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『さやかに吹く風』  作者: sazanka
3/3

景の三《手作り雛あられと、あったかいミロ》

座敷の畳、雑誌と、恋の悩みと少しの空腹。

「こっからスタートしたらエエんちゃうん」。

そんな風な、他愛もないお話です。


登場人物

■さやか

朱田(あけた) さやか」。

東京から引っ越してきた高校1年生。

首都圏の郊外の言葉。


(こずえ)

波除(なみよけ) (こずえ)」。

地元で育った高校1年生。

関西の田舎の言葉。


美羽(みう)

田力(たぢから) 美羽(みう)」。

さやか、梢のクラスメイト。陸上部。

関西の田舎の、威勢の良い言葉。



―黎和4年3月初旬―

―遥か、いにしえの風。

美羽に似た少女:「ほんまに……、もう、会われへん、のんかな」

白装束の少女:「ムラが、滅びずに……、何代も、何代も続けば、きっと、」

美羽に似た少女:「私の、子ぉの、孫の、孫の、そのまた孫にやったら……、会うことも、あるかな」

白装束の少女:「(すえ)の世で、また私が……、」

白装束の少女:「よばれたら、ね」

美羽に似た少女:「……ありがとう」

美羽に似た少女:「せめて、せめて、やすらかに……、」

美羽に似た少女:「サヤカ」

―タイトルコール。

梢:『さやかに吹く風』。

梢:今日のお話は、

さやか:(けい)の三、

さやか:《手作り雛あられと、あったかいミロ》

―西暦2022年、3月。

―堤防沿いに建つ民家。表札には、「波除(なみよけ)」。

―奥座敷の、畳の上。

―さやかは座布団に突っ伏し、梢と美羽はめいめい、雑誌を通読中。

―緩やかな沈黙。

梢:雛あられってさぁー。

美羽:んー?

梢:ぜんぜん普通に美味しいのに今しか食べへんやんな。

美羽:……急にナニ? 何か書いてん、その雑誌に。

梢:えぇ? 書いてへんで。

梢:『パルフェRe()』に雛あられの事なんか書いてるワケないでぇ。

さやか:(むくり、と上体を起こし)

さやか:……そんなこと、無いと思う……。

梢:おぉ? さやか、寝てたんちゃうん。

さやか:いま、起きた。

さやか:……変な夢、見てた。

梢:たまに見るぅ言うてたヤツか。どんなん?

さやか:……美羽(みう)ちゃんが、出てきた……。

美羽:うちぃ?

さやか:うん……、

―じ、と、同級生を見つめ。

さやか:顔に……、赤い粉で、模様を、描いてて……、

美羽:(驚き)え……、

さやか:似合、ってた……。

美羽:……、

美羽:写真、か何かで見た……??

さやか:え……?

―両者、黙考。

―遮るように、梢。

梢:まぁ夢の話はエエとしてぇーーっ。

梢:やっぱドコにも雛あられのコトなんか乗ってへんなぁーーーっ。

さやか:3月号……? それ。

梢:そぉー。

美羽:わからんやん。

美羽:都会のオッシャーなカフェで出してるイケ好かん雛あられやったら載るかもしれんやん。

梢:美羽さぁー、そーゆー田舎モンの意固地みたいなんヤメよやぁー。ガチ東京女子のさやかちゃんの前ではハズいだけやで。

梢:なっ? さやかちゃん。

―さやか、返答に窮し。

さやか:え、っと……、いや、

さやか:そんな事も、無い、いや、

美羽:ほら困ってるやん。

美羽:ちゃうねんて、マジで洗練されてる都会の人間はな、逆に優越感とかコンプレックスとか無縁やから。むしろフラットやねんて。

さやか:……そうなの、とも言いづらい流れ……。

―梢がペラリ、と雑誌を捲る。

梢:まぁエエとしてぇ、

梢:……お、来月の表紙まぁた観音町(かんのんまち)か。何回目やねんっ。

梢:(戻し)あの雛あられのさ、チョコでコーティングしてんの美味いよな。

さやか:チョコあられ、は普通に売ってない?

