景の二《炙り鰯と、ホットミルク》
冬の夜の縁側。七輪と網と、ご飯(および酒)の友。
「もう家族とは、ちゃうねんから」。
そんな風な、他愛もないお話です。
登場人物
■さやか
「朱田 さやか」。
東京から引っ越してきた高校1年生。
首都圏の郊外の言葉。
■弓世
「朱田 弓世」。
さやかの叔母にあたる女性。日本酒党。
関西の、田舎と街の混ざった言葉。
―黎和4年2月初旬―
―今を生きる人が、少女であった頃の風。
誰かの声:「もう、会えないなんて、」
誰かの声:「そん、なの、嫌……、」
弓世(少女期):「やめときてっ! 今、もう、そんな時とちゃうやろ!!」
誰かの声:「嫌……、」
弓世(少女期):「会えるか、会えへんか、とか……、」
弓世(少女期):「そんなん! 先の事なんか、わからへんやん誰にもっ!」
弓世(少女期):「ほら、もう、危ないから……っ!」
誰かの声:「サヤカ、」
誰かの声:「サヤカ……っ、」
誰かの声:「約束……っ!」
―タイトルコール。
弓世:『さやかに吹く風』。
弓世:今日のお話は、
さやか:景の二、
さやか:《炙り鰯と、ホットミルク》。
―西暦2022年、2月。
―山林と渓谷の集落。堤防沿いの民家。
―夜。
さやか:(居間へと入った所で)
さやか:……いい匂い。
弓世:おーーー。
弓世:起きたん、さやか。
―縁側で網を炙る叔母と、パジャマ姿の姪。
さやか:何か、変な夢、見て……、
弓世:どんなんー?
さやか:……、忘れちゃった。
さやか:おかえり……、弓世さん。
弓世:ん。ただいま。
さやか:七輪……、お魚……?
弓世:鰯よ、いわし。節分やからねぇ。
さやか:節分……、
さやか:そ、っか。
弓世:学校で豆投げたりしたー?
さやか:無い、高校生だし……。
さやか:梢ちゃんは、袋の豆持って来てたけど……、
さやか:鬼の役やってくれる人、見つからなかった、みたい。
弓世:あっはははっ、あの子らしいわァ。
弓世:……ん、もうじき焼けるな。さやかも、あったら食べる?
さやか:……牛乳、飲む。まず。
―言い、冷蔵庫へと。コップに牛乳を注ぎ、レンジへ。
弓世:へっへへぇ。
弓世:鰯の匂いで起きてきて、牛乳飲んで。
弓世:ホンマに猫みたいやなぁ。
さやか:……にゃーん。
弓世:ふふ。
弓世:あ、ごめんついでに、中ぐらいの皿持って来てぇ。2枚ー。
さやか:はぁい。
―食器棚から取り出した皿を、縁側へと。手渡す。
弓世:ん、ありがと。
弓世:これ……、ほな、2匹、後で食べや。
さやか:(受け取りつつ)うん。
―叔母は七輪の火を止める。
弓世:ご飯食べて寝たん?
さやか:……、学校終わって、眠かった、から。
さやか:ちょっと寝ようと思ったら、今。
弓世:ほな鰯、食べななぁ。
弓世:お腹が起きたら。
さやか:……わかんない、けど、ね。
さやか:お腹空いた、とか。
弓世:…ずっと?
さやか:ん……、たまに、
さやか:たまに、空く、事もある。
弓世:ミルク飲んだら、多分空いてくるよ。
―チーン、と、電子音。
弓世:ほら、レンジ先生呼んでる。
さやか:……うるさい先生、だ。
弓世:あははっ。
―湯気立つカップをレンジから取り出し、戻る。
弓世:乾杯、しよかぁ。ミルクと大吟醸で。
さやか:……変なの。
弓世:気は心よ。慎ましい家族の団欒の。
さやか:家族……、
弓世:ふい、乾杯ー。おつかれー。
さやか:あ……、かん、ぱい。
―チン、と高い音。叔母はきゅ、と杯を干す。
弓世:くぅキくぅーっ。冬の暖房効いた部屋でヒヤ飲むのん、最高やな……。
―姪もズ、と熱い牛乳を啜り。
さやか:……ぬくいみるくも、さいこう、やな。
弓世:あはははは、下っ手ぁー、関西弁。ふっふふ。
―注ぎ、飲む叔母。
弓世:っはぁ。
弓世:手酌最高。幸せやわぁ。
弓世:んで……、
弓世:イワシ先生のっ、ご登場です、っと……、
さやか:先生。
―端をカリ、と齧る。
弓世:んーっ。うンまっ。
弓世:ちょっと塩して焼いただけやけど。
さやか:弓世さんって、
さやか:何でも美味しそうに食べて、飲む、よね。
弓世:食レポ芸人みたいに言わんといてもらえる?
