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「ほら」
「ありがとうございます」
ベレンはテーブルの上、少女の目の前に紅茶を置く。
ベレンは少女を一旦家に上げ、リビングのテーブルに向かい合って座っていた。
ベレンは戸惑っていた。
まさか一旦家に帰したあの幼い少女が、たった一人で自分の家を訪ねてくるなど想像もつかなかったのだ。
彼女の家は南アジア――ベレンの家までの遠さを考えると、幼い少女一人で移動するような距離ではない。
その非現実的な光景に、ベレンは一瞬――自分が幻覚でも見ているのかと思ったほどだ。
「……それで、取引とは?」
ベレンは、内心の動揺を隠しながら、慎重に切り出した。
どんな事情があるにせよ、まずは落ち着いて彼女の話を聞いてみなければならない。
幼い子供ゆえの、何か無謀で突拍子もない考えを起こしているのかもしれないが――そういう相手に対しても、相手を否定せずに話を聞くことが肝要だ。
そんな風に考えていたベレンだったが――
「私は、彼らの研究内容を知っています」
少女は、何の前置きもなく、単刀直入にそう切り出した。
『彼ら』が誰を指しているか、何の研究内容の話かは明白だった。
「私はその情報のいくつかを、あなたに提供する用意があります」
随分と大人びた話し方をする――ベレンは驚愕した意識の中で、そう思った。
もしかすると、彼女をただの子供と考えるのは間違いかもしれない――
「……見返りに、何が欲しいんだい?」
ベレンもまた、余計な前置きをせずにそう訊き返す。
「……彼らが、どうなったかを。それから、どうして彼らが、追われる立場にならなければならなくなったのかを」
「……」
「彼は私の恩人です。何も知らずに過ごすのは嫌なんです」
少女はベレンの沈黙をどう解釈したのか、そう言葉を重ねた。
「……情報提供は、歓迎したいところだ」
ベレンは考えながら、慎重に口を開く。
「しかし、私は一人の捜査官でしかない。特に今回の件は、私が知っている情報は断片的なんだ。捜査官にすら詳細が伏せられている情報が幾つもある」
「私も、研究内容の全てをお話しできるわけではありません」
少女は頷いだ。
「ですから、お互い様です。私は今話せることだけを話しますから、あなたもそうしてください。そこでお互い、今回のことについてより詳細が――そして全容が見えてくるかもしれません」
少女はそこで言葉を切り、ベレンの目をまっすぐに見つめてくる。
「それで――いいですか?」
彼女の眼は、なんの不純物のない綺麗な瞳だった。
ベレンは、その目を直感的に信じることにした。
「……わかった。その取引に応じよう」
ベレンは頷き、
「さて、話し込む前に紅茶はどうかな。外も寒かったし身体も冷えているだろう」
「……はい、いただきます」
少女は頷き、紅茶を一口含んだ。
「……あったかい」
少女の張り詰めた雰囲気が少し和らぐ。
「砂糖はないが、蜂蜜を溶かすと良い」
ベレンに蜂蜜の瓶を勧められ、少女は素直に蜂蜜を紅茶に溶かす。
「……おいしいです」
紅茶を一口飲んだ時、少女の表情は歳相当のものだった。




