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 通りにエンジンがかけっ放しの車が停まっていた。一人が走って後部座席を開けた。二人が強引に押し込めようとする。それを私は両足を突っ張ってさせない。

「車種もナンバーも、顔も覚えた。これで私を殺さない限り、君たちが刑務所にいくのは確実だぞ」

「何だと、この野郎!」

 一人が胸ぐらを掴んできた。低い声だ、この男がリーダーなのだろう。

「きさま、死にたいのか。だったら望み通りにしてやってもいいんだぜ」

「とうに死は覚悟している。けど、君らとの絡みで死ぬのは願い下げだ」

 私が間を置かずに言うと「こいつ、頭がおかしくねえか」と、さんざんっぱら私を殴った男が、閉口した感じで唾を吐いた。

 たぶん私はおかしいのだろう。口先だけとはいえ、三匹の狂犬を前に抵抗するなんて、いくら何でも正気の沙汰じゃない。以前の私なら到底考えられなかった。ただ私には目的がある。それに無意味に頭を下げて事態を回避することは、もう金輪際したくない。うんざりだった。悔いが増殖するだけで消化なんてできた試しがないのだ。

  

「依頼の内容がどこまでか知らないけど、これが君らの仕事だろ」

 私はリーダーへ向かって言った。

「それは、どうかな」男が口を歪ませる。「だが、そこまで理解してるのなら、大人しく車の中へ、お供してくれそうだ」

「気が進まない。狭い場所とショーは嫌いなんだ」

「だったら、その二つを好きにさせてあげるしかないだろうな」

 言葉が途切れるやいなや、腹を殴りつけてきた。威力のあるパンチだ。きっと私の嫌いな格闘技経験者なのかもしれない。一瞬にして意識が遠くなっていく。

「おい、乗せろ」

 と、かすかに低い声が聞こえる。抵抗しようとしたが頭が朦朧として力がまったく入らない。

 けれど、ここで連れ去られてしまえば、これまでの思いがすべて無になる。それどころか時間を横ぎってきた意味も消失してしまう。

  

 ぐったりしていると両脇から男たちに抱きかかえられた。空しさが押しよせる。友里を助けるなど、どだい無理だったのか。いや、そうじゃない。私は口で言い返しただけでまったく抵抗していなかった。そう気づくと、自由の利く足の踵で男の足を思いきり踏みつけた。

 男がよろけた。抱える手の力を抜いた。すかさず腕を引き抜き、渾身の拳を男の顔面に浴びせた。一発、二発と殴りつけた。しかし喧嘩慣れしていない私のパンチは、単に男の激情に火をつけただけのようだった。

「痒いぜ」口を歪ませ男が殴り返してくる。「こいつ、似合わない反抗すんじゃねえ!」

 倍返しどころか十数発殴られた。しょせん喧嘩もできない弱い人間。反抗も惨めさが増しただけだった。

「何だ、てめえ泣いてんのか。めそめそしやがって、情けねえ野郎だ」

 男が顔を覗き込んで嘲ると、横の男も一緒になって笑った。たぶん私は、悔しさのあまり泣いていたのだろう。

  

 もうこれまでかと観念したそのとき、突如リーダーらしき男が「ちょっと待て!」と声を軋らせた。それもトーンに微妙な震えを混じらせて。

 男たちが訝しげに振り返る。私を車へ押し込む動作を中断した。

 いったい何が起きたのか。顔を向ければ、智也がリーダーの首すじにナイフの切っ先を当てていた。とたん萎えていた心に生気が戻る。ときに乱暴な行為であったが、それがどれほど私を勇気づけてくれたことだろう。胸が熱くなった。

「僕の親友を、よくも痛めつけてくれたね。やめさせるんだ! そうじゃないと、ほんとうに刺すよ」

 わずかに力を入れたのか、切っ先から血が滴った。

「ふん。てめえみたいな、もやし野郎がそれ以上刺せるものか」一人が憤然と息巻く。「映画じゃねえんだ」

 すると智也は「ばかだね」と、せせら笑い、さらに切っ先に力を込めた。血が、さっきよりも激しく滴り落ちる。

「僕は人を殺したことがあるんだよ。そうして、また殺そうとしてここへ来た。だから一人ぐらい増えたところで、もうどうでもいいんだ」

「嘘をつくんじゃねえ」

「そう思うかい。だったら、君が目撃者になるんだね」

 智也がリーダーの髪を鷲づかみにした。頚動脈を狙ってナイフを当てた。その所作は淡々として、少しも躊躇いが感じられなかった。

「て、てめえ、何の真似だ」

「見ての通りだよ」

「刺せるのか……」

「意味が分からないな。決まりきったことを聞いて何になるのさ」

 智也が能面のような表情で切っ先に力を込める。血しぶきが出ないものの、へこみ、今にも血管が破裂しそうになっている。たぶんに刃の平面部分を強く押し当てているのだろうが、当事者たちにはそれだけで効果抜群だった。

「どうするよ?」

 男たちが顔を見合わせた。さっきまでの威勢は消え青ざめている。

「こいつ、まじで目がやばいぞ。狂ってるかもしれない」と、口々に訴えた。

「どうやらそうみたいだ」

 当のリーダーがいちばん感じたのだろう、悲愴に唇を噛んだ。

「わかった。言う通りにするから、ナイフを離してくれ」


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