恨み
「逃げたりはしなかったみたいだね」
「今更逃げてどこへ行くというんだ? それに負けた男に背を向けるのは、道理にもとるというものだ」
遠回りをしながら帰還してきたトティラと彼の親衛隊達が、王都の外れへとやってきていたのだ。
トッドの方も目立つ真似は避けたかったので、着ているのは強化兵装。
そして供につけているのはライエンバッハだ。彼の方は魔導甲冑を着込んでいる。
トティラ達の方は合わせて十五人ほどだから数では圧倒的に有利だ。
だが二人を前にすれば人数差などあってないものと、ハナから何かをする気はなさそうだった。
「まあ中には、今のうちに逃げろと言ってくるやつもいたがな」
フッと軽く笑いながら、トティラが彼の親衛隊員のうちの一人を見つめた。
少年から成年へと成長しかけている未だ年若い男は、その視線を受けて気まずそうに顔をそらす。
トティラが言っていることは事実なのだろう。
「さて、それならまずこっちに来てる山の民の代表達と話をつけてもらうよ。既に待たせてるから」
「ああ、構わないとも」
「強化兵装を始めとする武器は使わせないから、安心していいよ」
話をつけるという言葉を山の民の流儀に言い直せば、戦ってわからせるという意味になる。
トッドはガールーを始め、トティラを恨んでいる山の民も大勢いることを知っている。
それならばと、恨みのある者達に一度、殺し合いではなく試合の場でトティラと戦わせてあげるつもりなのだ。
戦いを求める者も多いだろう、
それにトティラがこちらの世界にいると知れば、彼と戦うためにリィンスガヤへやってくる者達もやって来るだろう。
正直なところ面倒ではあるが、あくまでも山の民の流儀に従わなければ、トッドの族長としての資格が問われる事態にもなりかねない。
早く大森林に行きたいんだけどなぁ……と思いながらも、トッドはトティラ達を先導して進んでいく――。
「どういうことなのですか! こやつを生かしたまま、仲間に加えるなど!」
という批判は、意外なことに飛んでこなかった。
どうやら皆、トティラの死体がない時点でうすうすと事情を察していたらしい。
また、強さというものが絶対的な尺度として存在する山の民において、比類なき強さを持つトッドと、それに次いで無双していたライエンバッハに対しては何かを言うつもりはないらしい。
だがトティラに対してはその限りではないので、山の民達のトティラへの挑戦が相次ぐ形になったのだが……。
「――ふっ、また俺の勝ちだな」
トティラの強さは圧倒的だった。
彼は誰にも負けることなく、それどころかかすり傷の一つも負うことなく他をよせつけずに連戦連勝を続けたのだ。
基本的にまともに打ち合うこともできずに一方的にやられる場合がほとんどだった。
ガールーただ一人だけがまともに数合打ち合わせることができたが、それほどさほど長くは持たなかった。
トッドは彼を部下にしたことで忘れそうになっていたが、トティラとは本来リィンスガヤ王国を相手にして勝利できるような化け物なのだ。
シラヌイの開発が間に合っていなかったら、というかそもそも飯島ハルトをこちらに引き込むことができていなかったら……恐らくトッド達の独力では、山の民の征伐はならなかっただろう。
ちなみにガールーはトティラに恨み骨髄だろうと考えていたのだが、トティラに負けた彼はさっぱりとした顔をしていた。
気になったので尋ねてみれば、それはなるほど山の民らしいと思う答えが返ってきた。
自分の姉は無事で、特に身籠もっていたということもなかった。
そしてこれからトティラとは、同じくトッドを族長にいただく同輩になる。
それならば一度戦って、全てを丸く収めることにしよう。
ガールーはそう考えたらしい。
現代日本の価値観を引き継いでいるトッドからするといまいち理解しづらいところもあるのだが……。
どうやら戦いで引き起こされた結果は、戦いで決着をつけようというのが根本的な思想にあるようだ。
それはガールー以外も同様であり、一度トティラに打ち負かされてからというもの、彼らは何も言わなくなったのだ。
中には明らかに不満げな者もいたが、不満をこぼす者は結局一人も出てはこなかった。
山の民達にとって、戦いとはそれほどまでに神聖なもの……ということなのだろう。
「それさえなければな……と、俺は時折思うことがあるよ」
笑みを崩さぬトティラは、そういってトッドが着用している強化兵装を指さした。
実際にその通りなので、トッドは苦笑いをこぼした。
これより先の時代は、戦闘能力の高い者というよりかは、機動鎧を始めとする兵器群に対する適正値が高い者こそが強者とされるようになる。
トッドの弟であるタケル=フン=リィンスガヤ。
そしてトッドが大森林でヘッドハンティングを終え次第向かおうとしている、隣国リィンフェルトにいるローズ=フォン=ヴィンセント。
作中最強格となる機動士はこの二人だが、二人とも素の状態での戦闘能力ならば、恐らくはトティラにも劣るだろう。
「これからは人が武器を使う時代じゃない。人が武器に使われる時代になるのさ」
「……我ら山の民からすれば、思うところはある。けれどこれもまた、時代の流れということか……」
戦いを神聖なものとする彼らの文化からすると、受け入れづらいものも多々あるだろう。
けれどなんとかして、飲み下してもらえたらと、トッドは思った。
無理して未来を変えることよりも、未来に合わせて自分が変わっていくことの方が、人生においては重要な場面が多い。
自分も流れに取り残されないよう頑張らなくっちゃな……と、グッと拳を握るトッドの前に出る人物がいた。
「殿下、私が参加しても構わないでしょうか」
「うん、いいよ」
誰であろう、ライエンバッハである。
恐らく既にやる気まんまんだったのだろう、既に魔導甲冑は脱いでおり、強化兵装も着けぬ私服姿だ。
ライエンバッハは面白いと言いたそうなトティラの前に出て、王国の正統流派であるヴィッツラート流の構えを取った。
「私もまた……お前と同様、廃れゆく時代の中へその身を置く者。トティラ、お前の剣を私に見せてみろ」
「そいつは使わなくともいいのか?」
「必要ない。戦闘ならばともかく、模擬戦はフェアでなくてはな」
恐らくこのままトティラが圧倒的に勝ち続けただけでは、山の民にまたトティラを持ち上げる考え方が浮かびかねないという懸念もあるのだろう。
たしかに山の民の中でも頭が固い者達などは、トッドがシラヌイに乗らなければトティラには敵わないという事実を、トッドの方が弱いという風に考えてしまいかねない。
ライエンバッハは自身の強さを見せつけることで、それを払拭しようと考えたのだろう。
相変わらず細かいところにまで気の利く、頼りになる男だった。
二人が向かい合い、刃を潰した剣を構える。
そして――。
「シィッ!」
「ふっ!」
ギャリギャリと互いの刃を削りながら、二つの刃が激突した――。
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