さやか:バレンタインの時にも、お店とかにあった気が、

梢:オンリーやったら飽きるけどぉ、普通のあられの中にチョコのヤツ混ざってんのがエエねん。

さやか:あ、わかる……、気がする。

梢:「甘じょっぱい」の元祖やんな。

美羽:…………。

―様子を窺いつつ、

美羽:あーーーーー。

美羽:んーーーーー、

梢:なにぃ? 美羽。

美羽:バ、バレンタイン、さァ、

梢:うん、

美羽:何か……、した? そーいや。

さやか:え、っと……、

梢:私はお父さんとおっちゃんには一応あげたで。

梢:あとアニキにチョコのスタンプ送っといた。

美羽:嬉しいか、それ。

梢:何か泣き顔のヤツ返ってきたから。

梢:嬉しいんちゃう? 知らんけどぉ。

さやか:私は……、家の人、叔母さんに、あげた。一応。

梢:弓世(ゆみよ)さんなー。

梢:チョコぉアテ(注:つまみ)にして飲んでたんやんな、お酒。

さやか:日本酒とチョコ、意外に合う、って言って、うん……。ふふ。

美羽:酒飲み言うたら朱田(あけた)んとこのユミちゃんや、て、オトンらまで言うてるからなー。

美羽:よっぽどやで。

さやか:うん……、「よっぽど(関西アクセント)」、だと思う。

さやか:毎日飲んでるし、

梢:あーっ。

梢:さやかちゃん今の「よっぽど」っ、

さやか:あっ、えっ?

さやか:ごめん、変だった……?

梢:ううんっ。

梢:何か……、自然やったっ。

さやか:あ……、そ、う?

美羽:素ゥで出たっぽかったやん。やっぱ何ヶ月か()ったら影響出てくんねんて。

さやか:そう……、なのかな。

さやか:あ、でも東京に居た頃……、大阪に何年か居て帰って来た人は、ちょっと関西弁っぽく、なってた。

美羽:そら周り全員そうやねんから、伝染(うつ)らん方がおかしいもんな。よっぽどの陰キャとちゃうかったら。

さやか:陰キャ……。

さやか:私も、その……、

美羽:さやかは陰っぽいだけで完全に陰キャとはちゃう、かな。暗いトコは誰でもあるし。

梢:あと偶にさー、生まれも育ちもコッチやのに標準語のヒトおるやんなぁ。

梢:アレなんなんやろな。

美羽:ある意味めっちゃ自分の道行ってんちゃう。

梢:え、ほんでぇ、

美羽:ん?

梢:美羽は結局あげれたん?

梢:呼太郎(こたろう)くんにチョコ。

美羽:……っ! ……、

―沈黙による静寂。

美羽:…………。

美羽:うちの話は。

美羽:えーやん。せんでも。

梢:言いたナイんやったらバレンタインの話なんか振らんときやぁ。

梢:私も忘れてたのに。

美羽:いや……、話に出たから、

さやか:聞いてほしかった、とか……?

美羽:…………、えー、と、

梢:あーーーっ。アカンねんアカンねんさやかちゃんっ。

梢:あんなぁ、美羽の呼太郎くんトークはなぁ、愚痴とかディスりに見せかけたタダの惚気(のろけ)やからなぁ。うっかり聞いたら耳腐るねん。

美羽:ノロケとかっ! ちゃうしっ、キモっ、キモっ、アイツっ!

さやか:こたろう君、って、クラスの、橋元(はしもと)くん、だよね。

梢:そーそー。私ら小学校から一緒やからよぉ知ってんねんけどなぁ、

さやか:うん、

美羽:わざわざアイツの話なんかっ。

美羽:さやかにせんでエエやろっ。

梢:私かてしたないもーん。

梢:昔からなぁ、むっちゃ仲エエ癖に、中学上って呼太郎くんがヨソの女子と喋るようになってからなぁ、変に意地になってなぁ、

さやか:あーー……。そういう、

美羽:はぁっ? はぁーっ???

梢:コジらしてるまま今に至るねん。

梢:でも毎年バレンタインにはちゃんとしたチョコあげよかどーするかで悩んでんねやんなぁ。

美羽:好き勝手に吹いてんとちゃうわっ!

美羽:アイツはそのっ、別にタダのっ、

さやか:幼馴染み……?

さやか:腐れ縁?? 結婚の約束、とか、した、感じの……??

