カーナビに帰り道を案内させたら、とんでもない所に行ってしまった件
誤字報告、ありがとうございます
車の窓を見ると星空とビルや街頭の明かりがあった。
昼と夜の道だと雰囲気が全然違うんだなと思う。昼だと明るいから風景が分かるけど、夜は街灯と車のランプ、ビルの灯りくらいしかないから遠くどころか周囲がよく分からない。
『ここの交差点を右に曲がってください』
ピコンと音を立ててカーナビのアナウンスが流れるが、無視して直進する。可哀そうなカーナビはすぐさまルート検索を始める。
『次は五百メートル先、右折してください』
「ぎゃははは。お前の指示なんて聞かねえよ」
助手席の男が楽しそうに笑うのを後部座席に座る俺は睨む。
「おい、もう、やめろよ。カーナビ虐め」
「えー、いいじゃん」
「よくねえよ。なんかいじめているみたいだし」
「おちょくっているんだよ」
俺達がウダウダ言っていると、俺達を乗せる車は赤信号で停まった。運転の荒い奴で停める時は急なので、いつも前のめりになる。文句を言いたいのだが、乗せてもらっている身分なので言えない。
だが助手席の奴は「もう! 急に止めるなよ」と堂々と文句を言う。運転席の男は助手席の文句を無視して、さっさとカーナビを消す。
「なんで消すんだよ」
「こいつは最新の道をアップロードしないし、グーグルで道案内できるから必要ないんだよ」
「じゃあ、なんで車に付けているんだ?」
「もらいものだからな」
うんざりしたような顔で運転手は青信号になったので車を発進させた。
*
俺の名前は辰真。そして助手席の男は龍雅、運転席の男は竜太。全員、地元の幼馴染であり、独身貴族である。職業柄全員の休みが不定期なのだが、運命の導きか連休が揃ったので男三人で日帰りの旅行に出かけた。
旅行は楽しかったのだが、楽しすぎて帰るのが遅くなってしまった。多分、自宅に帰るのが深夜を回りそうだ。
ちなみに俺のスマホでユーチューブの音楽を流して、竜太のスマホでグーグルマップを開いて、ダッシュボードに置いている。こうしてしまうとカーナビについているラジオ機能なども無用になっていて可哀そうと思った。と言うか、スマホが最強すぎるのだ。
そんな事を考えていると、再び龍雅がカーナビをつけ始めた。
「もう付けんなって言ってんだろ」
「うるせえ、俺はカーナビに恨みがあるんだ!」
絶対に逆恨みだろと思っていると、龍雅は語り出した。
「あれは俺が純粋無垢な小学三年生の夏の時だった」
「まずお前が純粋無垢な時期なんて無いぞ。小学生でパチンコ用語言ったり、パチンコ玉を隠し持って、父親と一緒にやっていたし」
「お前の小三の時って、ムカつく上級生に白のカラーマーカーの粉の袋を振り回して喧嘩を仕掛けていただろ。その時の自分でつけた通り名がスモーク・龍雅でダサかったし」
俺達の突っ込みを無視して龍雅は感傷的に喋る。仕方ないので俺と竜太は黙って聞く。
「お盆で父方の実家に帰ってきた俺はひと夏の思い出を作っていた。最終日は実家の近くにできた道の駅に行ってみようと話になって、早速行ってみる事にしたんだ。だが道が分からないので、父親のカーナビで道の駅まで案内設定した。道の駅で美味しいパフェがあるって母親が言っていたから、俺はワクワクしていたんだ。カーナビの礼儀正しい言葉使いで『ここを右に曲がります』とか言って、父親はしたがって走らせていたんだ」
ちょっとホラーみたいに言っているが、普通の夏の思い出のように聞こえる。だが龍雅は「だが走らせていくと車内は違和感に包まれた」と真剣な顔をして言った。
「走って行くうちに見慣れた風景が見えて、どんどんと不安になっていった。相変わらず丁寧だが感情のないカーナビの指示が俺達には疑問に思えてきたのだ。だが知らない道だったから、俺達はカーナビの指示に従うしかなかったのだ」
龍雅は少し溜めて、「そして俺達はたどり着いた」と言った。
「親父の実家に」
「戻されてんじゃん」
俺が半笑いで言うと龍雅は「うるせえ」とキレた。鼻で笑いながら竜太も「バカにされてんじゃん」と言う。
「バカ丁寧に誠実に案内して、俺をおちょくりやがったんだぞ。あのカーナビは」
龍雅の怒りに俺達は笑った。
*
