第八話 緊急招集
鬼ごっこ修行は、訓練のない平日か、休みの日の前日に行う。それ以外の日は、チョウシ先生の部屋に行って筋トレを続けた。
初めての鬼ごっこ修行から一週間後の十二月中頃。小学校の帰りのホームルームが終わり、りんのすけ様の様子を見に行った時、靴箱の近くに黒服の男の人がいる事に気が付いた。
神妙な面持ちで立っている為、気になってしまい、俺は話しかけに行った。
天井裏から、黒服の男の目の前に飛び降りる。
「何してるんですか?」俺は着地して直ぐに聞く。
「おわ!何やってんだ。いや、丁度良い。使用人候補全員に伝えてくれ。直ちに会議室に集合だ。」
「分かりました。」
黒服の男は外に駆け出し飛び上がると、姿を消した。
俺は靴箱で待ちながら、他の使用人候補に伝えた。「何でお前が。」とか、「騙そうとしてんじゃないよな。」とか、言われてしまった。伝える時も心臓がバクバクで、手も震えた。結構しんどい任務だったな。
会議室に行くと、小学校に通う使用人候補が全員集まっていた。総勢約五十人。スーツには着替えず、学校に着ていった私服のままだ。ランドセルもそのまま持ってきている。
俺は空いている席を探して座り、机の上に黒いランドセルを置いた。
しばらく待つと、チョウシ先生が入って来た。
「おい、小六の奴。手上げろ。よし、お前。全員揃ってるから数えろ。」
小六の女の子が立ち上がり、会議室を見回しながら人数を数える。全員揃っている事をチョウシ先生に伝え、着席する。
「お前らに最初の任務を命じたく、集合してもらった。しかし、今回の任務は危険度が高い。使用人“候補”であるお前らには、任務の参加強制は出来ない。辞退したい奴は、家に帰れ。参加する奴は残れ。」
チョウシ先生は言い終えると、壁に寄りかかって腕組みをした。
小学生達が騒つく。「お母さんに聞かないと。」とか、「死ぬって事?」とか、色々言っている。俺はそれを、頬杖をついて聞いていた。
俺は絶対に参加する。そう決めていたからだ。
小学生にしか出来ない任務だとしたら、りんのすけ様絡みと言うのは容易に想像がつく。りんのすけ様に何か危険が迫っているのに、参加しない選択肢など最初から無い。
チョウシ先生は痺れを切らしたのか、イライラしながら教卓を叩いた。
「テメェで判断できねえなら出てけ。時間の無駄だ。」
子供達はビクっと肩を動かし、半泣きになりながら会議室を出て行く。
俺以外に残ったのは、リーダーシップを発揮する同級生と、唾を吐きかけて来た女。後は、小五に二人。小六に一人。小二の双子兄弟。合計八名だ。
チョウシ先生は一人一人の顔を順番に見る。
「あー。やっちまったな。」表情を変えずにボソリと呟く。
俺は呆れた顔をしてチョウシ先生を見る。多分、減らしすぎたんだろうな。
「まーいいや。そこの双子。」
チョウシ先生は双子の兄弟を見る。
「「はーい。せんせ。」」双子は同時に返事をした。
アッシュカラーをマッシュにした、女の子の様な見た目をした男の兄弟だ。常にベタベタくっ付いている。今も頬をくっつけながら手を繋いで座っていた。確か名前は、マイタケだ。
「双子の力使って、後二人増やせ。」
マイタケ兄弟はお互いの顔を見合わせる。その後をフフフと笑い合う。
「ほんとは、使っちゃダメなんだよね?」
「ほんとは、パパから禁止されてるんだよね?」
「いいのかなー?」
「いいのかなー?」
チョウシ先生はイラつきながら頭を掻きむしる。
「お前らの親父には話を通しておく。」
「「それなら、いいよー。」」
マイタケ兄弟は同時に言いながら、クスクス笑った。
力って何だろう?
