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5 日常と非日常

今日も今日とて内容が濃かった。


下校時間になっても時間経過と釣り合わない疲労が俺を襲う。


「空…くん?」


不意に呼ばれる俺。聞き覚えがあるような…誰だっけ?


振り返ると頭の中に疑問符が浮かぶ。


少し茶色がかった明るい髪をツインテールにした小さな女の子?が学生服を着て立っていた。


学生服で小学生でないことは分かるが、中学生?いや、まさかの高校生…はないか。この辺では見ない制服だ。


「空くん…だよね?覚えてないか。私、山颪美風(やまおろしみふ)。…あ、火野美風の方が分かるかな?」


脳内で過去の記憶が蘇る。幼き日に憧れていた女の子の顔が鮮明に頭の中に広がる。


「もしかして…美風姉ちゃん!?」


思わず叫んでしまった。まさかここで焦馬のお姉ちゃんに遭遇するとは…。


いや、こんなに小さかったか!?


記憶だと当時この辺りの子供の中ではとても大きくて、頭一つくらい抜けた背丈だった覚えがあるのだが…今は小さく可愛らしい…悪いけど十八に見えないのは俺だけではないはずだ。


「よかった。忘れられてるかなぁ思ったよ」


忘れるはずがない。


俺が人生初のプロポーズをした相手なのだから。


公園の花で花束を作り「大きくなったら結婚してください!」と渡し「空くんが大きくなってカッコよくなったらいいよ」と返事をもらったのをちゃんと覚えている。


残念だがカッコよくは…ないよな、今の俺。


と、その前に…一つ年上には見えない。


どう見ても間子よりも年下に見えるよな…。


「それにしても美風さん、どうしてここに?」


美風さんは確か幼い頃、焦馬の両親が離婚した時に父親に引き取られて隣の市に行ったんじゃなかったっけ?


