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『さやかに吹く風』  作者: sazanka
2/3

景の二《炙り鰯と、ホットミルク》

冬の夜の縁側。七輪と網と、ご飯(および酒)の友。

「もう家族とは、ちゃうねんから」。

そんな風な、他愛もないお話です。


登場人物

■さやか

朱田(あけた) さやか」。

東京から引っ越してきた高校1年生。

首都圏の郊外の言葉。


弓世(ゆみよ)

朱田(あけた) 弓世(ゆみよ)」。

さやかの叔母にあたる女性。日本酒党。

関西の、田舎と街の混ざった言葉。



―黎和4年2月初旬―

―今を生きる人が、少女であった頃の風。

誰かの声:「もう、会えないなんて、」

誰かの声:「そん、なの、嫌……、」

弓世(少女期):「やめときてっ! 今、もう、そんな時とちゃうやろ!!」

誰かの声:「嫌……、」

弓世(少女期):「会えるか、会えへんか、とか……、」

弓世(少女期):「そんなん! 先の事なんか、わからへんやん誰にもっ!」

弓世(少女期):「ほら、もう、危ないから……っ!」

誰かの声:「サヤカ、」

誰かの声:「サヤカ……っ、」

誰かの声:「約束……っ!」

―タイトルコール。

弓世:『さやかに吹く風』。

弓世:今日のお話は、

さやか:(けい)の二、

さやか:《炙り(いわし)と、ホットミルク》。

―西暦2022年、2月。

―山林と渓谷の集落。堤防沿いの民家。

―夜。

さやか:(居間へと入った所で)

さやか:……いい匂い。

弓世:おーーー。

弓世:起きたん、さやか。

―縁側で網を炙る叔母と、パジャマ姿の姪。

さやか:何か、変な夢、見て……、

弓世:どんなんー?

さやか:……、忘れちゃった。

さやか:おかえり……、弓世さん。

弓世:ん。ただいま。

さやか:七輪……、お魚……?

弓世:(いわし)よ、いわし。節分やからねぇ。

さやか:節分……、

さやか:そ、っか。

弓世:学校で豆投げたりしたー?

さやか:無い、高校生だし……。

さやか:(こずえ)ちゃんは、袋の豆持って来てたけど……、

さやか:鬼の役やってくれる人、見つからなかった、みたい。

弓世:あっはははっ、あの子らしいわァ。

弓世:……ん、もうじき焼けるな。さやかも、あったら食べる?

さやか:……牛乳、飲む。まず。

―言い、冷蔵庫へと。コップに牛乳を注ぎ、レンジへ。

弓世:へっへへぇ。

弓世:鰯の匂いで起きてきて、牛乳飲んで。

弓世:ホンマに猫みたいやなぁ。

さやか:……にゃーん。

弓世:ふふ。

弓世:あ、ごめんついでに、中ぐらいの皿持って来てぇ。2枚ー。

さやか:はぁい。

―食器棚から取り出した皿を、縁側へと。手渡す。

弓世:ん、ありがと。

弓世:これ……、ほな、2匹、後で食べや。

さやか:(受け取りつつ)うん。

―叔母は七輪の火を止める。

弓世:ご飯食べて寝たん?

さやか:……、学校終わって、眠かった、から。

さやか:ちょっと寝ようと思ったら、今。

弓世:ほな鰯、食べななぁ。

弓世:お腹が起きたら。

さやか:……わかんない、けど、ね。

さやか:お腹空いた、とか。

弓世:…ずっと?

さやか:ん……、たまに、

さやか:たまに、空く、事もある。

弓世:ミルク飲んだら、多分空いてくるよ。

―チーン、と、電子音。

弓世:ほら、レンジ先生呼んでる。

さやか:……うるさい先生、だ。

弓世:あははっ。

―湯気立つカップをレンジから取り出し、戻る。

弓世:乾杯、しよかぁ。ミルクと大吟醸で。

さやか:……変なの。

弓世:気は心よ。慎ましい家族の団欒の。

さやか:家族……、

弓世:ふい、乾杯ー。おつかれー。

さやか:あ……、かん、ぱい。

―チン、と高い音。叔母はきゅ、と杯を干す。

弓世:くぅキくぅーっ。冬の暖房効いた部屋でヒヤ飲むのん、最高やな……。

―姪もズ、と熱い牛乳を啜り。

さやか:……ぬくいみるくも、さいこう、やな。

弓世:あはははは、下っ手ぁー、関西弁。ふっふふ。

―注ぎ、飲む叔母。

弓世:っはぁ。

弓世:手酌最高。幸せやわぁ。

弓世:んで……、

弓世:イワシ先生のっ、ご登場です、っと……、

さやか:先生。

―端をカリ、と齧る。

弓世:んーっ。うンまっ。

弓世:ちょっと塩して焼いただけやけど。

さやか:弓世さんって、

さやか:何でも美味しそうに食べて、飲む、よね。

弓世:食レポ芸人みたいに言わんといてもらえる?

