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『さやかに吹く風』  作者: sazanka
1/3

景の一《モンブランと、デザインシュガー》

年期の入った喫茶店。珈琲とモンブランと地元の言葉。

「友達って要る?」。

そんな風な、他愛もないお話です。


登場人物

■さやか

朱田(あけた) さやか」。東京から引っ越して来た高校1年生。

首都圏の郊外の言葉。

(こずえ)

波除(なみよけ) (こずえ)」。地元で育った高校1年生。

関西の田舎の言葉。



-黎和4年1月初旬-

(いにしえ)より吹き、幾時代かを吹き去りて、今へと至る風の音。

誰かの声:「……サヤカ、」

誰かの声:「サヤカ」

誰かの声:「約束……、もう一度……、」

誰かの声:「サヤカ」

―タイトルコール。

梢:『さやかに吹く風』。

梢:今日のお話は、

さやか:(けい)の一、

さやか:《モンブランと、デザインシュガー》。

―西暦2022年、1月。

―山林と渓谷の集落。堤防沿いの民家。

―少女が、少女を呼ぶ声。

梢:さぁーやぁーかちゃぁーーんっ。

梢:あっそびぃましょぉーっ。

さやか:(門前を見下ろし)

さやか:…………中島クンだ。

梢:(見上げて)野球しよぉぜぇーーーっ。

さやか:ルール、知らない。

梢:わたしもぉーーー。

梢:また、窓んトコ座ってぇー。

梢:気に入ったん? 猫なん? さやかちゃんっ。

さやか:にゃーん。

梢:うぅわ、アザトっ。トーキョーの人はコレやからぁ。

さやか:村八分だ、コワーい。

梢:この寒いのによぉそんなトコおるわぁ。風邪引くでぇー。

さやか:東京のダウンは温かいのだ。

梢:モンクレールぐらいイオンでも売ってるしっ。高校生が高いモン着てぇー。

さやか:何して遊ぶの。

梢:お茶しよぉー。

梢:モンブラン食べに行こっ。

さやか:(少し考え)

さやか:……猫まっしぐら。にゃーん。

梢:寒イボ出るからヤメてぇー。待ってるから早よしてなっ。

―【間】

―自転車で移動し、喫茶店。

―入店、カウベルの音。

梢:ふわぁーっ。ナカ()っくぅ。

さやか:……自転車寒い。風。

梢:わたしらに許されたタダ1つの移動手段やしなぁ。

さやか:奥、行こ……。いつもの席。

梢:うんー。おばちゃーん、今年もよろしくぅー。

―入れ替わりに、レジへと向かう男女の二人連れとすれ違う。

―サングラスで眼を隠した、明るい髪色の男と、青い程に濃く艷やかな、黒い髪の女。

さやか:…………、

梢:(店主との会話)うんうん、珈琲2つとぉー、

梢:モンブラン、でイイ? さやかちゃん、

さやか:あ、うん。

梢:も、2(に)ィでー。

梢:そぉそぉ「いつもセット」。お願いー。

―席に着くべく、店の奥へと進む。

梢:ふぅーっ。よいしょ、っと。

―少女二人、差し向かいで着席。

―入れ替わりの男女は、退店。カウベルの音。

梢:……なぁなぁっ、今出てった人ら、カッコ良かったなぁっ。

さやか:なんか……、多分、

梢:地ぃの人とちゃうわ、二人共っ。

梢:さやかちゃんと同じで、都会のオーラびんびん出てはったでぇ。

さやか:私は出てない、びんびん……。

梢:男の人の方は、偶ぁに見る人やな。観光かなぁ。

―ポケットから携帯を取り出し、卓上に。

さやか:あ……、スマホ違う。

梢:せやねーん。

梢:前のんヒビいってたからずっと変えたかってんけど。

梢:一昨日(おとつい)アニキ()る間に、車で。

さやか:お兄さん、いつまで?

