ったら頭に噛み付いて毒を流すのが彼女の仕事だが、他に聞きたいことは?」


 ルークは唖然としたように眼を丸くしたあと、自分の頭をかきむしろうとして思いとどまった。


「……ど、毒っていうのは、かぶれたりとか、痒くなったりするのかな?」

「いいや、血管を通って全身に回ると、身体が内側からドロドロに溶けて死に至る」

「……」

「なに、きちんと返済してくれればなんの憂いもないとも。そうだろう?」

「……はい。そうですね」


 ルークはスパイダーから受け取った皮袋をベルトに括りつけて、とぼとぼ金庫番を後にした。





* * *




 ルークがヴォルフストリートに訪れて2週間が経過し、ほんの2週間で、ルークは立派なホームレスになっていた。


 大通りから外れた筋、タダ宿に使っている厩舎きゅうしゃ小屋の裏がルークの縄張りになっていた。


「……うぅ、だめだ。家もなけりゃ仕事もねぇ。借金はあるのに稼ぎがねぇ。なんで俺ぁこんなにツイてねぇんだ……頭に毒グモは付いてんのによぉ……へ、へへ」


 金庫番で借入れた1シルバーは、既に泡となって消えていた。最初こそ毒の恐怖で節約していたルークだったが、ものの2日で危機感が行方不明となりあっという間に使い切ってしまったのだった。


「……このままじゃ、あと2週間の命か。スタートで躓き過ぎて逆に悔いとかねぇわ。こんな事ならおとなしくアルエの言うこと聞いときゃよかったぜ……いや、でも騎士団とか怖そうだしやっぱり嫌」

「──ふ〜ん。道を選べる程余裕があるようには見えないけどなぁ?」


 不意に隣から聞こえた声に、ルークは声も出ずに狼狽して腰を抜かした。


「だ、誰だ! 急に出てきて脅かしやがって!」

「え〜誰って酷いなぁ、最近会ったばっかりじゃない。私、君にお金まで恵んであげたんだけど〜?」

「……あ、あん時のミステリアスなお姉さん!?」

「わ〜よく出来ました〜。ちゃんと思い出せて偉いねぇ〜」


 2週間前、王城で出会った執行官の女がルークの頭を撫でた。ルークは状況を飲み込めずに、されるがままに頭を揺らした。


「私、結構なお金を君に渡した記憶があるんだけど〜どうしたら2週間でこんな事になっちゃうのかなぁ?」

「……初日に、博打で全財産スりました」

「……え、嘘でしょ? それほんとに言ってる〜!?」


 執行官の女はルークの表情を見て真実だと悟った。地面に腰を下ろしたまま、パタパタと脚を動かして大笑いしている。


「ねぇ〜君は何でそんなにダメな子なのぉ? 頭の中に脳みそとか詰まってないのかなぁ?」


 女はルークの髪の毛を鷲掴んで、左右にグラグラと揺すった。ルークは唇を噛んで必死に堪えながら、しかしもしかしたら女の言う通り自分の頭に脳みそが入っていないのではと疑い始めていた。


「やだなぁそんな悲しい顔しないで? ちょっとからかい過ぎちゃったね〜けど何で陛下の誘いを断ったの? 素直に従っておけば、こんな事にはならなかったんだよぉ?」


 ついさっき自信でも考えたことを女に言われて、ルークは再び考えた。


「王様の命令なんて、俺ぁ聞きたくねーんだよ」


 ルークはアルエに一目惚れしていた。どうにかしてアルエと交際出来ないかと考えた結果、聖騎士王としての彼女の命令を素直に受け入れることは、恋路を諦めることと同義だと判断したのだった。


「……そんなに真っ直ぐ逆らえる人、まだ居たんだ」


 執行官の声色が先程までと少し変わった気がして、ルークは彼女の方を見た。


「ねぇ、行くところがないなら私がいい所紹介してあげようか。なんとタダで寝泊まりできる所だよぉ〜」

「……悪いけど、裏の馬小屋なら既に俺の方がくわしいと思うぜぇ」

「もう〜全然違うよぉ。ちゃんとした家なんだから失礼なこと言わないでよねぇ〜」

「ちゃんとした家だぁ? どこだよそれ」

「私の家だよぉ?」


 ルークは女の方を見たまま、怪訝な顔をして固まった。疲労と空腹のせいで、女の言葉を聞き間違えたのかと思ったのだ。


「えっと、今なんつった?」

「え〜聞こえなかったのぉ〜? わ、た、し、の、い、え……」

「行きます!!」

 

 即答だった。

 

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