美羽:ちょっ、さやかまでグイグイ……、

梢:ふっふぅ、さやかちゃん実は恋バナとか聞くん好きやもんな。

さやか:人のは、結構、気になるかな……。

美羽:……っ、恋、とか……っ、

梢:せやけど恋バナってさぁ、どーすんやろどーなんねやろ、って未確定な感じがミソやのに、美羽はもう「早よ行けや」としか思えんくなってくるからさぁ、

さやか:はよ、いけや……、

美羽:う、うちんとこの大字(だいじ)っ、

美羽:子供、うちとアイツしか()らんかったから、近所で兄弟みたいに、ニコイチで扱われとったってダケで……、

さやか:ベタベタ……、王道……、

梢:一緒にお風呂入っとったんやんなぁ。

美羽:きょぉおおおおーーーっ!!!

美羽:自分エエ加減にしくされよ梢っっ!

梢:キタナい地元弁使わんといてぇ。さやかちゃんに伝染るやろぉ。

さやか:「しくさる」……、上級編だ。

梢:呼太郎くんと一緒に入られへんの不安やからな、大きなるまで外湯にも入りに()ーへんかってんで。

さやか:詳しく聞きたい……。

美羽:普通にっ!

美羽:普通に、ヨソの人らとお風呂いうんに緊張しとっただけやから!

美羽:人見知りな子供やったダケやからっ!

さやか:何歳まで一緒に入ってた、の?

美羽:…………っ、あ、ぐ、

梢:小五の最初までやろ確か。

美羽:言うなやっっっ!!!

さやか:おおー……。

さやか:なんて、いうか……、

梢:ギリギリやんなぁ。もーちょいでアウトの方やんなぁ。

美羽:オカンらが止めんかったんが悪いんやしっ!

梢:ほんでさぁ、また一緒に入れるようになったらエエんやんなぁ?

美羽:っっっ!!!

さやか:ソレって。ソレって。

美羽:きっ、き、キモ過ぎっ……っ。

美羽:今のアイツと風呂とか……、

美羽:う、あ、あ……、

―赤面し、わなわなと震える美羽。

さやか:………真っ赤。

さやか:ストロベリー美羽ちゃんになった。

梢:あはははっ。

梢:コイツの場合トウガラシ味やでぇ。

美羽:…………っ。

美羽:……無い、から。マジでっ。

美羽:あんなん、近所の犬コロみたいな感じで……っ。

美羽:全然相手として、見られへん、し……っ。

梢:ツンデレ幼馴染み的なコメントやめてぇ。

梢:(さぶ)イボ寒イボぉ。

美羽:「鳥肌」言えやっ。さやかの前でっ。

梢:寒イボと鳥肌は違うもぉん。私の中では。

美羽:ほんまっ、ほんまアリエヘンわっ、

さやか:それ、で……、

―雑誌の頁がペラりと鳴る。

さやか:あげられた、の?

さやか:橋元くんに、チョコ。

美羽:……っ、え、っと、

梢:どーせ今年もテレて、変なモンあげて終了やろぉ。

梢:去年は明太子せんべいやっけ。

さやか:めんたいこ。

美羽:…………。

美羽:あげてない、し。

美羽:何も関係無い日ぃ、やし。

梢:ホンマは?

美羽:…………。

美羽:……イカせんべい。

梢:何で毎回せんべいやねん。

梢:手ぇで渡したん?

美羽:……投げた。

美羽:窓から。

梢:バキバキやんせんべい。アホなん?

美羽:硬い、やつやし……。

美羽:食べてた、し。バリバリいわして。

梢:まぁーた音聞いとったんかい壁越しにっ。

梢:ヤバいわぁー、もう見てられへんわぁーっ。

美羽:ちゃうねんてっ。

美羽:おばちゃんと1階で喋っとったら聞こえて来ただけやからっ!

梢:どーでもエエけどぉ。

梢:渡しぃや。チョコぐらい。

美羽:…………っ、

美羽:ソレ、ソレ、してもたら、なんかもう……、

梢:呼太郎くんは(もう)てたみたいやけど、な?

