2 覚醒!スピリットスキル
夢なら仕方ないし、もしも…もしも夢じゃないなら俺、空をも飛べます!
俺は家に帰ると急いで二階へと駆け上がった。
こんなに階段を急いで登ったのは小学生以来だろう。
まあ、急いで帰って来たんだ。何もないとしてもゲームする時間が増えるので損はしない!要は俺にはメリットしかないのだ。
部屋のドアの前で思わず止まる。
普通の人間なら夢と割り切り、何なくドアを開けられたかもしれない。
それが俺にできない理由は…今朝体験した柔らかな手の感触が、あまりにもリアルだったからだ。
しかし、冷静に考えてみたらわかるが…間子が来たときにはオーチェはいなかった…。
オーチェが階段を下りたなら間子もオーチェを見てるので、絶対何らかの反応があっただろうし…。
でもな、男は時に奇跡を信じて生きることもある!ゲームやアニメで主人公はそうやって奇跡を起こしているじゃないか!
思い切ってドアノブを回し、ドアを開ける。
そこには…誰もいなかった。
当たり前だよ。
俺の部屋は何もかも朝、俺が学校へ行ったときのままだ。
「そうだよなぁ…」
あれは夢さ。そんな都合のいい話なんか…。
俺は遠くを見る目で部屋に入る。
「よぉ、帰ってきたか」
気のせい…か?
聞こえたのはオーチェの声ではない。女性の声でもない。これは子供の声だ。
「ったく、時間が無いんだ。そこに座れ、バカ!」
声のする足元を反射的に見る。
俺は目を疑った。
オーチェではないのは確かだが、まさか…こんなものがしゃべるなんて…。
「ね…こ?」
俺の足元には一匹の黒猫…いや、正確には前と後ろの脚の先が白毛で覆われている猫がいた。
「お前は明後日戦うんだ。すぐにトレーニングに行くぞ!」
まさか俺って絶望しすぎて見えてはいけないものが見えだしたのか!?
足元の偉そうな猫が目を細め俺を睨んでくる。
まあ、恐くはないのだが、異常な状況なのは間違いない。
「もしかして…オーチェ…なの?」
思い当たるのはそれくらいで、この奇妙な現象が起きている理由は全く分からない。
もし、オーチェが猫の姿になったというなら百歩譲って理解が追い付く。
「俺はオーチェじゃねえよ。俺は…オーチェの…使いの者だ」
何となく考えながら話す猫に疑問を持つものの、この猫になぜか不気味さを感じなかった。
理由は分からないが、敵ではない、そう思えた。
「何て名前なんだ?」
まずは自己紹介してもらうことにした。相手の事を知るのは基本中の基本だ。友達の少ない俺でも知っていることだ。
「俺は…そうだな…」
どうしてだろう?この猫、自分の話す言葉を探り探りしながら話をしているように見える気がする。
「俺は…そう、シエロだ。お前のナビゲーターだ。修行や戦いのとき、お前を導いてやる」
名前を考えるくせに、自分のやることは明確なのはどうも腑に落ちないが、オーチェが言っていた共に戦ってくれと言っていたことと一致はする。
「じゃあ…オーチェは…夢じゃないんだな!?」
大事なのはそこである。卒業できるなら猫がしゃべろうが犬が空を飛ぼうが構わない!
「で、戦いとか修行とか…何するんだ?」
大きなため息を吐き、うなだれる猫。その仕草はちょっと可愛い気がする。
「時間が無い。近くの廃工場に行くぞ!そこで説明する!」
気を取り直すと猫…もといシエロは階段をタタンと駆け下りていった。
俺も訳も分からず、慌ててシエロの後を追って行った。
家の近くに廃工場がある。
朽ちて錆びた鋼材が転がり、手入れのされてない敷地を雑草が我が物顔で占拠していた。
俺が物心ついた時にはここは動いておらず、焦馬と香織と三人で探検ごっこをしたことを思い出す。
全て壊して整地すればちゃんとしたサッカー場が観客も含めて余裕で作れるだろう。
そんな廃工場の中心にある天井の無い草だらけの場所に連れてこられた俺。一体何をさせられるのか…。
「さあ、始めるぞ。まずはスピリットスキルについて説明する」
シエロ先生は講義をしてくれるようだ。
それにしてもスピリットスキル?ずいぶん中二病的な名称なことで。
「これは誰しもが持っている力なんだが…例えば、足が速い、ゲームが上手い、記憶力が優れている…などの秀でた能力だと思ってくれ」
それを聞き、俺は心が痛んだ。
もしそういう特技がスピリットスキルと言うなら…俺にはそのスピリットスキルは無い。
何をやってもダメ。人より秀でたものはこれまで無かった。そんな俺にスピリットスキルなんてあるのだろうか?
