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『すぐに繋がったか。お前は運が良いな、ベレン』
電話をかけてきたのは、ベレンの同僚、ルークだった。
『まずお前に伝えておくことがある』
ルークの声色は淡々として事務的な口調だった。
普段の彼はもっと柔軟な喋り方をする。
それこそ軽口を叩いたり冗談を言ったり――こんな事務的に前置きを飛ばして本題に入るようなことはない。
だからこそベレンは――夜に同僚から私用端末に連絡が来るという状況の異常さも含めて――一瞬でことの深刻さを悟った。
「ああ、教えてくれ」
だからこそベレンも前置きなしでそう答える。
『一つ。宇宙犯罪捜査局は、月面基地への捜査を打ち切る』
打ち切った。ではなく打ち切る。
すなわち正式決定前の内定情報だ。
「打ち切り……そうか」
大きなニュースだが、ベレンはそれが彼にとっての前置きでしかないことはすぐにわかった。
「それで、もう一つは?」
『もう一つは……』
ルークは一瞬躊躇い、
『ベレン・バーゼン――お前に逮捕状が出る』
「逮捕……だと」
さすがにベレンも、その言葉に対しては驚愕を隠せなかった。
「一体どうして私が? 何の罪状で……どういうシナリオだ?」
やや混乱しながらもベレンは問い、
「それに、なぜお前は私にそれを伝えた?」
そう付け加える。
『一つずつ答えよう』
ベレンの問いに対してルークは、あくまで冷静に答える。
『お前の捜査は明日から行われる。今夜は最初で最後のチャンスだ。だから電話した』
「……そうか。感謝する」
ベレンは細く息を吐き、
「シナリオについては、教えてもらえるか?」
『ああ。それはシンプルな話だ』
ルークは答えた。
『ベレン・バーゼン。お前は月面研究所の違法な研究へ加担していた。捜査情報を歪め、また同じく違法研究へ加担しているキラナ・ラートリと共謀し、新しい違法研究、実験を行おうとしている』
「キラナ・ラートリも違法研究に加担していると? たかが八歳の少女が?」
『だが彼女は八歳の少女とは思えないほどの知能を持っている。それは彼女と会話をしたお前もわかっているはずだ』
「……」
そこまで把握されていたとは。ベレンは密かに驚愕した。
『ベレン。俺はお前が犯罪に加担するような人間でないと信じている。しかし、そんなことは関係ない。我々は明日から全力でお前を捕まえに行く』
「ああ……それが仕事だからな」
『そういうことだ。我々の仕事は明日からだ。ではベレン、幸運を祈る』
「ああ、感謝する。ルーク」
その言葉を最後に、ルークとの通話は切れた。
「さて……」
ベレンは頭の中で情報を素早く整理する。
「こうなると、残念ながらゆっくり寝ている暇はないな。残された時間は……」
ベレンは壁にかけてある時計を見る。現在時刻は午後九時半。
ベレンは開いたままだった端末のディスプレイを閉じると、足早に部屋を後にした。




