第五話 最強VS最強
舞台部屋の観客席に入る時、俺は入り口の縁におでこをぶつけた。
一番前の空いている観客席に、ソヤクモと並んで腰掛ける。
丁度、最終試合が始まる直前だった。
「アッハァー!“関西最強”対“関東最強”の戦いや!」
「え、そうなの?あんまり詳しくないや。」
俺は舞台に立っている二人の大人を確認する。
一人は濃い青色の髪をショートのウルフカットにし、吊り目に八重歯の中性的な顔立ちだが、体付きから女性だと分かる。年齢は二十代くらいに見える。黒いポロシャツを腕まくりして、黒い革グローブを付けている。武器は棍棒だ。
もう一人はチョウシ先生だ。スーツの時には分からなかったが、腕が物凄く太い。筋肉が多く、ポロシャツが体のラインを出している。割れた腹筋すらも分かるほどだ。武器は日本刀型の模擬刀だ。
青髪の女性が上を向いて、叫んだ。
「ソヤクモのガキ!黙って見れへんかったら、後でしばいたるからな!」
「姐さん気張りやあ!」ソヤクモは大声を出す。
「ったく。うるさいわあ。」
青髪の女性は眉間に皺を寄せながら、片足を上げて棍棒を構える。
「あの人、知り合いなんですか?」
俺は小さい声で聞いた。
「ああ。わっちのとこの格闘術のセンセや。スズラン言うねん。」
「そ、そうなんだ。若いね。」
「あー見えてもババアやで。」
ソヤクモは小声で言った後、オデコに棍棒が飛んで来て体が後ろに吹っ飛んだ。
大きな音を立てて観客席の後ろの壁にぶつかる。
「聞こえてんねん!!クソガキがぁ!!」
「うっさいわ!!さっさと試合せえ!!」
ソヤクモは不機嫌になりながら棍棒を投げ返す。
スズラン先生は片手で棍棒をキャッチする。
ソヤクモはオデコをさすりながら隣に戻って来て座る。
スズラン先生はまた片足を上げて棍棒を構える。
審判が告げる。「試合、始め。」その後、直ぐに走って何処かへ避難する。
開始の合図が出ると同時に、二人は高く飛び上がる。
「片目の分、手加減したろか?」
スズラン先生はニヤリと呟く。
「俺に挑発は効かないぞ。」
チョウシ先生は冷たく言った。
「アハハハハ!!!」スズラン先生は高笑いしながら棍棒を投げる。
チョウシ先生は首を傾げて避ける。頬が切れて血が流れた。
二人は同時に着地する。スズラン先生は低空姿勢で駆け出した。
それをチョウシ先生は刀低い位置で構え、横を通り抜けようとするスズラン先生に切りかかる。
スズラン先生はわざと刀へ当たりに行く。下から振り上げた刀にしがみ付きながら、上まで上がると、手を離して、天井の鉄格子を掴む。一度後ろに振り、前に降った勢いで飛び降り、壁に刺さっている棍棒を引き抜いた。
引き抜いている一瞬の隙に、チョウシ先生は音もなく、いつの間にかスズラン先生の真後ろまで移動していた。
見えない速さで刀を振り下ろす。骨の砕ける音が響く。
「あーらら。避け切れんかったァァ!!」
スズラン先生の右腕は力無く垂れ下がる。左手で棍棒を持ち変え、振り向きながら振るう。
お互いの武器が大きな音を立てながら激しく交わる。攻撃のたびに風と振動が起こる。建物全体が揺れている様だ。
「激しく動くと、右腕戻らなくなるぞ。」
チョウシ先生は攻撃を繰り返しながら、冷たく言った。刀捌きが綺麗だった。しかし、隙はない。
「うっさいわ!!アンタが手加減してんの分かってんねん!!本気出せや!!!」
スズラン先生は激しく体を動かしながら、攻撃を繰り返す。力任せな攻撃に見える。
「分かった。」
チョウシ先生は殺気を纏う。スズラン先生はニヤリと笑う。
しかし、その笑顔は一瞬で消える。目が虚になり、パタリとその場に倒れる。
「え、何が起きたんですか?」
俺はよく分からず、ソヤクモに聞いた。
ソヤクモは絶望した顔をしながらポツリと呟いた。
「わっちもちゃんとは見えへんかったけど、スズラン姐さんの棍棒を刀で弾いて、棍棒を急所に当てて気絶させた……んやろか?」
審判は走って戻ってくると、「勝者チョウシ。」と告げた。
チョウシ先生は、模擬刀と棍棒を係員に返すと、スズラン先生を担いで舞台部屋を出て行った。
二人の最強が戦う姿を見て、俺の胸の中に熱い何かが火を灯す様な感覚に駆られた。
じっとして居られない。
「ソヤクモ!医務室へ行きませんか?」
俺は興奮して鼻息を荒くしながら言う。ソヤクモは呆れた顔をする。