美羽:……っ、……。

美羽:し、知らん。どーでもエエし。

さやか:そうなんだ……、

梢:2組の雲井(くもい)ちゃんやろ。放送委員一緒なんやんなぁ呼太郎くんと。

さやか:あ……。静かだけど、色々知ってて面白そうな子だった、雲井さん……。

美羽:……あの子ええ子、やから。

美羽:お情けで仲良うしてもーてんねん。アイツ。

梢:現実見ぃやぁ。

梢:仲良さそーやん、特に最近。

さやか:委員一緒だと、ね……。

美羽:…………。

梢:あげたらしいで、チョコ。

梢:普通に結構、気合い入ったラッピングのヤツ。

美羽:……礼儀、やろ。

美羽:あげるからには、人に、的な。

梢:しかも人見てる前でやでぇ。

梢:宣戦布告、まであるな、コレぇ。

さやか:……恋の鞘当て?

美羽:何なん、ソレっ。誰が誰に?

梢:わかってるクセにぃ。

梢:美羽と呼太郎くんのコトなんか知らんヤツ居らんねんから、

美羽:……っ、

梢:呼太郎くん狙うんやったらさぁ。

梢:美羽とはいずれブツかる運命やもんな?

さやか:……一騎打ち?

梢:もしくは、上手いコト(かわ)して掠め取るか、やなっ。

美羽:掠めっ、取るっ、

梢:もーじき高2やでぇ。私ら。

梢:油断してたらお嫁さんなられへんで、コタくんの。

美羽:ちょぉっ! その呼び方っ!

さやか:コタくん。

梢:今でも偶に出てるやん。「コタ」と「ミー」で呼び合ってるやん。去年の文化祭準備の時も、

美羽:テンパってて咄嗟に出ただけやし。

美羽:ハズいし。子供の時のヤツやし。

さやか:結婚……、約束?

さやか:縁日で取った指輪??

さやか:思い出の公園にタイムカプセル……??

梢:妄想進んでるぅ。そんなベタなん無いやんな、ここらには。

美羽:…………。

美羽:結婚、とか。

美羽:何も知らん頃に言うとっただけ、やし。

美羽:もー高2、やし。

美羽:アイツも、趣味とか、話合う相手と、仲良うしたらエエ、し。そんなん。

さやか:言い聞かせてる、感じ……。

梢:必死必死ぃ。

梢:……でもさぁ、美羽ぅ。

美羽:……何、よ。

梢:美羽んトコと呼太郎くんトコは、仕事でも繋がりあるやん。

梢:親同士はさぁ、結婚さすつもりやったんちゃうん、普通に。

美羽:……、……、

美羽:そんなん、

梢:そーいうんどー思うぅ?

梢:さやかちゃん。

さやか:え、

―暫し考え。

さやか:……んー……。

さやか:無理やり、そうしなきゃ駄目、とか、他の人と付き合えない、とかだったら、アレだけど……、

梢:2人は好き合ってんねんお互い、偶々、今でも。

美羽:好き合ってっ、とかそんなんっ、

梢:ほな嫌いなん?

美羽:っ、い、や、嫌い、っとかじゃ、

梢:何の意地なんかわからんわぁ。

梢:昔も好きで、今も好き、やったらアカンのん、何か。

美羽:…………、アカン、とかじゃ、ナイけど、

梢:それかぁ、コタくんが文化系の、ひ弱な陰キャに育ってもーたから幻滅してんのん?

美羽:っ!

―美羽の目の色が変わり。

美羽:うちの前で呼太郎の悪口言うなやっ!!!

さやか:(驚き)わっ、……、

美羽:……っ、

梢:……ふふふぅん。

美羽:なんぼ、シャレとかネタでも。

美羽:……ムカつくわ。

梢:ほんならぁ。

梢:ソレが答え、なんちゃうん。

美羽:…………。

―梢を睨む、美羽。

さやか:…………、2人、とも、

美羽:……嫌なヤツやな。

美羽:自分、昔から。

梢:知ってるやぁん、そんなん。

梢:私も美羽のしょーもない意地っ張りよぉ知ってるからさぁ。

美羽:…………、

梢:変な意地で拗れたまま、会わへんくなったりとか、見たくないもん。

梢:好きなん見え見えやのに。

美羽:……大きな、お世話、

梢:(遮り)友達やし。一応なぁ。

―沈黙。

美羽:…………。

美羽:……トイレ、借りんで。

梢:どーぞぉ。返してな。

美羽:アホ。

―黙ったまま、襖の向こうへと去る美羽。

―2人、残され。トイレのドアが閉まる音。

梢:……はふぅーー。

梢:ごめんなぁ? ケンカとちゃうねんでぇ。

さやか:うん……、わかる、大丈夫。

さやか:私、幼馴染みとか、居なかったから……、なんか、新鮮。

梢:そぉ? メンドイし焦れったいでぇー。

梢:ふふふぅ。

さやか:……橋元くんは、美羽ちゃんの事、

梢:普通に好きやと思うでぇ?