「今日は焦馬とご飯食べる約束してるの。それで迎えに来たの」


嬉しそうな美風さん。


そう言えば焦馬も定期的に会っているとは言っていたっけ。


仲が良いというか…美風さんはどうか分からないが、アイツは間違いなくシスコンである。事あるごとに姉ちゃん姉ちゃんって言うしね。


俺がした幼い頃のプロポーズを未だに攻撃してくるとこがある。しかも結構マジに。


ごめん、焦馬。俺の大好きな豊かなお胸や大人の色気の無い美風さんでは友達として良い関係が築けても恋愛対象にはならないよ。


まあ、実際告白されたら…その時になってみないと分からないが、それは万に一つもないだろう。


そんなことあれば焦馬が俺を殺しに来るかもしれないしね。「俺の姉ちゃんはお前にやらん!」とか頑固オヤジのごとく猛反対するはずだ。


俺が焦馬だったら…俺みたいなヤツが自分の大好きな姉を好きだと聞かされたら発狂するだろう。


怒りに任せてその場で…命を懸けた決闘が始まるかもしれない。


「そう言えば焦馬、学校で真面目にやってる?いつもカッコいい事ばかり言ってる気がするのよ。まあ、私に心配させないためかもしれないけどね」


念のため焦馬がどう美風に話しているかの内容を聞くと、概ね間違いではないが、シナリオ追加されたものもあった。


簡単に説明すれば、自分を三割増し良く見せるシナリオが追加されているようだ。


だが、誰もその追加シナリオで困ることもないし、焦馬に恨みは無いので話を合わせておいた。


「私としてはちゃんとしてるならそれでいいかな。昔からお調子者だからみんなに迷惑かけているんじゃないかと心配してたんだけどね」


美風さんって昔から焦馬のお姉ちゃんってよりお母さんのように見えていた。


焦馬は泣き出すとよく美風さんによしよしと頭を撫でられていたし、悪い事をしたら焦馬は美風さんに叱られていた。


だから俺も母親のようなお姉ちゃんという印象だ。


「そう言えば空くんの事もよく聞くよ。間子ちゃんとケンカしたとか、香織ちゃんに連れまわされたとか、年上の美人のお姉さんが好きだとか」


焦馬、お前の好み、ここで話してもいいかな?俺の好みを勝手に言ってるんだもんな。


「でもね、空くんと一緒に遊ぶのが一番楽しいってよく言ってるよ。ありがとう、焦馬と一緒に遊んでくれて」


小さな体が更に小さくなるように美風は頭を下げた。


「そんな…俺も焦馬と遊ぶの楽しいし、何よりいいヤツだし」


慌てて答える俺。


でも、こういう姿を見ているとやはり「姉」ではなく「親」に見えるんだよね。


「これからも焦馬と仲良くしてあげてね」


「俺が焦馬に見限られない限り大丈夫です」


半分本気、半分冗談。


俺があまりにも不甲斐ないと見捨てられる可能性は…あるかもしれないんだよね。


「それなら大丈夫そうね。それと」


スッと右手を差し出す美風。俺は何のことだか分からなかった。


「ちょっと早いけど、来年、推薦で大学行くの。この近所だから、また焦馬と一緒に住むことになるの。だから、その時はまた会うこともあるだろうから、よろしくの握手」


そうか、焦馬が言ってたよな。来年は美風さんも焦馬の家に住む。となれば顔を合わせることも増えるのは普通の事か。


俺は小さな手を優しく握り返す。すると、美風は可愛らしい笑顔を浮かべた。


そして、爆弾を投げつけてきた。


「そう言えば、空くんはカッコよくなったのかな?もしカッコよくなったんなら結婚しなきゃならないね」


思わず固まる。


覚えていたのか…あのプロポーズ。


「頑張ってね、素敵な王子様♪」


美風はゆっくりと手を離すとクスクスと笑いながら俺の横を通り抜けて行った。


美風さん?あなたそんなキャラだったでしょうか?俺の知らない間にそうなったのでしょうか?


何となくやられた感を背負いつつ、俺は家へと入って行った。


今日は色々あったけど…シエロやオーチェが夢のように思えるほど普通に時間が過ぎていることが逆に違和感に思えてしまうんだよな…。





帰って俺が放った第一声は「どうしてこうなった!?」だった。


イチゴ柄のフリフリした服を着たシエロを母が膝に乗せて撫でている。


シエロが「ワレ、タスケ、コウ」と虚ろな目で救いを求めてきた。


「おかえり、空。可愛いでしょ、シエロちゃん♪似合うかなぁと思って買ってきたの♪」


朝のやり取りが嘘のように上機嫌な母。


それに対してまな板の上の鯉…ならぬ、母に捕獲されたシエロ。


尻尾がでろんと、耳もふにゃん、力なく垂れ下がり母の着せ替え人形と化していた。


「シエロちゃんね、私の無くしてたイアリング、見つけてくれたのよ。あれ、高かったから頑張って探したけど見つからなくて…でも、シエロちゃんが私の部屋に入ってクローゼットに入ったと思ったら、イアリングを咥えて出てきたのよ♪」


なるほど、そういうことか。


要は困り事解決して気に入られたってことか。


まあ、これでシエロを堂々と飼えるので…シエロ、ごめん、お前を助けることはできない。母のご機嫌をしっかり取っていてくれ。


軽くシエロに手を振ると、シエロがぐったりしたような気がしたが、気にせず二階へと上がって行った。





部屋に入ると早速アマテラスの練習を開始した。


レーザーのような攻撃は強い。それは昨日実感できた。


だが、それだけではダメだ。


それが避けられた場合、そこで終わる。


ゲームでも必殺技が一つだけだと話にならない。


それくらいは分かっている。


レーザーが遠距離だから近距離用、広範囲用辺りが欲しい。


かといって、欲張りすぎてもダメだ。


多すぎれば使いこなせない。


とりあえず三つくらいあればいいかな?


「近距離だと剣かな?カッコいいし。もう一つは…あ、防御用の技ってのも…」


あれ?ちょっと待てよ?


何で俺、いつの間にか真剣に考えてるんだ?


俺はシエロの実験台であって、そんなに真剣にする必要ない!


何より…俺はもうすぐ消されるんだ。


考えれば考えるほど気分が落ち込む。


やる気の失われた俺はベッドに横たわる。


消されるのか…。


俺、まだ十七歳、青春ど真ん中なのに何一つ良かったことなかった気がする。


…せめて…彼女、欲しかったなぁ…。


オーチェ…デートくらいしてくれてもいいんじゃないかなぁ…。


俺はいつのまにか睡魔に襲われて意識を失ってしまった。





どのくらい寝てたのだろうか?