梢:昨日の朝にコソっと帰った。

梢:結局2日しか()らんとさぁ。よっぽどイラんねやろなぁ。

さやか:あんまり、合わないのかな。

梢:お父さんは、「慎太郎(しんたろう)も向こうで上手くやってるいうことやろ」って。

梢:LINEも家族でわたししか知らんしぃ。

さやか:「便りが無いのは元気な証拠」ってヤツだ。

梢:ババ臭ぁっ。この辺でもお年寄りしか言わへんでソレ。

さやか:古式ゆかしい言葉、好きなので。

さやか:(携帯に目をやり)カバー、付けないの?

梢:あぅ、それがさァーっ。

梢:合わへんねん前のヤツっ。気に入っとったのにぃっ。

さやか:可愛いかったのにね。

梢:100均も寄ってもうたけどさー、ロクなん無いし。

梢:あ、今度な、一緒に行こぉや「アカシア」。ショップ入ってるし。

さやか:そういうのは、友達と行っておいでよ。

梢:(じ、と見つめ)

梢:……なんなんそれェ。さやかちゃんは友達と違うみたいに。

梢:そうなん? さやかちゃん。まだ野良なん? 野良ネコなん?

さやか:…………。

梢:「にゃーん」言わんのんかいっ。

さやか:外は恥ずかしいし。

梢:ほんならさー、一緒に喫茶店来てモンブラン食べよぉ言うてるわたしらはナニ?

さやか:お隣さん。

梢:ツラぁーっ。三学期、明後日(あさって)から一緒に登校すんねんでぇ。

さやか:……。

さやか:行きたい時しか、行かないかもしんないし。

梢:ソコは知らんけどぉ。

梢:でも隣やから遊ぶんは毎日イケるなっ。

さやか:毎日はイヤ。

梢:イヤなんかいっ。

梢:餌付け足りんかなぁ、この子ォ。

さやか:美味しかったよ。こないだの、

梢:あ、タケノコ?

梢:アレなぁー、まだ大量に残ってんねんなー。

梢:正月も毎日出て来たし。煮付けなんかそんな食べへんやんなぁ。

さやか:弓世(ゆみよ)さんが、酢ミソ付けて食べたら美味しい、って、

梢:お父さんもするわー、ソレ。お酒のアテちゃうん。

さやか:うん、飲んでた。

梢:あのヒト酒飲みで昔から有名やもんなァー。

梢:一緒に飲んだりせぇへんの?

さやか:えっ……、未成年だし。

梢:この辺そんなんユルいからさぁー。アニキなんか中学ぐらいからジイちゃんとかお父さんに、

梢:あ、来た来たぁー。

―テーブルに、珈琲とモンブラン。2人前ずつ。カップの脇には、固形の砂糖が2つ。

さやか:(会釈し)どうも。

さやか:あ……、今日のお砂糖、可愛い。

梢:(摘み上げ)コレ形なに?

梢:あ、ツリーとサンタか。去年の残りやん絶対っ。

さやか:溶かすのもったいないね。

梢:入れへんの?

さやか:ううん。甘くないと飲めない。

梢:せやんなー、ブラックとかわたしらには早いよなぁーまだ。

―小さなサンタ型の砂糖を摘み上げ、

梢:ほいサンタ入浴ー。

梢:「うわぁあ溶けるぅ助けてくれトナカイぃぃぃ」っ。

さやか:可哀想だからヤメて。

梢:ふふふぅ。なんか可愛いモンが融けて崩れて行くんて気持ちええよな。

さやか:そう……?

―香るカップをかき混ぜ、二人同時にズ、と一口。

さやか:美味しい……。

梢:染みるわぁ糖分っ。

梢:ここでモンブランを一口、と……。

―含み、咀嚼。

梢:んーっ。この砂糖ケチった感じが合うんよなぁ。

さやか:甘さ控えめで美味しい、よね。

梢:あのさぁ、ウツギ公園の、道の駅のトコにな、新しいお店出来てんてぇ。

さやか:何屋さん?

梢:ケーキ屋ケーキ屋。

梢:なんかな、普通のんの他に、野菜のケーキとかあるねんて。

さやか:あー。そういう感じの。

梢:ニンジンとかカボチャとか、

梢:カボチャは普通か。

梢:ゴボウとかもあるんやって。

さやか:ゴボウのケーキ? へえ……、

梢:気にならへん? ただのお隣さんでもさぁ、行ってくれる?

