神様のグチ
一
神様。果てしなく遠い存在のようで、実は意外と身近なところにいるのかも知れない。
新聞記者ワタナベはその日、普段より早く帰路に着いていた。
普段は残業の日々だったが、その日は珍しく仕事が早く済んだのだ。
それだけではない。朝起きて顔を洗い髪を整え服を着て食卓に向かうと、ちょうど朝食が出来ていた。妻や子供と一緒にテレビの星座占いを見ていると、自分の星座(獅子座)が十二位中一位になっていた。そして、信号が一度も赤信号にならず、悠々と急行に乗れ、そして会社に入ってエレベーターの前に立つと待っていたかのようにドアが開いた。
まさに奇跡とも言えるような幸運が続いて、ワタナベは終始上機嫌であった。
「なんだか今日俺はツいている」
そんなことを考えながら夕方の住宅街の道を悠々と歩いていたのだった。
その時である。ワタナベの目にふと、古ぼけたポットが目に入った。交差点の角に設置されているコンクリートで周りを固められた、近隣住民用の集団ゴミ捨て場の中に立っていたのである。
普通の日なら見向きもしなかったであろう。しかし、今日のワタナベは違っていた。
「なんだろう、このポット・・・」
そう言って近寄り、ポット上面の大きめのボタンを押してみた。
すると、突然ポットの注ぎ口から大量の白煙が噴き出し、押した張本人であるワタナベを思わず大きくのけぞらせてしりもちをつかせるほど驚かせた。
そしてしばらくすると、そのポットの中の白煙が徐々に形になっていき、人間大の大きさになった。
ワタナベがそれを眺めていくうちに、徐々に輪郭がはっきりし出し、そして、そこに杖を持った背の高い老人が姿を現した。
髪は白髪で長髪、口髭も白くて長く、20cmはあろうかというものだった。服もゆったりしていて白く、裸足で、そして皮膚は皺に包まれていた。そう、いわゆる『仙人』を連想させるに十分なほどの格好であった。
二
声も出ず、ただただワタナベがそれを眺めていると、その老人がしゃがれているが明朗な声で喋りだした。
「・・・おい、そこの人間」
「・・・は、はあ」
まるで自分が人などではない、といいたげな口調だったが、腰を抜かしていたワタナベはただ、返事しかできなかった。
老人の話は続いた。
「わしは誰に見える?」
「・・・え?」
「だから、わしは誰に見えると言うとるのじゃ」
「誰って・・・」
どう考えてもただの老人ではないだろう。
「・・・『神様』・・・ですか?」
とりあえずそう答えると、老人は突然叫んできた。
「・・・そのとぉーり!」
その声に怯んでいると、老人、もとい『神様』の話は続いた。
「いやぁー、待っておったのじゃよ、あんたのような物分かりのいい人が」
「・・・はぁ」
「長年ポットに隠れておったのじゃが、わしが人間に会うことはめったに無いことじゃしな。なにせ皆ゴミと思って全く相手にせん。せいぜい子供や若者がが好奇心で押してみるぐらいじゃ」
「そりゃそうなのでは・・・」
「ところがあんたは大人にも関わらずポットのボタンを押してくれた。それだけで万々歳じゃ」
「まあ、押しました・・・」
「そこでじゃが、あんた」
「はあ」
ワタナベはその時、願い事の催促かなあ、と思っていた。・・・ところが、予想だにしない言葉が神様の口から開いた。
三
「ちょいとばかし、わしのグチを聞いてくれんじゃかのう」
「・・・え?」
「人間の世界に来て三百年ほどいるのじゃが、どうも話し相手がいなくてのう。つらかったのじゃ」
「・・・そうなんですか」
「おお!じゃあ、聞いてくださるのじゃな!?」
「まあ、話を聞くぐらいなら・・・」
こうして、神様のグチが始まった。
四
「・・・そもそもわしは、出会った人間に対して3つまで願いを叶えるつもりでいつも仕事しておる」
「『3つ』って・・・ベタですね・・・」
「まあそうじゃが、『1つや2つじゃ少ないかなあ、でも4つも5つもはちと多いかなあ』と若かりし日のわしが決めたんじゃから、むやみに変更できないじゃろ」
「はあ」
「それはさておきじゃ。社会全体を大きく変えるような騒々しい願いに対してはちと相手に考えさせよう・・・と当初は思っていたのじゃが、不思議とそんな願いが出たことはない」
「・・・そうなんですか」
「・・・そうなんじゃ!みんな、『宝くじの次の当選番号を知りたい』とか『綺麗になりたい』とか『○○に復讐したい』とか、とても小さい願い事しかせんのじゃ!楽で助かるじゃけれども、もうちっと働かせんかい!」