分からない。


だが、俺の眼前には寝る前に無かったものがあった。


結論から言えば…尻である。


見たことのない尻。


きゅっと引き締まっていて…でも、丸みもあって…布一枚で覆われた尻。


俺の手の届く範囲にその尻はある。


間子の大きさじゃない。母の締まりのない尻でもない。


そんな美しい尻が…いや、その尻の持ち主が話しかけてきた。


「すまない、空。私はお前の人生を狂わせることになる。だが、お前なら…今のお前なら私の悲願を遂げてくれると信じている」


この声、忘れるわけがない。


俺はすぐに飛び起きた。理由はないが正座をしてその尻の持ち主に向く。


そのお陰なのだろうか?目の前には柔らかそうで白く美しい背中が目に入る。


こんな間近で芸術品のような背中を見ていいのだろうか?


「あ、あの、え、オーチェ、きょ、今日は何のご用意ザマス?」


どうして語尾が「ザマス」になるんだ!落ち着け、俺!


「私はお前以外は考えられない。お前以外、この戦い…グラディオスを勝ち抜けないと思っている」


何だ?ぐぇ?ぐぇらで?何のことだ?ただの中二病の人間が名付けた名前に聞こえるぞ?


「そう言えばグラディオスを開催する理由と勝利した者が得られるものを説明してなかったな」


そう言うとオーチェは部屋の学習机の前にある椅子に座り足を組んだ。


オーチェ、ごめん、その姿で語られる話はきっと覚えられそうにないよ…。覚えているのはきっと、組まれた足の美しさと、立派に発育された胸と、憂いを帯びても美しい顔だけだと思う。


俺は頑張った。


真面目に話すオーチェの話を、男の欲望と戦いながら必死に聞いた。


厳密に言えば話に集中しておかないと余計なことを考えてしまいそうだからだ。


しかし、そんな煩悩はすぐに吹き飛んだ。


「この戦いは自分たちの長である…この世の神である『セロ』が開催したのだ。理由はセロの退屈しのぎだ」


開催者もさることながら、理由を聞いて俺は「えっ!?」と口にしてしまった。


そんな俺の言葉を聞こえなかったかのようにオーチェは続ける。


「セロはこの世界を創造した者であり、そのセロは八人の自分の使いの者を生み出した。その中の一人が私だ」


言ってることがファンタジーすぎて、俺が理解できたのはオーチェみたいなのが後七人いることだけだった。


「つまり…オーチェみたいな美人がまだいる…ということなのかな?」


話しが重すぎて俺は必死に冗談を入れたが、オーチェは俺の言葉を完全に無視して続けた。


「私を含む八人に自らの代わりとなる戦士を見つけさせて戦わせるのがグラディオスだ」


「は、はぁ…」


相槌を打ってはみたが、なんでそんなことをするのか理解に苦しむ。


俺の理解が追い付いているかどうかを気にすることなくオーチェの話はさらに続く。


「その戦いで最後に勝ち残った者にセロとの対決の権利を与え、勝てばこの世の頂点に立ち、世界を自分の自由にできる」


重要な説明は終わったようだ。


こういう時、もっと頭が良ければ理解できるのに…と悔やんでしまう。


だが、俺には一つの疑問が生まれた。


「な、なんでそんな面倒なことをするんだよ?その八人が直接戦えば早いと思う…けど?」


それができたら最初からやっている、と言われそうな気もしたが、素直に聞いてみた。


するとオーチェは足を組み直し、少し俯きながら答えた。


「私たち八人は…お前に分かりやすく言うならジャンケンのような存在らしく、直接戦うとなると、組み合わせで誰が勝つかが分かるのだ」


今の言葉でも理解できない。やってみなきゃ分からないだろうに。


「私たちでは面白みに欠けるそうだ。だから、不確定要素の塊である人間を使うそうだ」


不確定要素って…神だったら人間同士の戦いも結果が見えてるんじゃないのか?