さやか:なれると思うよ。

弓世:あん人らプロやから。舐めたらアカンでぇ。

―また齧り、飲む。感嘆。

弓世:はァー癒やされる……。

弓世:あ、寒ない? 暖房強(つよ)しいや、

さやか:大丈夫……。靴下、温かい。

弓世:モコモコ履いてるやん、ふふ。

弓世:私がなァー、靴下アカン族やからなぁ。

さやか:寒そう。裸足。

弓世:スリッパ(ぬく)いから。慣れてるしな。

―ズズ、と牛乳を啜る姪。

さやか:……ふぅ。

弓世:ふふ。

弓世:……馴れた? 色々。

さやか:学校?

弓世:も、含めて。

さやか:……意外と。大丈夫。

弓世:みんなアレやろ、最初は遠巻きやったやろ。

さやか:うん。

弓世:アレおもろいよなぁ、なんか。

弓世:興味あんのはビンビン伝わってくんのになぁ。

さやか:……結構、グイグイ来る人、居たから……、

弓世:あはは。東京からの転校生やしな、友達なるチャンス逃したないわな。

弓世:あとまあ……、さやか可愛いし。

さやか:……、わかんない。

弓世:(たまき)さんに似てきてるわぁ。

弓世:兄貴の血ィは今んとこ……、髪の色ぐらいかな。

さやか:……、最近会ってない、から。お母さん。

弓世:()うても自分ではわからへんで、多分。

弓世:似てるって言われてもさぁ、いやドコがやねん似てへんわっ、て。

弓世:よう言うヤツやけど。

さやか:弓世さんとお父さんは似てるよ。

弓世:イヤ似てへんってぇー。うちだけは例外やってぇーっ。

さやか:よく言うヤツ、だ。

さやか:……ふ、ふ。

弓世:あははははっ。

さやか:あ……、あと、

弓世:ん?

さやか:先生……、

さやか:担任の、向川(むくがわ)先生が、

弓世:んぐっ。

弓世:……お、おー。アイツが。

弓世:何、かなァ、

さやか:弓世さんによろしく、って。

さやか:……知り合い?

弓世:ん、ん、まあ、まーーー。

弓世:アレもこの辺の出身やから。歳近いと、全員カオぐらい、イヤなる程見てるから、さーーー。

さやか:へえ……、

弓世:(小声で、独り言)……アイツあほんだらホンマ……っ。回りクドい事しくさって、別にフツーにメールなりLINEなりして来いやエエ歳してヘタレがホンマ、

さやか:弓世さん……?

弓世:あっ。エエねんエエねん、コッチの事ーー。

弓世:ヤバいヤバい、せっかく炙りたてのいわし先生冷えてまうわーー。

―無理くり納め、鰯の腹部を齧る。白い身から、湯気が立つ。

弓世:……んン。中の方も焼き加減ちょうど。

弓世:ご飯にも合うわ、絶対。

さやか:ちょっとだけ……、食べよ、かな。お米。

弓世:ちゃんと炭水化物も食べんとな、頭回らへんで。

さやか:弓世さんは?

弓世:食べてるよ? ちゃんと。

弓世:空きっ腹で飲んだら気持ち悪なるし。飲んだら飲んだで食べたなるし。

さやか:太りそう。

弓世:うぐゥっっっっ!

さやか:えっ……、

さやか:え、え、

―さやか、狼狽。

弓世:(小刻みに震え)……デリケートなお年頃に剥き身のナイフはアカン……!

弓世:「太る」とか……直接表現やから……っ、

さやか:弓世さん、スタイル良い、のに。

さやか:だから、別に、全然……、

弓世:ちゃうねんっ……っ。

弓世:オトナの、ご本人にしかわからへんアレやコレがあんねん……っ、

さやか:ご、ごめん……、

弓世:いや……、ええねんええねん。

弓世:今は気にせず、いっぱい食べナサイ……。

―キュ、と盃を干し、回復。

弓世:……ふぅ。

弓世:兄貴とは?

さやか:え?

弓世:お父さん、とは。

弓世:連絡とか来る?

さやか:……、あんまり、かな。

さやか:始業式の前の夜に、「頑張り過ぎたらダメだよ」、って。

さやか:それだけ。

弓世:はァーーー。

弓世:兄貴らしいけど。

弓世:……薄っす。

さやか:ふ、ふ。思った。

さやか:「コメント浅いね」って、返した。

弓世:そしたら?

さやか:なんか、泣いてるヤツが来た。ダックスフントの。

弓世:スタンプのチョイスおっさんやん。せめてコーギーやろ。

さやか:違うの? なんか。ふ、ふふ。

弓世:そこがセンスやて。

弓世:コーギーを選べるかどうかが。

さやか:ふふふ、ふ。今度送っとく。

弓世:ダックスより今はコーギーやで、ってな。

さやか:「バイ、弓世」。

弓世:アカンって。「余計な事吹き込むな」て苦情来るから。

さやか:うっふふ。

さやか:…………、

さやか:……良いように、言っといて。

さやか:私の事は。

弓世:ん?

