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13 師となる理由

何も考えないようにして食べた昼飯だったが、正直な感想を言うと…過去一美味い食事だった。


話によると雫は、幼い頃から親の手伝いをして料理を作っていたらしく、今では趣味でいろんな国の料理を作ったり、気になった出汁は買って試すなど高校生ではなく料理人のような生活をしているらしい。


つまり、学校で見ている読書好きで大人しい、控えめな雫とは違う一面を見れたわけだ。


「ホントは明日も作って来たいんだけど…」


残念そうに言う雫だが、その言葉に失態が含まれているのに気がづき、顔を真っ赤に染め上げた。


だよね。


これ、やっぱり作り過ぎたって感じじゃないよね。「明日『も』作って来たい」って言っちゃったし。


俺の視線に気がついたのか雫はまるで溺れている人のように必死に訳の分からない手振りで誤魔化そうとしているが…時すでに遅しだな。


「さすがにこれ、明日も…というのは大変だろ?無理しなくていいよ」


「あ、そうじゃないの」


…これ、無理してないの!?ウソだろ!?俺の頬を一筋の汗が流れた。


もう本職の人だろ、これ。


「好きで作ってるから料理は苦にならないんだけど…明日、用事が合って学校休まなきゃならないんだ。だから作って持ってこれないの」


明日は土曜日なので、昼ご飯は無くても構わないのだが、もしかして…これから毎日この量作ってくるのか!?それは嬉しい反面、気持ちが非常に重たい。


「…変だよね。昨日フラれた相手にお弁当作ってくるとか」


急に改まって俺の顔を見つめる雫。


いきなり返答に困る質問をブッ込んでこないで欲しい。


先ほどの弁当の味が消えてしまいそうだ。


「でもね、私諦めないよ。空くんに好きな人がいないなら…私…」


次の言葉を必死に言おうとしているが、雫の目から大粒の涙が流れる。


俺はどうしていいか分からず、動けず、ただ雫の次の言葉を黙って待った。


喉を鳴らして息を呑む雫。


何とか言葉にしようと無理やり感情を抑え込もうとしているように見える。


「げ、月曜日、また、お弁当作ってきて…いいかな?」


涙がまだ止まってない顔で必死に笑顔を作り、俺に微笑みかける雫。


恋する女子の気持ちは分からないが、それで気が晴れるなら俺に断る理由は無い。


それに…美味しいし、俺の母親より料理が上手いし、断る理由はないのだが…甘えていいのだろうか?


俺は…雫の想いを断った男…だから迷ってしまう。


それもあって俺は今日の雫の作ったこの弁当が重く感じたのかもしれない。


「ううん。いいかな?じゃなくて作ってくる!私、月曜日のお昼のお弁当も作る!」


まるで人生の大きな決断をしたかのように拳を握り締め、胸の前に持ってくると天を見上げ清々しい顔をする。


「ねえ、空くんの好きなおかず教えて!」


眩しい…。


なんて希望に満ちた顔してるんだ…。邪な俺には眩しすぎるよ、雫。


「もしくは食べたいおかずでもいいよ!」


おかず…か。


最初に浮かんだのは…食品ではなかった。


オーチェの顔。


何でかは聞かないでほしい。


健全な男子高校生である以上、仕方ないし普通だよな!普通だよな!普通だ・よ・な!


必死に自分に言い聞かせる。


自分は普通である…と。


いや、そもそも普通ってよく分からないんだけどな…。


返答しない俺にしびれを切らしたのか、雫が俺に顔を近付けてくる。


雫の息が俺の鼻に当たる。


真剣な眼差しの雫。


こんな間近で…雫の…可愛いらしい顔が…可愛いらしい…顔が…。


どこかで「心臓が早鐘を打つ」って表現を見て「早鐘ってなんだよ?」と言った覚えがある。


もしかしたら、今の俺の状況がそれなのか!?


鼓動が早い。


体温が上がっている気がする。


手に汗かいてきた。


口も乾いてきた。


俺、どうしてしまったんだ!?


これ…このまま…キス…できる距離…だよな!?


