自殺の妖精
奴隷は、主人の許可無しに戦闘行為を行えない。
主人を後ろから刺さない為に。
奴隷には、主人を選ぶ権利がある。
混乱した命令が下されないように。
奴隷は、主人の命令に逆らえない。
それが奴隷たりえる理由だから。
そんなルールを改めて咀嚼して、タイヨウは帰りのバスの中で考える。
親になんて言おう……。
運命を読み上げられた直後は呆然としていて、受け取ったシートを神殿のゴミ箱に捨ててしまった。
その事実だけでもろくでもない運命を授かった事がバレるだろう。
家に着くと、中からカレーの匂いがした。
タイヨウは、思い切って家に入り、リビングへ突き進んだ。
「おかえり!どうだった?運命」
カレーをかき混ぜながら尋ねてくる母、ヒナタに、タイヨウは……。
「……庭師だったよ」
シンプルに嘘をつく事にした。
「あー、庭師かぁ。剣聖と花屋だからかな?」
見る必要はないと思ったのか、両親の世代では無かったのか、シートを見せて、と言われる事はなく、その話はそれで終わり、タイヨウはほっと胸を撫で下ろした。
しかし、次の日、登校すると、教室の中は運命の話で持ちきりになっていた。
「ヴィーゼンくん勇者だったんだって!?さっすがー!」
「まあ、血筋だろうな」
「セタさん道化師なの意外〜」
「割と楽しいよ!大技繰り出しても被害出ないの!」
教室のあちこちからそんな話が聞こえてくる。
「おいアマハラ、お前、奴隷だったらしいな」
そんな中、自分にも声がかかり、ぎくりとするタイヨウ。
「ちょっとパン買ってこいよ」
話しかけてきたのは、いわゆるいじめっ子に属するクラスメイト、ギー・フォードだった。
「僕にも主人を選ぶ権利はあるよ」
「んだとコラ!」
反論するタイヨウの胸ぐらを掴むギーだったが、更にその手を掴む者がいた。
オリヒメだ。
「そういうのは良くないよ」
「んだセタてめぇ」
そう言いながらも、ギーの手は無理矢理タイヨウの胸ぐらから引き剥がされた。
オリヒメは異様に力が強いのだ。
「そういうのは良くないよ!」
「チッ……」
どうにかオリヒメの手を振り払うと、ギーは自分の席へ帰っていった。
「あの、ありがとう」
オリヒメにお礼を言うと、彼女は元気いっぱいに答える。
「困った時はお互い様だからね!それに……。クラスメイトを奴隷扱いなんて許せないもの!」
「いや、本当に奴隷だったんだ」
「!……運命?」
「うん」
「じゃあ良いご主人様を見つけないといけないね」
「それなんだけどさ……セタさんを……ご主人様にしようと思うんだ」
「私?」
「セタさんは僕にいつも優しくしてくれるし、変な命令しなさそうだから……それに道化師は戦えないし、ボディガードは必要でしょ?奴隷は主人の命令が無いと戦えないし……」
それは建前で、実際にはもちろんオリヒメの本性が目当てだった。
タイヨウは、ちらりとアルタイルの方へ視線をやった。
"勇者"の運命を授かるような奴はマジで気高いからダメだ。
それがタイヨウの判断だった。
その点道化師ならまだ期待出来るのだ。
「ごめん、迷惑かな?」
「ううん!大歓迎だよ!」
「じゃあ、よ、よろしく?」
「よろしくね!」
そんなやりとりをする二人を、アルタイルが見つめていた。
その日の一時限目は、体育だった。
校庭をひたすら走らされ、疲れ果てたところでサッカーの試合をさせられる。
そんな体育が、タイヨウは嫌いだった。
「セタさん!ボール行ったよ!」
「任せて!」
「セタさん!パスパス!」
「させるか!」
「うおお!?ぶっちぎられた……」
コートの中ではオリヒメが大活躍していた。
しかし、シュートされたボールはしかと受け止められる。
相手キーパーはアルタイルだった。
「オリヒメ、お前が相手でも手加減はしない」
しかしオリヒメは怯まない。
「こっちにはタイヨウがいるんだからね!そっちこそ泣いても知らないよ!」
「なんで僕……?」
「タイヨウ!絶対に誰にも止められないシュートを決めて!」
「!?」
その瞬間、自分の体が勝手に動き出した事に、タイヨウは気付いた。
パスされたボールを即座に受け取り、妨害にくる相手チームがやってくる前に、ボールを高く蹴り上げ……。
「なっ……!?」
その場で宙返りしながら、空中でボールを蹴った。
そのボールは目にも止まらぬ豪速球で、アルタイルの顔の横をすりぬけ、ゴールに入った。
「なんだ今の……」
その場は騒然となった。
「消える魔球……」
アルタイルがつぶやく。
「ほらね?タイヨウがいれば千人力なんだよ?」
「セタさん……今のは一体……?」
何か知っている様子のオリヒメに、タイヨウはおそるおそる尋ねる。
「奴隷はね、頑張れば世界一強くなれる運命なんだよ!」
自信満々に微笑むオリヒメ。
「どういう……」
その時、彼らの足元から黒い物体が天高く湧き上がった。
「グオオオオオオ!」
じゃらららららっ!
