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人はただ、異端というだけで迫害を受ける。
それは例え血の繋がっている家族であっても――いや、家族であればこそ、受け入れられないのだろう。
「キラナ・ラートリ」という子供はまさに異端だった。
生まれた時から異常な知性があり、貧しい農村の中ではとりわけ浮いた存在だった。彼女は家族から気味悪がられ、迫害された。
しかし、彼女はそれほど気にしていなかった。
彼女にとって自分以外の人間は、いわば自律行動をとるだけのオブジェクトにすぎなかった。
その自律行動も決まったパターンがあって、それに応じた対応をすれば良いだけのことだった。
転機が訪れたのは、科学者たちに「誘拐」された時のことだった。
科学者たちは貧しい農村から子供達を、白昼堂々と誘拐した。
彼らが誰かを脅したりする必要はなかった。彼らは親の同意を取って子供を誘拐した。
親たちは、不必要な子供の口減しを望んでいた。
キラナもまた、口減しを望まれた子供の一人だった。
白衣の科学者たちは、キラナたちを誘拐すると、そのまま幾つかの移動手段を経由して宇宙へと連れていった。
その間の衣食住は全て保証されていて、扱いも丁寧だった。むしろ彼らのもとにいる時は、村の中よりもよほど居心地がよく贅沢だった。
科学者たちは、キラナとのふとしたやり取りから、彼女の異常な知性に気がついた。
彼らは幾つかの質問を投げかけ、彼女が自分たちすら上回る知性と天才的な感性を備えていると知るや、他の子供たちとは別に、彼ら自身の研究に参加させることにした。
そして、キラナは成り行きで彼らの研究を手伝い始めた。
それは試験的な雑用、ちょっとした技術検証の手伝いから始まり、少しずつ核心部分へと近づき、やがては研究の中核を担うようになった。
キラナは彼らとフェルミ粒子共振装置の理論について議論を交わし、彼らと共に理論計算を行い、予備実験を繰り返して素粒子の波動共振に関する理論の実証実験を積み重ねた。
月面湖の素粒子波動観測装置は、キラナの手によってそのプログラムの改修が行われた。
いつしか、キラナは彼らの研究仲間のような立ち位置になった。
冷静に考えればそれは、おかしな話だったかもしれない。
元々はキラナを誘拐し、違法な研究を行う犯罪者たちのはずだった。
キラナの脳裏に時折『ストックホルム症候群』という単語が浮かんだ。しかしそれでも、キラナは自分の現状を完全に受け入れた。
なぜなら、家族のもとに戻るよりも、彼らと同じ場所で研究を続ける方が、キラナにとって都合がよく、居心地が良かったからだ。むしろこちらの方が、生きているという実感が得られた。
彼らは犯罪者とは思えないほど優しくて紳士的で、また気の良い人間たちだった。キラナを子供と侮らず、むしろ自分たちよりも賢い存在として敬意すら払っていた。
何より彼らは好奇心に忠実で、そして同時に自分たちの技術を用いた人類への貢献を考えていた。
彼らは人類のエネルギー枯渇問題について真剣に考えており、フェルミ粒子共振装置はそれを解決するための彼らなりの手段だった。
キラナは彼らの理念に共感した。
そして――あの日がやってきた。
その日はフェルミ粒子共振装置の最終実験だった。
これが成功すれば、フェルミ粒子共振装置によるエネルギー生成は実用化に大きく近づく。
キラナには、その実験で最も重要な役割が任された。
それは、エネルギー変換の要となるコア・ユニットの操作だった。
エネルギー変換にはスーパーコンピューターである<ドーマ>の演算能力が必要だったが、それだけでは足りなかった。
キラナはコアユニットの中で最終調整を行い、エネルギー変換の最適化を行うことだった。
そして、あの時のキラナの操作のが適切だったのか――実験は成功した。
――否、成功しすぎた。
エネルギー変換時に得られたエネルギーは、熱エネルギー、各種電磁波エネルギー、粒子加速エネルギー、それらを全て合算すると、想定の1000倍を超えるものだった。