都会の街並みが車窓に流れて、高速道路に入っていく、やがて俺達の地元近くになった時、事件が起きた。
「あ、マズイ。俺のスマホの電池が無くなりそう」
「あ、俺も」
スマホから充電が少なくなっている音が聞こえてきたので、すぐさま回収する。
「辰真、充電器が無いんだっけ?」
「忘れた。竜太は充電器も無いんだっけ」
竜太が頷くと龍雅は「ダメじゃん」と言い捨てたので、「お前が一番先にスマホの充電切れたじゃねえか!」と反論した。
ひとまず近くのお店の駐車場に車を停めて作戦会議を始めた。
「どうする? コンビニに行って充電器を買う?」
「このカーナビを使ってみる?」
竜太がカーナビの電源を押す。起動したカーナビのアナウンスが心なしか明るい気がした。って、そんなわけないか。ただ車内がちょっと明るくはなった。
「ここの地理は詳しくないし、充電器を買うのも面倒だ。ならカーナビを使って帰ろう」
「そうだな。無駄な出費をしたくない」
「俺は嫌だぞ。カーナビで行くの。コンビニに行こうぜ」
「お前がコンビニでお酒を買って、酒盛りするだろ。うるせえから却下」
その時、カーナビが『自宅まで残り……』と言いだして、ちょっと首を傾げた。
「あれ? いつの間に自宅のルートを設定していたんだ?」
「龍雅が遊んだ時に設定したんだろ」
普通、電源を落としたらリセットされない? と思ったが、カーナビの指示で車は走り出した。
まっすぐ走っていると突然、『次の交差点を左に曲がってください』と言ってきた。素直に竜太が曲がるがどんどん人通りの少ない場所に来ている事に気が付いた。大型店舗が連なる街道から離れて低い山に突き進む道を走らせていく。
「街灯も少ない場所だよな、ここ」
「と言うか人住んでいるのか? 家はあるけど、真っ暗だな」
「田舎の夜ってこんなもんだろ」
田園と畑、広い庭付きの家が並ぶ道を走るが暗くて不気味だ。昼間だったら、のどかなんだろうけど。真っ暗で街灯が少なすぎるから不気味でしょうがない。
「なあ、竜太。このカーナビにちゃんと自宅を設定したのか?」
「したよ」
竜太の言葉に龍雅は「本当かよ」とおちょくる感じで言った。
「この車、いわくつきなんだろ?」
「えー! 死亡事故でも起こしたの!」
「起こしていない、と思う」
なんで自信が無さげなんだよ。俺が「どういう経緯でもらったの? この車」と言うと、言いづらそうに竜太は答えた。
「知り合いの先輩がこの車を譲るって言っただけだよ。理由は聞くなって言われたけど」
「なんで理由は聞くなって言ったわけ?」
「さあ? だって理由は聞くなって言われたから、聞いていない」
……恐らく俺達三人の中で一番冷静な奴だが、一番何も考えていない。それが竜太だ。
*
田舎の家々の道を通り過ぎて、低い山の道に入った。当然道はネズミの通り道のように細く、対向車がいたら、すれ違えるのだろうかって思うくらいだ。そしてくねくねしている。
ヘッドライトで細道を照らしてゆっくりと竜太は走らせていった。
「本当にさ、こいつは竜太の自宅を案内しているのかな?」
「どういうことだよ」
「実はこのカーナビは前の持ち主の案内しているのさ。あの世にお帰りって」
「馬鹿馬鹿しい。と言うか、前の持ち主を殺すなよ」
「えー、だってさ、こんな道に行くなんておかしくないか? さっき俺がつけた時、道の表示をされていなかったこともあったじゃん」
「それはおかしくはないよ。このカーナビは五年前以上の物だ。国道って色々変わっているから、道の表示がされていないのは仕方が無いよ」
そんな会話をしていると、パッと鬱蒼とした木々の中で人が吊るされていた。
「ぎゃああ! 首吊り!」
「はあ? よく見ろよ。ただの白い袋だぞ」
「ビビってやんの辰真」
「つうか、なんで袋が吊るされているんだよ!」
そんな事を話しながら俺達は山を越えていった。
*
山を越えても真っ暗で、ヘッドライトから田園を照らし出す。
『ここをまっすぐ進んでください』
「ハイハイ」
カーナビのアナウンスに竜太は適当な返事をする。一方の龍雅はカバンを開けて、色々探り出した。
「あ!」
「どうしたんだよ、龍雅」
『ここを真っ直ぐ進んでください』
「スマホの充電器があった」
「マジか!」
「もっと早く言えよ」