そんなことを思うとさらに鼓動が早くなる。な、何とかしないと…り、理性が…。


「と、とんかつ」


何とか踏ん張った理性により絞り出した言葉であった。


その言葉に「あー。確かに今日なかったね」と言いながら雫の顔が離れていく。


俺は今日、とんかつに助けられた。


今度からとんかつを食べるときは心の中で感謝の祈りをささげることにしよう。


食べ終わった重箱を手際よく片付ける雫。


そんな雫を見て…少し心惹かれてしまう。


断ったのに諦めないし、自分なりに作戦考えて実行しているし…ホント凄いけど…。


でも…焦馬がいたら俺、こんな経験、できなかったんだよな…。


そんなことを考えているとふと、何とも言えぬ…自分に都合が良すぎる言い訳が浮かんできた。


そうか…焦馬が本来するべき体験を…俺は代わりにしていかなきゃならないんだな…。


雫に手渡されたデザートのプリンを食べながら、俺は…思わず苦笑してしまうのだった。





「初体験の気分はどうだ?楽しかったか?」


家に帰り部屋に入るなりシエロの嫌味を浴びせられた。


コイツ、どこで見張っているんだか…。


「さて、今日はどうするんだ?また迷い多き高校生として公園でいじけておくか?」


絶対俺が攻撃したこと恨んでるな、シエロ。いつにも増して嫌味が多い。


「俺…焦馬の分まで生きなきゃならないんだよな」


責任の取り方なんか分からない。


焦馬のことについては誰からも咎められることはない。


だが、俺は覚えている。


だからこそ…焦馬の分まで生きて、償いをしなきゃならないと思う。


そのためには…生き残らなくてはならないはずだ。


「何でもいい。じゃあ修行を始めていいんだな?」


「その言い方は気に食わないけどな。いいよ、やるよ」


また…誰かを消すことになるかもしれない。


だとしても…逃げても戦っても俺の背負ったものに変わりはない。


ったく、雫の美味い弁当、本来は焦馬、お前が食うはずだったんだからな。


「いつものとこに行くぞ」


いつもの所。


俺の修行の場として定着しつつある廃工場へと向かう。


無理やり支えた信念らしきものを言い訳にしながら、俺は自分の部屋を出ていくのであった。





「スピリットスキルを次の段階に進める」


前説明無しの言葉に頭に疑問符が無数に浮かぶ。


そこでバカにするようにシエロのため息。


「あのな、それで理解できるわけねぇーだろ!」


「分かってる。お前の頭に入ってるのは八丁味噌だってことくらい。説明してやるからよく聞け」


シエロ、前より性格悪くなってないか?これは俺からやられた事、相当根に持っていると思ったほうがいいようだ。


「お前の使い方を仮に自転車の初心者の運転と位置付けるとしようか」


何だろ?シエロに言われると初心者ってのがバカにされたように聞こえてしまう。


まあ、使い始めて一週間も経過してないんだけど。


「自転車も慣れたら速度を上げたり、ゆっくりとしたブレーキで止まれたりと考えた通りに、時には反射的に適切な運転をしたりすることができるだろ?」


「意識したことあまりないけど、そう言われたらそうだな」


「それをスピリットスキルでやってもらうだけだ」


どういうことだ?自転車に乗るようにスピリットスキルを使いこなすってことなのか?


「面倒だな。もう一度見せてやるから俺に攻撃してみろ」


ん?今…「もう一度」って言ったよな?俺は何を見たっけ?よく分からん。


「いいからお前のランデルーズを俺に撃て」


シエロにランデルーズを?


あ…。


思い出した!


そういえばコイツ、ランデルーズを消し飛ばしたんだ!


俺がシエロに対して脅すつもりで構え、シエロの言葉に逆上しランデルーズを放った時、シエロの前でランデルーズはシエロに届く前に消えた。


しかし、疑問が俺の中に浮かんできた。


どうして俺のランデルーズが消えたのか?


さっきの自転車の説明だと、乗っている自分で無意識レベルで自転車をコントロールするってことだよな?


俺の場合は光のコントロールをそうしろってことなのか?


だからこそ合点がいかない。


その話とシエロに俺の攻撃が届かなかったことと何の関係があるんだ?


シエロに何らかのバリアがあるのか?


