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Come back to the moon water  作者: 白古賀
prologue <At the moon water>
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prologue

13(thirteen)……12(twelve)……11(eleven)……』


 カウントダウンは始まっている。

 月面に存在する、巨大な研究施設。

 いくつも乱立する白い箱のような建物の脇に存在していたのは、おおよそ月面には似つかわしくない――()()()()だった。


10(ten)……9(nine)……8(eight)……』


 その地球ではあり得ないくらい透明な月面湖の底には、びっしりと巨大なパラボラアンテナが敷き詰められている。

 そして湖の中央――最も深く、唯一パラボラアンテナが存在しない場所に、巨大な機械が鎮座していた。パラボラアンテナが回収したエネルギーを収束するためのそれは、球形のコア・ユニットと左右に五本ずつ広がる共振器(シンクロナイザ)、そして、斜め上に突き出る巨大な『砲身(アクセラレータ)』によって構成されいた。


『7……6……5……』


 その巨大な機械のコア・ユニットの中、唯一人間が入れる場所である狭苦しい操作室オペレーティング・ルームに、少女は座っていた。

 少女の周りには、少女の身体を取り囲むように多種多様な観測データ、エネルギーのスペクトル・グラフが表示されている。少女はそれらを()()()()()手元のトルグ・スイッチを慎重に操作した。


 彼女の役割は、集約したエネルギーを適切な形にし、出力することだった。それには微細なバランス調整が必要であり、ある意味では音楽のミキシング作業にも似ているものだった。


『4……3……2……』


 スピーカー越しにカウントダウンの声が聞こえる。

 少女はトルグから手を離した。少女にとっては完璧な調整だ。

 あとは、スピーカー越しにカントダウンを行っている男――少女をここに連れてきた、白衣の科学者たちを信じるしかない。


1(one)……』


 少女は祈るように目を閉じ、耳を澄ませた。


『――0(zero)


 カウントはゼロになった。

 その瞬間、月面湖の水は膨れ上がった巨大なエネルギーによって――一瞬にして干上がった。


 * * *


 研究所にはアラームが鳴り響いていた。

 白衣の科学者たちは慌ただしく所内を走り回り、大急ぎで荷物をまとめる。

 また幾つかの機器は手斧で躊躇いなく破壊し、また別の機器には予め用意したコンピュータウイルスを流し込んでデータを消していく。


 全ては隠蔽と脱出のためだった。

 彼らは、自分たちの研究が問題になることはわかっていた。だからこそ、全てを隠蔽し、ここから逃げなければならない。


『早くしろ、こっちだ!』

『メモリーX09〜X24までは持った、あとは破棄だ!』

宇宙港(スペースポート)の準備はできている、急げ!』


 白衣の科学者たちは言い合い、狭い研究所内の通路を走って宇宙港へと移動する。

 宇宙港の発射場(ランチャー)には、既にスペース・シャトルが準備されていた。


 シャトルのキャビンに次々と白衣の科学者やスタッフが乗り込む中で、最後の一人がオペレータースーツを着たまま、白衣の科学者たちと一緒に乗り込んでくる。

 その直後、キャビンの扉が閉まり、シャトルは発射場の中の狭く長い発射口の中をゆっくりと動き出した。


『カタパルトに移動します。各自、発射準備を』


 地球ほどではなくとも、月の重力から逃れ衛星軌道に入るためには、それなりの速度でシャトルを打ち出さなければならない。

 研究者たちは慌ただしく動く中、最後の一人がオペレータースーツを脱ぐ。

 そのスーツを着ていたのは――わずか八歳ごろの少女だった。


「早く準備を」


 白衣の科学者の一人が、スーツを脱いだばかりの彼女をシートに座らせ、ベルトをつけさせる。

 全員がシートに座った直後、シャトルは急激に加速して月面地下のカタパルトを走り――そして月面から射出された。


「ひとまずは無事に――」


 誰かがそう言いいかけた直後、アラームが鳴り響く。


「ちくしょう、もう補足されたのか!?」


 別の誰かが言い、


「もう無理だ」


 また別の誰かが言った。


「……我々は全員、捕まってしまう」


 誰もその言葉に答えず。重苦しい沈黙がその場を支配する。

 と、


「私たちは、何か悪いことをしたの?」


 少女は無邪気な言葉で、研究者たちにそう問いかけた。

 科学者たちは誰も答えられない。少女は自分の行動を理解していないのだ。

 そして、そうさせた原因を作ったのは、一体誰なのか――


「――心配ない」


 やがて、一人の科学者が言った。彼は、最初に少女を連れてきた男だった。


「君は、必ずおうちに帰すから――」


 * * *


 頭上には太陽が眩しく輝き、心地よい風が少女の身体を撫でる。

 少女は一人『緑の大地』に立っていた。そこは、彼女の故郷だった。

 少女は草木の匂いを久しぶりに思い出した。


 結局、少女には何の咎めもなかった。

 彼女が何をしたのか、彼女も知らない――そういうことになっている。

 ただ、少女を月面の研究所に連れてきた科学者たちとは別れてしまった。

 おそらく、二度と会うことはないだろう。それが寂しかった。


 少女を連れてきた男――最初に会った科学者は、少女に「必ずおうちに帰すから」と言った。

 しかし、少女にとって『家』は帰りたい場所ではなかった。

 貧しい家だったし、それ以上に彼女には過酷な日々が待っていた。

 誰もが少女を気味悪がり、様々な形で虐待した。

 少女はわずか八歳だったが、知らなくて良いことまでたくさん知っていたのだった。

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