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9 決着。それゆえに…

馬鹿げてる作戦ってのは実行するとき、変に笑えてくるので不思議だ。


幼い頃に焦馬と二人だけで夜中のコンビニへ親に内緒でお菓子を買いに行った時、何とも言えない高揚感を感じたのを思い出す。


その後、親が呼び出されてこっぴどく叱られたけど…。


さて、相手がどう出るか…だな。


「まさかこんなことに役立つとはな」


俺は自分の背後から目のくらむような光を放った。工場でスピリットスキルに目覚めて最初の方にやったやつだ。


相手はこちらを直視できないのか腕で光を遮るように目を隠す。


これでいい。


俺はその場で大の字に伏せた。


炎の柱は三メートル四方にまで狭まってきていた。


「光の特性を生かした大博打…さあ、引っかかってくれよ!」


履いているスニーカーの靴底が熱くなってきた。


俺の身長は170cm。


炎の温度は分からないが三メートル四方を切ったのだろう、俺の周囲が熱くなってきた。


サウナと思えば我慢できる範囲である。


「おい、アイツ…動揺しだしたぞ!犬に向かって何か言ってやがる!」


その姿を見るためにゆっくりと顔を上げる。確かにパートナーの犬に身振り手振りで何かを訴えている。


そう、俺は相手から見えていない。


俺は自らに当たる光を反射させないようにコントロールした。


光学迷彩というやつだ。


名付けてフラージュオプティってとこだな。


人は物体に光が反射することで見ることができる。


だから俺自身に当たる光を反射させないことにより、相手には俺が見えていない…はずだ。


俺は強烈な光で相手の目をくらませて、その瞬間に相手から見れば消えたようになったのだ。


そりゃあ相手からすれば急に俺が消えたように見えたはずだ。


動揺するのは当たり前だろう。


だが、炎の柱はまだ消えない。


辺りを見回す敵。再び柴犬と言い争っている。俺の方は見ていない!


「今だ!」


俺はレーザーを数発放つ。相手とは全く関係ない方向に。


レーザーは発射音も無いし速度が速いので相手に気付かれないはず!


放たれたレーザーの先には大きな岩があった。


そのレーザーは小さな岩に当たると反射した。


反射したレーザーは角度を変え、動揺している相手の頬を一発だけだがかすめることができた!


当たりはしなかったがすめたのだ!


光ってのは物に当たれば反射する。


それが岩だろうが地面だろうが!


ただ、威力は放出したままとはいかないが反射はする。


それでいいのだ。


相手は俺のレーザーが来た方角に炎の球を降らせた。


その時、炎の柱は…消えた!


どうやら相手は炎の柱と同時に別の攻撃を発動できないようだ!


読みは当たった!


俺は駆け出す!


相手との距離を詰める!


距離は二十メートルを切った!ここまで来れば外さない!


「喰らえ!」


俺は人差し指と中指を立て、相手に向ける!


「これがお前を仕留める光!ランデルーズ!」


掛け声とともに俺の二本の指先から光が相手の横っ腹をぶち抜いた!見事に横っ腹の肉をえぐり、風穴を開けてやった!


「勝った!」


さすがにこんなの喰らったら戦闘継続は不可能だろう。


「バカ!油断するな!お前の姿は見えているぞ!」


どうやら俺も攻撃と防御を同時にできないようだ。


俺の姿も見えるようになっているらしい。


でも…もう勝利したわけだし大丈夫だろ?


「上だ!」


確認するより先に後ろに飛び退く!


だが、少し遅かった!


俺を取り囲むように周りに炎の槍が数本突き立つ!


今度は逃げられない!


当たらなかったのは良かったが、難を逃れたわけではない。


熱い…かなりの熱さだ。


まるで真夏の炎天下のアスファルトの上にいるみたいである。


即死に至る熱さではない。


ただ、ずっとこのままなのは危険だ。汗がしっかりと流れている。


この熱さが続くなら俺の汗は流れ続け、脱水して熱中症となり、動けなくなるだろう。


炎の槍を破壊するためランデルーズを放つが、槍に穴は開くものの、すぐに再生してしまった。


また破壊は不可能…か。


ただ、気になることがある。


追い討ちが来ないことだ。


今の状況で炎を降らせたり、この槍の追撃をすれば相手の勝ちは確定なのは明白。なのに何もしてこない。


つまり、相手にも追い討ちするだけの力は残ってないということだろう。


相手はここから見えている。相手はこちらを見ているが、膝をついてその場を動かない。


もう一撃、当たることができれば…。


「あれ?」


おかしい…相手がぼやけてきている気がする。


しかも、腕を上げようとしても上がりにくい…。


何が起きたんだ!?