月面湖はおびただしい熱エネルギーによって一部が蒸発し、大量の電磁波――人体や機械に有害な高エネルギー放射線も含めて――が放射された。
地球圏の通信網にまで影響を及ぼすその『エネルギー爆発』は、すぐに『宇宙犯罪捜査局』に知られることになった。
このままでは全員犯罪者として拘束されてしまう。それを悟った研究者らは、研究施設からの逃亡を選んだ。
当初はキラナを含む全員がシャトルで脱出したが、いずれ捕まるということで、キラナだけが救命ポッドで逃がされた。
それもいずれ捕まるが、キラナを『共犯者』にしないための措置だった。
そして彼らの目論見通り、幼いキラナはろくに調査を受けることもなく、元の『家』に帰された。
それはベレン・バーゼンの優しさだったのだろう。
「君は、必ずおうちに帰すから――」そう、科学者たちが言った通りになった。
だが、キラナは満足しなかった。
彼女にとっての『故郷』はもはや、戸籍上の家、血の繋がった家族には存在しなかった。
彼女の故郷はあの月面基地だった。何もか中途半端でわからないまま、彼女は逃がされ、そして大人たちの善意で『家』に帰された。そのことに、どうしても納得ができなかった。
キラナがベレンの家に押しかけたのは、まさにベレン・バーゼンという人間に会うためだった。
彼はキラナの救命ポッドを見つけ、そして彼女を家に帰した張本人だった。
『宇宙犯罪捜査局』――その組織の一員であり、また彼自身も月施設の調査に加わっていたことから、相応に事情に詳しいと思われた。
ベレンの家に行くまでには、様々な苦労があった。
しかしキラナは、研究所での暮らしの中で、大抵のシステムに対してセキュリティを破り不正アクセスを行う術を心得ていた。そのスキルを直接使い、あるいは他の人間との取引を通じて、ベレンの家の所在を突き止め、そしてそこまでの交通手段を手配した。
それでも、彼の家に辿り着くまでが精一杯で、そこから先は何の計画も無かった。
ただ――辿り着きさえすれば何とかなる――根拠は無いが、そんな予感がキラナにはあった。
ベレンの家に辿り着いたキラナは「取引」と称して事情を説明すると、彼と同じ家で一緒に過ごすことになった。
当時は、キラナにとってただそれが合理的だっただけだ。
だが、ベレンとの生活は人間らしい豊かさがあった。朝食には彼の作った温かいパンやコーヒーが出て、日の当たる部屋と庭で過ごすことができた。
とても、宇宙施設での生活に慣れている宇宙犯罪捜査局の局員とは思えない、人間らしい生活だった。
この時のキラナは、まだ自分の使命というものをはっきりと自覚していなかった。
ただ、漠然と「本当のことが知りたい」という思いと「月に行かなければならない」という直感があった。
不思議なことに根拠も無く「月に行けば本当のことがわかる」と思っていた。
キラナは、自分の衝動に従って月に行くための段取りを組み始めた。
必要だと思ったのは、月へ行くための手段――いわゆる『足』だった。現在月の研究施設まで往来できる民間宇宙船の定期便は存在しない。
そもそもベレンの話では月面への立入、接近すら禁じられているらしい。まっとうな手段で月へ行く方法は無さそうだ。
つまり――何か違法な手段を使って、あるいは自分自身で月まで行く手段を用意しなければならない。
キラナが月面へ行くまでのハードルは主に二つ。
一つは地球大気圏からの脱出と、地球周回軌道までの遷移。
もう一つは月周回軌道までの遷移と月面への着陸。
そして――公的な交通手段が無いのは後者で、技術的にハードルが低いのも後者だ。
ちょうどインド洋のマスドライバー<モノケロス>の存在を知ったキラナは、地球周回軌道から月面まで移動できる宇宙船を何とかして手配する方法を考えた。
そして、最終的に出した結論が――自分で作れば良いというものだった。
キラナはベレンに頼んで設計用のPCを貸してもらった。
