11 ねじれていく世界
彼女が一度もできたことのないモテない男子高校生なら、告白されたらまず、舞い上がり、ドキドキし、興奮して眠れないだろう。
だが、俺は違った。
さっき告白されたのだが…素直に喜ぶことはできなかった。
これは本来、俺ではなく火野焦馬がされることだったからである。
俺の記憶だと、明日、さっきいた公園でちゃんと火野焦馬に水野雫本人が告白するという流れだったからだ。
なのに…その相手が俺になってしまった…。
水野雫に悪気はない。
火野焦馬のいない世界ではこうなるのかと思えば仕方ない事なのかもしれないが、火野焦馬のという存在の記憶を持つ俺としては横取りみたいな気分になってしまう。
ちなみに水野雫は昨日も公園に下見に来たらしい。そして今日も…だ。
下見しても同じはずだけど…恋する女の子の気持ちは俺の頭では理解できそうにない。
その結果、一日早く「俺に直接告白する」という雫のミッションは無事に達成できたわけだ。
ただ…。
俺の答えが全てを台無しにしたことを除けば…。
水野雫は確かに可愛いし、控えめで、話をしてみるとアニメも見るしゲームもするようなので俺と話が合わないわけではない。
これが、火野焦馬のいる世界で俺に対して起きたことなら、これから夜は雫との未来のことを考え睡眠不足確定だろう。
でも…そうなることはない。
雫が俺を好きになった理由を聞いて俺はとんでもない事実を知った。
好きになった理由は、雫が高校に入学したての間もない時のことだそうだ。
雫が授業のため、教室を移動することになった時に事件は起きた。
その時、雫は俺とも香織とも別のクラスで、友達がまだできてなかったので一人、クラスに取り残されてしまった。
休憩時間は短い。
困ってあたふたしている雫の姿を見た俺が「一緒に探すか?」と声を掛けてくれたとのことだった。
そして、俺は他の教科で少し顔を知ってる程度の教師を見つけると、移動先の教室を聞き出し、無事、雫を移動先の教室に送り届けた。
それが、俺を好きになったきっかけだそうだ。
俺にはその記憶は…無い。
そんなことをしたことはない。
だが、それをした人物は知っている。
火野焦馬である。
高校生一年のときは火野焦馬と同じクラスだったので覚えている。
高校に入学して間もない頃なのに授業開始ギリギリに息を切らせて教室に入ってきたことがあった。
理由を聞けば女の子が困ってたから移動先の教室を見つけ、そこに案内し、走って戻ってきたとのことだった。
その時は軽く茶化したが、それがきっと水野雫だったのだろう。
つまり、火野焦馬のやったことの一部は俺が被っているということなのだろう。
もし俺が焦馬に成り代わっているのなら、雫は俺を「空くん」と呼ばず、「焦馬くん」と呼ぶだろう。
俺が火野焦馬となった、というわけでないようだ。
ということは、俺だけではなく、火野焦馬が今までの人生で行ったことを色んな人々が少しずつ負担して、世界の均衡が保たれている可能性がある。
だが、俺から見たら違和感でしかない。
雫と俺の記憶に誤差はあるが、世界は何も無かったかのように進んでいる。
確かに偉人でもない限り、人ひとりの影響なんて少しずつみんなで補えば、誰かが消えても世の中に大した影響は無いとも言えるだろう。
あれだけ俺にとって大きな存在だった火野焦馬ですら、世の中に吸収されて、その存在が消えても問題無く、世の中は「普通」に流れているのだ。
雫を助けたのは俺ではないが、雫にとっては俺がやったことになっている。
まるで焦馬の功績を横取りした気分になる。
そんな気持ちではとても雫の想いは受け止められそうにない。
俺の決断は…きっと間違ってないと思いたい。
時は少し遡る。公園で告白された直後のことだった。
俺は、今の現状を明確には言えないが、伝えられることは伝えなくてはならないと思った。
「俺、やらなきゃならない大事なことがあるから、それが終わって答えていいかな?」と言って答えを保留にしたのだ。
これで何かのきっかけで断らなきゃならない場合…時間を先延ばしした分、雫にも俺にも精神的なダメージは大きいだろうなぁ。
雫は俺の言葉に何かを言おうとして、言葉を押し殺したように顔を背けた。
だが、しばらく沈黙をしていた雫が、言葉を切り出した。
「それ、いつ終わるの?」
と。
今日は五月二十日。前回、今回の戦いの日数を考えたら、来月には終わっているだろう。
その時は…雫が俺のことを忘れてる未来もあるかもしれないんだけど…。
「一ヶ月後の六月二十日に答えを返す。それでいいかな?」
不意に雫の顔が少し青ざめた気がした。
そりゃそうか。
自分は必死に想いを伝えたのに一ヶ月も待たされたら当然ショックだよな。
「ワガママなのは分かってるけど…明日…いえ、明後日じゃあダメ…かな」
必死に食い下がる雫。
それはワガママとは思わない。
ダメならダメでこの場で言ってくれたら楽というのも分かる。もしかして、その方がいいのだろうか?
