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金星

作者: 夜穹

 挿絵(By みてみん)


 昔々、あるところに、アルモニカという魔女がおりました。


 アルモニカはそれはそれは強い魔女で、最強の魔女を自称しておりました。


(わたくし)にはこんなにも力があるのだから、人々の願いを叶えて回るべきではないかしら?」


 ある日そう考えたアルモニカは、森の奥から街中へと出かけていきました。


 手始めにアルモニカは街の人々に向かって心を読む魔法を使いました。


 しかし、聞こえてくる声はどれもお金や人よりも上に立つ事や恨みつらみの事ばかり、たとえば重い病気に悩まされている人なんていうのは、そうそういないのでした。


「なんてつまらないこと」


 ぼやくアルモニカでしたが、その時ぽつりと、こんな声が聞こえてきました。


『金星なんてどうやって手に入れるんだ?』


 その声の主は、夕暮れの空を見上げて途方に暮れている若者でした。


 なんて奇妙な願いを持つ人だろうと、アルモニカは彼をしばらくぽかんと見つめておりました。

 しかし、はっとして、アルモニカは若者に声をかけてみる事にしました。


「こんばんは。金星が欲しいのですか?」


 願いを言い当てたアルモニカに、若者は目を丸くしました。


「君は?」


「私はアルモニカと申しまして、とても力のある魔女ですのよ。こんなに力があるのだから、皆様のお願いを叶えて回るべきではないかしらと思って、森から街へ来たのです」


 若者はますます目を丸くして、アルモニカを見ました。


「本当かい? 本当に願いが叶うの?」


 アルモニカは自信満々にうなずきました。


「もちろんですわ!」


 すると若者は、嬉しそうに言いました。


「これこそ神のお導きだ!ありがとうアルモニカ!僕はロロ!実は僕には好きな人がいて、その子が金星を欲しがってるんだ。金星を持ってきたら僕のものになってくれるって約束してくれたくらいにね!」