元々は簡易設計と仕様書作成だけできれば十分だと思っていたが、ベレンから貸し与えられたPCが想像以上にハイスペックで便利だった。最新型の設計用ソフトウェアはもちろん、技術検証に必要な各種シミュレーションツール(さすがに簡易版だったが)、そしてセキュリティ関連の便利なツールがいくつもあった。
抜け目のないことに、PCには操作履歴を保存し別の短端末で監視できるプログラムが仕込まれていたが、キラナはあえてそこに一切手を触れることなく、自らの操作履歴をそのまま垂れ流した。
それはベレンに対する信頼を示し、信用してもらうための行為だった。
予想外にハイスペックなPCを使って、キラナは試しに幾つかの古いサーバーに不正アクセスを試みた。
そのうちの一つに偶然あった設計データが、その後の運命を変えた。
それは「人型航宙機」の設計データだった。
かつて宇宙開発時代の黎明期――「人型航宙機」のコンセプトは各国で研究された。
キラナが見つけたのは旧ソ連時代に研究された宇宙用パワードスーツの発展形である「人型航宙機計画」――そこで計画検討された、幾つかの試作機図面だった。
キラナは拾った図面データの基本設計を踏襲しつつも様々な場所に現代の技術を組み込み、新しいタイプの「人型航宙機」として再設計を行った。
機体名は当初の計画の名前――<челове́к>――をそのまま使用し、概略設計――というには詳細な設計資料、技術検討資料を添付した上でメーカーに発注した。
そのメーカーも元々「人型航宙機」の研究に協力していたウクライナのメーカーだ。
旧ソ連時代からある設計局の名残だった。
<チラヴェーク>の設計と発注書類の作成には、部屋に引きこもって作業に専念しても、結局一週間を要した。
集中すれば三日で終わるかと思っていたが、さすがにそれは楽観的すぎたかもしれない。
思ったよりも設計環境が整っていたとはいえ――そしてソフトウェア組み込みの設計用AIのサポートがあるとはいえ――何もかもを一人でやるにはさすがに作業量が多すぎたのだ。
そして、何の運命だろうか。
<チラヴェーク>の設計が終わった日の夜、キラナはベレンから「我々に逮捕状が出るようだ」と聞かされた。
その瞬間、キラナは運命の歯車が大きな音を立てて動き始めたことを感じた。
それは短くも濃い、彼との旅の始まりだった。
「逮捕状が出る」という話を聞いたベレンの動きは迅速だった。
彼はその日のうちにキラナを連れて移動を開始した。まるでいつでも長期旅行に出かける準備でもしていたかのような手際の良さだった。
あるいは――『宇宙犯罪捜査局』の局員という彼の立場が、そうさせているのかもしれない。
そんな彼が犯罪者として追われる立場になったことは皮肉以外の何物でもなかった。
なぜ知らない間に彼が犯罪者扱いになっていたのかまるでわからなかったが、何か知らないうちに政治的な力学が働いているのかもしれない、とキラナはその時に思った。
後で思えば、月面で行った研究はそれほど危険なものだった。
大量破壊兵器としてのポテンシャルはもちろん、地球圏全体の通信を著しく混乱に陥れるだけの危険性があったのだ。
然るべき立場の人間がそれらを警戒するのも無理はない。
ベレンが最初に用いた移動手段――ヒッチハイクは、まったくキラナの思考の盲点だった。
そして深夜でも使えてなおかつ記録・痕跡が残らないという点で優れていた。
問題は都合よく車を捕まえられるかということだったが、それすらベレンは計算していた。
ヒッチハイクに使えそうなトラックの交通ルートを、彼は予め知っていたのだ。驚くべき用意周到さだった。
困ったのは、長時間お世辞にも乗り心地が良いとはいえないトラックに乗らなければならず、そして当たり前だが――その中にトイレが無かったことだった。
キラナは長時間移動の中で尿意を催し、初めてそこでヒッチハイクという移動方法の「不便」を認識した。
そして不便になることで、自分自身の身体は八歳の少女のものでしかなく、あらゆる意味で脆弱であるということを自覚させられた。
トラックの横で放尿することは羞恥心よりも居心地の悪さを覚えたが、状況が状況なので贅沢は言ってられなかった。