梢:あんま変わらんし、呼太郎くんの方は。

さやか:美羽ちゃん、綺麗だし……、

梢:なぁ? 陸上部のホープやし。

梢:でもあー見えて自信無いねん。

さやか:そうなの?

梢:呼太郎くんは背ぇも伸びたし、インドアで大人しいけどソコソコ人気あるねん。中学ぐらいから。

さやか:そういう雰囲気、あるね。

梢:でなぁ? 女子力無い、ガサツな自分なんかがぁー、みたいに卑屈になっとんねん、美羽。

さやか:男子からも人気、ありそうなのに……、ね。

梢:あるよ、美羽は。カオ綺麗やしスタイルええしな。

梢:やけどぉ、

―ペラリ、と雑誌を捲り。

梢:眼中に無いんやろな、コタくん以外。

梢:……困ったモンやで。

さやか:…………。

さやか:お互い好きなら。全然、良いと思うけど、な。

梢:小学校から一緒やったヤツは全員思(おも)てるねん、ソレ。

梢:……はぁーーーっ。

梢:雛あられ食べたぁーーーい。

さやか:まだ、あられの口なんだ。

梢:お母さん()ぉて帰ってけーへんかなーーっ。

さやか:……お餅、と、チョコがあれば、作れるけどね、ソレっぽいヤツ。

梢:お餅ぃ?

さやか:お餅を油で揚げたらあられ、だから。

梢:あーー、そっかぁ、

さやか:あ、でも……、

さやか:何日か干して、乾燥させなきゃいけないから、

梢:あるで、乾燥した餅ぃ。

梢:正月に()うた残り、カビても無いと思うしっ。

さやか:チョコは……?

梢:パンに塗るチョコソースでもいいん?

さやか:ちょっと作るだけなら……、イケるんじゃない、かな。

梢:うわぁっ。

梢:よぉっしゃぁーーっ!

―【間】

―台所。油が熱されている。

美羽:……ほんで。

美羽:作る気ぃなん。雛あられ。

美羽:ていうかチョコあられ。

梢:しょっぱいあられとチョコのヤツと両方作るでぇ。交互に食べたいからな。

美羽:……いきなりやな。

美羽:……何、どーするん。

梢:え? 美羽も参加するぅ?

美羽:さやかにだけやらして、見てられへんやろ。

美羽:ほんで自分めっちゃ不器用やん。

梢:簡単なコトやったら出来るもぉーーん、トレーにクッキングペーパー敷いたりとかっ、

さやか:大事な仕事……、それも。

美羽:…………。

美羽:まず餅、刻むねんな、(さい)の目で。1センチぐらい?

さやか:うん……、結構いっぱいになりそう。

美羽:置いとけるしな、あられやったら……。

美羽:梢、包丁もう一本ある?

梢:流し台の下ぁ。

―各々、作業にかかりつつ。

梢:なぁー。美羽ぅ、

美羽:(包丁を取り出しながら)

美羽:……なに、梢。

梢:なんやかんや面倒見エエなぁ?

梢:知ってた、けど。

美羽:…………。

梢:えっへへぇ。

美羽:クッキングペーパー、敷けたんやったら。

美羽:あんたも餅切りィや。

梢:あーー……、

―にぃ、と笑む梢。

梢:100パー手ぇ切るからイヤぁ。

―【間】

―台所は、賑やか。

―調理は概ね、スムーズ。

梢:さやかちゃん油っ! 油めっちゃ跳ねるっ!

梢:熱っ!

梢:どーしたらっ!

さやか:え、えっと、

美羽:1回火ィ切ったらエエやろっ! 自分料理したコト無いんか!

梢:切ってぇ! ちょっ、鍋に近寄れへんっ!

美羽:思い切って行くねんこーいうのはっ!

美羽:ほい切ったで!