さやか:いい、けど。

さやか:気にしてる? お隣さんって言ったの。

梢:んーん、全然ー。最初内気なんを段々馴らして行く方が燃えるしなぁ。

さやか:別に内気、って訳でもないけど。

さやか:「馴らす」って、動物みたい……。

梢:あんなぁ、「星の王子様」にな、

梢:「アプリボワゼ」っていうんが出て来んねん。

さやか:フランス語だね。テグジュペリ。

梢:そーそぉ。ほんでコレがな、日本語にちょうど合う言葉が無くてな、長いこと「飼い馴らす」って訳されててん。

梢:キツネとかがな、「僕のコト飼い馴らしてくれぇ」とか言うて。ちょいオモロくて。

さやか:覚えてるかも、ソレ。

梢:でもホンマのニュアンスは、「絆を結ぶ」とか、「仲良くなろうとする」とか。そっちやねんけど。

さやか:日本人的には、ピンと来なかったのかな。

梢:でもわたしは、「飼い馴らす」の方が好きやなぁ。

梢:お互いがお互いを飼い馴らすって、面白くない?

さやか:翻訳的な表現、だね。

梢:これから時間はたっぷりあるし。

梢:ゆっくり飼い慣らしてあげるなぁ、さやかちゃん。

さやか:…………。

さやか:なんか。チガう意味にも聞こえる気がするけど。

梢:そぉ? アプリボワゼしよってコトやで。

―ズ、と珈琲を啜る。

梢:慣れたぁ? 家。

梢:東京の家って全部が床暖房ってホンマ?

さやか:誰が言ったの、ソレ。

さやか:うちはまあ、そうだったけど。

梢:寒いんちゃうんこの辺の家っ。

梢:寝れてる?

さやか:寝室は温かいから。廊下は、ちょっと……、

梢:なぁーっ、寒いよなぁ夜とか……。

―さやかも珈琲を一口。ほう、と息。

梢:……珈琲飲んでるんも絵になるよなぁー。流石や。

さやか:なに……、しみじみと。

梢:さやかちゃん綺麗やから。

梢:きっと友達も出来るよ。

さやか:別に……、出来なきゃ、それで、

梢:まずわたしが居るしな。クラス別れたら、会いに行くし。

さやか:向こうでも、特別仲良い子が居たわけじゃないし。

梢:要らんのん、友達。

さやか:要るから作る、とかじゃ無いんじゃない。

梢:そーかなぁー。結果的になってるモンってこと?

さやか:……、

さやか:友達って要る?

梢:んー?

梢:……、考えたコト無いけど。

梢:無くてもイイならあったってエエんちゃう? 珈琲とかモンブランもそうやん。

さやか:嗜好品、ってコトか。

梢:学校にお菓子持って行くか行かんか、ぐらいに(おも)といたら気ぃ楽やで。

さやか:田舎の人ってそういうドライなトコあるよね。

梢:あっ、ハッキリ田舎て言うたーっ。ヨソから来た人は大概オブラート包むのにぃ。

さやか:「景色の良い所ですね」とか?

梢:そーそーっ。

梢:言うて山と川と温泉ぐらいしか無いて、地の人間はよう判ってるからなっ。

さやか:私は好きな風景だけど、ね。

梢:風景しか売り無い時点で田舎やねんて。

梢:ほんで、ドライかなぁ?

さやか:冷たいんじゃないけど。

さやか:なんていうか……、

梢:都会のがドライな人多いんとちゃうん。

さやか:んー……。

さやか:勿論、人にもよるけど。

さやか:結構、どっちかって言うと、ピュアっていうか、お人好しな人が多い。

梢:あー……。

梢:ソレは、なんか……、わかるかも。

さやか:多分……、あんまり考えなくても、生きていけるから、だと思う。

梢:ふーん……。

梢:田舎は確かに、ややこしい事は多いかもなー。付き合いとか。

さやか:でも、やる事さえやってれば、他は割と、放っといてくれる、感じ。

梢:窓枠に座って遠く見てても?

