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最強の一歩目


 タケルが見上げるのは、兄であるトッドから話だけは何度か聞いたことのある無骨な鎧だった。

 強化重装シラヌイ――兄がわずかな供回りだけを連れて山の民を征服した時に使っていたという機体だ。

 何度かのチューンナップをしたことで、今の正式名称はたしかシラヌイ四式となっていたはず。


 タケルにとって、トッドが為したこととはあまりにも輝かしかった。

 エドワードを含む他の弟・妹達も、同様の気持ちを抱いていた。


 彼らからすると、トッドという存在は、自分を貫き通し、そして周囲を強く優しい光で照らし温めてくれる太陽だった。

 トッドはリィンスガヤの王位継承権を持つ彼らにとって、もはやただの頼れる兄というだけの存在ではなくなっているのだ。


 誰も、社交や遊戯等一部の才能ではトッドを凌駕するエドワードであっても、彼と張り合おうなどとは欠片も考えてはいない。

 それほどまでに、トッドがしたことは隔絶していたからだ。


 いったい誰が、周囲からバカにされ、親から見捨てられても兵器開発を続けることができるだろう?

 いったい誰が、大した予算も与えられぬ中で今までの戦闘を一変させるような兵器の開発に、本当に成功してしまうといいうのか。

 そしてこの世界の誰が、自ら開発した新兵器とわずかな親衛隊だけを引き連れて、広大な山の民の領域を征服してしまうというのか。


 タケルは未だ十にも満たぬ少年であり、その本当の意味でのありえなさを理解しているわけではない。

 けど彼は、本能のうちにわかっていた。

 自分が天地がひっくり返っても、どれか一つを達成することすら不可能だろう。


 タケルにとってトッドとは、どんな困難も成し遂げてしまう、物語の中に登場する英雄のような存在だった。

 だからこそ彼は、トッドが言っている言葉の意味がわからなかった。


「シラヌイを……手放してしまっていいのですか?」

「ああ、実は新しい兵器がまたできてね。このままだとお役御免になっちゃいそうなんだ。そろそろ体格が合わなくなってきたこともあるし、僕が今後シラヌイに乗る機会はグッと減ることになると思う。倉庫の中で埃を被るくらいなら、誰かに使ってもらえた方が、シラヌイだってきっと喜ぶと思うんだ」


 そう言うと、トッドはシラヌイの機体をなぞる。

 己のかつての愛機を撫でるその手はひどく優しく、見上げる顔はどこか儚げだった。

 タケルはその表情を見て、何も言えなくなってしまう。


「だから考えたんだ。もし僕がずっと乗ってきたこのシラヌイを託すのなら、いったい誰がいいんだろうってね」

「それで、僕を……?」

「ああ、タケルは離宮では蝿を手で捕まえたりしていたし、とっても動体視力がいい。それに身体能力もかなり高いから、きっとシラヌイをちゃんと……それこそ僕なんかよりも上手く、使いこなすことができるはずだ」

「僕が……」

「それにタケルは……お母さんを守れるような力がほしいって思ってるだろ? こいつを使いこなすことができるなら、きっと君は強くなれる。守れるさ、両手に抱える全てを、君ならきっと……いや絶対に、守ることができる」


 トッドが自分のことをそこまで深く知ってくれていることに、タケルは赤面する。


 兄さんには敵わない、とタケルは俯く。


 そしてトッドが自分にかけてきた言葉を反芻した。


 強く、なる。

 守る。

 今はまだ小さなこの両手で、大切な誰かを守ることができるよう、強くなるのだ。


 そのための手段は、兄が整えていた。

 整地された道すら行けぬようでは、アキツシマ男児の名折れ。


 時間にして数秒、タケルが下げていた頭を起こす。

 その瞳には、意志の炎が強く、強くきらめいていた。


「兄さん、僕に……僕にこのシラヌイをください」

「――ああっ、もちろんだとも! こいつは山の民をたった一機で何十人も倒したんだ! 使い方は僕と、そこにいるハルトが教えるから……」

「ええっ、僕もですかぁ!?」

「当たり前だよ、お給金分と色々と面倒を見ている分は働いてもらう」

「うぐぅ、それを言われると……」


 こうして観念した様子のハルトと実に楽しそうに笑うトッドの下で、タケルはシラヌイの操縦方法を学んでいくことになる。


 『アウグストゥス ~至尊の玉座~』において作中最強の機動師となる、復讐の鬼タケル・フン・リィンスガヤ。


 彼が本来よりもずっと早い段階で機体に乗り込むこと。

 それによって世界がどのように変わるかは、今もきっとどこかから全てを眺めているはずの、創造神にもわからない――。


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