さやか:なれると思うよ。
弓世:あん人らプロやから。舐めたらアカンでぇ。
―また齧り、飲む。感嘆。
弓世:はァー癒やされる……。
弓世:あ、寒ない? 暖房強しいや、
さやか:大丈夫……。靴下、温かい。
弓世:モコモコ履いてるやん、ふふ。
弓世:私がなァー、靴下アカン族やからなぁ。
さやか:寒そう。裸足。
弓世:スリッパ温いから。慣れてるしな。
―ズズ、と牛乳を啜る姪。
さやか:……ふぅ。
弓世:ふふ。
弓世:……馴れた? 色々。
さやか:学校?
弓世:も、含めて。
さやか:……意外と。大丈夫。
弓世:みんなアレやろ、最初は遠巻きやったやろ。
さやか:うん。
弓世:アレおもろいよなぁ、なんか。
弓世:興味あんのはビンビン伝わってくんのになぁ。
さやか:……結構、グイグイ来る人、居たから……、
弓世:あはは。東京からの転校生やしな、友達なるチャンス逃したないわな。
弓世:あとまあ……、さやか可愛いし。
さやか:……、わかんない。
弓世:環さんに似てきてるわぁ。
弓世:兄貴の血ィは今んとこ……、髪の色ぐらいかな。
さやか:……、最近会ってない、から。お母さん。
弓世:会うても自分ではわからへんで、多分。
弓世:似てるって言われてもさぁ、いやドコがやねん似てへんわっ、て。
弓世:よう言うヤツやけど。
さやか:弓世さんとお父さんは似てるよ。
弓世:イヤ似てへんってぇー。うちだけは例外やってぇーっ。
さやか:よく言うヤツ、だ。
さやか:……ふ、ふ。
弓世:あははははっ。
さやか:あ……、あと、
弓世:ん?
さやか:先生……、
さやか:担任の、向川先生が、
弓世:んぐっ。
弓世:……お、おー。アイツが。
弓世:何、かなァ、
さやか:弓世さんによろしく、って。
さやか:……知り合い?
弓世:ん、ん、まあ、まーーー。
弓世:アレもこの辺の出身やから。歳近いと、全員カオぐらい、イヤなる程見てるから、さーーー。
さやか:へえ……、
弓世:(小声で、独り言)……アイツあほんだらホンマ……っ。回りクドい事しくさって、別にフツーにメールなりLINEなりして来いやエエ歳してヘタレがホンマ、
さやか:弓世さん……?
弓世:あっ。エエねんエエねん、コッチの事ーー。
弓世:ヤバいヤバい、せっかく炙りたてのいわし先生冷えてまうわーー。
―無理くり納め、鰯の腹部を齧る。白い身から、湯気が立つ。
弓世:……んン。中の方も焼き加減ちょうど。
弓世:ご飯にも合うわ、絶対。
さやか:ちょっとだけ……、食べよ、かな。お米。
弓世:ちゃんと炭水化物も食べんとな、頭回らへんで。
さやか:弓世さんは?
弓世:食べてるよ? ちゃんと。
弓世:空きっ腹で飲んだら気持ち悪なるし。飲んだら飲んだで食べたなるし。
さやか:太りそう。
弓世:うぐゥっっっっ!
さやか:えっ……、
さやか:え、え、
―さやか、狼狽。
弓世:(小刻みに震え)……デリケートなお年頃に剥き身のナイフはアカン……!
弓世:「太る」とか……直接表現やから……っ、
さやか:弓世さん、スタイル良い、のに。
さやか:だから、別に、全然……、
弓世:ちゃうねんっ……っ。
弓世:オトナの、ご本人にしかわからへんアレやコレがあんねん……っ、
さやか:ご、ごめん……、
弓世:いや……、ええねんええねん。
弓世:今は気にせず、いっぱい食べナサイ……。
―キュ、と盃を干し、回復。
弓世:……ふぅ。
弓世:兄貴とは?
さやか:え?
弓世:お父さん、とは。
弓世:連絡とか来る?
さやか:……、あんまり、かな。
さやか:始業式の前の夜に、「頑張り過ぎたらダメだよ」、って。
さやか:それだけ。
弓世:はァーーー。
弓世:兄貴らしいけど。
弓世:……薄っす。
さやか:ふ、ふ。思った。
さやか:「コメント浅いね」って、返した。
弓世:そしたら?
さやか:なんか、泣いてるヤツが来た。ダックスフントの。
弓世:スタンプのチョイスおっさんやん。せめてコーギーやろ。
さやか:違うの? なんか。ふ、ふふ。
弓世:そこがセンスやて。
弓世:コーギーを選べるかどうかが。
さやか:ふふふ、ふ。今度送っとく。
弓世:ダックスより今はコーギーやで、ってな。
さやか:「バイ、弓世」。
弓世:アカンって。「余計な事吹き込むな」て苦情来るから。
さやか:うっふふ。
さやか:…………、
さやか:……良いように、言っといて。
さやか:私の事は。
弓世:ん?