「それで金星が欲しいのですね」


「叶えてくれるかい?」


「お安いご用ですわ!」


 当の金星は、夕闇の中で、夕日と月の間にぽつりと輝いておりました。

 アルモニカはそんな金星を指さすと、まず引き寄せの魔法を使いました。

 もちろんアルモニカは星がとてもとても大きいものだという事を知っていました。

 そこで、金星を小さく縮める魔法も使いました。


 小一時間して、空から金星が消えました。

 そして更に小一時間すると、空に火の玉が現れました。

 地球の大気とすれて火が付いた金星です。

 流れ星のように空を駆け、目の前までやってきた金星に水の魔法をかけて火を消したアルモニカは、ようやく手に入った金星をロロに手渡しました。

 お手玉程度の大きさになった金星は、何の変哲もない小石のようで、しかし、どこか普通の小石とは違う色と模様を持っていました。


「やった!金星だ!ありがとうアルモニカ!」


 金星を高く掲げるロロ。

 そこへ、街の人が話しかけてきました。


「おい、お前、そりゃなんだ?」


 ロロは慌てて金星をポケットにしまいました。


「ただの小石だよ、思い出の品なんだ」


「ふぅん、小石?よく見せてくれないか?」


「見ても面白いものじゃないよ」


「いいから出せ!」


 気がつくと、周りの人々が、みんなロロの方を見ていました。


「ねぇあんた、とっても良いものを持ってるだろう?見せておくれよ」


「そうだよ、見せてくれなきゃもったいないよ!」


 人々が口々に金星を見せるよう言い始めました。


 おそるおそる、ロロがポケットから金星を出すと、それを見た街の人々は目の色を変えて押し寄せました。


「それをよこせ!」


 アルモニカとロロはその場から逃げ出しました。


「待て!」


 ロロとアルモニカは、街の人々から逃げながら、街の外れの橋の下に隠れました。


「どうしてこんなことに?」


 ロロは困った様子でした。

 アルモニカは金星を指さして言いました。


「きっと、それが星だったからですわ。星の持つ不思議な力にひかれて、みんな押し寄せてきたのでしょう」


 アルモニカの言葉に、ロロは顔を真っ青にしました。


「何とかならないのかいアルモニカ。この調子じゃ、金星がいくつあったって足りないよ!」


「金星を空に戻すしかありませんわね」


「そんな!それじゃあ彼女に渡せないじゃないか!」


「ですから、一度金星を渡してから金星であるという証明の為に空に戻すのです」


 そこからが一苦労でした。


 金星を隠していても、道ゆく人々にはロロが何かを持っている事が分かるようで、次々と話しかけてくるのです。


「あんた、そのポケットの中身はなんだい?見せておくれよ」


「ただの石だよ」


「そんなはずないだろう?いいから見せろ!」


「いやだ!これは大事なものなんだ!」


「いいからよこせってんだ!」


 そこでアルモニカが魔法を使うと、人々は金星の事などすっかり忘れてしまいました。

 しかしそれからも、何度も同じような事を繰り返し、ようやく二人は街のはずれまでやって来ました。


「ここが金星を欲しがった子の……エマの家だ」


 その家を訪ねると、それはそれは美しい女の子が出迎えました。


「やあ、エマ。今夜の夜空には何かが足りないと思わないかい?」


 そう言って、ロロはエマに金星を差し出しました。


「まあ、なんて美しい石なの!」


 エマは目を輝かせて金星を受け取りました。


「でも、こんな綺麗なもの、どこで見つけたの?」


「私の魔法で縮めて引き寄せて手に入れたのですわ!」


 と、アルモニカ。


「実はね、これは本物の金星なんだ。本当は今すぐにでも、空へ返さなければならないんだ」


「金星……」


「約束してくれただろ?金星を持ってきたら僕のものになってくれるって」


「そうだったわね」


「エマ、僕のものになってくれるかい?」


 エマはため息を吐いて、言いました。


「普通は出来やしない事を条件にした約束は、嫌だって言ってるのと同じ事なのよ、ロロ」


「え?」


 エマはロロの手を取ると、その手のひらへ金星を返しました。


「あなたがおまけに付いてくる金星ならいらないわ。世の中の為にも、空に返した方がいいんじゃない?」


 ロロはしばらく、動きませんでした。

 それから、ロロは怒鳴り始めました。


「なんだ!お前なんか!この金星があれば、お前の代わりの女なんかごまんといるんだぞ!」


 ロロは、金星をぱくりと口に放り込むともごもごと少し苦しそうにしながら、ごくんと飲み込んでしまいました。


「何をしているの!?」


「これでお前は二度と金星を拝めない!ざまぁみろ!」


 エマはロロを平手打ちして言いました。


「このクズ!」


 そして、呆然とするロロを置いて、家へ戻ってしまいました。


 アルモニカも言いました。


「そんな事をしても今度はお腹を切り裂かれるだけですわよ!?」


「だけど少しは僕の血肉に金星が混ざるだろう?そうすれば僕も金星だ!たとえ金星の残骸がお尻から出ていった後であろうとね!」


 それからしばらく、ロロは意気消沈して暮らしていました。

 ロロの企み通り、ロロは引っ張りだこの人気者になりましたが、エマにふられたのが響いていたのです。

 その上、誰も彼も自分を呼びつけたりその場に留めたりしてはニコニコと上機嫌で中身のない長話を繰り返すので、うんざりしていたのでした。


 そんなある日、街の下水道の一角にたくさんの人が集まり、下水に流れる糞尿にまみれて何かを探している、という噂が立ちました。


 噂を聞いたアルモニカがその下水道の一角へ向かうと、ちょうど歓声が上がっていました。


「見つけた!」


「俺のだ!」


「いや、あたしのだよ!」


 人々が下水から見つけた小石を取り合っていました。

 ロロの体から出てきた金星です。


 アルモニカは、魔法で金星を玉乗りの大玉ほどの大きさに膨らませました。

 それでも人々が金星にすがりつくので、宙へ浮かすと、しがみついていた人々もたまらず地面に落ちました。


「これは空へ返すべきでしょう」


 そう言って、また二時間ほどをかけて、アルモニカは金星を元の大きさと元の位置に戻しました。

 金星はまた、夕闇の中で元通りのきらめきを放ち始めました。


 それから、街はいつも通りに動き出しました。

 しかし、少しの変化もありました。


 願いを叶えると言って回る魔女と、金星の代わりのロロ、二人の人気者が増えた事です。

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