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夢の寿命の限りまで  作者: 真神
第二部
44/50

07:アトロポスのベール_1


 訓練が訓練のまま終わるのなら、それに越したことはない。少なくとも、ハノーニアはそう思う。

 そう思いながら、本日の業務を終えたハノーニアは、今日も今日とて総統府敷地内の練兵場の一つを貸し切って、一人黙々と念力の訓練を行っていた。貸し切りの件については『総統命令』なんて大それたものが出ているので、何の問題もないどころか人払いのおまけまでついている。

 出入口を固める軍人は手練れなので、気配を消すのもお手の物。ハノーニアの集中を邪魔することもない。


(…そもそも、人の気配とかでいちいち集中できなくなっては意味なしというか。実戦では使い物にならないしなぁ)


 溜息を小さく吐きながら、ハノーニアは手旗信号よろしく両手を振り動かす。その手の動きに合わせて、大小さまざまな火器が宙を舞う。その様は、自分で思うのも何ではあるが――。


「――見事なものだな」

「デーメル教官」


 潜められた気配と足音は感じていたので驚きはしないが、内心と重なった男の言葉にハノーニアは目を見開いてしまう。

 向き直って敬礼すれば、直るよう合図されて、その合図をした手で軽く頭を叩かれた。


「そう軽々しく『薄明』を灯すな。狙われたいのか、お前は」

「も、申し訳ありません」


 訓練のお陰か、浮遊だけであれば『薄明』を灯していない状態でもこなせるようになってきた。が、動揺の現れらしかった。叩かれたところを摩りながら、ハノーニアは素直に頭を下げる。


「えっと…改めまして。お久しぶりです、デーメル教官」

「あぁ。元気にやっているようで安心した、と言いたいところだが。まったく、厄介事に巻き込まれおって」


 テオドール・デーメルは、ハノーニアが士官学校時代の教官の一人だ。卒業した後も今日に至るまで何かと縁があり、その都度世話を焼いてもらっている。

 腕を組んで顔をしかめるデーメルの姿は言うまでもなく迫力があり、変わってないなぁとハノーニアはしみじみ感じた。いわゆる『鬼教官』な彼ではあるが、情のある鬼であることは、ハノーニアを含めた同期生の中に伝わっている。

 さするのを終えたハノーニアは、ひとまず空中に静止させていた火器たちを自分の周りへと下ろした。


「…指先一つで思うがまま、か。恐れ入るな」

「は、いえ…まだまだです。ですが、ありがとうございます」


 筒先や切っ先を下にして背後に整列させた武器を目視で確認したハノーニアは、デーメルからの視線を感じて向き直る。


「教官?」

「…オイゲンが使っていたものは、これか」


 一つの小銃を指さした教官に、ハノーニアは首肯した。


「はい。そちらが、オイゲン伍長が生前使用しており、現在小官が受け継いだ小銃であります」

「オイゲンとは、長い付き合いだった」

「はい。伍長よりお聞きしたことがあります」


 返答の声も、デーメルを見つめ返す視線も。震えてはいないと、ハノーニアは思う。震えてはいけないとも、思う。軍服を着ている今は、特に。

 頷いたデーメルが、ゆっくりとした瞬きをひとつ挟んで言葉を続けた。


「そうか。…あいつ、何かおかしなことを吹き込んだりしなかったか?」

「おかしなこと…と、言いますと?」

「そうだな…。…例えば、いけ好かない上級生どもに殴りかかったとか、寮を抜け出した、とかな」


 デーメルがニヤリと笑って見せた。確か四十を超えている筈なのに、なんと言うか、その雰囲気はまさに。


(ちょい悪オヤジ…いやいやいや、ちょいでは済まない。絶対に済まない)


 頭を過った単語に、内心ハノーニアは必死で訂正を入れた。

 そんなハノーニアの心の内の慌ただしさはつゆ知らず。デーメルは笑みを浮かべたまま口を開く。


「突っ走るおれを止めるのに苦労した、とかなんとか。合間合間にぼやいていなかったか?」

「いいえ。いいえ、教官。伍長は、そんなことは言っていませんでした。

 その、伍長は…『そりゃあ反対だ。血気盛んに突っ走ったのはいっつもおれで、仲裁というとばっちりを受けてたのがお前だ』…と」


 ハノーニアは、オイゲンの遺品を目の前に呼んでから苦笑する。

 『宵の薄明』を灯した目で見つめたデーメルの顔には、もう笑みは浮かんでいない。


「………お前も、馬鹿正直に答えるな」

「申し訳ありません」


 デーメルが真剣な顔付きで零したその言葉が、果たして自分だけに向けられたものなのか、ハノーニアは分からない。


「……こんな風に、その遺品の元の持ち主の旧知だと騙って、お前に近づくものもいるだろう。今まで以上に気を付けろ。総統閣下の御気に入りとして、お前はもう名が知れている。