「体内の水分を失いすぎだ!この戦い、炎に囲まれてばかりで水分補給してなかったからだ!早く勝負を決めろ!」


シエロ…もっと早く言ってくれよ…。


やはり…ここまで計算して戦ってたってことかよ…アイツは…。


最初から詰将棋を仕掛けられたってことか。


炎の攻撃で俺は散々動かされ、更に炎の熱で知らぬ間に汗だくである。


水分はいつ補給した?


ここに来る前に何か飲んだか?


少なくともここに来る直前ではない。


しかし、ここに来ての体内水分はかなり減った。


ヤバい。光では水分を作ることはできない!


このままだと…俺…死ぬ…よな?


毎年ニュースになっている。季節の変わり目、急激に暑くなると熱中症で死者が出てた、と。まさに今、俺がその状況下ってことになる。


現実世界なら救急車を呼んで処置してもらう所だが、ここでは無理だ。


どうする?自由に動かない手を使ってランデルーズを撃つか?


俺は強引に腕を持ち上げるが…おかしい、上げようとしてるのに動かない!


まさか…これ、危険な状態なんじゃあ…。


水…少しでいい…水分を…。


「おい、しっかりしろ!早く倒せよ!」


シエロが必死に訴えてくるが、何だか熱っぽいし…汗…出てきてないし…これは…俺…死ぬかな?


「くそ!このままじゃあ…!」


意識も薄れてきた…。


水分…そう言えば…間子のヤツ、カバンにいつもスポーツドリンク…入ってたよなぁ。


まあ、アイツはよく運動するし…この時期でも水分補給…意識してたよな。


俺も持つように…すればよかった…な。


あぁ。今にもそのスポーツドリンクの味が…口の中に広がってきそうだ…。


間子やつ、スポーツドリンク…自作なんだよな…。


試しに飲ませてもらったら…ハチミツとレモン果汁、少しのミネラル塩入ってて…微妙な味だった…なぁ。


そう…白い大きな水筒に…入れてた…よな。


「ゲホゲホッ!」


いきなり(むせ)た。


唾液の飲み込み方、間違えたか…。乾きすぎた喉って…唾液が…引っかかって…。


いや、この味は…。


ハチミツ?


どういうことだ?


この味…間子のスポーツドリンクの味?


まさか…な。味覚まで狂ったかな。


そう思ったが、確かに喉をあの微妙な味のスポーツドリンクが通っているのが分かる。


一体何が…起きてるんだ?


理解は追いつかないが、俺の喉の渇きを潤してくれている液体があるのは現実のようだ。


「空!しっかりしろ!何とかして相手にトドメを刺せ!」


無茶苦茶言うなよ、シエロ…。手が思うように…。


いや、さっきより何とか…動く…気はする。でも…力が入らない…。


そうだ…。


「シエロ…俺の腕の下に入って…持ち上げてくれ…」


俺の弱弱しい呼びかけにシエロは返答はしなかったが、俺の意図を理解してか俺の右腕の下に潜り込んだ。


「方角を…指示…しろ!」


背に俺の腕を載せ、必死に立ち上がるシエロ。俺もできるだけ力を入れて腕を上げる。


「ちょい…右。少し…下げ…だ」


相手の方を見ると、相手も両肘を地面に着け、先ほどより苦しそうに見えた。どうやらお互いギリギリのところらしい。


つまり、ここで俺が撃てれば…勝てる!


「こう…か?」


即席のシエロ砲台が完成する。これで俺は相手にランデルーズを放つことができる。


「誰だか分からないが…お前…本当に凄いよ。でもな…」


俺は指先に光を集める。


これで…いや、マズイ!あっちの犬が俺に気が付いた!


慌てて犬が炎のヤツに何か言っている!


相手もこちらに顔を向けた!