「その特技も同じ特技同士比べると差が出る。それは魂の割り振りが違うからなんだ」
割り振り?魂って割り振れるのか?どうも理解できない。
「あー。分かりやすく言うと生まれる前にスキルを選んでいて、そのスキルに魂…つまりゲームのように言えばステータスポイントを割り振るみたいなものだ。その割り振りの量によって同じスキルでも差が出る。ここまではいいか?」
実に分かりやすいよ、シエロ先生。
でも、そうなると俺のスキルって…何?
へこむ俺を無視してシエロの説明は続く。
「普通は生まれる前に日常で使えるスキルを選ぶから、普段の生活で自分の才能に…スピリットスキルに苦も無く気が付きスピリットスキルを磨いていくんだが、ごく稀に普段の生活で使うことのない、特別なスピリットスキルを選んで生まれてくるヤツがいる」
特別?何が特別なスキルなんだろうか?
「お前のスキルがそうなんだが…これは教えることができない。自分で見つけてもらうんだが…いわゆる超能力に相当するものだ」
超…能…力?また中二病心に火を付けそうなワード出てきました。
「先に言うが対戦相手も同じような力を使うからな」
相手も超能力者!?それと…俺が…戦う…の!?何でそうなる!?
「む、無理だろ、それ!俺何にもできないのに、そんな化け物と戦うの!?無理ゲーでしかないじゃん!」
おかしいでしょ!超能力なんてファンタジー世界の魔法や人の形をした背後から出てくる能力しか知らないんですけど!?
「死にたくないなら…お前も自分のスピリットスキルを覚醒させるんだな」
「どうやってやるんだよ!」
マンガやアニメであるようなピンチになったら都合よく覚醒して敵を撃破!とかじゃないのか!?
何より俺に何ができるんだよ!せめて焦馬くらい勉強できるとか、香織みたいに幼い頃から空手やって鍛えられてるとか…俺には何にもないわけであって…。
「なぁ、その戦いで負けら…どうなるんだ?」
そうだ!もしかしたらこれだけ不思議なことが重なっているんだ。負けても少しケガするくらで終わるなら…それもアリだ!
「さあな。知らん」
「ふざけるな!帰る!」
やってられるか!俺に何のメリットもないじゃないか!冗談じゃない!
俺はシエロに背を向けると元来た道を戻りだした。
「じゃあ、オーチェは消されるな。これは神の使者達の覇権争いなんだ。使者が直接戦わずに、自分の選んだ者に戦わせる…言わば代理の決闘なんだ。それに負けた場合オーチェは…存在そのものを消される。それが決まりだ」
オーチェが…消される。
オーチェに対して確かに下心はあった。
でも、オーチェの手を取ったのは…別の理由もある。
彼女は、共に戦ってくれと言ってくれた。
俺なんかに頼る女の子なんて今までいなかった。なのにオーチェは俺と共に戦ってくれと…俺を宛にしてくれた。
そんなオーチェが消える。
そんなの…良いわけがない!
初めて…初めてダメ人間の俺を必要としてくれた女性なんだぞ!