さやか:あの、油、私が見るから、

さやか:梢ちゃんは、あの上げとく為の網のヤツ、出してほしいっ。

梢:あいあいさぁーっ。

―【間】

さやか:ああっ……、梢ちゃん、

さやか:塩、それ……、

梢:え?? こんなもんちゃうん??

美羽:あんたの「一つまみ」は「一つかみ」やねんっ!

美羽:塩に埋まってあられ見えんくなってもーてるやんけ!

さやか:掘り出せば大丈夫、多分……、

―【間】

梢:お雛様って出したぁ? ちっちゃい頃。

さやか:うちは……、家、こんな広くなかったし、場所が要るから……、

梢:都会やと買わへんよなぁ、あんなん、

美羽:ちょぉ梢っ! チョコ垂れてる垂れてるっ!

梢:えっ?

梢:あーー……、へへぇ。

美羽:余所見しなやてもぉーーーーっ!

―【間】

―何とか完成。台所は、戦場の跡。

梢:……っでぇきたぁーーーーっっ。

梢:結構それっぽくなったやぁん。

美羽:さやかのおかげでなっ! 自分邪魔ばっかしくさって!

さやか:まあ、まあ……、

―めいめい、シュル、とエプロンを解く。

梢:餅切ったりあられ揚げたりしてるんも絵になるなぁ、さやかちゃん。

梢:さっすがぁ。

さやか:ふ、普通……。

美羽:美人はナニしても美人やねんて。

美羽:あんたは何もせんと突っ立っときっ。

梢:ソレって私も立ってたら美人てコトぉ?

美羽:…………、

美羽:陰キャは好きそうな見た目なんちゃうん。

美羽:黒髪とか。ストレートとか。

梢:へぇーっ。

梢:ほんなら呼太郎くんも好きになってくれるかなぁ?

美羽:なっっ!!

美羽:お、おま……っ、

梢:冗談やでぇ。未来の夫婦の間に入りたないでぇ。

美羽:(赤面し)……っ、ふぅっ、

美羽:夫、婦、ってェ、お、お前っ……、

さやか:また、ストロベリー……、

梢:私は年上が良いしな。

梢:さってぇ、食べよ食べよーっ。

さやか:あ……、そう、だね。

美羽:(やや放心)

美羽:夫婦……、夫婦て……ヤ、ヤバいし……、

梢:飲みもん入れるなー。それぐらいはイケるから。

梢:何飲むぅ?

さやか:えっと……、あられ、だから、

梢:珈琲、紅茶、緑茶……、

梢:ミロもあるけど。

さやか:ミロ……?

梢:麦芽で作ったココアみたいなヤツ。

さやか:見たことあるけど、飲んだコト無い、と思う。

梢:しみじみ美味いでっ。ほんなら飲もかぁ。

梢:……、でぇ、

―梢は美羽を見やる。

美羽:橋元美羽……、

美羽:いや時代が時代やしっ、夫婦別姓いう手も……、

美羽:いやいっそ田力(たぢから)呼太郎っ?? ……語呂はエエな……、

梢:こぉら妄想族っ。

梢:そんなんはチョコぐらいシャっと渡せるようになってからにしぃっ。

美羽:はぅっ!? えっ!?

梢:……年貢の納め時やでぇ。

梢:ほんで何飲むんー? 橋元美羽ちゃんっ。

美羽:…………っ。

美羽:う、うちも……、

美羽:ミロで。

―【間】

―再び座敷。

―ちゃぶ台の上には自家製雛あられと、湯気立つ3つのマグカップ。

梢:……んんーっ。ウマぁっ。求めてたやつぅコレっ。

美羽:ていうか売ってんのより美味い。

さやか:出来たてだし、ね。

さやか:ミロにも……、合う。凄く。

―ずず、と3者、カップを啜り。

梢:……ほぁーっ。

梢:なんか疲れたなぁー。

美羽:あんたのせいでなっ。台所もエライことなったし、

梢:もーあのままでええからぁ、

美羽:片して帰るし。おばちゃんに悪いやん。

さやか:…………、

さやか:あの、さ、美羽ちゃん。

―美羽と梢の眼が、さやかに集まる。

美羽:な、なに……、なんかあらたまって、

さやか:雛あられ……、

さやか:思ってたよりたくさん、出来ちゃった、よね?

美羽:せ、せやな……? 餅って膨らむから。

美羽:でも持って帰れるし、家でも、

さやか:この、チョコのあられ、とか。

さやか:凄くちゃんと、美味しく出来たし……、

さやか:手作り、だし。

美羽:う、うん……?

