第七回
成都に戻ると、僕はすぐに捕まってしまった。
「ほんっっっとにごめん!」
あの女の子だ。僕が助けたのに、なぜかビンタされたあの子。彼女が僕の目の前で土下座している。
「私を助けてくれたのに、なのに私、あんたをビンタしちゃった!本当にごめん!」
「いや、そんなことは…」
「その時は知らなかったけど、知らなかったなんて言い訳にはならないし。」
やばい、女の子が僕の前で土下座してるなんて…僕、もう終わりだ……ん?周りには見物人がたくさんいるけど、みんなただ興味本位で見てるだけで、僕に対して嫌な目は向けてこない?普通なら、亜美がこんなことしたら、僕も裕貴も社会的に終わるはずなのに…
あ!そうか、今僕は女装してるんだ!そりゃそうだよね。
「僕…僕は気にしてないよ。君が無事でよかった。」
でも、こんな状況でもまずは彼女を立たせなきゃ!
「優しいね、あんた!」
いや!抱きつかないでくれ……見てる人たち、笑わないで!助けてくれよ!あっちの人、聞こえてるから!「てぇてぇ」とか言ってるけど、違うんだって!!!!!!!
なんとか彼女を落ち着かせて、周りの視線を避けるために僕たちは宿屋に入った。宿屋っていうのは、中国風の旅館とレストランが一緒になってる施設だ。
「打尖ですか、宿泊ですか?」
店員がそう言ってきて、僕はなんとか答えた。
「打尖で。」
「はい、打尖二名様ですね。」
「うん。」
それで、僕たちはレストランに案内された。
メニューを見た瞬間、顔が青ざめた。値段が高すぎる!これじゃ他のプレイヤーがいないのも当然だ。
僕たちはまだ初心者で、持ってるお金も少ない。なのに、適当な料理でも2両はかかる。僕たちには到底払えない額だ。結局、一番安い包子を注文することにした。250文でひとつ。店員の軽蔑する視線が痛かったけど、仕方ない。僕は他の都市に行くためにもお金を残さなきゃならないんだ……
僕たちがいるのは宿屋の地階にあるレストランで、他にプレイヤーは誰もいなくて、NPCばかり。ステージで歌いながら琵琶を弾いている歌妓もNPCだ。
「本当に感謝してる。」女の子は頭を下げて言った。「しかも日本語が通じるなんて、よかったー。」
実はこのゲームには「翻訳くん」っていうAI翻訳機能があって、どんな言語でも翻訳してくれる。NPCとの会話はもちろん、プレイヤー同士の会話も翻訳してくれるんだ。ただ、プレイヤーの会話は一旦相手が話し終わるまで待って、それから1、2秒後に翻訳が聞こえてくるから、ちょっと会話がぎこちなくなるんだよね。でも、NPCはすごく頭が良くて、どんな言語でも通じるから、会話自体はスムーズに進む。
「このゲーム、あんまり日本のプレイヤーいないし。連絡先交換できる?」
僕も他のプレイヤーと一緒に遊びたいけど、裕貴も亜美もいないから、日本人プレイヤーを探すしかないんだ。ただ、ひとつ問題があって……
「僕、男だけど大丈夫?」
男が気軽に女の子と連絡先を交換するなんて、それに相手が美少女だとしたら……殴られるかもしれない。
「えっ?でも……」
「いろいろ理由があって、僕は男なんだ。」
「もしかして、男の娘?システムの検査すり抜けるなんて、すごくね?」
「いや……その……」
さすがに、実際に自分を偽っていることまでは言えないよな。
「大丈夫だよ!君は……いや、あんたは私の命の恩人だもん。あんたのこと、信じてるからさ。」
こうして、僕は亜美以外の初めての女性友達と連絡先を交換した。彼女の名前は紅葉。名前の通り、彼女の長い髪は紅葉のように赤く、碧い瞳を持っている。まるで外国人みたいな見た目で、中国風のゲームの中ではちょっと浮いている。でも、実際にはゲーム内で緑や青、金髪のキャラもたくさんいるから、赤い髪でもそこまでおかしくはないかな。
「そうだ、どうして『武侠奇縁』選んだの?」
「お店が間違えてたんだ……」
「すごい偶然!私も同じ。」
「本当?もともとは……」
「もちろん【星海の夜】だよ!ロボットになりたかったんだよ!あんたは?」
「僕?僕は友達が【奇幻秘境】をやってて、一緒に遊ぶ予定だったんだ。」
「それは残念ね。」
「はは……」
僕は苦笑いするしかなかった。
しばらくして、包子が運ばれてきた。お茶もついてきたけど、席に座るだけでも料金がかかるんだ。料理を頼まなくても払わなきゃならない。包子は中国式の蒸しパンで、僕たちが頼んだのは一番安い「蓮蓉包」。中に甘い蓮蓉と卵黄が入っていて、結構甘い。
「これってデザートじゃないの?」
「いや、これは包子だよ。」
「豚肉が入ってるんじゃないの?」
「肉入りは高いんだよ。」
「そっか、そうだよね。」
ふぅ……。
「そうだ、【紫】さんって、武侠に詳しいの?」
「少しだけ、僕も中国のウェブ小説とか読んでるし、中国語も少しわかるんだ。」
「えぇ、すごいじゃん!」
「いや……そんなことないよ。」
「じゃあ、ひとつ質問してもいい?」
「僕で答えられることなら……」
「最初に入った時、店員が『打尖ですか、宿泊ですか?』って聞いてたよね?あれ、どういう意味?」
「ああ、あれか。宿泊は簡単で、部屋を借りて泊まることだよ。一晩泊まるかどうかを聞いてくるんだ。泊まるときは食事がついてるかどうか確認しないといけないんだ。」
「じゃあ、打尖は?」
「打尖は、泊まらずにご飯だけ食べることさ。」
「なんで打尖って言うの?」
「僕もわからない……。しかも、打尖って本来は割り込みの意味だしね。でも、武侠風のゲームではみんなそう言うんだ。たぶん、作った人も理由を知らないんじゃないかな……あ、翻訳くんも知らないみたいだし。」
「店小二って、店員さんのこと?」
「そうだね、他にも伙計とか店員って言うんだ。」
「なるほどね。」紅葉は何か思い出したようだ。「じゃあ、崑崙って知ってる?」
「崑崙?あの門派のこと?」
「そう、私は崑崙派なんだよ。」
「そうなんだ。君の門派って、高い山の上にあって、山頂には雪があるんじゃない?」
「そうそう!なんで知ってんの?」
紅葉は興奮して立ち上がり、僕の手を握った。
「だ、だって崑崙派は崑崙山の上にあるからだよ。」
「なるほどね。」
お願いだから、先に手を離してから続けてよ……。いや、頷かないで。それに、そんなキラキラした目で僕を見ないで!本当に困ってるんだよ……