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名禮翫家の使用人  作者: 駿河犬 忍
小学生
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第七話 もう一つの修行

 その後の訓練はいつも通り無視されて陰口を言われ、嫌がらせをされて終わる。

 夜になって、タヌさんの夕飯を食べ、チョウシ先生の部屋で筋トレをする。

 最近のルーティンは、朝の自主トレ、学校、訓練もしくはお勉強、修行という流れだ。

 修行の事は、同学年の子達には言っていない。ただでさえ、ヘイトに塗れた自分にさらにヘイトを塗りたくる必要は無いからだ。どうせ、エコ贔屓って言われるだろうし。

 チョウシ先生は基本的に何も教えない。しかし、俺からの質問には何でも答えてくれる。そのおかげで、自己分析からの課題を見つける力が付いた。質問をすれば的確なアドバイスも貰える。

 食生活も充実し、効率の良いトレーニングをする事で、俺は自分のレベルアップを実感出来た。



 少し時は進み、俺が小学四年生に上がると、りんのすけ様が同じ小学校に入学された。

 俺はこの学年から、毎日学校へ行くようになる。何故なら、りんのすけ様が心配だったからだ。

 人への好き嫌いが激しく、無意識に人を見下してしまう言動もあるせいで、りんのすけ様がいじめの標的になるのも時間の問題だった。

 朝の会が始まる前も、十五分休憩も昼休みも、帰りの会が終わった後も、俺は様子を見に行った。

 最初は堂々と様子を見に行っていたが、りんのすけ様にウザがられ、仕方なく校舎の縁に登ったり、天井裏に潜んだり、隠密に見守る事にした。

 修行の甲斐もあって、隠密活動のレベルはかなり高かったと思う。小学校卒業までの間に一度も見つからなかったからだ。

 他の使用人候補達はりんのすけ様の様子を見に行く事がない。下手に動いて嫌われでもしたら、不都合が多いからだ。親から責められたり、自分の将来が危うくなったり、色々事情があるのだろう。

 かく言う俺は、りんのすけ様に何かあった時に助けられない方が嫌だ。第一使用人に選ばれたいとも、立派な使用人になりたいとも思っていない。純粋に、りんのすけ様を護りたいとだけ常に考えていた。

