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思い出ケチャップライス⑤

 尾崎と小夜が並んで座り、その向かいに満子と織衣が並んで座る。ソファには満子の母・とき――先日、満子と口喧嘩をしていた女性――と紀香が並んで腰を下ろしている。満子とときが同席しているのは、織衣を幼い頃から知るご近所代表として尾崎が依頼したものだ。

「織衣ちゃん、高校決まってますからね」

 先制したのは満子だ。

「制服の採寸だって済んで、あとは出来上がりを待つだけですから」

「ほお。久理子さん、仕事が早いな。学校は公立か?」

「えぇ。比較的近くなので、歩いてでも行けるところです」

 あそこかと尾崎が呟くと、インターホンが鳴る。出ようか腰を浮かせる前に紀香が代わって対応する。

 佐久間家のインターホンは外からボタンを押すと、相手の顔が見える。それは明美が防犯のためと入れたものだが、当の久理子は夜と店に出ている間以外は玄関を施錠していなかった。

「はい」

『佐藤です』

 男の声だ。

 尾崎を振り返った紀香は、尾崎が頷いたのを見て玄関に出ていく。

「満子さん、今の声聞き覚えある?」

「いえ。そもそも佐藤なんて、たくさんいますし」

「だよなあ」

 ドスドスと床を歩く音に目を向けると、紀香に案内された喪服姿の男女が二人入ってくる。年齢は五十代ほど、二人とも小太りだ。女性の方は喪服を着ているにもかかわらず、化粧が濃い。きつい香水の匂いはどちらからするものかわからない。

 誰だろうか。

 こちらが問う前に男女はさっと居間に目を走らせ、その目が織衣をロックオンする。

「織衣、会いたかったよ」

 足音を立てて床を歩き、織衣の隣に行くと男女は膝をついて織衣をハグしようとする。だがその前に、満子がたくましい腕で織衣を後ろから抱き寄せる。

「どちら様ですか」

 子どもを守ろうとする母親のように威嚇しながら満子が問う。

「織衣の伯父ですよ。最後に会ったのは織衣が小さい頃だったから、もう伯父さんたちの顔は忘れちゃったかな」

 少し困ったように自称・伯父が顔を傾けて見せる。織衣は自称・伯父に眉をひそめている。

 久理子も織衣の母方の親族のことは知らないと言っていた。それなら織衣も母方の親族のことは知らないだろう。さらにご近所代表の満子も知らないのであれば、自称・伯父でしかない。

「おばあちゃんが急に亡くなって心細かっただろう。もう伯父さんたちが来たから大丈夫だ。これからは一緒だからな」

「え……?」

「これから伯母さんたちと一緒に暮らすのよ」

 戸惑いの声を上げる織衣に、自称・伯母が言葉を続ける。

「おたく、織衣ちゃんの……?」

「母方の伯父です」

 尾崎が問えば、自称・伯父が堂々と答える。

「証拠は?」

「は?」

「証拠。エビデンス」

「なんなんですか、あなた。姪っ子を心配して飛んできた人間に対して言うことですか」

 自称・伯父が息を荒くするも、尾崎は動じることもない。

「織衣ちゃんの伯父さんなら、どうして織衣ちゃんのご両親が亡くなった時に駆け付けてくれなかったんですか」

 後ろから織衣を抱きしめたまま、満子が口を開く。

「あの時は連絡がつかなくて、亡くなったことを知ったのはだいぶ後だったんですよ。それにガソリンだってなかなか手に入らなかったし、心配はしたけどこっちに来れなかったんですよ」

