4-1
「キラナ、君は……」
ベレンが言いかけた時だった。
<チラヴェーク>のコックピットにアラートが鳴り響く。
「なんだ!?」
ベレンが慌ててモニターを確認すると、<チラヴェーク>に向けて何発ものミサイルが打ち出されていた。
「迎撃する!」
ベレンが即座に操作し<チラヴェーク>はレーザー砲を構える。
ミサイルは四発。そのうち二発はレーザーで爆発するが――
(間に合わないか!?)
ベレンがキラナに警告をしようとした時だった。
<チラヴェーク>の機体が急速に回転し、ミサイルをかわす。目標を一瞬見失い、反転して速度を落としたミサイルに向けて、頭部から機関砲が発射され、残りのミサイルも爆発。
「驚いた。そんな武装もあったのか……」
「すみません、これは温存しておきたかったんです。レーザーと違って、弾数に制限がありますし、排熱が不完全で連射するとオーバーヒートや動作不良が発生しますから」
「そんな不具合があったんだな」
「あの短期間で設計して、製造後はほとんど動作試験もせずに乗ってきてしまいましたから。さすがに幾つか不良部分はありますよ。致命的なものは避けているはずですが」
「それはそうだ。むしろ、あの短期間でよくここまでのものを作り上げたというべきか……」
ベレンは頷く。
「さて、ベレンさん。これが最後のミッションです」
キラナは<チラヴェーク>の機体の態勢を立て直す。
「我々はすべてが始まった場所――月面湖に辿り着かなければなりません。しかし、一筋縄ではいかないようです」
言いながら、キラナはコックピットのサブディスプレイに視線を向けた。ベレンもその視線を追う。
<チラヴェーク>が月面に向けたセンサーからは、月面に多数の人工構造物――おそらくはミサイル発射台やレーダー、レーザー砲などの迎撃システム――の存在を示していた。
(なんだこれは……いつの間にこんなものが……?)
直前の月面周回中まで、こんなものは見つからなかったはずだ。
「キラナ、これは一体――」
「この世界は存続を望んでいるということです」
言いかけたベレンに、キラナは言葉を被せる。
「存続を望んでいる?」
ベレンは意味がわからずに繰り返す。
「――誰が?」
ベレンの言葉に、キラナは答える。
「この世界が」
キラナは簡潔に答え、それから言い直す。
「この世界が、それを望んでいます」
キラナは改めて、モニタ越しに映された月面の様子に視線をやる。ベレンもつられて、それを見た。
「この世界が存在するのは、この世界の意思です。私はその意思に逆らおうとしている。だから、抵抗を受ける」
静かだったはずの月面は、今やびっしりと正体不明の兵器群で埋め尽くされている。
世界が狂ってしまったかのように、今や月面の世界が――まったく別のものに見えた。
「それならなぜ、君はこの世界を終わらせようとしているんだ」
「それが、この世界の、そして私の、存在意義だからです」
キラナは言った。
「終わることで、役割を全うする。存在とはそういうもの。そして既に、その条件は満たされた――いえ、今から満たされるのです。全ては必然なのです」
「巻き込んだベレンさんには申し訳ないですが、あなたにはその資質があった。あなたしかいなかった。ですから――」
キラナはそこで言葉を切り、まるで告白するような声色でベレンに言った。
「――私を、あの月面湖まで連れて行ってください」
「二人で、行くんだろう?」
「……はい、月面湖までは」
「そうか。わかった」
ベレンはいつもの調子で頷いた。
何の気負った風もなく、あっさりと。
「あっさりと、受け入れてくれるんですね」
「私も、自分の役割くらいは自分でわかる。あるいはそういう風に作られている可能性もあるが――まあそんなことは自分ではわからないからな。考えても仕方のないことだ」
「ありがとうございます。そう言ってくれると、思っていました」
「そうか。なら私は君に、見透かされていたわけだ」
ベレンは笑い、それから表情を改めて、
「だが、実際どうやってあの月面湖まで辿り着く? 私にはその算段がない。<チラヴェーク>の武装と機動力であの兵器群を掻い潜るだけの算段は、私には無いが……」
「私にも算段があるわけではありません。しかし、まだできることはあります」
キラナはそう言って、二人の操縦席の間――中央にある計器版のパネルを開き、中に隠されていた赤いレバーを引き下ろした。
『――操作管制方式変更――スカイクラッド・デコーダー』
機械音声と共に、ベレンの操縦席の頭上から、円環状に多数のモニタが配置されたモニタアームが降りてくる。
それはベレンの眼前で止まり、ちょうどベレンの頭を囲むように固定された。
「何だ、これは……?」
「操作方式の変更です。これを使えば、意思の力でこの機体を制御できるようになります」
さらに、シートに付属されていたレバー類が全て収納され、代わりに半球状の操縦デバイスが左右に一つずつ、せり上がってくる。
「これは……どうやって使えばいいんだ……?」
「これは機体の情報、各種センサの情報全てが前の画面に表されます。見てください」
ベレンは言われるがまま目の前に展開された、円環状に並ぶ多数の画面を見る。
その画面はどれもが、それぞれ個別に不可解な幾何学模様のパターンが画面の中で動き、変化し、さらにその背後に無数の文字列が下から上に流れている。
「これは……なんだ?」
「これが、ベレンさんに必要な情報です。最初は意味がわからないと思いますが、いずれ見えてきます。この図形と文字が、世界の全てを表現しているんです。それが分かれば、この文字列と図形から頭の中で多次元的なイメージに変換できるはずです」
「よくわからないが……わかったとしておこう。……だが、操縦はどうすれば?」
「その半球状のデバイス――コントロール・スフィアを使います。とはいえ、並行して脳波計測もしていますから、これは補助です」
「脳波計測? つまり……考えただけで動く、と?」
「有体に言えば、そうです」
キラナの言葉に、ベレンは半信半疑に訊く。
「いきなり使えるのか、そんなもの……?」
「最初は私がサポートします。ですが、最終的には使いこなしてもらう必要があります。私の操縦では――私では、絶対月面湖には辿り着けないんです。あなたでなければ」
「わかった。やってみよう」
ベレンは頷き、コントロール・スフィアを握り込んだ。
不思議なことにベレンは、何も知らないはずのこの装置の使い方を、何となくわかる気がした。