『ここをまっすぐ進んでください』
「早速、つけてグーグル先輩のマップを見よう」
『このまま真っ直ぐ進んでください』
「というか、しつこすぎないか? このカーナビ。曲道も無い……」
龍雅がそう言った瞬間、竜太が「うわ」と驚いた声と急ブレーキをかけた。突然、前のめりになってコケると思ったがシートベルトを着けていたので、最悪の被害は免れた。シートベルト着用は必須なんだな。
いや、なんで急ブレーキをかけたんだよ。そんな疑問が浮かんでいた時にカーナビのアナウンスが『このまま、まっすぐ進んでください』と聞こえてきた。
「どうしたんだよ」
「おい、前を見ろよ」
額にハンドルをつけてビビっている竜太。それと一緒に龍雅は「ぎゃあああああ」と悲鳴を上げた。
『このまま、まっすぐ進んでください』
前を見た俺も言葉を失った。
普通の田んぼである。だか周りに取り囲む物がヤバかった。
生首である。
それがズラッと並んでいたのだ。
『このまま、まっすぐ進んでください』
相変わらずカーナビのアナウンスが繰り返し流れていた。
思わず車を出て、フラフラと田んぼの土手を進み、生首に近づいた。後ろからエンジン音が消えて、車のドアが開く音が聞こえた。
「おい、この生首」
そう言って置かれていた生首の一つを俺は両手でつかんだ。
「マネキンだ」
消していなかった車のヘッドライトに照らされたちょっとドヤ顔のマネキンの頭を見せて、竜太と龍雅は大きくため息ついた。
「だろうと、思っていたけどね」
「嘘つけ、竜太。一番ビビっていただろ」
俺はマネキンの首を元にあった場所に戻しながら、車の中に入っていった。
早く出発した方がいいのに、俺達は座ったまましばらく動けなかった。やがて竜太が「そうだ、龍雅。スマホの充電を貸して」と言って、スマホは充電器をつけてグーグルマップを出した。
「あれ? ここって自宅に近いぞ」
「え? 嘘」
見ると確かに自宅まで数キロだった。
さっさと車に乗って俺達は自宅まで急いだ。
*
自宅に帰ると真夜中を過ぎていた。ひとまず俺と龍雅は竜太の家に一泊した後、帰って自分の家で二連休最終日をのんびりと過ごそうと思ったのだが。
「なあ、あのマネキンの頭の田んぼに行こうぜ」
「はあ? マジで言ってんのか? 龍雅!」
「だって、本当にあんのかって思うじゃん。ちょっと行ってみようぜ。無かったら、心霊現象って事で」
「行ってみようぜって、運転するのはお前じゃねえだろ」
「気軽に心霊現象って言うなよ」
そんなわけで竜太の運転で再び地獄の生首田んぼへと向かった。朝九時に出かけたので周囲は明るく、なんとなく安心する。やっぱり真っ暗な夜に知らない道を行くと不安になるな。
そんな事を考えていると山間に入り、例の田んぼを見つけた。
「ぎゃあ、マジであった!」
日中に見れば肌や髪は不自然なのでマネキンの頭と分かる。だが昼に見てもズラッと並んでいるマネキンの頭は不気味である。
「不気味だな。案山子の代わり?」
「案山子の代わりって、首だけしかないのに?」
この田んぼの持ち主の神経が分からないと言った感じで龍雅と俺が話していると、竜太は「あのさ……」と言った。
「俺達、昨夜の帰りは山道から来ただろ。その道って何処にあるんだ?」
山の方面を見ると木々と背の高い草が、多く生えていて道なんてどこにもなかった。
グーグルマップも確認したが無かった。
「え? 俺達って、何処から来たんだ?」
「……え? ちょっと怖くない? あの山道、ちゃんとあったし」
背筋が凍って何にも言えない状況だった俺と竜太に、龍雅は「えー、あのカーナビ、すごいんじゃね」と言ってきた。
「道を作っちまったんだろ」
「……そんなわけないだろ」
「そういう事にしようぜ」
龍雅の提案に乗る竜太に俺はマジかよ、どういう思考回路をしているんだと思った。
龍雅は「でもマネキン田んぼはあってよかったな」と言って車に乗り込み、竜太は「お祓いしようかな、この車」と言って運転席に乗りエンジンをかけた。
俺も後部座席に座りながら、今回の旅行の反省を考えた。スマホの充電器は忘れず持って行く事とシートベルトはちゃんと締める。
「またカーナビ、つける?」
「二度とつけるな」
のんきな龍雅に俺が突っ込むと車が発進した。