「撃て!空!」


俺は…撃たなかった。


撃てなかったんじゃない。


撃つ必要が…無かったからだ。


相手はこちらを見ながら…そのまま姿勢を崩し、倒れ伏した。


そりゃそうだ…。横っ腹にまともに食らったんだ。効いてないならもう人間じゃない。


いや、光が操れるとかでじゃない。


人を…殺そうとしている時点でもう…俺も人と呼べない領域に踏込んだのかも…な。


いつの間にか炎の槍は消えていた。俺は何とか動く体を立たせると、ふらつきながらも相手の元へと向かった。


うつ伏せの状態で動かない…もしかして気絶したフリをして不意打ち…は無い気がした。


その理由は近づいて見た光景。


相手の周りにはかなりの出血があり、今でも俺のランデルーズで開けた傷から血が流れており、こんな状態でよく戦えたと相手の信念に驚かされた。


「勝負あり」


無感情な声が天から響いてきた。勝負の終わりを告げる言葉。それで思わず我に返る。


俺は…勝ったのだ。


だったら…。


「おい!セロ!コイツを…助けてやって…くれよ!コイツが…死ぬ理由なんか…無いだろ!」


無駄かもしれない。だが、わずかな可能性でもやれることはやるべきだ。


戦ってる最中は倒したい一心だったが、コイツの戦い方や信念は俺には無い、凄いもので…何というか、ここで死ぬべきヤツではないと思ったのだ。


「それは己の心を軽くしたいためだけの目先の言葉だな。その者は消す。それがルールだ」


俺はその言葉に反論できなかった。


そうだ…。コイツが生きてさえくれれば俺が人を殺したことが無かったことになるという思いが無いわけじゃない。


でも、そんなことよりも…真剣勝負をしたからだろう。


ここまで正面から向き合って戦ったことが無かったこともあったが、コイツに死んでほしくない!そんな気持ちでいっぱいになっていた。


「では聞くが、もしそいつが殺人鬼で、もう十人殺していたとしてもか?」


思わず言い返せなかった。


俺は…コイツの事を何も知らない。


もし、セロの言うことが本当だとしたら…俺は殺人鬼を助けたことになり、更に殺人を続ける可能性もある。


今は感情の高ぶりによって考えているだけで、冷静な判断ではない。


「なあ、シエロ」


思わず意見を求めシエロに話しかけるが、シエロは…背中を向けていた。俺とセロのやり取りを聞いているはずなのに、だ。


更に聞いたとしても、きっとシエロは答えてくれないのだろう。


気のせいかシエロは小刻みに震えているようにも見える。もしかしてセロが恐いのかもしれない。


仕方ないよな。


なんせオーチェの上に立つ神様だ。大企業の平社員が会長に遭遇したようなものかもしれない。


ここは無理強いするのではなく…俺の判断で決めるしかない。


「やっぱり殺さないで欲しい!」


これが今の本心だ。何を言われたとしても、これは後悔しない決断だ。


もし、本当に殺人鬼なら…その時は俺が責任を持って仕留めなくてはならない。


「何を言っても同じだ。消すのがルールだ。気にするな。世の中でそいつの事を覚えているのはお前だけだ。そいつは最初から存在していない事となる」


最初から…いなくなる?


存在を消すって…そういうことなのか?


つまり…誰もこいつのことを知らない…いや、いたことすら気が付かない。


文字通り存在そのものを根源から消すのだ。


俺はそのことに今更ながら恐怖し言葉を失った。


殺されても、誰かの記憶には残る。


だが、存在自体を無かったものにされたら…誰の記憶にも残らない。


つまり、生きてもないし、死んでもない。


誰もが何事もなかったかのように日常が進んでいく。


誰もそいつのことを気にも留めずに…。


「ま、待てよ!」


俺が声を上げたとき、俺の足を何かが掴んだ。


振り返ると、敵だった相手が俺の学生服のズボンの裾を掴んでいた。


そいつの手は震えていた。


最後の力を振り絞り、俺のズボンの裾を掴んだのだろう。


俺は思わず、そいつの手を強く握った。


「止めてくれ!こいつを消さないでくれ!頼むから!」


言い終わる前に…相手の体は消えてしまった。


文字通り、体も、流れていた血も…何もかも消えてしまった。


「では、次も楽しませてくれよ」


声は辺りに響き、消えていった。


「さ、帰るぞ」


シエロの無感情な声が聞こえたが、今の俺には何の返事もできなかった。


俺は…こんな気持ちになるために戦っていた…のだろうか?


いつの間にか溢れていた涙に気が付いたのは、握った手の上に涙が落ちてきてからであった…。





気が付くと学校の教室の自分の机であった。


時計は正午を五分過ぎていた。


俺には傷や火傷の跡は無く、のどの渇きもない。


ついさっきまでここにいて、そのまま時間が過ぎたように錯覚してしまう。


廊下を見ても何もない。


シエロもいない。


夢…だったのか?


いや、そうじゃない。


そうじゃないが、相手の存在そのものが消えたのなら…あの戦いすら無かったことになっているということか?


俺にだけ…いや、あの戦いに関係している者の記憶はあるかもしれないが、それ以外は無かったことになっている…と考えれば、俺の傷も、のどの渇きも無かったことになっている…ということなのか?


