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Come back to the moon water  作者: 白古賀
Chapter1 <Days at home with ***>
3/45

1-2

「ほら」

「ありがとうございます」


 ベレンはテーブルの上、少女の目の前に紅茶を置く。

 ベレンは少女を一旦家に上げ、リビングのテーブルに向かい合って座っていた。


 ベレンは戸惑っていた。

 まさか一旦家に帰したあの幼い少女が、たった一人で自分の家を訪ねてくるなど想像もつかなかったのだ。


 彼女の家は南アジア――ベレンの家までの遠さを考えると、幼い少女一人で移動するような距離ではない。

 その非現実的な光景に、ベレンは一瞬――自分が幻覚でも見ているのかと思ったほどだ。


「……それで、取引とは?」


 ベレンは、内心の動揺を隠しながら、慎重に切り出した。

 どんな事情があるにせよ、まずは落ち着いて彼女の話を聞いてみなければならない。

 幼い子供ゆえの、何か無謀で突拍子もない考えを起こしているのかもしれないが――そういう相手に対しても、相手を否定せずに話を聞くことが肝要だ。


 そんな風に考えていたベレンだったが――


「私は、彼らの研究内容を知っています」


 少女は、何の前置きもなく、単刀直入にそう切り出した。

 『彼ら』が誰を指しているか、何の研究内容の話かは明白だった。


「私はその情報のいくつかを、あなたに提供する用意があります」


 随分と大人びた話し方をする――ベレンは驚愕した意識の中で、そう思った。

 もしかすると、彼女をただの子供と考えるのは間違いかもしれない――


「……見返りに、何が欲しいんだい?」


 ベレンもまた、余計な前置きをせずにそう訊き返す。


「……彼らが、どうなったかを。それから、どうして彼らが、追われる立場にならなければならなくなったのかを」

「……」

「彼は私の恩人です。何も知らずに過ごすのは嫌なんです」


 少女はベレンの沈黙をどう解釈したのか、そう言葉を重ねた。


「……情報提供は、歓迎したいところだ」


 ベレンは考えながら、慎重に口を開く。


「しかし、私は一人の捜査官でしかない。特に今回の件は、私が知っている情報は断片的なんだ。捜査官にすら詳細が伏せられている情報が幾つもある」

「私も、研究内容の全てをお話しできるわけではありません」


 少女は頷いだ。


「ですから、お互い様です。私は今話せることだけを話しますから、あなたもそうしてください。そこでお互い、今回のことについてより詳細が――そして全容が見えてくるかもしれません」


 少女はそこで言葉を切り、ベレンの目をまっすぐに見つめてくる。


「それで――いいですか?」


 彼女の眼は、なんの不純物のない綺麗な瞳だった。

 ベレンは、その目を直感的に信じることにした。


「……わかった。その取引に応じよう」


 ベレンは頷き、


「さて、話し込む前に紅茶はどうかな。外も寒かったし身体も冷えているだろう」

「……はい、いただきます」


 少女は頷き、紅茶を一口含んだ。


「……あったかい」


 少女の張り詰めた雰囲気が少し和らぐ。 


「砂糖はないが、蜂蜜を溶かすと良い」


 ベレンに蜂蜜の瓶を勧められ、少女は素直に蜂蜜を紅茶に溶かす。


「……おいしいです」


 紅茶を一口飲んだ時、少女の表情は歳相当のものだった。

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