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真夜の唄を知る  作者: 春信 彦
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もう一度、真夜に。

私が公衆トイレに目覚めると、彼女がいなかった。

したたかな女だと思った。

あれだけ、忘れることができないようなセックスをしたのに、あっさりいなくなるのだから。

胸の奥が痛んだ。

私が、恋愛において胸の奥が傷んだことは今まで無かった。

不思議な感覚だ、そして辛い。

女を抱くことは、なんどもあったが、いつも体が満たされていくのにも関わらず、心がすり減っていく感覚がした。

彼女もいなかったということではない、ただ、自分自身が人間と関わることで、自分自身を出せない、いや、そもそも自分自身とは、一体何なのかさえもわからないのに、出すということは、難しいと感じる

女と寝る時、いつも名前と顔は思い出せないのに、ラブホテルのファンシーなデザインの天井ははっきり覚えている。

一番好きな柄は、ドルフィンホテルという、私が住んでいる隣町あるホテルだ。

異常に大きなネオン色のカラオケ店を横切り、街から切り離されたような気持ちが悪い裏路地を歩いて5分ほどに入り口がある

天井には、草と花のよく言ってババアの家のトイレのようなケバケバしく、女の顔に合わない化粧のようなミスマッチ感が現実感に引き戻してくれるような

そして、自分をこの世界にしっかりと首根っこを掴まれている安心感を感じた。

縛られたいわけでもないし、行かないでより、行けないよ、もう繋いでるからというほうが自分は安心する

なぜならそれは、絶対なのだから。

あれから私は、スーパーのパートの日々と御局の嫌味と店長からの減給を受けながら、風俗店をはしごして、おいしくもない甘ったるく、ゲロを吐きそうな缶チューハイを片手に毎日を過ごした。

憂鬱な気分だった。

ゲロも吐きそうだったし、街中の人間を全員撃ち殺したと思うほどだった。

そんなとき、私は、自殺をしようと感じた。

ふと、そう思ったのだ

この世界に飽きたのだ。

雪かきのような作業的なセックスと無心を貫いて、文句も言わず生き続ける日々。

一生続くと思ったら、何もいらないと思ったのだ。

意識そのものも必要ないし、中途半端に馬鹿になれない自分の頭も嫌いだった。

何事も中途半端な人生だった。

近くにある、下まで50m以上あるダムで死ぬことを考えた。

幼稚園の頃からよく訪れていた場所だ

巷では、自殺スポットとしても名高く、私が子供の頃から心霊スポットとしても有名だった。

その日も、月が異常に綺麗だった。

自殺をしようとすると、不思議と体が軽く満たされた。

自分が死ぬことにポジティブな感情と愛を感じたのだ。

もう限界なんだなと私は感じた。

風も背中から吹いていた。

主は、私が死ぬことをお望みなのだろうと思えるほど、体が浮いてしまうほど強い突風だった。

身を投げた。

苦しい。苦しい。。。

自分のあぶくが月の光に照らされてプラネタリウムのようだった。

走馬灯が死ぬ時に出るというが、一応走馬灯はあった。

全て、くだらない思い出だった。

両親から殴られたこと。

一ヶ月前に見たドルフィンホテルの天井柄。

自分のクソの色と匂い。

好きだった街の、ゲロと酒とタバコの匂い。

客観的に見ても死にたいと言ったら誰にでもGOサインをだして納得してもらえるだろうという人生だった。

意識がある。

泥の匂いと獣臭。

どこだろうここは。

どうでもいいか。

また、私は死ねなかったのだ。

森の中をただ、まっすぐ歩いていた。

30分くらいだろうか。

ただ、寒く、恐怖していた。

これだけのことがあっても死にたくない、怖いと生存本能が叫んでいる。

生存本能とは、呪だ。

この世に未練と束縛を繋ぎ止める。

本当に腹が立つ。

人間の生存本能の欲求と混沌とした世界に。

月明かりが照らす。

不思議だとこの年齢になっても思う。

なぜこんな、残酷で混沌で気持ちが悪い世界なのに。

こんなに世界は美しいのだろうと

素直に諦めさせてくれればいいのに。

みんな死ねばいいのにと

私はそう思っていた。

そんなとき。

テントがあった。

浮浪者でも住んでいるのだろうか。

殺してテントを奪い、その浮浪者の亡骸と余生を暮らすのもいいかもしれない

どんな人なのか気になったので話しかけようとした。

中には、誰もいなかった。

かなりアナログなランタンに

最近では見かけることのない、携帯ラジオとカロリーメイトが3袋ほど置いてあった。

もう一度周りを見渡してみる。

かすかに音がする。

熊笹がサラサラと美しい音を奏でる。

近づいてみる。

彼女がいた。

きれいな昭和のヤンキーのようなうんこ座りをし下痢をしていた。

『何をしているんだ。』

そして笑顔で言った。

『今日も月が綺麗ですね』と。

なぜこんな出会い方しか彼女とできないのだろうと私は思った。


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