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 うっすら雪化粧された夜七時。私はファミレスへ行きウインド越しに国道を凝視した。レストランの入口までは見えないけど、そこへ行くまでの人の流れは掌握できる。顔も、明るい外灯のおかげで辛うじて確認できた。

 けれど相手が智也の義兄だと確信しているのに、今さら確認したところで何の意味があるのだろう。それならいっそ、二人のいる店へ行ってすべてを暴露し、義兄の愚かな行為を叫弾したほうが得策なのではないのか。

 友里との約束もあるし判断に迷った。下手をすると犯行に拍車をかけてしまう可能性も高いからだ。しかし、こそこそするのはもう十分だ。私は席を立った。

 赤茶けた耐火煉瓦の壁と、緑と白と赤の国旗の下を通り抜けて、青銅色のドアノブを引いた。敷きつめられた赤い絨毯の上を三、四歩進んだところで、黒服の支配人から呼びとめられた。

「お客様、本日はクリスマス・イブということもありまして、すべて御予約席になっているのですが……」

「友人が来ている」

 鷹揚に答え、無視して進んだ。

「困ります」

 支配人が廻り込んで、さっと進路を塞ぐ。「当店は静かに食事を楽しむ場でございます。ショーを必要としておりません」

「ショー?」

 私は支配人の顔を正視した。年齢は四十代前半、ブラケット照明に照らされた目は穏やかだった。比べると、私とはあきらかな差があった。心のわだかまりが平常心を失わせている。

「まずは、その握り拳をとき、少し冷静になられてはいかがでしょうか」

 はっとして指の力を抜いた。それを見て、支配人は目に柔和な笑みを湛えた。

「お客様が、一人の女性と度々来店して頂いているのを承知しております」

「では、彼女が別の男と店内にいるのを知っていると思うが」

「ええ、商談とお聞きしております。ですので何度も申し上げますように、当店はショーを好みません」

「確かに――」

 私は肯きながらも、すばやく店内を見回し友里の姿を捜した。何か言いたげにする支配人を、小さく広げた手のひらで制止させ端から順ぐりに目を走らせた。

 と、奥まった席に友里らしき女性の後ろ姿を確認した。ついで向き合う形で男と目が合った。確かに品のいいサラリーマン。しかし私を見るや形相を一変させ俄かに下世話な顔になった。銀縁のフレームを光らせ、威嚇するかに下衆な目を向けてきた。

 なるほど。あの男の前へ行けば支配人が危惧するように、きっと激しいショーになるのは間違いなかった。正論だ。私は男から目を切った。

「一つ聞きたい。後日出直して、冷静になれば案内してもらえるのかな」

「喜んで。その際には、あのお連れ様の隣の席をご用意させていただきます」

  

 やむなく雪の中を歩いて、時間まで雪の当たらない場所を探して待つことにした。どこへ行こうかと迷っていたら、ふと猫のいた路地を思いだした。今もいるかなと思いつつ、この雪でひもじい思いをしていたら可哀想だとコンビニでキャットフードを買って路地へ向かった。

 いた、あのときの猫だ。私を見るとすり寄ってきた。頭を撫で、冷たくなった背中をさすった。そして手のひらにキャットフードを乗せ、食べさせた。

 むしゃぶりつく猫を見て、毛艶も悪くないし若返っていると驚き、そうかここは三年前なのかと今さらながら実感した。けれどあのとき、私が近づいただけで毛を逆立てたが、今は何の警戒もせずにすり寄ってきた。ということはこれから人間に虐待されて不審に陥るのか。そう考えるとどうしてか切なくなる。

  

 感傷に浸りながら一時間ぐらい猫と過ごしていたら、突然ストリート系の若者三人に絡まれた。

「てめえ、なに野良猫に餌をやってんだ!」

 と、まるで保健所の職員みたいな言いがかりをつけてきた。相手にするのも嫌なので無視を決め込むと、いきなり襲いかかってきた。まず一人が背後に回り、素早い動きで私の首に腕を絡みつけてきた。それに気をとられて無防備になった腹へ、別の男が正面から蹴り上げてきた。

 まともに喰らった。

 口の中に苦ずっぱい胃液が突き上げてくる。どうにも立っていられず膝から雪の路面に両膝を落とした。しかし背後の男がそれで終わりにさせてくれない。

「まだ、寝るには早いぜ」と、ぐいぐい首を締め上げてくる。その状態のまま私を抱え起こした。

 窮地に猫が唸って威嚇する。

「うるせえぞ、野良猫!」と、別の男が蹴飛ばした。猫は雪の上を転がり逃げ出した。

 それが合図になったのか矢つぎばやに強烈な拳をもらった。胃ばかりでなく、脳が揺れるほどの衝撃を受けた。

「よし、車へ連れて行け」

 命令口調の低い声が耳に流れ込んでくる。その言葉はこれがショーの終わりではなく、暗にこれからが始まりだと私に告げていた。

「誰に、頼まれた」

「て、てめえ何を言ってんだ」

 抱える一人が狼狽を見せる。となれば思い当たるのは智也の義兄しかいない。

「報酬はいくらだ」

「妙な言い掛かりをつけんじゃねえぞ。てめえが、生意気だからだよ」

 男が狼狽を恥じるかのよう憎々しげに肘打ちを放ってきた。もろに耳の後ろに突き刺さった。私は不様に引きずられていく。


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