「ハァ?まだ体調悪いんか?」
「ううん。チョウシ先生に会いたいんです。」
「なんや。ファンにでもなったんか?」
「良いから、行きましょう!休憩時間が終わったら、家に帰らないと行けなくなりますよ!」
「お前ん家にチョウシって人も住んどるやろが!知らんけど!まあ、ええわ。行こか。」
ソヤクモはまた俺を肩車する。
「もう一人で歩けますよ!!」
「うるさいわー。」
「早く降ろして!恥ずかしい!!」
「黙っとけや。」
ソヤクモは俺の言葉を無視して歩き始める。また俺は出入り口でオデコををぶつけた。
医務室に入る時は、ソヤクモの頭にしがみついて避けた。
「見えへんのやけど?」
「早く降ろしてくれれば良いんですよ。」
医務室には、丁度出口に向かって歩き出したチョウシ先生がいた。そこにバッタリと出会す。
肩車して入って来た俺達を見て、チョウシ先生は真顔で口を開く。
「何やってんだ。テメェら。」
ソヤクモは俺を降ろす。俺は恥ずかしくて顔を赤くする。
「あ、あの、チョウシ先生……。」
俺が言いかけたところでソヤクモが先に言ってしまう。
「サソリがアンタに弟子入りしたい言うてました。」
俺は驚きながらソヤクモの顔を見る。
「おい、お前!」
「なんや、ちゃうんかい?」ソヤクモはそっぽを向きながら耳の穴に小指を突っ込む。
「弟子入り?」
チョウシ先生は眉間に皺を寄せて俺を睨む。
俺は足がすくんでしまう。顔を伏せて、目を瞑る。
このままで良いのか。弱いままの俺で。このままだと何も護れない。りんのすけ様を護れない。
俺は舌を噛み、痛みで恐怖心を消す。覚悟を決めて、チョウシ先生に向き直る。
「チョウシ先生。俺、強くなりたいです。強くなる方法を教えて下さい!」
俺は深々と頭を下げる。体側に付けた握り拳が震える。
「頭上げろ。俺の目を見ろ。」
俺は頭を上げてチョウシ先生を見つめた。鋭い目の奥に、少しだけ寂しさが見えた気がした。
「いいか、サソリ。俺に弟子入りした奴で、最後まで修行を終えた人間は一人しか居ねえ。そうだな。今から俺が言う事に同意出来なかったら、俺の弟子入りは無理だ。」
「はい。」俺は返事をする。チョウシ先生は続けた。
「まずは、どんなにキツくても最後までやり切る事。後は、怪我したり死んでも文句言わねえ事。最後に、俺の言う言葉絶対に聞く事。どうだ?弟子入りしたくなくなったか?」
チョウシ先生は片手を腰に当てて、顎を少し上げ俺を見下ろした。
「やります!」俺は元気に言う。
チョウシ先生は呆れた顔をする。
カーテンのかかったベッドから声がした。
「やったれや、チョウシ。」
カーテンを開けながら、スズラン先生が顔を出している。
「姐さんも言っとるんや、やったって下さいよー。」ソヤクモも便乗して言う。
「あー?何だ、テメェら。うっせーな。」
チョウシ先生はスズラン先生とソヤクモを順番に見ながら言った。
「おー、怖い怖い。」スズラン先生はわざとらしく困り顔をする。その後、怪我をして居ない方の腕で自分の肩を抱く。
「なあ?ほんまに怖いわー。ちびってまいそやわー。」ソヤクモも便乗して自分の肩を抱える。
チョウシ先生は黙ってスズラン先生のところまで歩き、脳天にゲンコツを落とす。
「相変わらず腹立つなあ、お前。お前によく似たアソコのクソガキもな。」
「女性に手ぇ上げるなんてサイテー。」
スズラン先生は上目遣いでクネクネしながら言う。チョウシ先生はまたゲンコツを落とす。
「そのお調子者な性格じゃなきゃ……いや、何でもねえ。」チョウシ先生は言いかけて止める。
「なんや?言うてみそ?同期のよしみやろ?」
「言わねえ。……おい、サソリ。」
「はい!」チョウシ先生は俺に向き直る。急に呼ばれて、俺は咄嗟に返事をした。
「良いぜ。俺の弟子にしてやるよ。今日の夜から始めるからな。一度修行を始めたら、絶対に辞めるんじゃねえぞ。」
「分かりました!よろしくお願いします!」
俺はまた深々と頭を下げる。
チョウシ先生は俺の頭に手を置いた後、医務室を出て行った。
「良かったな、サソリ。ぜってえー強くなれ。ほんで、わっちと殺し合おうや。」
ソヤクモは人差し指を立てて、手の甲をこっちに向けながら、舌を出した。
「まあ、考えときます。」
俺は目を逸らして、テキトーに返事を返した。