 小学四年生の秋頃。放課後にりんのすけ様の後をつけて、木の上から観察していたところ、いじめの現場を目撃してしまう。

 複数人の男の子がりんのすけ様を囲って、大声で何か言っている。

 りんのすけ様に口喧嘩で勝てる人間などいない。いつもの調子で正論攻撃を繰り出すりんのすけ様。小学一年生とは思えない饒舌さだ。

 それに腹を立てたのだろう。一人の男の子が腕を振り上げた。

 俺は咄嗟に飛び出し、りんのすけ様の前に立つと、振り上げた拳を握りしめた。

「痛い!」男の子は泣き始めてしまった。

「暴力は感心しませんよ。早くお家に帰って宿題して下さいね。」俺は手を離して取り囲んでいた小一男子を解散させる。

 りんのすけ様がボソリと呟く。

「サソリお兄ちゃん……。」

俺はニコニコと振り返ってしゃがむ。

「はい!りんのすけ様!」

 りんのすけ様はご立腹の様子で、とても不機嫌な顔で俺の頬を思い切りつねった。

「イタタタ!暴力反対!」

 俺はりんのすけ様の小さな手を軽くペチペチと叩く。パッと手を離した後、腕組みをして俺を睨みつけた。

「余計な事をするな。いつからつけていた?」

「そ、それは……。最初からと言いますか……。」俺は頬を掻きながら、上の方を見て目を逸らす。

「ふん。僕が弱くて頼りないから、心配していたのだろう。」

「い、いえ。そう言うわけでは!」

 りんのすけ様は悔しそうに顔をしかめた後、両手の拳を握りしめて、肩を振るわせた。

「りんのすけ様?」俺はしゃがんだまま自分の両膝に手を置き、顔を覗こうとする。

 しかし、小さな手で顔面を塞がれ、目を瞑ってしまった。

「サソリお兄ちゃん。僕、強くなりたい。」

 小さく震える声でりんのすけ様が呟いた。

 俺と同じ気持ちのりんのすけ様に、とても嬉しくなり、俺は満面の笑みを浮かべてりんのすけ様に抱きついた。

「一緒に強くなりましょう!任せて下さい!」

「抱きつくな!無礼者め!」

 りんのすけ様は迷惑そうな顔をして、俺を必死に引き剥がそうとした。

 その日から、週に二回のお遊びタイムは修行タイムに切り替わった。

 まだまだ未熟な俺が、偉そうに教えられる資格は無い。それでも、護身術や格闘術など、基本的な事は教えられる。

 小学校に上がってから、勉強漬けで同年代の子と遊ぶ事時間もないりんのすけ様。日々のストレスを体を動かす事で、少しでも軽減出来たらと願うばかりだ。



「サソリ。そろそろ腕相撲するか?」

 いつもの様に、チョウシ先生の部屋で筋トレをしていたら、急に提案された。俺は驚いてダンベルを持つ力が抜けて、押し潰された。

「ギャアァア!!」

「うおっ!?」

 チョウシ先生は片手で断片を上げてくれる。

「ったく。驚かせんなよ。」ガチャンと音を立ててダンベルを置くと、チョウシ先生はまたベンチに座り直した。

「こっちの台詞ですよ。もう、やるんですか?腕相撲。」

 この時は小学四年生の十二月頭頃だった。修行を始めて一年半程しか経っていない。

「ああ、やるぞ。準備しろ。」

「はい!」俺は押し入れから折り畳みの机を出し、ベンチを移動させて腕相撲会場を設置する。

 机の上にお互いの腕を置き、俺はチョウシ先生の小指を握った。

「好きなタイミングで始めろ。」

 チョウシ先生は俺を見下ろして言う。

「分かりました。」俺は言いながら腕に力を入れて、腕相撲を始める。

「ウオオオオオ!!!」俺は大声を出して気合を入れ、全身の筋肉を使いながら勝負を仕掛ける。

 チョウシ先生の小指は反対方向に曲がり、少しだけ腕が動いた。が、それ以上は動かなかった。

「ハァ、ハァ。」俺は息を切らしながら手を離した。

 チョウシ先生は少し眉毛を上げ、その後いつもの怖い真顔に戻る。

「まだまだですねー。筋トレの続きやります。」

 俺はベンチを動かして、降りたの机を押し入れにしまう。

 筋トレ器具の近くまで歩いた所で、チョウシ先生が口を開いた。

「よし。次のステップ行くぞ。」

 俺はその言葉を耳に入れた時、脳が上手く処理出来ずに、筋トレ器具に腰掛けてチェストプレスを始めようとしていた。

「ん?」俺は棒を握りしめた時にやっと言葉を理解する。

「本気ですか!?」俺は驚いて大声を上げる。

「うっせー。夜だぞ。」

 チョウシ先生は小指を耳の穴に入れて塞ぐ。

「え、でも。腕相撲勝ってないですよ!」

 俺は困惑してチョウシ先生をガン見した。

「あそこまで動かせりゃ、お前の同年代の中じゃ一番強い。ちゃんと成長してる。やる気もある。根性もある。それが分かれば充分だよ。明日は休みか?」

 チョウシ先生は立ち上がって、ベッドの脇に行き、クローゼットを開けた。

「あ、はい!土曜訓練も明日は無いです。」

「よし、外出るぞ。」

 チョウシ先生はスウェットを脱いだ。背中に弾痕、腕に傷跡が沢山ついていた。その後、戦闘着に着替える。黒の半袖シャツに黒のカーゴパンツ。素材がいつもと違う。軍隊の戦闘服に近い素材なのかも知れない。

