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15 最終話

 

 ホーム上は人の姿がまばらだった。必然的に先頭に並ばざるを得ない。智也と義兄の姿が見えないとはいえ、嫌な感じだ。それにしても、どこかに必ず義兄が潜んでいるはず。無頼漢を雇ってまで私を排除しようとした男だ、そうそう簡単にあきらめるはずがない。私は警戒心を解くのを忘れなかった。

「ベンチへ座ろう」

 安全を期した。念には念を入れないと、防げるものも防げなくなってしまう。まして運命は必ず試練を与えにくる。それもきっと今夜、確信していた。

 五分後。そんな私たちに届くよう、電車のアナウンスが流れてきた。「まもなく一番線に最終電車が参ります。危険ですので白線の内側までお下がりください」

「行こうか」

 周囲を見渡し、私と友里は立ち上がった。同時に、できる限り人の後ろへ並ぼうと思った。最低限、先頭だけは避けたいため、空白の列とサラリーマンが並ぶ列は除外した。後ろ姿だけではスーツ姿の義兄に気がつかない場合だってある。

  

 ラフなファッションの女性と、マスクをした革ジャン男の後ろを選んで並んだ。一瞬、智也かと思ったが、痩身の智也とは似ても似つかぬ体型、躊躇せずに後ろへ付いた。万一、義兄が現れても四人一緒になぎ倒せないだろう。

 ホームの外れに電車のライトが見えた。とたん人の流れが活発になる。あちこちから靴音が乱れ飛んできた。私は友里を庇うようにして肩を抱いた。もし、とつぜん後ろから義兄に突き飛ばされたら逆効果かもしれなかったけど、ともかくそうすることが最善の策だと思った。

 と、不意に階段の辺りがざわめき立った。

 智也が歩いてきた。しかも足をよろよろさせて。見ると白いオープンシャツが血に染まっていた。それも心臓部分から血を滲ませて。

 どういうことだ?

 まさか義兄に返り討ちをされたとでもいうのか。巡らす思考を錯綜させていると、電車がホームの外れに進入してきた。

  

 智也を見過ごせない。すぐにでも応急処置をして救急車を呼ばなくては危険だ。私は友里の肩から手を離した。

 そのときだった。智也が私を捜し当て、声を張り上げた。

「太一! そのマスク男に気をつけろ。革ジャンを着た、そいつが義兄だ!」

「えっ?」

 驚く暇もなかった。それほど唐突で前触れもない叫び。しかし振り向いて友里を引き寄せようと思ったら、隣にいるはずの友里がいなかった。

 智也に気を取られた一瞬の隙だった。義兄が友里の手を引っ張ってホームへ飛び降りたのだ。ともに打ち所が悪かったのか、二人はレールの上で動かなくなっていた。

 周囲から悲鳴が上がる。続々と人が集まってくる。電車との距離は五十メートルぐらいだった。

 ――何てことだ。悲惨な映像が生々しく蘇ってくる。

 怖い。しかし私の取るべき手立ては一つしか残っていない。躊躇している暇はなかった。

 自分でも訳のわからない言葉を叫び、続けざまに飛び降りた。すでに電車は四十メートルの距離に迫っていた。警笛が耳をつんざく。乗客らの悲鳴が掻き消された。

 私は迫る電車を横目で睨み、義兄の上に重なる友里を渾身の力で引っ張った。ホーム下の空間へ押し込んだ。そのとき電車との距離は二十メートルほど。しかし安堵するわけにはいかない。

 義兄はどうするのだ、放置するのか、目の前で轢かれるのを見とどけるのか。

 できやしない! 

 二度と、そんな辛い思いはしたくない。智也を殺し、さらには友里を殺そうとした卑劣漢であろうともだ。

 気がつくと義兄の服を引っ張っていた。同時に、智也の言う時間のずれも知覚した。なぜなら、すべての動きがスローモーに感じられるからだ。

 音が消え、電車が緩やかに近づいてくる。ホーム上の人の動きも時がとまったかのように緩慢になっている。意識を取り戻した友里の涙がスローで再生したかに頬を伝う。そればかりか革ジャンを着ていたはずの義兄の服が徐々に濃紺のスーツへ変わっていく。

 もしや――これは三年前の世界なのか? そして智也の奥の手なのか?

 しかし意識のない人間の身体は重い。引っ張っても、引っ張っても、引きずり込めなかった。

 もう、どうにもなれ! 私は引くのではなく、無謀にもレールの上に座り両足で義兄を押した。信じ難いほどの力を込めて。

 すると義兄が砕石の上を転がった。その瞬間、身体の側面に強い衝撃を感じた。

       

 静寂の中、悔いだらけの思考が消えていく。

 なら私は死んだのだろう。でもこれで、ようやく砂漠の都会に別れを告げられる。少年の頃のように湖を見て過ごせる。だとすれば、この線路が故郷の湖に通じる川にも思えてくる。

 私は泣き咽ぶ友里に別れを告げると、ゆらゆら北を目指した。

 過ぎてしまえば一瞬、悔いなんて――蜻蛉みたいなものだったかもしれない。

 人生も。

 

 

       了


拙い作品を最後まで読んで頂きありがとうございます。

心から感謝します。

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