第十五回
杭州の宿屋に戻ると、清照と向陽はまだ帰ってきていなかった。だから勝者は紅葉だった。
「やったーっ！」
紅葉は両手を高く掲げ、大声で叫んだ。店員さんの冷たい視線なんて、まるで気にしていない。その場はちょっと気まずかったけど……でも、紅葉の笑顔はまるで太陽みたいにまぶしくて、見ているだけで心地よかった。
「くっそー、負けたぁ！」
やがて清照と向陽が戻ってきた。紅葉の嬉しそうな様子を見るなり、向陽はくやしそうに涙をこぼす。
「しょうがないよー。ボスの動き、めっちゃ速かったし！タンク役いないときついんだよね！ 最初から雪乃と組めばよかった！」
「……ふん？」
清照が眉をぴくりと上げ、冷ややかに向陽を一瞥した。
「誰が、毎回瀕死になったあなたを助けてあげたと思ってるの？」
「あっ！ ごめんなさいっ！」
慌てて向陽が清照に土下座する。そのやり取りに、あの雪乃でさえ苦笑をこぼしていた。
「さて、ようやく本題に入ろっか！」紅葉が腰に手を当てて僕たちを見回しながら言う。「この子が私の言ってた武侠通の紫くんだよ。質問あるならなんでも聞いてみて！」
「い、いや……僕なんて、ちょっとかじってる程度で……」
「はいっ！質問！」
「えっ、向陽？」
「彼って、本当に男の子なの？」
「……生物学的には、そうだけど……」僕は居心地悪く答える。
「こんなに女の子っぽい男子、初めて見た！」
「しかも紫くん、システムまで騙して女装できちゃうんだよ！」
「すっごーい！」
顔が真っ赤になって、僕はもう恥ずかしくてどうしようもなかった。そんな僕を助けるように、雪乃が口を開いた。
「南宮世家について教えてもらえる？」
「あ、うん……」僕は気を取り直して説明する。
「世家っていうのは名門の家柄で、その地方で大きな勢力を持ってる家族なんだ。代々官職に就いてる人も多いし、祖先が功績を立てて爵位をもらったこともある。それに学校を開いていて、門下生が官僚になることも多い。商売もしてるから、地主としてもかなり力を持ってるんだ。」
「なるほど……」
他にもいろいろ聞かれたけど、僕もよくわからないことが多くて。ゲーム関連の質問もあった。
「強くなるにはどうすればいいの？」紅葉が首を傾げる。
「やっぱり武功をもっと覚えること？」
「方向性とかある？」
「えっとね……」僕はゲームの説明書を開いた。「崑崙は土属性の武功だから、他の土系武功も覚えられるんじゃないかな？」
「たとえば？」
「南宮世家とか百花谷も土属性なんだ。でも、片方は中立で片方は魔門だから、普通は入れないんだよね。」
「案内してもらえば入れるわ。」雪乃がすっと手を挙げる。
「そうだ！雪乃は南宮世家所属だもんね！」
「あとで連れて行ってあげる。」
「ほんと？ありがと！」
「それに、金や火の武功も学べる。火は土を生み、土は金を生む。」
清照が淡々と補足する。すると向陽が不満そうに声を上げた。
「聞いてよ聞いてよ！青楼のクエストで手に入る音系武功、なんと金属性なんだよ！私、全然習得できないんだよね！」
言いながら清照は勝ち誇ったようにピースサインをする。その瞬間、向陽はショックで――
「くっ…殺せ！！」
……なんて叫んでいた。ほんと、仲いいなぁ。
――とはいえ。現実時間で一時間ちょっと経って、ようやくみんな満足したみたいで。帰る前に連絡先を交換することになった。
パーティに誘われたけど、僕は断った。しばらくは一人で遊びたいし、そのうち【奇幻秘境】に戻るかもしれない。そう思って。
別れ際、清照が僕の耳元で囁いた。
「あなた……あれ、葵花神功でしょう？」
背筋がぞくりと冷えた。僕はただ呆然と、彼女たちの後ろ姿を見送るしかなかった。
＊
「ね、可愛いでしょ？」
紅葉がご機嫌で笑う。
「ふふっ。紅葉、あんた彼のこと好きなんじゃない？」
向陽が悪戯っぽく笑う。
「だって、可愛いものは好きに決まってるじゃん！」
紅葉は無自覚にそう答えた。その言葉に、雪乃と清照は視線を交わし、同時に小さく首を振ってため息をもらした。