さやか:変……、かな、

梢:絵になるなぁーって思うけど。

梢:アレ、川の向こう岸の旅館から見えてんちゃうん。

さやか:だいぶ遠いけど……、

梢:田舎の人て眼ぇエエからなーっ。

梢:よっぽど、誰にも見られへんトコ、知ってやんと……、

梢:見てるつもりで見られてるかもよ。

さやか:そんな、変なカッコでは、座ってない、つもり。

梢:オシャレして見せつけたったらエエねん田舎もんにっ。ま、あっこら辺の旅館泊まってんのはほとんど観光客やけどぉ。

さやか:今は、多いよね、人。

梢:一応シーズンやからなー。川挟んでこっち側は、あんまり関係ナイけど。

梢:温泉、入った?

さやか:まだ……。実は。

さやか:一人はちょっと、

梢:ハードル高いかなぁー。

梢:旅館街の外湯の辺りはな、人多いしナンパとかされるから。イキリはむしろ行きよるけど。

さやか:あの辺だけ明るいもんね。

さやか:夜……、窓から見るのは好き。

梢:明るいトコを?

さやか:真っ暗な山の中に、あそこだけ光が浮かび上がって。

さやか:不思議な気持ちに、なるから……。

梢:へぇー。地ぃの人は見慣れてるけど。でもホンマあっこだけ明るいもんなぁ。

梢:あっ、ほんでな、

さやか:うん。

梢:地元の人しか行かへんトコもあんねん。一応、温泉。

さやか:へえ……。銭湯みたいな、

梢:見た目は銭湯。湯ぅはおんなじトコから引いてるから、ちゃんと温泉で。

梢:昔から行ってるけど気持ちええよぉ。

さやか:近い? まだあんまり、弓世さんにも聞けてなくて、この辺の……、

梢:案内するやぁん。

梢:今日行くっ? 自転車やったらスグやで。

さやか:今日?

梢:わたしらの家あるトコ越えて、道沿い、ちょっとだけ行ったトコ。

さやか:温泉、銭湯……、

さやか:東京でも行った事無い、かも。

梢:ほんなら行こやぁ。私も久しぶりやし。

梢:お風呂でアプリボワゼしよ?

さやか:…………。

さやか:やっぱりチガう意味に聞こえる気がする。

梢:そぉ?

―【間】

―会計を済ませ、店外。

さやか:もう暗いね、だいぶ。

梢:(自転車に跨がりつつ)真っ暗なる前に行こぉー。友達同士ハダカの付き合い、いうてぇ。

梢:明後日から同級生やしなぁ。

さやか:あ……、それ、なんだけど。

梢:ん?

―外灯から外れ、さやかの表情は伺いきれず。

さやか:もし、学校が始まって……、私が、ホントに友達出来なかったり、浮いたり、したら、

梢:…………、うん。

さやか:ちゃんと、友達じゃないって、言ってね。

梢:…………。

―風が、吹く。山の木が揺れる。

梢:(刹那、押し黙り)

梢:…………ふっふっふぅ。

梢:なぁんにも判ってへんなぁ、さやかちゃんは…………。

さやか:え?

梢:コレはまぁだまだ、アプリボワゼの余地ありやな。

梢:たぁーっぷり飼い慣らして、そんなん言えへんようにしたるからなぁ。

さやか:梢、ちゃん、

―梢は勢いよく自転車に跨がり、

梢:まずは手始めにっ。

梢:野良ネコ放置の刑っ!

さやか:な、にっ?

梢:(ペダルに足をかけつつ)道はさっき言うたで、お風呂まで一人で()ぃっ!

梢:「きしの湯」ていうトコっ!

さやか:えっ、……っ、

―勢いよく漕ぎ出す。グングンと距離が開き。

梢:あっとでなァーーーーーーーっ。

さやか:……まっ、

さやか:待ってっ。

―急ぎ自転車に跨がり、漕ぎ出す。

梢:おぉっ! 追いついてみぃーーーーーーっ!

さやか:風寒いーーーーーーーっ!

梢:あははははははっ。

―やがて追い付き、並走。

―山は暗み、風は冷たく。

―家々の窓にはまばらに、光。

―【終】

景の二に、つづく。

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