「あ!えっと。ポロシャツじゃないんですか?」

俺は混乱した頭でどうでも良い事を聞いてしまう。

「ポロシャツは練習着みたいなもんだ。こっちは本物の戦闘着。そんな事より、お前も着替えて来い。軍靴って支給されてたか?」

 チョウシ先生は振り向かず、背中を向けたまま言う。

「支給されました。まだ使った事ないですけど。き、着替えてきます!」

 俺は慌てて部屋に戻り、戦闘着と軍靴に着替える。軍靴は黒い革製で、脛の高さまであるブーツだ。黒い紐で編み上げ、蝶々結びをする。

 俺は非常階段を走って登り、チョウシ先生の所へ戻った。

 部屋の前にチョウシ先生が立っていた。髪の毛をオールバックに固めている。

「お待たせしました。」俺は駆け寄りながら言う。

「早かったな。紐、仕舞っておけよ。」

「はい。」俺はしゃがんでチョウシ先生の軍靴を確認する。

 紐の先端をブーツの内側に全て仕舞っていた。俺も同じ様に仕舞う。

「行くぞ。」チョウシ先生はスタスタと歩き始めた。俺はその後を追いかける。

 敷地内の地下へ行くと、車庫があった。黒いバンや黒塗りの高級車、アウトドアな雰囲気の小さい車等、色々な種類が停まっている。

 チョウシ先生は深緑色のアウトドアな車の鍵を開けて乗った。俺は助手席に乗り込む。

 エンジンを掛けて車を発進させる。外へ出る為のパスコードを入れるとゲートが開いて道路に出る。そのまま、黙って車を走らせる。

 すっかり暗くなった住宅街を抜け、街中へ出る。大都会の街並みは夜でも明るく、通行人も多かった。

 都会の街並みを走り、高速道路のETCを潜る。小学生の頭でも分かる。これは、遠出だ。

「どこ行くんですか?」

 俺は外の景色を眺めながら聞いた。

「どこ行こうかねえ。山と海だったら、どっちが良い?」

 チョウシ先生はカーゴパンツのポケットからタバコを取り出すと、ライターで火を付け吸い始めた。運転席と助手席の窓を全開にする。

 冬の寒い風が顔面に当たり、自然と目を細めてしまう。前髪は全て後ろへ行き、おでこが丸出しだ。

「うーん。どっちでも良いんですけど。」

 俺は窓の縁に肘をつき頬杖する。

「じゃあ山でいいな。訓練でも行き慣れてるだろ。」

 チョウシ先生はタバコを吸い、煙を吐く。

「何するんですか?こんな夜中に。」

「うん?行ってからのお楽しみ。」

 チョウシ先生は珍しくニヤリと笑った。

 この人の笑顔見るの初めてだな。全然可愛くないどころか、ちょっとキモい。

「はあ。嫌な予感しかしないんですけど。」

 俺はため息を吐いて、外の風に当たる。

 山道を登って行き、真っ暗い森の中に車を停める。

「着いたぞ。降りろ。」

 車を降り、山道を登って行く。所々雪が積もっている。とても寒い。

 白くなる鼻息。鼻の穴の周りが結露して濡れる。

「この辺で良いな。止まれ。」

 チョウシ先生は左手を挙げる。俺はその場に止まって辺りを見回す。

 森の真ん中だ。木や草に囲まれていて、道も無い。遠くでフクロウの鳴き声が聞こえる。

「何するのかそろそろ教えてもらえます?」

 俺はチョウシ先生の背中に話しかける。

「鬼ごっこだ。俺から逃げ切れたらお前の勝ち。負けても何回もやるから、諦めるなよ。」

 そう言うとチョウシ先生はゆっくりと振り返って、片手で首を抑えながら関節を鳴らした。

「え、マジですか?」

 俺は絶望する。逃げ切れる自信が微塵もない。

「目を瞑って十数えるから、その隙に逃げろよ。」

 チョウシ先生は目を瞑った。

「え?え!?」俺は困惑する。

「いーち。」カウントが始まる。

 俺はその場から走って逃げた。全力で走る。しかし、地面に積もった新雪に足跡が残る。

 地上はダメだ。

 俺は飛び上がって木の枝に着地する。そこから何度もジャンプをして、木から木へと移動をした。木の枝に着地するたびに枝が揺れ、雪が落ちる。

 これもダメか。

 俺はなるべく振動を立てない様に、木の枝にしがみ付き、隣の木の枝に腕を伸ばす。全然届かない。

 ガンッ!!

 木の枝が大きく揺れ、俺は振り落とされた。

 背中から着地し、後頭部をぶつける。

「イッテー!!」俺は両手で後頭部を抑え、雪の上を転がった。

「はい負け。」チョウシ先生は転がる俺の真上から見下ろして、腹の上を軽く踏みつけた。

「グェ!」俺は変な声が出る。

 俺は立ち上がって、チョウシ先生を見つめた。

「攻略法あるんですか?」

「そりゃあるだろ。自分で探せ。」

 チョウシ先生は木に寄りかかって腕組みをする。

「じゃあ、何が悪かったか教えて下さい!」

 俺は不貞腐れながら言う、

「テメェでも途中で気がついたろ。痕跡を残すな。後は気配もな。」

「気配?木となれ、草となれって奴ですか。」

「そうだ。土でも、砂利でも何でも良いから本気でそれになり切れば気配は消せる。」

 俺は唸って考える。考えてもよく分からない。

「もう一回お願いします!」

「おう。数えるぞ。」

 鬼ごっこの修行初日は、結局朝まで続いた。

 気配を消す方法は何となく掴めたが、集中力が続かずにバレたり、些細な痕跡がまだ残ってバレたりと、結局負け続けて終わった。

 すっかり明るくなった空の下、俺は帰りの車の助手席で爆睡。

 家に帰ると、タヌさんがチョウシ先生を叱った。

「小学生連れ回して朝帰りなんて何考えてるんですか!」タヌさんは頬を膨らませてチョウシ先生を指差す。

「ああ。ちょっと鬼ごっこしてた。眠いから部屋戻るわ。」

 チョウシ先生は掌をヒラヒラと振りながらタヌさんの前を素通りして、エレベーターに乗り込む。

「全くもう!サソリ、お腹空いたでしょ?ご飯出来てますよ。」

 エレベーターを睨んだ後、タヌさんは優しく俺に微笑んだ。

「ありがとうございます。」

 俺は笑顔を返して、タヌさんと一緒に朝食を食べる。

 その後を部屋に戻ると、泥の様に寝てしまった。

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