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Come back to the moon water  作者: 白古賀
Chapter3 <Fly to the Moon>
35/45

3-13

 ベレンとキラナが<チラヴェーク>でシャリダンⅣを脱出してから22日。

 <チラヴェーク>は無事月周回軌道に乗っていた。あとは月面研究施設の場所へ目掛けて減速し、高度を落としていけば目的の場所に辿り着く。


 だが、キラナは周回軌道に乗って半日が経過しても、減速フェーズを開始しなかった。

 ただ、月の周りを何度も何度も回りながら月面の観測データを調べている。


「キラナ……」


 最初はキラナに任せていたベレンだったが、さすがに放っておくわけにもいかずに声をかける。


「……何か、着陸に不都合が生じているのか?」

「いえ……」


 ベレンの問いに、珍しく言葉を濁すキラナ。


「もう少し、待ってください。検証中です」


 さっきから、ずっとこの調子だ。

 キラナには珍しく、返答にまるで具体性がない。一体なんだというのか……。


 ベレンはキラナの態度を見て直感的に思う。

 問題が生じているのは着陸ではない。正確には――着陸だけではない。

 もっと大きな何か一連の、根本的な問題があるんかもしれない。

 そもそも――


「……そろそろ教えてくれないか――本当のことを」


 ベレンは、改めてキラナに問う。


「――我々は、何のために月面基地を目指している?」


 ベレンの言葉に、キラナはしばらく沈黙した後、


「……全ての始まりは、あの月面湖での実験でした」


 キラナは語り始める。


「あの月面研究施設と月面涸の装置は、あくまでエネルギー変換施設に過ぎません」

「……つまり?」

「あの家でベレンさんにお会いして説明したことは事実です。が、それは本質ではないのです」


 キラナは言う。


「全ての始まりは――『ドーム』。脳ごと人間たちの意識と思考を格納した巨大施設」

「脳ごと……?」


 ベレンは眉をひそめる。


「そんなことをどうやって……? いや、そもそもその脳は、一体どこから……」

()()()()――おそらく、聡明なベレンさんなら察しがついているのではありませんか?」

「……宇宙犯罪捜査局は、行方不明になった子供たちを調査していた……」


 ベレンはうっすらと持っていた自分の疑念を口に出し、ゾッとした。


「つまり……()()なのか? 『ドーム』とやらの正体は……」

「正確には、彼らの脳()()()()ではありません。ですが、ほとんど同じようなものです」


 キラナは頷く。


「人間の脳をそのまま繋げ、演算装置にするには――生身の脳を機能を保ったまま保全するのはあまりにも難易度が高い。水を潤沢に使えない月面ならなおさらです。人間の()()()を培養なんてできないし、()()()()()繋ぐことも非現実的。だから……」


 キラナの言葉の続きを待つベレンは、無意識に唾を飲み込んだ。


「……だから、彼らは誘拐した子供の脳の複製を作ることにした。それも生きた細胞ではなく、極めて緻密な電導性人工結晶構造体のニューラルネットワークとして、モデルにした人間の脳の構想を丸ごと模倣した。そして大量に作ったそれらを接続して、一つの巨大な演算装置にしたんです。それが――『ドーム』」

「複製……なら、その元となった子供たちは……」


「子供たちは、誰も帰ってきていない。ベレンさんならわかっているのではありませんか? 脳の複製を――内部にあるニューラルネットワークの構造をまでを完全に模倣する――それを行うには、一体何が必要なのか」

「わかっているさ……脳の中身を丸ごと見るなら、脳を開けるしかない……」


 ベレンはそこまで言い、はたと気づく。


「だが……例外がある」

「例外、ですか?」

「例外は、キラナ――君だ。君だけは誘拐され、帰ってきている。それに、あの研究者たちと一緒に居た。研究内容も知っており、それどころか彼らと共同し、協力しているようにさえ感じられた」

「一体……君は、何なんだ?」

「私は、今まさに、その説明をしているんですよ、ベレンさん」


 キラナは言った。


「『ドーム』は脳の複製を繋げ、一つの巨大な演算装置にした。ドームは子供をさらい、脳の複製を作るたびに機能を拡張していった。そうなるにつれ、やがてあれは『ガフ』の部屋と呼ばれるようになっていきました。最初は確かにドームだった。でも後で、仰々しい名前を付けたんです。()()()()()()として、そういった名前を付けた」


 キラナは言う。


「ベレンさん。――ベレンコフさん。私たちの目に見えること……物理的な現象はおまけに過ぎないんです。あの月面湖の爆発は『ドーム』の演算機能を使って集めたフェルミオンのエネルギーを熱に変換したに過ぎません。いえ、正確には『ドーム』の演算によって――本当にやりかかったことの副産物として、生まれたものに過ぎません」

「では――本当に彼らがやりたかったことは?」

「それは……」


 ふとキラナは頭上を見上げた。

 そこでベレンは気づいた。足元にあったはずの月がいつの間にか頭上にある――

 頭上の月を見上げながら、キラナは告げる。

 

 彼らの目的は真の目的は――宇宙を、もう一つ作ること。


「宇宙を……もう一つ?」


 意味を良く呑み込めていないベレンに、キラナは言う。


「ベレンコフさん。よく聞いてくださいね。ここからが()()()()()()()()です」

「大事なこと?」

「そう、大事なことです。私たちは、その『彼らに作られた宇宙』に居るんです」

「何を、言ってるんだ?」

「いいえ、彼らにじゃなくて……」


 キラナは、ベレンに構わず言葉を続ける。


「私の作った宇宙の中に居るんです」

「何を……?」

「この宇宙は、私が作ったんです。ベレンコフさんも、私が作ったんです」

「でもわたしは帰りたい……帰らなければならないんです。この宇宙はもう終わるから、わたしは元の世界に戻らなければならないんです」


「この世界は、この泡沫宇宙は――作られたは良いものの、あまりにも不安定だから。だから、全てを終わらせて、向こう側にいかないと」

「そのために、私たちはここに来たんです。全ての始まりの場所である、ここに。ここでこの世界を閉じ、向こう側に帰るために」


 あまりの事実に圧倒されていたベレンは、ただ一言だけ、キラナに訊く。


「キラナ――君は、誰だ?」


 ベレンの問いに対し、キラナは寂しげな笑みを浮かべた。


「私は、向こうの世界の――――ラスト・ワン」


 その表情は、ベレンが今まで見た中で一番人間らしいものだった。


「そして、こちらの世界の――――ファースト・ワン」

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