俺は歩みを止めシエロの方へと戻って行く。
「なあ、俺…勝てる…かな?」
「さあな。ただ、スピリットスキルが無いと間違いなく勝てない」
優しさの欠片もない言い方をするシエロにムカつきはする。だが、そんなこと言ってはいられない。
覚醒できなければ、スピリットスキルを使ってくる相手に攻撃手段を持たずに挑むことになるわけだしなぁ…。
「どうすればいいか教えてくれ、シエロ」
形振り構ってられない。こんなストレートな聞き方をすればシエロから文句の一つでも言われるだろう。しかし俺には選択肢は無い。
じゃあ対戦相手から逃げられるのか?と言えば…無理だ。
俺は足も遅いし体力もない。
それ以前にそんな不思議な力を持った相手が素直に逃がしてくれるなんて考えられない。
だったら戦う以外選択肢は無い。
「なに、難しくはないさ。オーチェの手を握った時に何が起きたのかが手掛かりになるはずだ。よく思い出してみるんだ」
思い出す…柔らかく温かい手。いい気持ち…その後の胸の感触…いや、変な力が湧き上がりそうになる。
ではなくて…。
「そう言えば…手が輝いていたような…」
そう、確か手を握った時、輝いていたのを覚えている。
あれは嬉しさのあまり、俺が勝手に脳内でエフェクトを付けたのがとばかり思っていた。
「後はイメージだ。その輝きをどうするか?をイメージしてみろ」
シエロの言葉に頷き、イメージしてみる。とりあえず、指先を光らせてみる…とかでいいかな?
俺は人差し指を天に向けて立て、じっと見つめる。
光れ…光れ…。
とりあえず念じてみるが…そんなこと、起きるわけない気もするが、とりあえずやってみる。
これで指先が光ったら、災害時に懐中電灯が必要なくなるわけだ。実に便利な能力になるなぁと想像する。
馬鹿げてるが、つい、自分の指先で暗闇を照らすところを想像してしまった。
自分の頭の中に綺麗に想像できた。我ながら妄想…いや、イメージは上手いと思う。なんせ、夜中、とてもその技は実用的で…。
「えっ!?」
俺のは思わず声を出してしまった。
目の前の異様な光景に。
俺の指先から天に向かい、一筋の光が薄い柱を作っているのだ。
「ひ、光った…」
指先を近くの壁に向けてみる。すると、その壁に光の円が現れた。しかも、かなり明るい。
「それがお前のスピリットスキル、光のコントロール『アマテラス』だ」
「光の…コントロール…アマテラス…」
あまりにも非現実的な出来事に声を失う。
俺の指先、懐中電灯になりました。とかふざけている場合じゃない!
「これって…イメージしたらそうなるってことなのか?」
もしそうなら、とんでもないことである。人間発光機にもなれる…のだが、何の役に立つ?
「そうだ。光はお前のイメージ次第でコントロールできる。それで、敵と戦うんだ」
何だか未だ信じられないので、もう一度違うイメージをしてみる。
全身から光が放たれて、辺りが明るくなる…。
そう、まるで後光のように…。
目を閉じてイメージする。そして、ゆっくり目を開ける。
辺りが異様に明るくなっている。シエロの影、俺の影の伸び方から、光源は…俺の後ろにある。
「すげぇ…」
こんなに驚いたのは幼い頃、サーカスで見た空中ブランコのアクロバット以来かもしれない。
いや、当然それ以上とは思うけど。
しかし、少し冷静になると、大きな問題にふと気がつく。
「で…これ、どうやって攻撃するの?レーザーとか?」
光と言えばレーザーくらいしか攻撃を思い付かない。それ以外何かあるのだろうか?
「じゃあイメージしてみろ。もしかしたらできるかもしれないな」
シエロに言われ、俺はゲームやアニメで見たことある映像と俺の指先から発射されるイメージを重ね合わせる。
すると、指先から光の線が向けられた壁に一直線に伸びた!