 お前の腕前は知っているつもりだ。そして今、その一端を改めて垣間見た。だが…お前は、女だ」

「…はい」


 男社会の軍で、こうも念を押されるとは。

 何とも言えない気分に、ハノーニアは歯を噛み締める。奇しくも、その表情は苦笑に似ていた。


「…ノイゼンヴェール」

「はい、ぅ?」


 伸ばされた手に「あっまたはたかれる?」と身構えたハノーニアだったが、それは杞憂に終わった。


「感謝する。

 ……お前で、よかった」


 ポンポンと頭を数回撫でられて、ハノーニアは目をぱちくりと瞬いた。

 自分より少しだけ上にあるデーメルの目を見て、もう一度、今度はゆっくりと瞬いた。


(…ずるいなあ…)


 デーメルの穏やかな青い目を見ながら、ハノーニアは内心でつい、そう詰ってしまった。

 勿論、恨まれたい訳ではない。嫌われたくもない。それでも、恨み辛みの影さえ見せずに進めるその強さが、苦しいほどに羨ましい。

 見様見真似で、ハノーニアも呑み込んでみる。やはりというか、喉の奥が詰まるように痛んだ。が、しかし我慢できないほどではなかった。


「――…今日は、もう終わるのか?」


 程なくして、デーメルの言葉でもって静寂は終わった。

 ハノーニアは頷いて、火器たちを操作しケースに収めていく。


「はい。そうしようと思います。命令とは言え、流石にこれ以上立ち番をしてもらうのも、心苦しいと言いますか…」

「お前もそろそろ命令することに慣れていけ。中尉だぞ」

「は、ははは。はい…」


 そんな会話をしながら片付けと点検を終えて、ハノーニアはデーメルと共に練兵場を後にした。

 警備にあたってくれていた軍人に挨拶をして別れたところで、デーメルから話を振られる。


「お前、この後何処かに寄るのか?」

「へ? あれ、小官、お話ししました、か?」


 デーメルの表情がグッと厳しくなったのを見て、ハノーニアは今自分が何か口走ったらしいと悟る。「やっべ」と口を吐いて出そうになるのを、唇を咄嗟に噛み締めることでなんとかかんとか防いだ。


「つい今しがたの、おれのありがたい助言を、忘れたのか? お前は鳥頭じゃあなかったと思っていたが、違うのか? アァ?」


 内心「こっうぇええ」と悲鳴をあげながら、ハノーニアはなんとか弁明する。鬼教官であるし怖いが、話を聞かない人ではないことを知っているからだ。


「よ、寄るところがあります! お、お世話になった教会へ!」

「こんな遅くに、一人で、か?」

「ご、ごもっともです。ですが、ええ、はい。

 先方からお声かけいただいておりまして。閣下やシジルゼート少将にも報告し、相談の上、その…護衛(副官)を、伴うことで許可を頂いております。

 その…良くしていただいたシスターの方が、最近臥せっていまして…。そのお見舞いに」

「…よく、ないのか」

「……はい。もうご高齢ですから、えぇ。長くは、ないのかもしれません」


 病気ではない。この時代、年齢を考えれば大往生と言ってもいいだろう。そこまで考えて、ハノーニアは「いやいや」と小さく頭を振る。


(女性に年齢はご法度。それに、まだ…まだ、生きてるんだから…)

「どうした?」

「いいえ、なんでもありません。…あ、シュッツエ准尉。…と、アルドリックさん?」


 庁舎を揃って出たところで、副官であるシュッツエが走ってくる。その後に、幾らか遅れて、もう一人が息を乱して駆けてきた。

 彼――アルドリックは教会の使いであり、ハノーニアとも面識がある男性だった。


「中尉!」

「あ、あぁノイゼンヴェール! 中尉どの!

 シスターが、シスター・ゲルトルーディス様が…どうか、どうかおはやく!

 ッ、ハノン…お願いだ、来てくれ…」


 堪え切れずと言った風に、アルドリックがハノーニアの愛称を口にする。

 夜風が吹く。追い風のそれに背中を押されるようにして、ハノーニアは駆けだした。



(22/04/03)

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