黒い物体は咆哮を上げ、金属質な音を撒き散らし、また地面に潜っていく。
その際何人かの生徒が轢かれて吹き飛ばされた。
「自殺の妖精だ!」
妖精とは、魔王由来ではない自然発生した魔物を指す言葉である。
妖精の姿は魔王由来の魔物とは大きく違い、不可視だったり何とも表現出来ない奇妙な姿をしていたりする。
花の妖精や風の妖精など、そこに在るだけで人間に敵意も悪意も持たないはずのそれらの中には、特殊な例があった。
この自殺の妖精のような、正体不明の妖精である。
その姿は骨の集合体だったり刃物の集合体だったりと様々で、よく自殺現場に湧いている事から自殺の妖精と呼ばれるようになったが、自殺ではない死の現場にも湧いている事があり、死の妖精とも呼ばれている。
それが集まって大きな塊になり、人のいる所にいきなり現れては暴れ回る事で知られていた。
オリヒメが吹き飛ばされた生徒達に駆け寄る。
「大丈夫?」
オリヒメに声をかけられた生徒、エマ・ウィルソンは、自殺の妖精と思いっきりぶつかった足を酷く擦りむいていた。
「うん、大丈夫……でもあの黒いの、毛とかじゃない」
再び地面から現れた黒々しい自殺の妖精を、エマは見上げた。
「銃だ……」
その自殺の妖精は、骨でもなく、刃物でもなく、銃の集合体だった。
「"結界"!」
体育教師のワーグナー先生が叫ぶと、透明な障壁が生徒達の周りを覆った。
直後、自殺の妖精が全身の銃を生徒達へ向けて発砲した。
弾が当たった結界にヒビが入ると、生徒達から悲鳴が上がった。
そして、自殺の妖精が、再び動き出した。
「グオオオオ!」
ジャラララララッ!
自殺の妖精がひび割れた結界に迫ったその時……。
「"聖剣"」
バァンッ!
轟音と共に、一閃の光が、内側から結界を突き破り、自殺の妖精の首を刎ねた。
光が生じたその場所には、アルタイルがどこからか取り出した剣を片手に立っていた。
「ヴィーゼンくん!」
「すごい……!」
しかし、自殺の妖精はまだウネウネと動いていた。
アルタイルは剣を振り下ろす。
すると、また剣から一閃の光が生まれ、今度は自殺の妖精を縦に真っ二つにした。
しかし、それでも自殺の妖精は動きを止めず、生徒達へ銃を向けた。
「"聖壁"」
光の壁が自殺の妖精と生徒達の間に現れる。
銃弾を受けた光の壁は、ヒビ一つ入る事もなく攻撃を防いだ。
しかし今度は自殺の妖精がねじれながら体を反らし始め、その胴体から一つの砲身が姿を現した。
ドゴンッ!
砲身から放たれた紫に光る砲弾は、光の壁に当たると爆ぜ、光の壁を砕いた。
「嘘でしょ……!?」
「タイヨウ!」
オリヒメが意を決したようにタイヨウを呼んだ。
「え、まさか……!?」
「あいつを倒して!」
また、タイヨウの体が勝手に動き出す。
口が勝手に言葉を紡ぐ。
「"ニルヴァーナ"」
手が勝手に指をパチリと鳴らす。
「グオアアアアア!」
自殺の妖精を、白い炎が包み込んだ。
炎の中で叫び、のたうち回り、青い光を帯びながら、自殺の妖精は消滅していった。