あの時ほど自分の無防備さを自覚させられたことはなかった。
そしてそれはトイレだけでなく、お世辞にも座り心地が良いと言えないシートに長時間座っているだけでも、そこそこ体力を消耗するものだった。
キラナは、思考力は維持できても、肉体的な制約は制御不可能な要素が少なからずあるということを実感させられた。
一方でキラナはベレン・バーゼンという人物の周到さ、用心深さを改めて思い知った。
それはベレンという人間の気質なのか、それとも『宇宙犯罪捜査局』の局員だという立場がそうさせているのかはわからなかった。
ただ、彼との逃亡生活にとってそれは有益なものだった。
ベレンとの逃亡生活は、それまでのベレンとの生活と一転して、過酷なものだった。
ベレンの自宅での規則正しく調和がとれた生活とは真逆で、不規則で予測不可能で、常に状況に応じて計画を修正しなければならなかった。
そんな余裕の無い状況でも、ベレンはキラナの体力を気遣ってか、常に自分よりも優先的に休息を促し、その分を彼自身が補っていた。キラナが寝ている間にも警戒をしたり、情報収集を行っていた。
キラナはそんな彼に対して申し訳なく、また自分の非力さを歯がゆく思ったが、幼稚な意地で無理をしても彼の足を引っ張るだけだとわかっていたので大人しく体力を回復することに務めた。
ポーランドからの移動中、キラナに不思議なことが起こった。
それは、既存の言葉で無理やり表現するなら『天啓』だろうか。
ある時を境に、キラナは自分の思考の中で『いきなり結論が出る』感覚を体験するようになった。
それは、自分の中に突如としてブラックボックスができたような感覚だった。入力する変数が閾値を超えた瞬間、それまで使っていた関数が突如としてブラックボックス化した――そんな感覚とも言えた。
出した結論に対してもっともらしい理由をつけることは可能だったが、説明としてつけられたそれらの理由はどれも『後付け』でしかなかった。
キラナはこの『天啓』 について迷ったが、結局感じた通りベレンに伝えることにした。
もしそれが著しく妥当性を欠いているなら、ベレンが修正してくれるだろうという思いもあった。
しかし、ベレンはキラナを信じた。
キラナの天啓を。キラナの言葉に従って計画を変え、移動ルートを変えた。
キラナの言葉をきっかけに追手の突入を予期し、逃げおおせた。
それが正解だったかどうかはわからない――いや、きっと正解だったのだろう。
天啓に従った結果、キラナは月面まで辿り着き――全てを思い出していたのだから。
キエフのホテルで、キラナは初めてベレンと同じベッドで寝た。
もしかしたらそれは非常識な行為だったかもしれない。
しかし、キラナはそう感じなかったし、ベレンもそうだっただろう。
キラナは自分のためにずっと頑張ってくれたベレンを安心させようと思って声をかけた。
ろくに休息も取っていないはずのなのに、それでも「こんな時に寝て大丈夫だろうか」というベレンに「分岐点を超えたから大丈夫」と説明をした。
それは半ば直感的なものだったが、確信があった。
未来の可能性――シナリオ、その確率は決して均一ではない。
ある点を越えたらこの動きをする可能性が極めて高くなるとか低くなるとか、そういったポイント――確率の濃淡がある。
いうならばそれは――株価の動きと同じようなものだ。あるラインを越えたら高い確率で上がるとか、下がるとかそういった類のもの――
その後は、他愛のない話になった。
キラナは、ベレンと話すうちに、彼の自分に対する優しさが、家族に向ける類のものだと気付いた。
それは、家族に疎まれ、気味悪がられ、ずっと居場所が無かったキラナにとってとても居心地の良いものだったのだ――と、その時になって初めて実感した。それと同時に、何か言いようのない寂しさも覚えた。
なぜそんな感情になるのか、キラナ自身もまるでわからなかった。
ベレンと交わしたキラナの言葉は、キラナ自身が自分らしくないと思う不可解なものだった。
キエフの工場で<チラヴェーク>を受領してからは、順調に進んだ。