「お!いいじゃ…ん?」
光が伸びたのはいいが、壁は無傷。ただ、一点が明るいだけである。
「レーザーポインターか…便利だな」
冷ややかな呆れの込められたシエロの言葉にカチンときたが、残念ながら俺もどうしていいかわからない。
「イメージ、合ってると思うんだけどなぁ」
何度もやってみるが、シエロがそれを追いかけて遊ぶのには良いが、攻撃力は微塵も発生させなかった。
「もしかして…光って…攻撃に向いてない…とか?」
後、思いつくのは目眩しくらいだ。逃げるのには使えるだろうけど、相手にダメージを与えるものは他に思いつかなかった。
自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。
光の性質って昔理科で習ったような気もするが、大半の授業を右から左にしている俺の頭に全く残っていない。
さてと、これでどうやって戦えと言うんだろうか?
「なぁ、シエロ、何かアイデアないの?俺の乏しい知識では光を攻撃にする方法が思いつかないんだけど?ナビゲーターなんだろ?ヒントくらいくれよ」
半ば投げやりに聞いてみる。
そんな俺にため息を吐くシエロ。
完全に呆れているようだ。
「あのな、ケンカすらまともに勝てない俺だよ?頭も悪いし…何か…こう…必殺技!みたいなのないの?」
「あるか、そんなもん。全てはお前のイメージだ。俺がどうのこうの言ってもお前がイメージできなきゃ同じだ」
ナビゲーターとか言いつつこの程度とは…使えない猫である。
仕方がないので俺は光で遊んでいた。
空中に絵を描いたり、スポットライトのように色んな箇所を照らしてみたり、光の玉を作り投げてみたり…。
ダメだ。
どれも宴会芸の域を出ない。
「なぁ、パフォーマンス対決とかにできないの?」
そろそろ面倒になってきたのでダメ元でシエロに尋ねた。
「それ、相手がOKすると思ってるのか?真面目にやれ」
それもそうだ。しかし、そんなことを言った直後、シエロはあくびをしていた。お前も真面目じゃねぇだろ!
「一夜漬けにはなるが、光について学んだ方がいいな。今のお前なら、真剣にやれば何か手掛かりが掴めるかもしれないしな」
「はぁ?これだけ色々やらせて帰って勉強!?じゃあ何でここに来たんだよ」
確かに光は操れることが分かった。でも、それなら部屋でもできたことだ。わざわざこんな所に何で連れてくるか分からなかった。
「理由、聞きたいのか?」
急に真面目なトーンで俺に聞いてくるシエロ。聞くとマズイことでもあるのか?
「何だよ、理由って」
シエロの都合を無視して聞いてみる。戦わされる以上、気になった以上、知ることができるなら知っておきたい。
「お前に戦う資格を得てもらうためだ」
資格を…得る?何のことだ?
俺がキョトンとしているとシエロはニヤリと笑みを浮かべ話を続けた。
「スピリットスキルが覚醒しなければ、戦う資格なしとして、別の者を探さないとならない。だからお前のスピリットスキルを覚醒させたわけだ」
ん?つまり…だ。俺がこの能力に覚醒しなければ…俺が戦わなくて済んだってことじゃないのか!?
「シエロ!お前…俺を騙したのか!?」
「騙したと言えば騙したことになるな」
悪びれずさらっと言うシエロ。
卑怯とも言えるシエロの行動に少しずつ怒りが込み上げてくる。
「このクソ猫!」
怒り任せに近くにあった石をシエロに投げつける。だが、シエロは澄まし顔で石を避けた。
「怒ってるのか?むしろ感謝して欲しいものだな」
シエロはゆっくりと歩み寄ってきた。そして俺の目の前に座ると後ろ足で耳の後ろを掻き始めた。
「どこをどう感謝するんだよ!俺は戦いに巻き込まれたんだぞ!」
「感謝されることは二つある」
俺の怒りを無視してシエロは続ける。
「一つは…お前の身体能力の向上だ。スピリットスキルが覚醒すると、身体や頭脳の能力が上昇する。簡単に言えばお前もこれで少しはまともになったってことだ」
身体や頭脳の向上?どういうことだ?
