マガニサマ
ようこそ、奇譚喫茶「ストレンジテイル」へ。
ここではお客様の経験した奇妙な話・怖い話・不思議な話を語っていただくと、コーヒー一杯をサービスいたします。
今回のお客様は、お仕事に関係する話でもあるので、匿名でのお話をご希望されました。
僕はY(仮名。以下同じ)といいます。宅配便のドライバーをやってます。
この時期はお中元なんかも多くなりますが、昔よりは少なくなってるようです。通販なんかはやっぱり多いですね。セールなんかもあったりしますし。
困るのは、指定された時間帯に行っても留守だったりすることで。再配達もしますけど、やはり二度手間ではありますね。宅配ボックスを置いてたり、置き配が出来るところならいいんですけど。まあお客様本人の手に渡せるのが一番なんですがね。
……ただ……あの荷物だけは、もう二度と見たくもないし、触れたくもありません。はい、もう二度と。
その荷物を初めて見たのは、僕の担当するルートのお宅でした。Nさんというそのお宅のご主人はよく通販を利用するので度々うかがうんですが、僕ら配達員には横柄な態度を取る人だったんで、同僚の間では嫌われていました。
その日もいつものように通販の荷物を持って行ったんですが、内心は嫌でしたね。仕事は仕事として行きますけど、僕らも人間なんで。
でも、その日は様子がおかしくて。
チャイムを押すと大体偉そうな態度で出て来るNさんが、その日に限ってなんだかおどおどしたような感じで顔を出したんです。荷物を受け取る時も、どこかおっかなびっくりで、僕も内心面食らっていました。
荷物を渡してハンコをもらって、車に戻ろうとしてふと見ると、玄関の横の方に荷物らしき箱が置いてあるのが見えたんです。縦横高さの合計が80センチ程度の、一見ただの段ボールの箱でした。
職業柄でしょうか、僕はそれを置き配になっている荷物かと思いました。後で考えれば、その箱には伝票も貼ってなかったですし、文字だか記号だかが書いてはありましたが読めるようなものではなく、ちゃんとした荷物ではありません。でもその時はそう思えたんです。
「あのー、あの荷物は……」
僕がそう言った瞬間、Nさんの顔色がさっと変わりました。
「そ、そんな荷物は知らん! あんたが持って帰ってくれ!!」
「えっ、でもこれ、うちが配達した荷物じゃないですよね?」
「そんなことはどうでもいい! とにかくそいつを何処かへ持って行ってくれ!」
そう言われても、こちらも廃品処理業者ではないのでお受けすることは出来ません。押し問答の末、僕はその荷物を置いたままNさんの家を後にしました。
ですが。
次のお宅にお伺いした時、車の荷台を見ると、あるんです。
置いて来た筈のあの置き配荷物が。
一瞬、Nさんが腹いせに僕の車に置いたのかも知れないと思いましたが、よく考えるとそんなわけないんです。だってNさんはすぐに家の中に引っ込んでしまったし、Nさんの家を出る時はあの荷物はまだ玄関前にあった筈なんです。
ちょっと気味悪く思いましたが、僕はそのまま配達を続けました。で、何軒かの配達を終えて車に戻って来たら、その荷物はいつの間にかなくなっていました。
何かの見間違いだったのかも、と、その時は思っていました。
それから、配達の為に街を走る時、ちょくちょくあの荷物に似た荷物を目にするようになりました。何処かの玄関先に、ひっそりと置いてあるんです。それが全部同じあの荷物なのかはわかりませんが、みんな同じように見えました。
そして、それを目にする度に、僕の中である思いが沸き起こってきました。
……あの荷物は、一体何なんだろう。
それがわかったのは、意外なところからでした。
「なんかまた生徒の間で流行ってんのよ、マガニサマの話がね」
そんなことを言って来たのは、幼馴染のEちゃんでした。彼女とは保育園から小中高校と同じ学校で、高校を卒業してからは疎遠になっていましたが、彼女が地元の中学の先生になってから時々一緒に呑むようになりました。友達にしては距離が近いけれど、恋人というほど親密ではない、そんな間柄です。
「マガニサマって何。それに、また、って?」
「え、Yくん知らないの? わたし達が中学の頃にも流行ってたじゃない」
そんな風に言われても、知らないものは知りません。
「そっか、Yくん怪談とかあんまり興味なかったもんね。それに、確かあの話をしてるの女子が主だったし」
「え、怪談なの? どんな話?」
Eちゃんが教えてくれたのは、こんな話でした。