どこまでが現実に残っていて、どこまでが無かったことにされたのか分からない。と言うより頭での理解が追い付かない。


俺が頭を抱えていた間に昼休みになっていた。


今日は弁当を持ってきていた。


あんな出来事があったのに腹は減る。俺は弁当箱の蓋を開け弁当を食べる。


一口食べてみたが、これほど美味い弁当、初めてかもしれない。


生きている。飯が食える。


こんなことに感動する日が来るとは思わなかった。


俺は無我夢中で目の前の弁当を食べた。


昨日の残り物が入っている…いつも通りの弁当。


なのに嬉しくて…美味しくて…泣けてきた。


だが、スッキリはしなかった。当たり前か。


俺は誰かを消したのだ。


弁当は美味く感じたが、やったことが帳消しになるわけではない。


悔しいがセロの言った通り「それは己の心を軽くしたいためだけの目先の言葉」は当たっている。


これが嫌で…俺は相手を助けたいと本能的に思ったのかもしれない。


昼休みも考え事ばかりして過ぎた。


その後の授業も何を言っていたか、それどころか何の授業だったかも覚えていない。


想像以上に存在を消すということは重かった。


これをまだ、続けなくてはならないのかと思うと精神崩壊を起こしそうである。


「焦馬にでも話せたら楽なんだけどなぁ」


さすがにそれは出来ない。


焦馬にこんなこと話せばあいつは自分の事のように悩んでしまう。


何だかんだ言って優しいヤツだからな。


いや、話せないとしても一緒にたわいもない話をしながら帰るだけでも気が紛れるかもしれない。


そう言えば昼休みに俺のとこに来なかったけど、用事でもあったのかな?たまにあるから気にはしないけどさ。


この前は昼休み前の授業で使った教材の片付け手伝わされて、時間なくて学食で急いで食べて教室戻ったとか言ってたっけ。


でも、昼休みに焦馬が来てたら…話して少しは気が晴れただろうにな。


「どうしたの空。何か暗いよ?」


声をかけられて自分が俯いていることに気付く。


「香織か…。まあ、な。色々あってな」


色々…な。香織でもいいや。誰かと話して気分を紛らわせたい。


「はいはい。どうせ授業が分からないとか、弁当が美味しくなかったとかでしょ?あんたの悩みはどうせくだらない事なんでしょ?」


少しカチンときたが、香織に理解しろと言ってもムリに決まっている。


「お前と帰ってもいいけど、焦馬とも一緒に帰りたいから、焦馬待っててもいいか?」


俺の言葉に香織は怪訝そうに俺を見る。


「あれ?もしかして用事あって急いで帰らないといけないとか?」


もしそうなら、せっかく誘ってくれた香織に悪い…か。


「いいよ、一緒に帰ろうか。焦馬とは明日話すよ」


気を利かせたはずなのに香織は怪訝そうな表情を崩さない。何か悪い事言ったのか、俺?


「しょう…ま?その人、誰なの?」


香織の言葉に俺は咄嗟に「はい?」と返し吹き出してしまった。


「香織、焦馬とケンカしたか?そこまで言ってやるなよ。今回はなにやったんだ?」


一人笑う俺の前で香織が表情を崩さない。


どういう…こと…だ?


香織、冗談言ってるん…だよ…な?


「私、その『しょうま』って人とケンカなんかしてないし、そんな人知らないんだけど…空、誰かと勘違いしてる…とか?」


香織はここまで変な冗談を言う性格ではない。


何だ…どういうこと…だ…。


頭の中で…何かが…繋がる。


「おい…ウソだろ…」


違う。


それは無い。


あるはずが無い。


絶対にそんなことはない!


違う!


ありえない!


そんなことはない!


あってはならないんだ!


必死に自分の知る否定の言葉を並べ立てる!


頼む!誰か違うと言ってくれ!


そうだ…。


これは…焦馬が仕込んだ…ドッキリだ…。


そうだよ…そうに違いない!


か、香織も演技力が上がったもんだ。


「わ、わかった。わかったわかった。そ、そんなドッキリはセンスないぞ。どうせ焦馬が俺をからかうために」


「だから、その『しょうま』って誰なの?どこの学校に行ってて、どこに住んでてどんな人なの?」


香織の顔に冗談は微塵も無かった。むしろ俺を心配している表情になっている。


「大丈夫、空?寝ぼけている…とか?」


香織の珍しく本当に心配してくれている表情が俺に現実を突きつけてきた。


俺が…この手で消したのは…。


親友、火野焦馬だった。

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