「その上、スピリットスキルを覚醒させることで更なる不確定要素が強まる。ただの殴り合いなら体格や筋力、格闘経験で決まる。しかし、スピリットスキルを同じ時期に覚醒させれば皆同じラインからのスタートとなる」


そうか…スピリットスキルを…俺のレーザーが大男に当たれば、俺みたいなひ弱なヤツでも勝てる可能性が出てくるもんな。


しかし、大事なとこはそこじゃない。


「じゃあ…俺は…いや、俺たちは…神の暇つぶしで…戦わされるっていうのかよ…」


聞くべきではなかった。


もっと崇高な理由でもあるのかと思えば…神の退屈しのぎ。要は俺たちはおもちゃってわけだ。


俺がゲームをしているのと変わらないレベル…いや、少なくとも俺は下手なりに真剣にやってるし、そのために攻略サイトやSNSの情報をかき集めて学んでいる。


他人から見れば暇つぶしのように見えるかもしれないが、俺は真剣であり、決して手を抜いてない。


「だから…私はセロを倒し、こんなことを止めさせたい…」


「止めさせ…てことは過去にもあったのかよ、こんなふざけたこと!?」


俺は思わず立ち上がった。


だが、そんな歴史的な記録は聞いたことがない。それともひっそりと行われていたのだろうか?


「戦いは今いる世界に知られないように行われる。千年に一度…人間からすれば途方もない時間だろうが、我らにとっては人間の感覚で言えば一ヵ月くらいだ」


それは記録も残っていないのも頷ける。神がそんなとんでもない戦いの痕跡なんて残すわけないか。


「案外繰り返しそのグラディオスは開催されてるんだな」


オーチェは押し黙った。


そう、何度も開催されたということは…誰もセロに勝てていない、と考えるべき…か。


「ちなみに…セロっていつから長なの?」


聞きたくないことだが聞かなくてはならない。


それが俺が想像している最悪の答えだとしても…だ。


「私たちを生み出したときからセロはずっと長だ」


予測はしていた。


長が長であり続けている理由はシンプルだろう。


誰よりも強く、聡明。


そんな相手を倒す…もう無理ゲーでしかない。


「勝っても地獄、負けても地獄だろ、それ?」


力なく笑う俺。思わずうなだれる。


「そうではない」


うなだれた俺の目の前にやってきたオーチェ。すると、俺はあの朝感じた柔らかさを再び頭に感じた。


「お前なら…きっとこの流れを変えてくれる。私はそう信じている」


俺の背中に回されたオーチェの両腕が俺をオーチェの方に引き寄せる。


俺の鼓動が跳ね上がる。


どうしよう…俺の邪な心が目を覚ましてしまいそうだ。


しかしその時、俺の頭に…何か落ちてきた。


水…?


「すまない…。今の私ではどうすることもできない…。お前に頼ることしか…私はお前の力を信じることしかできない…」


オーチェの声は震えていた。


俺の頭に何度も水滴が落ちてきた。


見るまでもない。オーチェは…泣いている。


だが、こんな話をされて「俺に任せろ!」なんて言えるほど、俺は勇者じゃない。


平均以下の能力しか持たない高校生だ。


そんな俺に頼り、涙を流すオーチェ。


恐い。


逃げたい。


でも、オーチェの力になりたい。


心の中に様々な感情が飛び交い、嵐のようにかき乱す。


「…勝手なのは分かっている。お前の意志を確認せずにこんなこと頼むのは愚行であることは分かってる。でも…他に方法が無かった。私にはこの方法しか無かった。お前を騙すような真似をしてでも…お前という希望にすがるしかなかった…」


抱きしめていた手に力が入る。その手は震えてる。オーチェも…必死なのだろう。


そう思うとオーチェがとても身近な存在に思えた。


神の使いと言っても俺とそんなに変わらない…と。


嵐は永遠に続かない。


荒れた俺の心はいつの間にか落ち着きを取り戻していた。


俺はそっとオーチェの腰に手を回し、力強く抱き返した。


「俺、やってみるよ…。できるかどうか分からないけど…オーチェの期待に応えられるようにやってみるよ…」


俺の言葉にオーチェは小さく、震える声で「ありがとう…ありがとう」と何度も言いながら、そのまま、俺の頭に涙を落とし続ける。


思わず言ってしまったが…オーチェのこの思いに…俺は…応えることはできるのだろうか。

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