さやか:橋元くん、にも。

美羽:なっっ……、

さやか:渡してあげたら、喜ぶんじゃない、かな、とか……。

―美羽は目を丸くし。

美羽:う、え、え、そ、ソレ、ってェ……っ!

梢:さっすがさやかちゃんナイスアイディアっ!

梢:チョコあられやったらせんべいの延長でイケるしなっ!

美羽:イカれへんわ! チョコやぞチョコ!

美羽:そっ、そんなん……っ、

梢:もー三月なんやから関係ナイってぇ。

梢:桃の節句に雛あられ作って、余ったからお裾分け、って。

梢:女子力ハンパないやぁん。

美羽:…………っ、う、

さやか:バレンタイン、渡せなかったし、って。

さやか:言ってもいい、し。

美羽:さやかソレっっ!!

美羽:き、切り込み過ぎっ……、

梢:ナニがぁ?

梢:ご近所さんで、幼馴染みで。

梢:普通やぁん。

美羽:…………っ、うっ、

美羽:うちなんかがっ、そんなん、しても……、

梢:してもぉ?

美羽:アイツも、……、迷惑……、

梢:確かめたん? ソレ。呼太郎くんが言うてたんー?

美羽:……っ、

さやか:あの……、こんなの、

さやか:大きなお世話、だと思う、けど……、

美羽:そ、そんなんは……、思わへん、けど、

さやか:友達、っぽい事。

さやか:してみたい、って言うか……、

梢:おおっ。

美羽:……、さやか、

さやか:私が、最初……、今よりもっと、クラスに馴染んで無かった時に……、

さやか:美羽ちゃん、話しかけてくれて、仲良くしてくれて……、

梢:美羽の得意技やからなぁ。

梢:未来の旦那サマ以外には、やけど。

美羽:梢っ!

さやか:助かった、し……、

さやか:嬉しかった、から。

美羽:…………、うん、

さやか:ペースって皆、違うけど。

さやか:でも、渡すかどうか悩んで、渡せなかったんなら……、

梢:早い内に挽回しとかな、な?

梢:後押ししてくれてるんやでぇさやかちゃんがっ。

美羽:…………、

梢:可愛い目のリボンやったらあるでぇ?

梢:東京仕込みの女子力ラッピング、習ったらぁ。

さやか:え、出来ない、私、そんなの……。

美羽:…………。

美羽:さやかの気持ちはめっちゃ嬉しい。

美羽:梢はあんた……、面白がってるダケやろ。

梢:ええーっ、心外ぃ。

梢:私かて心配してんねんで、小学校から見とるバカップルがさぁ。

美羽:誰と誰がやねんっ!

梢:雲井ちゃんとかさぁ、兵藤(ひょうどう)さんとかにさぁ、先越されてさぁ、

美羽:ちょっとっ!

美羽:兵頭さんっ? い、委員長っ??

梢:そーやで?

美羽:……うち、ソレ、知らん……、

梢:ライバルは意外と多い言う事よ。

梢:ストロベリーのウチはオモロいけどぉ、そのうち顔色ブルーベリーなってまうで。

さやか:……真っ青。

美羽:……、……、

梢:昔とか、今とか。

梢:文化系とか、体育会系とか。

梢:インドアとかガサツとか。

梢:ごちゃごちゃ考えんとさぁ。

美羽:…………。誰が、

梢:こっからスタートしたらエエんちゃうん。

梢:短距離のピストル鳴ったと(おも)てさぁ。

美羽:……、…………。

さやか:上手い……、

梢:あ、そぉー? えへへぇ。

―数秒、沈思黙考。

美羽:…………。

美羽:ありがとう。さやか。

さやか:ううん……、どうかな、って思った、だけ。

美羽:オカンとかにも、食べさしたりたい、し。

美羽:アイツにも……、味見ぐらい、さしたっても、エエやん、な。

さやか:うん、うん。

梢:また窓から投げ込んだらアカンでー? あられはデリケートやからなぁ。

美羽:……アホか。せーへんわ。

美羽:うちはこう見えて……、

―頬に赤み差し。

美羽:……ソコまでガサツと、ちゃうからな。

―【終】

景の四に、つづく。

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