俺の疑問を知らずにシエロは更に話を続ける。
「もう一つは…覚醒しなくともオーチェにスピリットスキル覚醒のきっかけを与えられた者は危険視される。ゆえに…覚醒できない場合は、お前の存在した痕跡全てを消されるってことだ」
俺は言葉を失った。
「それにこの戦いはな、敗者は…存在とその痕跡を完全に消される」
シエロの言葉に思わず「えっ」と声が漏れた。
殺されるではない。
存在した痕跡を完全に消される…。
自分のこの力を見れば「存在した痕跡全てを」と言った言葉を「ウソだろ?」とは言えなかった。
鈍感な俺でもシエロの言葉に思わず後ずさりしてしまった。
「どうだ?感謝する気になったか?」
「す、素直に感謝なんて…できるかよ!」
声が…震えていた。
存在が消される。
いくらくだらない人生と言われたとしても、自分が消されてしまうなんて想像したこともなかった。
気が付けば俺の体は…震えていた。
「い…嫌だ…」
俺は…恐くなった。俺が負けたら俺が消される。それも嫌だが…もし、俺が勝ったら…相手が消されるということ…。
俺が相手を殺さなくとも、間接的に対戦相手を殺す…いや消すことになる。
「逃げるな、空。お前は勝たなくてはならない!お前が勝たなければ…」
「うるさい!俺は…俺は戦わないからな!」
俺は…どこに向かうとなく、その場から駆け出して…こけてしまった。
「逃げたいなら逃げてもいいさ」
思わぬシエロの言葉に「えっ!?」と間の抜けた言葉が漏れた。てっきり軽蔑され、バカにされるのかと思った。
「なぁ、お前は肉を食ったこと、あるか?」
何の脈絡もないし、あえてなぜそんなことを聞いてくるのは分からなかったが、答えは頷くことで返した。
「肉は、最初からあの状態じゃない。お前は牛や豚を殺して解体して食っているのか?」
そんなことはしたことない。俺は首を横に振る。
「あれだって誰かが牛を殺して解体してお前が食うわけだ。もし、その牛を殺す者が嫌になったとしても、肉を求める者がいれば別の者が牛を殺さなくてはならない」
まだシエロの言いたいことが分からない。
そう思う俺の横に座り、目を細めるシエロ。そこには少し険しさがあるように見えた。
「お前は牛を殺す側に選ばれたんだよ。誰もがやりたくない役割がお前に回って来たってことだ」
今、俺にも意味が分かった。俺は厄介な役割を引き受けたのだ。
もう今にも逃げ出したい気持ちが心に広がってくる。
そんな俺を更に追い詰めるようにシエロは言葉を続ける。
「お前が逃げて消されたら…結局誰かが選ばれて戦うんだ。これは誰かがやらないと終わらない。お前に牛を殺す役割が回ってきたんだ。それを放棄しても次が選ばれる。その次が…お前の知らない誰かかもしれないし…もしくはお前の知る誰かかもしれない」
シエロの言葉で脳裏に焦馬や香織、妹の間子やクラスメイトの顔が浮かんでは消えた。
「戦うにしろ、逃げるにしろ…お前は決断しなきゃならない。自分の進む道ってやつを…だ」
自分の進路すらあまり考えてない俺に人生の分岐と言える選択が、果たしてできるのだろうか?
どちらも地獄という二択なんて…選びたくない。
でも、選ばなくてはならない時というのが今、目の前にやってきたのだ。
「先に帰ってるぞ。お前が翌朝まで帰ってこなかったら、俺は去る」
ゆっくりと立ち上がるとシエロは俺に背を向けて歩き出した。
「お、おい、待てよ…」
シエロを引き止めようとして出た言葉だが、その後が出てこない。
さっきまで自分のスピリットスキルが分かり、あんなにテンションが高かったのが嘘のように気持ちが沈んでいた。
俺が逃げても次を探すだけ…。
だからと言って俺がなんで…いや、理由はどうであれ、手を取ったのは俺…か。
過去は今から変えられるものではないことくらいは分かっている。
でも…こんな…途方もない戦いに参戦して、俺なんかが生き残れるのか?
まだ寒さを感じる春の夜、俺は暗くなった廃工場から見える月を眺めながら、どうするか?を賢くない頭を必死に使い考える。
こんなとんでもない選択肢の正解なんて…俺のバカな頭から導き出せるのだろうか?