何にしても初めてのことで要領が分からない。
少なくとも、一ヶ月も好きな人の答えを待たされるのは酷な話か。
これは断る方がいいのかな。
「俺が悪かった。その…ごめん。水野の気持ちに今の俺は応えられないんだ」
素直に答えた。それしか思いつかない俺の語彙力に腹が立つ。
「そう…。でも…ありがとう」
これで終わったと思ったのだが、雫は立ち上がらずまだ隣にいた。
「あの…その…」
何を話せばいいか、先程より分からなくなる俺に雫はまさかの笑顔を見せた。
「いいよ、気にしなくて。ただ、一つだけ聞かせて」
何だ?何を聞かれるんだ?全く予想できない。
俺はできるだけ表情に出さないように必死に頑張った。
「もしかして…好きな人…いたりするの?」
あ、いや、マンガとかでこういう展開見たことある。
そうだよね、フラれた理由ってその可能性考えるよね。
多分、落ち着いた時なら、これくらいのことは想像できたはず。
ただ、人生初のイベントに俺はまだ、思考が付いてきてないようである。
好きな人…。
いない…いや、今だとオーチェになるのかな?
でもあれは恋愛感情というより…身も蓋もない言い方すれば男の本能的な…だよなぁ。
いや、そうとも言えないのか?
俺がこの戦いを決意した理由の一つにオーチェを消させない!という決意もあったわけで…。
これは欲求…のためだけじゃない…よな?
「ひょっとして…香織のことが好き…とか?」
その言葉に間髪入れず「それはない」と返答した。
確かに見た目やスタイルは素晴らしいけど、それと引き換えに人間としての尊厳や自由を捨てる気はない。
香織とは恋愛でもなく、友情でもなく、主従関係が適切な言葉だと思う。
個人的にはオーチェみたいな優しいご主人…いや、オーチェも香織に近いかもしれない。
いきなり部屋にやってきて、俺の寝起きにあんな刺激的なものを見せつけ、一緒に戦おうと誘ってくる所なんか似てないか?
暴力的ではないが、有無を言わさない本能に呼びかける手段を用いて俺を従わせた…とも取れるわけで…。
「じゃ、じゃあ、今好きな人、いないの?」
思考を巡らせていた俺に雫が更に質問をしてくる。
これ、答えないとダメなやつなのかね?
「今はいないよ」
言葉にすると少し虚しい。
青春真っ只中の十七歳に好きな人がいない…。
つまりあれか?
好きな人はいないが、欲求不満は人並み。
…最悪の結論に行き着いてしまった。
「も、もしも、もしも、だよ?来週末、し、試験勉強をね、と、図書館で一緒にしようって言ったら一緒にしてくれたりしないかな?中間試験、近いでしょ!」
な、何だ!?もの凄い圧を感じる。
これは断ることができない空気だ。
というより、これって…デートのお誘い…なのか!?
雫って普段物静かなのに、こういう時、こんなに積極的になれるんだ。
考えてみたら焦馬に告白するために香織に協力を頼むくらいだ。それに香織と気が合うってことは…雫も女王様気質なのか!?
そう思うと、自然と首を頷かせてしまっていた。
これも日々香織に教育されているゆえなのかもしれない。
女王様の命令は絶対!と…。
告白については断りはしたものの、雫は諦めたわけではないようだった。
こういうの、昔のマンガとかなら男女逆のパターンだなぁ。
男が必死になって女性にアピールしまくって…最後はその努力で見事ハッピーエンド…みたいなのあった気がする。
でも、今は恋愛どころではない。
三日後、俺は…消えるかもしれないのだ。
悔しいがシエロにまた修行してもらうしかない。
謝って許してくれるか分からないが、まずは話し合おう。
俺は黙って家の玄関を開け、自分の部屋に行く。
何て言えばいいのか頭の中でまとまらないまま、自分の部屋のドアを開ける。
「シエロ」
電気を点けてシエロを探す。
この狭い部屋、探せばすぐに見つかるはずなのに…いない。
愛想つかせて逃げられたかな?