――昔、神主だか祈祷師だかの男が、ある人物に対して激しい恨みを抱いていた。
男は七日七夜祈り、神の力を自らに降ろしてその人物に呪いをかけた。男はその呪いを箱に封じ、手荷物に見せかけてその人物に送った。箱を開けたその人物は男の思惑通り死に至った。
だが、神の力を込めた呪いはその人物一人を殺しただけでは済まなかった。
強力すぎる呪いは残り続け、関係ない他の人達も死に至らしめた。呪いをかけた男自身もまた呪いに当てられて死んでしまった。
今もその呪いは生きていて、何でもない荷物のふりをして突然届くのだという。その荷物を開けてしまったら、呪いに当たって死んでしまう。死なないためには、荷物の蓋を閉め、「マガニサマ、マガニサマ、お戻り下さい」と3回唱えればいいのだという。
「……細かいところは色々違ったりするんだけど、大体こんな感じかな。わたし達の時は、真夜中に自分の声で『お届け物です』って届けに来る、って話だったけど、今は置き配の荷物に混ざっていつの間にか玄関先にある、みたいな感じ」
Eちゃんによると、長く勤めている先生方の間でも知られている話なんだそうです。何年かごとに生徒達の間で流行っては、ある時ぱったり誰も口にしなくなるのだとか。僕は知らなかったんですが、どうもかなり長く伝わっている都市伝説のようでした。
「Yくん、配送業でしょ? 変な荷物があっても、届けちゃダメよ」
と、Eちゃんはケラケラ笑います。が、僕はNさんのことを思い出していました。Nさんはあの荷物をマガニサマだと思っていたのでは? でもNさんがマガニサマの怪談をどこかで聞いて知っていたとしても、子供が好きそうな怪談を大の大人が信じるだろうか?
僕はもう少しマガニサマの話をEちゃんに聞こうとしましたが、Eちゃんもそれ以上のことはよく知らないようでした。最後にEちゃんはこう言いました。
「てかさ、Yくん、あんまり深掘りしない方がいいと思うよ。だってマガニサマって、興味を持った人のところに行くって話もあるもん」
そんな話を聞いた日から、余計に置き配の荷物が目に付くようになりました。配達に行く先々に同じような置き配の荷物があることもざらでした。
気にし始めると、余計に気になってしまうもので、それでますますお客様の玄関先が気になり、ふと片隅に目をやると、ぽつんと荷物が置いてあるのでした。
そんな日が続き、さすがに少しストレスに感じ始めていたある夜、それは起こったんです。
その日は休日の前の日でした。
明日は休みということで、普段は飲まないビールを飲みながらネットの動画をのんびり見ていました。
夜も更け、翌日になろうかという時間になって、そろそろ寝ようかと思った時、いきなり部屋のインターホンが鳴りました。
ピンポーン。
こんな時間に誰だろうと思い、半分眠気にかられながらもつい返事をしてしまいました。
「はい、どなた?」
『お届け物です』
はっきりと聞こえました。
僕の声が。
Eちゃんの言っていた、マガニサマの話が頭をよぎりました。僕らの頃の話では、真夜中に自分の声で届けて来るという。
しかし、インターホンからはそれきり何も聞こえて来ません。僕は恐る恐るドアを開けてみました。誰もいません。
ふと見ると、足元に何か置いてあります。
箱でした。
伝票も何も貼っていない、何か文字のような記号のようなものが書いてある、一見何の変哲もない段ボールの箱。
マガニサマ。
それが本当に呪いの箱なのかはわかりませんが、確かにそれは僕のところに来たのでした。
僕は急いでドアを閉め、ベッドにもぐり込みました。こんなもの、放っておくに限ります。
しかし。
どういうわけか、僕はその箱が気になって眠れなくなってしまったんです。あの箱の中身が見たい、何が入っているのかどうしても見たい。眠ろうとしても、かえって目が冴えてしまってどうしようもなくなって。思えば、その時点で何かに取り憑かれてしまっていたのかも知れません。
気になる。
気になる。
気になる。
気がつけば僕は、ドアを開けて箱を家の中へ持って入っていました。カッターとガムテープも用意して、箱を前に玄関に座り込みます。
箱をよく見ると、何度もテープをはがしたり重ね貼りしたりした跡がありました。僕は迷わずそのテープにカッターを入れました。さっくりとテープを切り裂き、段ボール箱を開けます。
中に入っていたのは、緩衝材のようなおびただしい和紙。よく見ると、その一枚一枚に何か文字のようなものが書いてあります。全部がお札のようでした。そしてその真ん中にあったのは、寄せ木細工で作られた美しい小箱でした。
