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Come back to the moon water  作者: 白古賀
Chapter2 <Running out from home>
15/27

2-3

「しかし、妙なことになっちまったなあ」


 長距離トラックの運転手、ビリーはトラックを走らせながらぼやいた。


「まさかブダペストまでヒッチハイクとはね。しかも……そんな小せえ子を連れてなあ」


 深夜の道を走るトラックの運転席に座るビリー、その横にはベレンとキラナが座っている。

 トラックの座席は大人三人が座るにはやや狭いが、大人二人に加えて小柄なキラナが座るには充分なスペースがある。


「おかげで助かってるよ。……彼女は親戚の子でね」


 ベレンは答える。


「彼女はとても良い子だが、親が酷くてね」

「そうなのか?」

「ああ……彼女は飛びぬけた知能を持っていてね。だからこそ、家族とは馴染めなかったようだ」


 ベレンは雑談の延長でそう話したが、あながち出まかせというわけでもなかった。

 彼が調べたキラナの個人情報に、そういう情報があったのである。


 その当人であるキラナは肯定も否定もせず黙っている。

 単に喋る必要がないからなのだが――というより雑談をベレンに丸投げしているだけだ――それがかえってベレンの言葉に説得力を与えてるようで、ビリーは「なるほど……色んな事情があるもんだなあ」と一人で勝手に納得していた。


 ヒッチハイクは、移動の痕跡を残さないという点で最も優秀な移動手段だ。

 問題はそう都合よく相手が捕まらないということであるが――ベレンはヒッチハイクに使えそうな長距離トラックの移動ルートを知っていたため、狙って捕まえることができたのである。


 目当てのトラックを捕まえれば、あとはいくらかの雑談とチップで目的の場所まで移動できる。

 トラックドライバーとしても、チップや飲食物を奢ってくれ、退屈なドライブの話し相手になってくれるなら突然来訪した客を一時的に乗せることも悪くない、ということだ。

 科学技術が発達し、様々なインフラがシステム化されても、コストやその他の事情の兼ね合いこうした人間頼りの原始的な部分は残っているものだ。

 そして、その原始的な部分こそシステムの穴となるのである。


「……次の休憩はいつですか?」


 ふと、キラナは誰に尋ねるともなく呟いた。


「ん? ああ、次は……」


 ビリーはナビゲーション・システムのモニタを覗き、


「最短でヘーヒストだな。いつもは素通りするが、そこで止まってもいい」

「そう……」

「どうした嬢ちゃん、疲れたか?」

「別に……」


 キラナは少し言い淀み、


「ただ、トイレ休憩がしたいんです」

「そうか、すまない。私が気をつけておくべきだったな」


 ベレンは即座に言った。なまじキラナが聡明な少女たったゆえに、当然子供にするべき配慮が抜け落ちていたのだ。

 いくら聡明であろうと、彼女の身体は子供のものだ。


「次の休憩場所までもちそうかな?」

「…………おそらくは無理かと」


 キラナは少し考えてからそう言った。


「我慢してみますけど、無理そうなら一旦止めて欲しいです。外で済ませます」

「そういうことなら、無理はしないで先に済ませてしまったほうがいい。幸いこの道は誰も通らないような田舎道だ。どうかな、キラナ」

「……はい、そうします」

「というわけだ、ビリーさん。すまないが少し止めてもらえるかな」

「ああ、もちろんだ」


 ビリーは頷き、トラックを止める。念のため、ベレンはキラナと一緒に外に出る。


「すまないな。こんな場所で済ませるもの不本意だと思うが……」

「いえ、ベレンさんの判断は正しいです。この先何が起こるのかわかりませんし」

「ああ、十中八九、夜が明けるまでは猶予があるとは思うが、余計な不安材料は潰しておきたい……私の性分でね」


 トラックの脇に降りた二人は会話しながらトラックの脇へと移動する。

 真っ暗な田舎道はあまり舗装もされておらず土と砂利のままになっており、その両端は森になっている。

 EUの崩壊で地方のインフラが維持できなくなり、かつてあった高速道路交通網の少なくない場所が、こうした原始的な道へ戻ってしまっている。


「どうする? 向こうでしてくるか?」

「いえ……ここでします」

「……そうだな、目の届く場所の方が安心できる」


 ベレンの背後でキラナが服を脱ぐ音がし、次いで激しい水音が聞こえてくる。


(私が立てた計画では『子供を連れていく』ということを考慮できていなかったということだ。……キラナには無理をさせてしまってるかもしれない。反省しないとな)


 彼女はなまじ聡明で状況を理解できるから、無意識のうちに自分を酷使してしまうのかもしれない……とベレンは思った。

 言い換えると、自分自身の身体に対する関心が薄いのだ。

 

 ベレンが見る限り、彼女は常に頭で考えるため、目の前の合理的な目的を優先する人間だ。

 八歳の少女とは行動原理がかけ離れており……例えば今背後で用を足しているのも、彼女が羞恥心より合理性を優先した結果だろう。


 だが、常にそのような考えて動いていれば体調管理がおろそかになってしまう可能性がある。

 こういう時だからこそ、体調を崩すようなことはなんとしても避けなければならない。


(気を付けないとな……)


 などとベレンが考えていると、後ろから声がかかった。


「お待たせしました。行きましょう」

「ああ」


 何となく、ベレンは背後を振り返る。地面には水たまりが残っていた。

 それはすぐに消えるだろう。だが、


「……ベレンさん?」


 少し困惑したキラナの声。ベレンはしゃがんで腕を伸ばし、水たまりの中にあったティッシュを拾い上げていた。


「すまないな、だが気になるんだ」


 ベレンはライターを取り出すとそのティッシュに火をつける。

 それは一瞬で燃え上がり、灰になって夜空に散った。


(僅かな痕跡も極力残したくないからな)


「――これでいい。さあ行こう」


 そう言って、ベレンはキラナの手を引いて待機しているトラックに向かった。

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