まあ、どうでもいいか。
それにしても疲れた。
俺はベッドに体を投げ出し、天井をそれとなく見つめた。
濃い一日だったよ。
焦馬が消え、俺は告白された。
嫌な考えが少しよぎる。
焦馬が消えなかったら…俺は告白なんてされなかったはずだ。これって…得…したんじゃあ…。
本当に自分のこういうところが嫌になる。
でも、必死になってる雫、ちょっと可愛かったなぁ。
焦馬は雫に対してどう言うつもりだったのだろうか?
アイツも今好きな人いなかったはずだ。
それは春休みの高校一年を振り返る会と称してハンバーガーチェーン店で開催された暇な独り身二人で八時間語り合った男同士の本音トークで聞いた。
焦馬のやつ、あえて誰か選べと言うなら間子だと言った時は兄として警告したのを鮮明に覚えている。
年下好きだから、やはり告白されても断ってたのかな?
流石にそんな理由だけで決めたりはしないだろ。だから、時間をくれと言ったのだと…。
違う。
俺は気付く。
気付いてしまった。
もし、焦馬がこの戦いに敗北する可能性を視野に入れてたのなら…自分の存在が消えれば、公園での雫との約束は無かったことになる。
まさか…初めから負けるつもり…だったとか…じゃないよな?
俺のようなヘタレならともかく、あのポジティブの塊のような焦馬に限ってそんなことあるだろうか?
今となっては先延ばしにした理由を聞く術はない。
「よぉ、感情爆発青春少年」
考えが一区切りしたのを見透かしたかのように頭の横から聞き慣れつつある声が耳に入ってきた。
「まさか告白を断るとはな。最初で最後かもしれないのに」
先程のことは無かったかのように皮肉の込められた言葉に少しイラついてしまった。
「うるさい。覗き魔かお前は」
趣味の悪い猫だ。
そんなに俺が苦悩している姿を黙って見てたかったのかよ。
「いや、俺は家の庭で月を見ていただけだ」
「ウソつけ!じゃあどうして俺が告白断ったって分かるんだよ!」
見てなきゃ分からないだろ!ウソなんか付くとこか、そこ!
「お前に異性の告白を受けるだけの器はないから、が理由だ。違うのか?」
言葉がこんなに破壊力を有するものとは知らなかった。
断った理由は違う。
だが、もし、焦馬が存在して、俺が普通に告白されたら、俺は反応しただろうか?
ちゃんと気持ちを受け止めてあげられたのだろうか?
自信がない…。
そうさ、どうせ俺の器という文字は口を四つ書いた中央に「大」ではなく「小」と書かれて表現されそうな器だよ…。認めるよ。
去年、間子におやつのプリン食べられてマジのケンカをした。
…しかも負けた。
半年前、間子に1000円貸してくれと言われて貸したのだが、日々顔を合わせるたびに「忘れるなよ」と念押ししてた。
ヤバい…俺の器…小さすぎる。
力無く膝から崩れて、両手を床に付け、項垂れた俺。
もう…立ち直れないよ…。
「さて、冗談はここまでにして…スピリットスキルを次の段階へと昇華させるぞ」
次の…段階?
