運命授与の儀
昔々、あるところに魔王と呼ばれる怪物がいました。
魔王は魔物を生み出して、人々を襲わせました。
人々が困り果てていると、人々の中から魔王を倒さんとする勇者が現れました。
そして、勇者はついに魔王を倒し、世界に平和が戻りました。
それは誰もが知っているおとぎ話だが、それを証明する魔物の存在は最近少し問題になっていた。
「ぼく悪いスライムじゃないよ!」
「あっそ」
つぷんっ……。
命乞いをするスライムをビニール傘で刺し貫いた少年は、そのままスライムを道脇の土手へ放り込む。
少年の名はタイヨウ・アマハラ。
最近高校生になったばかりの新一年生である。
「下校中の皆様、本日は雨天です。交通安全や水属性魔力の暴走、スライムなどに気をつけて速やかに下校しましょう」
無機質な町内放送が曇り空に響き渡る。
傘を振り回してスライムの粘液を払うと、タイヨウはスタスタと家路を進んでいく。
"世界に平和が戻りました"なんて言葉で物語は締めくくられているが、魔王が遺した魔物達は、今も世界中に蔓延っている。
「おい、あいつ喋るタイプのスライム刺し殺したぞ」
「おっかねぇ。近づかんとこ……」
そんな声がタイヨウの耳に届くが、特に気にも止めず歩き続けた。
「はぁ……」
やがて家に着くと、タイヨウはため息を吐きながら玄関先で傘の水滴を払う。
別にスライムを退治するのは悪い事だとは思わないが、あんなふうに恐れられるのは気分がいいものではない。
魔物というのはいわば魔力の塊で、生きている訳ではないのだ。
しかし一人ぶつぶつとそんな事を考えたところで誰に届く訳もなく。
「ただいまー」
返事は無い。
いつもの事だ。
リビングに入ったタイヨウは、ケトルに水を入れて湯を沸かし、おやつのカップ麺を作った。
カップ麺を啜りながら、タイヨウはぼんやりと考える。
今日は運命授与の儀か……。
運命授与の儀とは、16歳になった少年少女が星神より"運命"と呼ばれる、その後の人生を運命付けるような数々の特性を授かる儀式である。
素質なども分かる儀式ではあるが、何よりその者の本質が分かる。
タイヨウの父は"剣聖"という運命を授かっていた。
それは剣技に優れた才能と、勇者としての資格を持つという事だ。
しかし、タイヨウはそんな父の資質を受け継いでいない。
「ごちそうさま」
カップ麺を食べ終えたタイヨウは、着替えるとまた出掛けていった。
目的地は最寄りの神殿。
バスで30分ほど移動した所にある。
「……今回は!銃vs魔法!どちらが強いのか!?という企画になっておりまして、特別に入手しましたこちらの……」
動画を見て暇を潰しながらバスに揺られる事30分。
神殿に到着すると、すでに大勢の人が集まっていた。
受付で身分証を提示すると、神殿の中へ通される。
保護者は中には入れないようだ。
埃臭い廊下を進んでいくと、長蛇の列の最後尾が見えてきた。
「あ、タイヨウ!」
その時タイヨウの背後から鈴の鳴るような声が響いた。
タイヨウが振り返るとそこには黒い髪の少女がいた。
「セタさん」
少女の名前はオリヒメ・セタ。
タイヨウのクラスメイトである。
人との距離感がバグった奇行の多い変人だが、明朗快活な性格とその美貌でアイドル的人気を誇り、クラスの中心的人物の一人となっている。
「タイヨウ!今日はどんな運命授かる予定!?」
「予定って……分かんないよ。でも僕、親が剣聖の運命だったんだよね」
「じゃあ弓聖とか!?」
「はは……どうだろうね」
テンションの高いオリヒメに押され気味になりながら苦笑いするタイヨウのもとへ、後から更に少年と少女がやってきた。
「オリヒメ、走ったら危ないぞ」
と、心配そうに言う少年の名はアルタイル・ヴィーゼン。
彼もまたタイヨウのクラスメイトである。
黒髪碧眼、泣きぼくろ、整った目鼻立ち、クールな性格、おまけに勇者の末裔ときているのでその人気は底知れない。
もちろんクラスの中心的人物の一人だ。
「そうよ、急に駆け出してどうしましたの?」
その後ろから追いついてきた少女の名はミラ・ケイトス。
タイヨウとは別のクラスの生徒だが、休み時間や放課後はいつもアルタイルと一緒にいる。
タイヨウとしてもアルタイルと仲の良いお嬢様、という印象が強い。
優しそうな紫の目と少し複雑に結われた赤毛のツインテールが"お姫様"という印象を抱かせる。
「アル太!タイヨウがいたよ!」
はしゃぐようなオリヒメの声に、タイヨウの存在に気付いたアルタイルは、歩み寄ってきてタイヨウをまじまじと見つめた。
「そうか、16歳なんだな」
「15歳に見える……?」
タイヨウは人より背が少し低かった。
「いや、別にそんな事はない」
「あ、3人とも、先、いいよ」
「そうか、ありがとう」
「お言葉に甘えて」
「楽しみだね!」
タイヨウは、オリヒメやアルタイルのようなタイプの人間が、とても好きだった。
剥けば意外な本性が出てきそうな、人気者や、偽善者の類が。
先を行く3人を見送り、タイヨウはほくそ笑んだ。
運命授与の儀は、その者の本質が分かる儀式。
本人から明かされる以外で運命を知る方法は、列の後ろに並んで運命が読み上げられるのを聞く事だけ。
喉から手が出るほど知りたい彼らの本性を、垣間見る事が出来るチャンスなのだ。
そう、タイヨウは、その明るい名前に反して、陰湿な人間だった。
長蛇の列に並ぶと、先頭で、巨大な水晶に手をかざし、水晶に表示された運命が高らかに読み上げられているのが見えた。
「操魂の魔女!」
「占い師!」
「駅員!」
様々な運命が読み上げられるのを遠目に見ながら、ふと、自分はどうだろうと考えるタイヨウ。
母は"花屋"だった。
花屋と剣聖……庭師?
うーん、とタイヨウは頭を悩ませる。
あれこれと予想を立てている内に、あっという間にアルタイルの番になった。
「勇者!」
歓声に近いどよめきが起きる。
「……あー、はいはい」
説明不要。
どんな敵でも大体攻略出来る最強の運命だ。
タイヨウにとっては期待外れの結果だった。
その次は、ミラだった。
「歌姫!」
「……」
歌であらゆる呪いやデバフを解除し、回復すらさせるというなかなか強い能力を持つ運命だ。
それから、オリヒメの番が来る。
「道化師!」
「……!」
多くの戦闘系能力を持つ代わりに、その全てを戦闘に使う事が出来ないなど、「意味のない」「矛盾した」特性を多く持つ運命である。
唯一許されている行動は芸を行う事だけ、と評されるような運命だ。
変人だからだろうか?
タイヨウはオリヒメを見つめていた。
運命についての情報が記載されたシートを受け取ったオリヒメは、特にがっかりしているような様子もない。
そして、タイヨウの番が来た。
緊張しながら、おずおずと水晶に手をかざすタイヨウ。
表示された運命は……。
「……え」
「奴隷!」
それは、他者の命令に服従する以外何の特質も持たない、最底辺の運命だった。