「・・・『楽で助かる』ならそれでいいじゃないですか・・・」
「それだけじゃない。さっきも聞いたじゃろうが、みんな自分のことじゃ。他人に対する優しい願いなんぞめったに聞かん。世は荒んどるのう、うう・・・」
「・・・確かに荒んでますね・・・」
神様が泣き止んだ後も、話は続いた。
「・・・後じゃ。実は、『宝くじの当選番号』ぐらいならまだ楽なんじゃが、『綺麗になりたい』とか『復讐したい』とかじゃと、また大変で困るのじゃ」
「・・・何がですか?」
「考えてもみい。『綺麗になりたい』と言っても、わしはそいつの顔をどうすればいいのじゃ?」
「・・・あ」
「そうじゃろ。もし万一、平安時代の『美人』の顔なんぞ思い浮かべて仕事しようものなら、喜ばれるどころか一生恨まれるかもしれないじゃろ。じゃから、面倒じゃけど、地味に検討して予想結果を提示して確認を取って・・・まるっきり人間がやる整形手術のようじゃ。・・・ま、わしは人間と違って絶対ミスらないじゃけどな」
「なるほど・・・じゃあ『復讐』の時も、いちいち確認を取らなきゃいけないんですね」
「その通りじゃ。あんたは物分かりがいいのう」
「・・・はあ」
そこまで言うなら、せめて名前で呼んで欲しいと一瞬思った、ワタナベであった。
五
「・・・そしてじゃ」
「・・・まだ何かあるんですか、『神様』」
「・・・そうじゃ。例えば、あんたが『福山雅治似の男前になりたい』と願ったとしよう」
「流石に30・・・愛すべき妻もいるのに、今更そんなこと願いませんよ?」
「あくまでも仮の話じゃ。もしそのまんま実行したら、次の日どうなる?」
「次の日ですか。起きて準備して会社へと向かい・・・あ、僕ってわかりますかね?」
「そうそこじゃ!安易にそれを実行したらどうなるか、よく考えもせずに願うヤツが多すぎる!」
「『ヤツ』って・・・ちょっとそれは言い過ぎなんじゃ・・・」
「黙れい!実際そうなんじゃから仕方ないじゃろ!『宝くじ』にしてもそうじゃ!『じゃああんたはそれで億万長者になったらどうするつもりじゃ』と聞いたら夢だけの『その後』を話しやがるし・・・まったく・・・」
「『神様』・・・ちょっと落ち着いてください・・・」
六
「えーと、後言うべきことは・・・」
「あるんですか・・・」
「えーと・・・あ、思い出した!あんたのことじゃ」
「・・・え?」
「そういえばわしのグチばかりで、あんたの願い聞くのすっかり忘れておったわ!」
「・・・あ、そう言えば!」
「・・・じゃあ、あんたの3つの願いを聞かせてもらおうかの」
「えっ・・・」
さて。僕は一体 何を願えばいいのか。
さっきの神様のグチを聞いたので、ヘタな願い事を言うと叱られそうな気がする。かと言って、こんなチャンス二度とない・・・。
そして僕は、長考に沈んだ。
決めた。
「神様」
「なんじゃ。決まったか?」
「はい。まず、1つめの願いです」
「ほう、言うてみよ」
「
無病息災五体満足。大した病気怪我も無く、死ぬまで家族と平穏に過ごせますように!
」
「・・・それが1つめの願いか」
「はい。自分は新聞記者は天職ではないかと思っていますし、『何もないことが幸せ』と思っていますから」
「うむ、・・・では!」
神様が杖を一振りすると、そこから白い光が放たれた。その光は、やがて僕を包み込み、そして・・・。
「はい、終わり」
「・・・え、もうですか?・・・5秒ぐらいしか経っていないような・・・」
「それでいいじゃろ?わしの仕事はスピード命じゃ」
「そうなんですか?まあいいですけど・・・」
「さて」
「え?」
「他の願いを言うてみい」
「・・・いや、今は言いません」
「・・・え?」
「とりあえずポットに戻ってくれませんか」
「・・・はあ」
そして、神様は再び白い煙となり、ポットの中へと入っていった。
全ての煙が入ったことを確認した後、僕はそのポットの取っ手を掴み、すたすたと歩き出した。
「これ!何をする!わしをどうするつもりじゃ!」
ポットの中で神様が叫ぶ。
「何って・・・次の願い事を掛けるためですよ?」
そう言って、僕は家へと歩き続けた。
残り2つは何に使う?
決まっている。
愛すべき妻と、そしてまだ見ぬ子供のためである。
・・・えー、毎度おなじみ短編です。最後までお読みくださりありがとうございます。『神様』の気持ちを想像しながら書きました。出来れば、感想を書いてくださると嬉しいです。
・・・神様、会いたいなあ。