必死に涙を堪えていた俺も真剣モードに切り替わる。
しかし…頭によぎる。
また、勝てば誰かを消すことになるのか…と。
そんな簡単に焦馬に対してやったことを割り切って次の敵!とはいかない。
「聞いてるのか、空!」
まるで嫌味な教師だな。まあ、教えてもらっている以上教師とも言えるか。
せめてオーチェが教えてくれてるならやる気も十倍にはなるのだが、別に猫派ってわけでもない俺には何の嬉しさもない。
その思いが顔に出たらしい。シエロの目が細くなり睨みを効かせて視線で俺に圧をかけてきた。
「まだうじうじ迷ってるのか?迷うのは勝手だが、人ひとり消した現実は変わらないぞ。そんなに嫌なら次でお前が消えろ」
俺に対する優しさの欠片もない言葉に思わずシエロを睨み返した。
「文句あるのか?別に聞いてやるが解決はしないことくらい分かるだろ?それともまた暴力で感情を発散するのか?そしてまた公園で女に慰めてもらうのか?」
気が付くとまたもやシエロに掴みかかろうとしていた。だが、今度はシエロにあっさり避けられた。
「何度も食うか、単純バカ。そんな動きでよく勝てたよな」
そこからは若干記憶が飛んでしまった。
うっすら覚えていることは本を投げたり蹴り飛ばそうと必死になったということ。
ただ、全て当たらなかったことは明確に覚えている。
どのくらいの時間やっていたのか、何を叫んでいたのかは全く覚えていない。
疲れて俺の動きが止まった時に背中から間子に飛び蹴りを喰らって吹っ飛んだとこから意識がはっきりとしてきた。
それにしても最近間子のやつ、背後に来ても気配を感じないが…忍者にでも弟子入りしたのか?
「シエロいじめるな!バカ!」
間子はシエロの元に駆け寄るとしっかりと抱きかかえ、俺に吐き捨てるように言って部屋を出ていった。
「誰も…誰も俺の気持ちなんか分かってくれないんだな…」
何の仕打ちだ?
俺…勝ったんだぞ。
勝っても…何も報われてないんだぞ。
せめて優しい言葉くらいくれてもいいだろ…。
時計は二十二時を過ぎていたが、俺は今度はスマホをポケットに入れて再び外へと逃げていった。
結局来たのは先程の公園。
おもむろに先ほど座っていたベンチに座り、手に持っていたスマホの画面を見る。
だが、俺の指は何かをするでもなく、ずっと味気ない待ち受け画面を映していた。
笑える話だが、焦馬がいなくなって俺には頼れる相手がいなくなったのだ。
香織には話せないし、こんな時間に女の子に会いに行くわけにはいかないし、話せる内容でもない。
さっきから気分の浮き沈みが激しすぎて疲れ果ててしまった。
まさか…ここまで心が壊れることがあるなんて思わなかった。
たった一回戦っただけでこれだ。これが続くと思うと…死んだ方がマシなのかな?
戦いに負けたら…俺の事を誰も覚えていないわけだし。
死ねば…知り合いの記憶には残るもんな。
「空…くん?」
思わず体がビクンとしてしまう。こんな時間に声をかけてくる知り合いがいるはずない…と思うけど。
「空くんだよね?久しぶりね」
女性の声。まさか雫?とは思ったものの、雫の声より少し低い。だが聞き覚えのある気がする。誰だっけ?
声の主は公園に入ってくる。近所のコンビニに行ったのだろうか?手に袋を持っている。
「あ、もう忘れちゃったかな?私だよ」
公園の街灯で顔が照らされる。
黒髪ショートヘア。少し吊り上がった目は微笑んでいるので弧を描いている。頬にあるエクボが可愛らしい。
こんな美人知り合いにはいないけど…いや、誰かに似ている…か?
だが、何とも無防備と言うか…タンクトップに短パン。寒くないのか?という疑問と、そんな肌を露出して警戒心は無いのか?という心配をしてしまう。
「波野常盤だよ。覚えてない?」
波野…あ!