考えても分からない。


理由は不明だが俺のランデルーズは以前防がれている。


「死んでも知らねぇからな!」


もう一度この目で見て確かめてやる!


シエロに向けて人差し指と中指を向けて、その先端に光を集める!


どうやって防いだか…今度は見逃さないからな!


「ランデルーズ!」


声と同時にシエロに向けて一直線にレーザーが放たれた!


しかし!


また、シエロの前に来ると俺から放たれたレーザーは霧散していく。


全ての光が消えたとき、シエロはあくびを一つして細い目で俺をじっと見た。


「これをしろと言うわけじゃないからな。光の攻撃なんて考えて防ごうとして間に合うものじゃないことくらいは分かるよな?」


それは当然だ。光の速さは見て反応できるものじゃない。


それなのに、シエロは俺の攻撃を防いだ。理解が全く追いつかない。


「つまり…だ。俺は光の攻撃が来るのが分かっていたから、光を無害化するようにコントロールした。なぜ無害化なのか?反射や消滅ではなく無害化という中途半端なことをしたか…分かるか?」


理解できないにことに理解できないを重ねるとどうなるのか?


答えは…全く分からない…である。


「アホ面してるところを見ると理解できてないようだな。答えは簡単だ。反射は鏡や水などの光以外のコントロールでも可能だ。消滅は他のスピリットスキルをランデルーズと同質のものに変え、ぶつけるなどでできる。しかし無害化は…光のコントロールが必要で、その上、見ても分かりやすいからだ」


「見て…分かりやすい?」


言われてみれば少し理解できる。


光をシエロのように霧散させるには…光の中の小さな粒子を自分に向かって来ないように粒子の方向をコントロールすれば見た目も分かりやすい光の霧散…無害化ができる…ということなのか?


いや待て!


シエロ…コイツとんでもない事言ったよな!


「まさか…シエロ、お前も…光をコントロールできるのか?」


「それがどうした?それくらい別におかしくないだろ?お前に光のコントロールについて教える者と考えたら普通気がつくだろうが」


びっくりしたどころではない。


喋る時点で普通じゃないとは思っていたが…まさかスピリットスキルが俺と同じとは。


いや、だからオーチェがシエロを俺の元に置いたと思えば納得せざるを得ない。


「いいか、次の戦いまでに無意識に光の攻撃、防御が発動するようになるんだ。もし次の相手が無意識にスピリットスキルを使えるレベルになっていた場合、お前は勝てない。自転車初心者が競輪の選手に勝てないようにな」


は?あんな手品みたいなこと、一朝一夕にしろってか!?


無茶苦茶を簡単に言ってくれるもんだ。


「コツとしては防衛本能や闘争本能と結びつける感じでやればいい。以上だ」


簡単かつ簡潔な説明ありがとうございます。実に分かりやすい。


「って!できるか!そんなこと!」


防衛本能や闘争本能に結びつける!?


どうやってだ?


ちょうちょ結びか?もやい結びか?


で、どこにあるんだよ、闘争本能や防衛本能は!?


その辺の木にでもぶら下がってくれてたりするのか!?


「シエロ!それは説明してるようで説明になってねえよ!」


自分が苦も無くできるヤツって本当に嫌になる!


才能や能力の高いヤツは「え?これくらい普通でしょ?何でできないの?」みたいなことを言ってくるが、それと同じだ!


それが簡単にできるなら、俺はお前みたいな性格が螺旋構造になっているヤツに教えてもらいたくないに決まってるだろ!


「別に他の説明をしてもいいが…お前の八丁味噌が理解できると思わないんだがな」


とうとう俺の脳みそは八丁味噌扱いかよ…。


つまり美味しいってこと…じゃねえよな!


いや、そんなことよりも重要なことがある。


「てか先に教えろよ!お前が光のコントロールできるとか!」


ただでさえ謎な猫なんだ!少しは情報開示しろよ!


「すまんな」


素直に謝るシエロ。これは予想外であり、俺は「あ、うん」としか答えられなかった。別に俺だって素直になってくれさえすれば…。


「八丁味噌どころかミソ自体入ってなかったようだな、お前の頭は」


そこか、謝るとこ!