僕は魅入られたように小箱に右手をかけました。
その途端、小箱ががたり、とひとりでに動いたのです。
僕は驚いて手を離そうとしましたが、何故か手は離れません。その間にも、小箱はガタガタと動いています。
……中から、突き上げるように。
何かが、出て来ようとしている。僕はそう直感しました。これを出してはいけない。出してしまったら……取り返しのつかないことになる。
僕は小箱にかかっている右手に、更に左手を重ねました。それでも、箱は暴れ続けます。ともすれば小箱の蓋が細く開き、隙間から髪の毛のようなものが覗きました。どんなに押さえても、中の「何か」に押し切られてしまいそうでした。
「……マガニサマ、マガニサマ、お戻り下さい」
僕は知らず、つぶやいていました。ええ、Eちゃんから聞いた、マガニサマの呪文です。「何か」はなおも出て来ようとしていました。
僕は渾身の力を込めて箱を押さえつけました。
「マガニサマ、マガニサマ、お戻り下さい!」
二回目の呪文を唱えると、中からの力がわずかに緩んだ気がしました。僕はそれを逃さず、自分の体重をかけて小箱を押さえました。
「マガニサマ、マガニサマ、お戻り下さい!!」
三度目を唱えた時、中からの力はぱったりとなくなりました。僕はすかさず外の段ボール箱の蓋を閉め、用意していたガムテープでしっかりと封をしました。今にして思えば、ガムテープを用意していたのは僕のなけなしの理性だったのかも知れません。
テープでしっかりと閉じた段ボール箱を放り出すように玄関の外に出し、僕はドアの鍵を閉めてベッドにもぐり込みました。そのまま僕は、朝になるまで布団にくるまって震えていたのでした。
明るくなって外を見てみると、荷物はどこにもありませんでした。それ以降、僕のところにあの荷物は来ていません。
ですが……。
数日経った頃です。
僕はいつものように配達に回っていました。あるお宅にお伺いした時、そのお向かいのお宅から、凄まじい悲鳴が聞こえたのです。
「ギャーッ!」
僕と配達先の方は思わず顔を見合わせました。お向かいはOさんという一人暮らしのお年寄りでした。勝手によそのゴミをあさったりしてご近所からは少々評判が良くない人でしたが、何かあったとしたら放ってはおけません。
僕はOさんの家のインターホンのボタンを押しました。……何も反応がありません。ドアをどんどんと叩いてみても、声をかけてみても、返事はありませんでした。
配達先の方が呼んだパトカーと救急車が来る頃には、近所の人達や通りすがりの人達も集まって来ていました。
警察の人がドアをぶち破ると、そこにOさんが倒れていました。その表情は大きく歪んでいて、尋常ではないことが起こったようでした。
……でも、僕が目を引かれたのは、Oさんのかたわらにあった箱でした。そう、それはまぎれもなく「あの箱」だったのです。外の段ボールは開かれ、中の小箱は――蓋が明らかにズレていました。中に何かが入っている気配はありませんでした。
Oさんは救急車で運ばれて行きました。ふと横を見ると、いつの間にかあのNさんがそこにいました。Nさんもこのご近所だったので、騒ぎを聞いてやって来たんでしょう。
Nさんも、あの箱に気づいたようでした。僕がNさんに目をやると、Nさんは僕に向かって静かに首を振って見せました。
ありゃもうダメだ。Nさんの表情はそう言っていました。あの箱を開けちまったからには。
僕は、何も言えませんでした。
結局、Oさんは助かりませんでした。警察が不審死として調べていたようですが、原因不明の心停止ということになったようです。
Eちゃんに聞くと、やはり生徒達は全くマガニサマの話をしなくなったということです。
あの箱の行方はわかりません。警察が持って行ったのかも知れませんが、置き配の荷物が目につくことはなくなりました。
多分当分はあの箱が現れることはないのでしょう。ですが、今でも僕は、置き配になっている荷物を見ると、なんだか薄気味悪く感じてしまうのです。
この話を聞いて、数日後のこと。
「あれ、マスター、それ宅配便ですか?」
「ああ、置き配にしてもらったんだ」
その荷物は、古ぼけた段ボール箱に見えました。置き配というには少し変で、宅配便の伝票みたいなものもないようでした。
「何が入ってるんです?」
「それは秘密。……貴重なコレクションだからね」
そう言ってマスターは、箱を店の奥に持って入ってしまいました。「封」と書かれた紙を、ぴったりと貼り付けて。