 心配した様子が全くない口調にぞっとする。来れなかったのか、来なかったなのかはわからないが、来ないことが当然であるかのような言いようだ。

「私は長いこと、佐久間さんとお付き合いさせていただいておりますけど、織衣ちゃんのお母さんのお身内の話は聞いたことがありません」

 満子が自称・伯父夫婦を前に胸を張る。

「嫁の家族のことを、他人にペラペラ話したりしないでしょう」

「じゃあ、今になって来た理由はなんです?」

「天涯孤独になった姪っ子を心配したからでしょう。ほかに身内がいない以上、うちが引き取るしかないありませんよね」

 満子と自称・伯父夫婦の間で火花が散っているように見える。当事者の織衣はもちろん、関係者の小夜も蚊帳の外だ。

「遺産目当てじゃないんですか」

「大人しく聞いていれば、何ですか!」

「失礼ですよ! おたく、赤の他人じゃありませんか!」

 満子に自称・伯父夫婦が声を荒げる。

 どこかで口を挟むべきかとおろおろしていると、ふいに尾崎に肘で腕をつかれる。尾崎を見れば小夜を見て小さく首を振る。

 口を出すなと言うことか。

 小夜も織衣の母方の親戚については何も知らない以上、尾崎の指示に従って見守ることにする。

「ヒートアップしているところ申し訳ないんですが、故人に遺産と呼べるような代物はありませんよ」

 尾崎が口を挟むと、自称・伯父夫婦はそろって尾崎に目を向ける。その目が吊り上がっているのを見れば、怒っているのがよくわかる。夫婦の怒りの視線を受けても尾崎は動じることなく、お茶を口に運ぶ。

「あんた、誰ですか?」

「失礼、ご挨拶が遅れましたな。私、故人の知人の尾崎って者ですわ。以後お見知りおきを」

 尾崎は名刺入れから名刺を一枚取り出すと、自称・伯父夫婦の前に置く。

「弁護士……!」

「細々営業してる弁護士ですわ。孫と二人で細々と生活していた故人に、遺産なんてありませんよ」

「家が」

 自称・伯父の言葉を、尾崎は鼻で笑う。

「この家? ここは故人の孫名義ですよ。織衣ちゃんじゃない方ですけどな」

「は?」

「そういうことで遺産なんて皆無なんですわ。妹さん夫婦はろくに保険にも入ってなかったようで、故人が保有していた預貯金はご夫婦の借金返済できれいに消えましたしな」

 ずずっと尾崎がお茶をすする。

 嘘か誠かわからないが、尾崎の言葉に納得する自分がいる。

 明美は医師で夜勤もしていたが、茂は家にいた。小夜を保育園に迎えに来るのも茂で、明美が夜勤の時に居酒屋やファミレスまたは久理子のところでご飯を食べさせてくれたのも茂だ。茂はいわばヒモだった。明美に代わって家事や掃除をするわけでもなく、ふらふらしていた。茂が唯一できたのは小夜と遊ぶことだけだ。

 明美と別れてからきちんと収入を得て生活できているのかと心配したが、不安は的中していたらしい。

 自称・伯父夫婦が黙り込んだのを見て、尾崎は眉を上げる。

「おや、本当に遺産目当て? 確か弔問に来てくれた人の中に警察の人が――」

「馬鹿馬鹿しい! おい、帰るぞ!」

 態度だけは大きく、それでも逃げるようにして自称・伯父夫婦が居間を出ていく。見送りのため尾崎夫人が後に続く。荒々しく玄関を開ける音の後、車が出て行った音が聞こえる。

 自称・伯父夫婦は久理子に線香を上げることすらしなかった。

「嵐が過ぎ去ったようだな」

 尾崎がわかりやすくため息をつく。

 織衣から手を離した満子は鼻から息を吐きだす。

「塩巻きましょうか? 塩」

「今頃、うちの母ちゃんがやってるよ。満子さん、あの二人、知ってるか?」

「知りませんよ。織衣ちゃん、覚えある?」

 織衣が首を振る。

「そうよねえ。織衣ちゃんまだ小さかったし、茂ちゃんたちが亡くなってからもお母さんの親戚って人は来なかったわよね」

 満子がときに確認を取れば、ときは深く頷く。

「実の妹が亡くなった時に来ないで、久理子さんが亡くなった時に来るなんて遺産目当てでしかないわよね」

「……ん?」

 満子が鼻から息を吐くのに混ざって、別の音が聞こえたような気がして首をかしげる。

 気のせいかと思ったのは束の間で、小夜が来てからずっと機嫌の悪い織衣と目が合う。その目には敵意がありありと見える。

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