最低限の試験しかできていなかったが、キラナの基礎設計は高度なレベルで反映さえ、動作にもほとんど問題がなかった。
ソフトウェアの軽微なバグは動かしながらキラナが修正した。その程度のことはキラナにとっては簡単だった。
試作品ということで、昔開発された半ばブラックボックスの機能もそのまま搭載されていた。
幾つかの武装はそうだったし、肝心な重力制御装置でさえ、ブラックボックスの部分が多かった。
目的地のマスドライバーである<モノケロス>に辿り着き、貨物輸送用ロケットに<チラヴェーク>を積む。それらの手続きは、ベレンが用意した偽造身分証と申請書類、そしていくらかの資金があれば難しくはなかった。
だが、ロケットの打ち上げ中――しばらく無かった『天啓』がキラナに次の行動を起こすように訴えかけた。キラナはそれに従い、ロケットが目的地にたどり着く前に<チラヴェーク>で脱出した。
一番困難だった地球の重力圏からの脱出を果たした後は、<チラヴェーク>で月に行くだけだった。
<チラヴェーク>で月遷移軌道に移行し、月へ行くのは難しいことではなかった。重力制御装置に少し推進器で補助するだけで充分な軌道変更は行えた。
しかし、問題は『宇宙犯罪捜査局』の追撃だった。
案の定、彼らは地球最近接地点で待ち伏せし、汎用多脚宇宙戦闘機を持ち出して容赦のない攻撃を仕掛けてきた。
人型航宙機の代わりに宇宙での小型戦闘機械として普及したそれは、むしろ<チラヴェーク>よりも合理的で高い戦闘能力を持っているかもしれなかった。
その窮地を突破できたのは、ベレンの力によるものだった。
彼は汎用多脚宇宙戦闘機の戦術を知っていて、キラナと共に的確に<チラヴェーク>を操り、敵を撃破した。その技術、センスは見事なものだった。
待ち伏せを撃破したキラナたちは、地球重力圏脱出から22日をかけて、ついに月周回軌道に到達した。
その時まで、キラナは自分の目的地が月面の研究施設だと信じていた。
キラナが異変に気付いたのは、<チラヴェーク>のセンサを使って改めて月面を観測した時だった。
それは――キラナの知っている月面ではなかった。
明らかな、看過できない記憶との齟齬。まるで別の世界に迷い込んでしまったかのような状況に混乱し、キラナは月周回軌道を回り続けながら繰り返し月面を観測した。
しかし、キラナの知っている月面研究施設はどこにもなかった。
存在していたのは『月面湖』――冷静に考えればあり得ない、月面に存在する水の塊――だった。
月面の裏側にあるそれは、本来なら凍り付いていなければおかしいはずだった。
やがて、キラナは月面の観測結果が最初の記憶との齟齬だけではない不自然さがあることに気付いた。
月面の様子は、常にキラナの記憶と食い違っていた。
そう――周回するごとに、その様子を変えていたのだ。
(どうして――?)
まるで、世界という存在そのものが不安定に揺らいでいるかのようだった。
起こり続ける、記憶と現実の不一致。基準が失われ、何が真で何が偽かわからなくなるような感覚だった。
しかし、もし自分の記憶が不確かならば――今までベレンと過ごし、一緒に旅をしたこの道のりもまた――不確かな、再観測で揺らいでしまう程度のものなのだろうか。
そう考えた瞬間、キラナはとても恐ろしくなった。
この世界そのもの、自分そのものを揺るがされたも同然だった。
そしてキラナの混乱が静かに極大に達した時――ふと悟る。
――それが、この宇宙なのだ。
元々、全てが不安定なのだ。無数に浮かんでは消える泡沫のように不安定で、常に形を変え、現れては消える。
そういう世界。そういう宇宙。
それを自分はずっと忘れていた。
知らないふりをし続けていた。
そうして『キラナ・ラートリ』という役割りに徹していた。
全ては、そう全ては――のために。
――いってらっしゃい
「……そろそろ教えてくれないか――本当のことを」
ベレンの言葉で、キラナは覚悟を決めた。
彼に必要なことを伝え――そして終わりを始めることを。