「よし。任務当日は頼んだぞ。では、任務についての説明を始める。一度しか言わねえから、心して聞けよ。」
俺は、お尻をスライドさせながら席を移動し、真ん中の席に座り直した。
「日時は十二月二十四日の一三〇〇。服装は黒スーツ。地下駐車場集合。任務内容はデコイ。
年末パーティーに初参加するりんのすけ様の護送に当たり、一つ不安分子が発生した。その為、使用人候補はりんのすけ様に変装し、分散して敵を錯乱する。お前らは後部座席に乗っているだけで良い。
チームの内訳は、乗車する車一台と追尾する車二台、の計三台。同乗者の戦闘員二名、追尾車の戦闘員は四名ずつ、戦闘員は計十名配備される。
お前らに危険がない様に体制は整えるが、確実な安全は保証出来ねえ。敵に殺される前に殺せ。その為にも、任務までの残りの一週間、死ぬ気でトレーニングしとけよ。」
その場にいる子供達は「はい!」と、元気よく返事をする。
俺は控えめに手を挙げた。
「質問良いですか?」
「良いぞ。」
俺はその場に立ち上がる。
「護送時間はおよそどれくらいですか?」
「二時間だ。……あ、お前長すぎだろって思ったろ?」
俺はギクリとする。
「べ、別に思ってない……です。ちょっとしか。」
「遠回りで行く。最短距離で行ったらデコイの分散が効かねえ。普段パーティーをやる会場は三つしかねえからな。パーティー会場の警備は普段より厚くしているが、道中の警備は余り厚く出来ねえ。色々あんだよ。人手が足りねえんだ。パーティー自体中止にする案もあったが、そこまですると、相手に舐められる。諸々考慮した結果のデコイ作戦だ。理解出来たか?」
「はい!ありがとうございます。」
俺は一礼してから着席する。
「他に質問は?……無いな。解散しろ。」
チョウシ先生は会議室を出て行った。
会議室に残された子供達も各自の家は帰った。
その夜、いつもの様にチョウシ先生の部屋に行く。部屋に入ると最初に、合鍵を渡された。飾り気のないチェーンのネックレスだ。
「はい。」
「え?合鍵ですか?」
「ああ。明日から俺は家に帰れねえからな。これからも、時々不在が続く。持っとけ。」
「ありがとうございます。」
俺は受けって直ぐ、首に掛ける。その後筋トレをしながら、チョウシ先生に話しかけた。
「クリスマスパーティーの敵ってどれですか?革命家組織?マフィア?」
チョウシ先生は洗面所の換気扇の下でタバコを吸いながら答える。
「新キャラの革命家組織だ。ちっせえ反政府デモやってたポッと出の奴らだから、あんまりマークしてなかったんだが、急にウチを狙いやがった。気に食わねえ。全員ぶっ殺してやる。」
俺はそれを聞きながら苦笑いする。
「ハハハ。口が悪くなってますよー。殺して良いんですよね?」
俺はダンベルを持ち上げながら聞いた。
「無論だ。でもサソリ、人殺した事ねえだろ?」
チョウシ先生は口から煙を吐く。
「そうですねー。あ、そうだ。殺し方教えて下さいよー。」
「んなもん、幾らでもあるだろ。斬殺、撲殺、絞殺、爆殺……。好きなやり方でぶっ殺せ。まあ、狙われないで終わる可能性もあるけどな。」
チョウシ先生は洗面台の縁に置いてある灰皿でタバコを消すと、俺のところに来てダンベルを片手で持ち上げる。
俺の体の上から俺を見下ろして言った。
「良いぜ。殺し方、教えてやるよ。」
垂れ下がった前髪から見える鋭い瞳が黒く光る。
ベッド下の収納からノートパソコンを取り出して、チョウシ先生はベッドの上であぐらをかいた。
チョウシ先生は俺を見ながら隣のスペースを叩く。俺は隣のベッドに腰掛けた。
チョウシ先生は俺を抱き上げ、あぐらの上に乗せる。筋肉質でゴツゴツしていて座り心地は悪かった。
Tシャツ越しからチョウシ先生の体温を感じると、この人も生きているんだなと実感した。
俺の頭に顎を乗せながら、ノートパソコンを操作する。
「お前、汗くさいな。」
「運動してたんですから当たり前でしょ!」
俺は右手を後ろに回して、チョウシ先生の顔面を触る。
「あー、邪魔。」
「くーぅ!」俺は悔しい顔をしながら手を下ろす。
画面に何枚も写真を表示させる。掬護会の人の写真だ。誰かは分からないが、顔や胴体等を色々な角度で撮影されている。
チョウシ先生はその写真を表示させながら急所を説明した。どこにどう攻撃すれば、どこの動きが止まるのか。一つ一つ丁寧に教える。
俺は頭をフル回転させて全てを暗記した。
説明を終えると、俺の脇に腕を通して寝転がる。俺はチョウシ先生の体の上で仰向けになった。
「なにすんすか?」俺は仰向けのまま聞いた。
「いいだろ、たまには。俺が殺し方教えたの、他の奴には言うなよ。」
寝転がりながら俺の頬をムニムニ触る。俺は鬱陶しいゴツい手を払いのけた。
「言わないですよ。チョウシ先生に弟子入りした事も、タヌさん以外知らないですし。」
「そうか。」
暫く沈黙が流れる。時計の秒針が進む音、換気扇の音が聞こえる。後頭部からチョウシ先生の心音が聞こえた。この心音のリズムは、聞き覚えがある。
「チョーさん、緊張してんですか?」
「うわ。急にあだ名で呼ぶじゃん。別にいいけど。何で緊張してると思う?」
俺はうつ伏せに体制を変える。チョーさんの鼻の穴が見える。
「不安なんでしょ。何が不安なのかは分かんないですけど。」
「ああ。よくわかったな。エスパーか?」
チョーさんは天井を見上げたまま言った。
「俺もよくなるんで、心音で分かりました。エスパーじゃないです。」
俺は耳をチョーさんの胸につけて、横を向いた。
「……お前が任務に参加するのは、最初から予想してた。予想は外れて欲しかったけどな。」
「じゃあ、俺のせいですか?」
「いや、俺のエゴだ。お前には死んで欲しくねえって言うな。お前の近くにいてやりてえが、部隊長はそんな事言ってらんねえ。」
「俺はそんな簡単に死なないですよ。絶対に……死なない。」
俺はりんのすけ様の笑顔を思い出しながら呟いた。
「そうか。フッ。それ聞いたら安心したわ。」
チョーさんは俺を抱き上げ、起き上がり、あぐらをかく。俺は目の前に降ろされながら正座する。
「アンタこそ、死ぬんじゃねえですよ?」
俺は拳をチョーさんの胸に押し当てる。
「俺を誰だと思ってやがる。」
俺の細い手首を握りしめて言った。
微笑む顔を初めて見た。いつもの強面の怖さレベルが少しだけ下がっているが、やっぱりちょっと怖かった。