さやか:お父さんに。弓世さんから。
さやか:……観察日記。
弓世:……「朱田さやか」の自由研究?
さやか:ふふ、……そう。
さやか:……よっぽどじゃなければ、お父さん、忙しいだろうし。
弓世:……若い女の相手でなぁ? へっ。けっ。
さやか:今は、奥さんだし。
さやか:……千波さんは、面白い人だよ。
弓世:兄貴の好みはわかるけどー。
さやか:……でも。
さやか:友達が良い、かな。付き合うなら。
弓世:…………、
さやか:新しいお母さん、とか、
さやか:家族、とかは。
さやか:無理っぽそう、だったから。
弓世:……うん。そーよ、そら。
弓世:ちっちゃい子ォとちゃうねんからなァ?
さやか:お父さんも……。
さやか:きっと、今のが、楽だと思うし。
弓世:…………、
弓世:……そォーーーーーー……、
弓世:やなぁ……。
弓世:ん。ぶっちゃけな。
―くい、と一口含む。
弓世:……私はコレでも、兄貴との付き合い、さやかより長いけど。
さやか:そりゃそうだ。ふふ。
弓世:そーいうヤツやな、アイツは。目の前のおもろい事が全部やから。
さやか:うん。そーいうヤツ。
弓世:嫌いやないけどね。
弓世:チャランポランで楽やし。
弓世:アホでおもろいし。
さやか:……私も。そうだよ。
弓世:……せやからさぁ、
―きゅ、と含みつつ、姪に目をやり。
弓世:たまぁにLINE送ったるぐらいでええよ。親子なんか。
さやか:……親、子。
弓世:もう家族とは、ちゃうねんから。
さやか:…………。
弓世:親子なんは一生変わらんけど。
弓世:でもそんなん、ソレだけで絆とか、そんなんとはちゃうと思うし。
弓世:相手の事、おもろいやんとか、ココは好きって、思える分だけの繋がりでエエよ。
さやか:…………、
―暫し、静寂。黙考する姪。
さやか:……ダックスフントの、スタンプの分だけ?
弓世:あっははははっ。
弓世:そーそー。薄っすいコメントの分だけで十分よ。
弓世:あ、家族や友達は違うで?
弓世:チームやからな、ちょい面倒くても、上手いコトするトコはせなな。
さやか:家族、か……、
弓世:さやかも面倒いトコあるしなー?
さやか:え、
さやか:……え?
弓世:晩酌、
弓世:付き合ってくれへんやーん。
弓世:せっかく鰯も焼いたのにっ。
さやか:…………、
弓世:へっへっへー。
さやか:……未成年、だし……、
さやか:それに……、私は、家族じゃ、
弓世:家族や、無かったらナニ?
さやか:……え、と、
弓世:言うたやん。家族なんか、簡単にちゃうくなったり、なってもーたりすんねんて。
弓世:この家来て、最初にご飯食べて、お茶飲んで、風呂入って、お布団入って寝た辺りで、
弓世:さやか、家族なってもーてんねんで。
さやか:……、……、
弓世:面倒い事もあるやろし。
弓世:いつまで続く、って、先の事は誰もわからんけど。
弓世:……ひとまず、今を生きよや。
さやか:今……、
弓世:何や言うたかて若いねんから。さやかは。
さやか:…………。
―にこり、と笑い。
さやか:弓世さんも。
さやか:若いもんね。
弓世:うぐゥゥっっっ!!
弓世:リ、リアル若い子ォのそーいうのんが1番効く……っ、
弓世:お、鬼ィ……っ、
さやか:うふ、ふふふっ。鬼。
さやか:豆、投げられなきゃ。
弓世:…………、豆撒き、する?
さやか:ある、の? 豆、
弓世:無い。
さやか:ぷっ、ふふふっ、じゃ駄目じゃん。
弓世:鰯は居るからなーっ。
弓世:頭でも飾るかァ。
さやか:それ、ホントにやってる家あって、へぇって思った……、
弓世:あーでもヒイラギ千切ってくんのん面倒いなァー……、
―遮り、ぐうーーー、と、腹の虫。
さやか:……あ。
弓世:おっ。お腹先生起きはったやーん。
さやか:……喋ってたら、
弓世:たら。お腹がぁ?
さやか:…………。
さやか:空いた、ような……、
さやか:感じ?
弓世:ひひっ。
弓世:よォっしゃっ、
弓世:米盛ろォーっ。
―縁側より、立ち上がる。
―外は真冬の寒気。
―追儺の鰯の丸い目が、家族の姿を見つめていた。
―【終】
景の三に、つづく。