「香織のお姉さん!…あれ?大学行って…いや、大学院行ってるって香織が言ってたような…ん?あれ?今年卒業ですよね?もしかして帰ってきてたんですか?」
波野常盤。香織の七つ上のお姉さん。
才色兼備という熟語さえ色褪せる才女である。
血筋なのか、美人なのは言うまでもなく、その上頭も良く、香織が空手の練習をしながらでも成績が悪くない理由は常盤が基礎をしっかり教えていたからと香織に聞いたことがある。
その上、香織よりも空手は強いとのこと。
香織が頭が上がらない数少ない人物の一人である。
しかも面倒見も良く、香織が一緒に遊んでいると焦馬や俺にも差し入れと言ってジュースをくれたり、香織のせいで泥だらけになった時は洗濯や風呂の用意までしてくれたりもしてくれた。
もし女神が地上にいるとしたらこの人で間違いない。
「今年の春卒業したよ。今は実家に帰って少しゆっくりしてるのよ。こんな感じにね」
常盤さんはコンビニの袋からハイボールの缶を見せてきた。
まあ、常盤さんはお堅い真面目人間と言うより、ほがらかで明るくて気さくな人というイメージだったが、それはあまり変わってないようだ。
何より香織とは正反対でとても優しい。
そう言えば幼い頃、俺が親とケンカしたときもここの公園に来て…その時も常盤さんが「どうしたの?」と声をかけてくれたことがあったのを思い出した。
あの時は常盤さんが話を聞いてくれて…最後は俺泣きながら抱き着いていたっけ。
今思い出すとケンカした理由が、晩御飯に嫌いなナスが続いているという子供らしい理由なので、気恥ずかしくなってしまう。
常盤さんは親に理由を話してくれて、その日はナス食べなくてもいいから明日は少し頑張ってみようか、と俺を励ましてくれた。
そんな常盤さんだが、大学が県外だったので、しばらく会っていなかったが…美しさに磨きがかかっている。
「どうしたの?何か悩み事かな?色々悩み多き年だもんね」
そう言いながら常盤さんはコンビニの袋の中をまさぐりだした。
何をしているんだろうか?と思っていると動いた手が止まり、俺の目の前にうまい棒が差し出された。
「まあ、これでも食べて落ち着きなさい」
「あ、ありが…!」
自然の流れ。
俺がうまい棒を常盤さんからもらおうとした時である。
常盤さんは身長が高い。170センチは超えている。
そんな常盤さんが俺にうまい棒を渡そうとすると自然と前かがみになり…重力に従うタンクトップが少し胸元をサービスしてくれた。
その上、このタンクトップは胸にパッドが入ってるのだが、少し空いている。相当きわどいところまで見えていますよ、常盤さん!?
いや、そもそもそのタンクトップのサイズ、合ってませんよね!?
そんなに前かがみになってもタンクトップがそこまで大きくずれたりしませんよね!?
「あれ?うまい棒明太子味は嫌いだった?」
手を伸ばす途中で止まった手を常盤さんはうまい棒の味の好き嫌いで止まったと錯覚したようだ。
「い、いえ、大好きです!」
俺は極めて冷静を装い、うまい棒を受け取った。
「ここで会ったのも何かの縁。もしよければ話だけでも聞こうか?」
俺が何も言えずにいると「よっこいしょ」と言いながら常盤さんは隣に座った。
どうしてだろうか?
おじさんが言う「よっこいしょ」はダサく聞こえるのに、常盤さんの「よっこいしょ」は色気さえ感じてしまう。
あっけにとられて見ていると、俺の視線に気づいたのか、いきなりタンクトップの肩部分をつまみ上げ笑顔を見せた。
「あー、やっぱ変だよね。これ、香織のなんだ。香織って私がいない間私より胸が成長しちゃっててね、私が香織のを着ると少し緩いんだよね…ってあ、今のは内緒だよ。勝手に香織の胸のこと話したって知られたら怒られちゃうからね」
飛び道具のような話題で俺が返答に困っているのを知ってか知らないでかは分からないが「あははは」と爽やかな笑い声で笑うと、今度はコンビニの袋から水のペットボトルを俺に差し出してきた。
「それ食べたら口の水分持っていかれるでしょ?これ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
分からん。
何で今日はこのベンチで一日二回も…しかも違う女性と話をすることになるんだ!?
いや、嬉しいんだけどさ。
「ごめんね、水以外はお酒しかないから。コーラでも買っておけばよかったね」
「い、いえ、そんなこと!」
俺は慌てて水を飲む。胃が空であることを水が俺に教えてくれた。
と言うより、俺、学校から帰って何も口にしてないな…。
そんな状態で勢いよく水を飲むから当然次に起きることは当然の事象である。
「ゲホッ!ゲホゲホッ!」
咽た。
なんで俺はこういう時にドジしちゃうんだろうか?
「大丈夫?慌てなくていいから。落ち着いて落ち着いて」
優しく背中をさすってくれる常盤さん。
その気遣いに俺は…今日、俺に対して初めての優しさが…ギリギリの心を崩してしまった。
恥も外聞もなかった。
俺は泣きながら常盤さんに抱き着きついてしまった。常盤さんはそれを何も言わずに受け止めて、頭を撫でてくれた。
それはまるで、幼い日を再現しているかのようだった。
俺はあの頃から体だけ大きくなっただけで…心はまるで成長できてないようである。




