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「参ったな、これは……」
宇宙犯罪捜査局の捜査官、ベレン・バーゼンは行き詰まっていた。
彼は月面研究施設の捜査を行なっていたが、その詳細は依然として不明な点が多かった。
国際法で禁止されている危険な技術が使用されていることは断片的にわかったが、肝心な研究内容がわからない。
しかし、実験の過程で人工的に作られた月面湖の水が、一瞬で蒸発するほどのエネルギーを発生させたことはわかっていた。
彼らの研究か危険なのは、そこに「人間」を使用するからだ。
彼らは人間を実験材料として消費し、そのために誘拐を繰り返していた。
最後、彼らに利用されていた少女もその一人だった。
だが、具体的に人間をどう『消費』したのかはわかっていない。
誘拐された人間の行方もわかっていない。
ただ最後に誘拐された少女を除いて。
彼は少女に詳しく話を聞くべきか迷っていた。
しかし、少女は何も知らないはずだったし、僅か八歳の少女には研究の細かいことはわかるはずがないと思っていた。
何も知らない彼女を無理に事件に巻き込み、その詳細を聞き出すことを、彼の倫理感が躊躇わせていた。
少女には何の罪もないはずなのだ。大人の都合で巻き込んで良いはずがない、と彼は本気で考えていた。
――キンコーン
自宅玄関のチャイムが鳴って、ベレンは物思いから我に返った。
スイスの郊外に住む彼の家に、アポ無しで来客が来ることは珍しい。
彼は訝しみながらも、玄関モニターをオンにして来客の姿を見る。
しかし、その映像を見た瞬間、彼は驚いて絶句した。
「――こんばんは」
来客は、少女だった。
そう――白衣の科学者たちに誘拐され、その研究を手伝わされていたであろう少女だ。
「どうして……君がここに?」
少女は確かに、彼自身の手で彼女の故郷に帰したはずだった。なのに――なぜ?
「あなたと、話がしたかったからです」
少女は何でもないことのように言った。
「ベレン・バーゼンさん。私と――取引しませんか?」