頭に全身の血液が上がってきているのを感じる。


またもや怒りの感情が俺の許容量を超えそうである。


「お前は空手を習うとして、空手をやったことない者に教えを乞うか?俺だけじゃない。焦馬の連れていた柴犬も炎のコントロールができる。それくらい言わなくても分かるだろ?」


こんなに性格悪くとも、光のコントロールができる者はきっとコイツくらいしかいないのだろう。


しかも、先程も俺のランデルーズを無効化して見せた。


何だよ…。


俺は褒められて伸びるタイプなんだ!


シエロのような嫌味でメンタル削ぐような師だと成長できそうにない!


「ほら、空…いや、『カラ』、やるぞ」


コイツ…空を「カラ」と言いやがった!上手いこと言ったつもりか!?


「て…め…え!!」


俺はもう、沸騰した血液の勢いのまま、シエロを仕留めるつもりで攻撃を繰り出した。


だが、一発もかすりもしない。


光を使った攻撃も拳も蹴りも当たらない。


まるで当たらない。


石を投げるという意表を突いた攻撃すら意味を成さない。


さすがに息が切れてきた。焦馬との戦いでもここまで疲労困憊にはならなかったぞ…。


「まさかお前にそんな才能があったのは意外だったよ」


ゆっくりと俺の前にシエロは歩み寄ると、ちょこんと座った。


俺の才能?何か特別なこと、やってたのか?


「創作ダンス、なかなか上手かったぞ。今度の戦いで使うつもりか?」


「創作…ダンス?」


「あぁ。一人で必死に動き回って一人で疲れている…それはダンスとしか思えないだろ?」


何だよ…コイツ、何か嫌なことでもあったのか?


言葉攻め、ちょっと激しすぎだろ!


俺はどちらかと言えば攻められて喜ぶんじゃなくて攻めたいタイプなんだけどな!


「何なんだよ…お前。何か嫌なことでもあったのか?…八つ当たりはやめろよな」


「八つ当たり?」


シエロの目が細くなる。


その目は睨むというより呆れているように見えるのは気のせいか?


「俺が本気で八つ当たりしたらお前なんかもう生きてないことくらい分かれよ。俺はお前が無能過ぎて情けないだけだ。それとも何か?自分は俺に八つ当たりされても大丈夫なくらい強いとでも思ってるか?実におめでたい頭の中だな。ホント名前の通り『からっぽ』の頭だな」


気のせいではなかった。


本当に呆れているのだ。


しかし悔しいことに体が近所のおじいちゃんのようにヨタヨタと歩けるだけで、まるで話にならない。


「考えなしに攻撃するからだろうが。お前、これが戦いならこの後、相手から攻撃されて終了だってことくらい気付け」


反論できない。その通りである。


前回の焦馬との戦いも無計画で戦って、追い詰められた。


あれは運よく勝てたとしか言えない。


もし焦馬がもっとスピリットスキルを上手く使えていたら…負けたのは俺だった。


こんなことならもっと体鍛えておくべきだった。


こんなことならもっと本読んでおくべきだった。


こんなことならもっと自分の根性を鍛えておくべきだった。


後悔が頭を占拠する。


どうして…こんなに俺は弱いんだよ…。


何のために焦馬を消してまで…俺は生きているんだよ…。


「いつまで休んでいるんだ?十分経過したぞ。それとも何か?また大人のお姉さんに慰めてもらわないとダメなのか?」


ここはどこかの軍隊か!?


シエロ教官に罵倒されながらトレーニングする空二等兵って感じか!


冗談じゃない!


「少しは優しくしろよ!」


「構わないが、それで勝てるのか?」


正論である。


俺がすぐ甘えてしまう性格というのを理解してるとしたら…褒められたらその気になって、何もしなくなるだろう。


シエロ、お前、実はちゃんと俺のこと考えてくれていたんだな。


「心配するな、空」


不安な表情をしていたのだろうか?シエロは真面目な顔をして俺に優しく話しかけてきた。


「シエロ…」


「俺は罵倒するのを楽しんでいる。お前のメンタル、どこまで耐えられるか楽しみだな」


前言撤回。


コイツが最も倒すべき敵であると今日、改めて認識させられたのであった。

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