さやか:お父さんに。弓世さんから。

さやか:……観察日記。

弓世:……「朱田(あけた)さやか」の自由研究?

さやか:ふふ、……そう。

さやか:……よっぽどじゃなければ、お父さん、忙しいだろうし。

弓世:……若い女の相手でなぁ? へっ。けっ。

さやか:今は、奥さんだし。

さやか:……千波(ちなみ)さんは、面白い人だよ。

弓世:兄貴の好みはわかるけどー。

さやか:……でも。

さやか:友達が良い、かな。付き合うなら。

弓世:…………、

さやか:新しいお母さん、とか、

さやか:家族、とかは。

さやか:無理っぽそう、だったから。

弓世:……うん。そーよ、そら。

弓世:ちっちゃい子ォとちゃうねんからなァ?

さやか:お父さんも……。

さやか:きっと、今のが、楽だと思うし。

弓世:…………、

弓世:……そォーーーーーー……、

弓世:やなぁ……。

弓世:ん。ぶっちゃけな。

―くい、と一口含む。

弓世:……私はコレでも、兄貴との付き合い、さやかより長いけど。

さやか:そりゃそうだ。ふふ。

弓世:そーいうヤツやな、アイツは。目の前のおもろい事が全部やから。

さやか:うん。そーいうヤツ。

弓世:嫌いやないけどね。

弓世:チャランポランで楽やし。

弓世:アホでおもろいし。

さやか:……私も。そうだよ。

弓世:……せやからさぁ、

―きゅ、と含みつつ、姪に目をやり。

弓世:たまぁにLINE送ったるぐらいでええよ。親子なんか。

さやか:……親、子。

弓世:もう家族とは、ちゃうねんから。

さやか:…………。

弓世:親子なんは一生変わらんけど。

弓世:でもそんなん、ソレだけで絆とか、そんなんとはちゃうと思うし。

弓世:相手の事、おもろいやんとか、ココは好きって、思える分だけの繋がりでエエよ。

さやか:…………、

―暫し、静寂。黙考する姪。

さやか:……ダックスフントの、スタンプの分だけ?

弓世:あっははははっ。

弓世:そーそー。薄っすいコメントの分だけで十分よ。

弓世:あ、家族や友達は違うで?

弓世:チームやからな、ちょい面倒くても、上手いコトするトコはせなな。

さやか:家族、か……、

弓世:さやかも面倒いトコあるしなー?

さやか:え、

さやか:……え?

弓世:晩酌(ば・ん・しゃ・く)

弓世:付き合ってくれへんやーん。

弓世:せっかく鰯も焼いたのにっ。

さやか:…………、

弓世:へっへっへー。

さやか:……未成年、だし……、

さやか:それに……、私は、家族じゃ、

弓世:家族や、無かったらナニ?

さやか:……え、と、

弓世:言うたやん。家族なんか、簡単にちゃうくなったり、なってもーたりすんねんて。

弓世:この家来て、最初にご飯食べて、お茶飲んで、風呂入って、お布団入って寝た辺りで、

弓世:さやか、家族なってもーてんねんで。

さやか:……、……、

弓世:面倒い事もあるやろし。

弓世:いつまで続く、って、先の事は誰もわからんけど。

弓世:……ひとまず、今を生きよや。

さやか:今……、

弓世:何や言うたかて若いねんから。さやかは。

さやか:…………。

―にこり、と笑い。

さやか:弓世さんも。

さやか:若いもんね。

弓世:うぐゥゥっっっ!!

弓世:リ、リアル若い子ォのそーいうのんが1番効く……っ、

弓世:お、鬼ィ……っ、

さやか:うふ、ふふふっ。鬼。

さやか:豆、投げられなきゃ。

弓世:…………、豆撒き、する?

さやか:ある、の? 豆、

弓世:無い。

さやか:ぷっ、ふふふっ、じゃ駄目じゃん。

弓世:鰯は()るからなーっ。

弓世:頭でも飾るかァ。

さやか:それ、ホントにやってる家あって、へぇって思った……、

弓世:あーでもヒイラギ千切ってくんのん面倒いなァー……、

―遮り、ぐうーーー、と、腹の虫。

さやか:……あ。

弓世:おっ。お腹先生起きはったやーん。

さやか:……喋ってたら、

弓世:たら。お腹がぁ?

さやか:…………。

さやか:空いた、ような……、

さやか:感じ?

弓世:ひひっ。

弓世:よォっしゃっ、

弓世:米盛ろォーっ。

―縁側より、立ち上がる。

―外は真冬の寒気。

追儺(ついな)の鰯の丸い目が、家族の姿を見つめていた。

―【終】

景の三に、つづく。

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