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夢の寿命の限りまで  作者: 真神
第一部
29/50

トリックスターもつらいよ_2


「……またですか」

「はい。その点についてはお手数をおかけしていると重々承知しています。

 ですが、諦めることは出来ません」

「諦めるというよりは、もうしばらくお待ちください、とお願いしているのですが…ねぇ」


 ミノーレア行きの護送列車の旅は順調だ。襲撃は勿論ないし、野生であるなしに関わらず動物との接触事故もない。

 この王子様との会話イベントさえなければなぁ、とハノーニアは内心で苦々しく思いつつ、ウルリカ・ベルシュタイン大尉として微苦笑するにとどめて肩を竦める。

 今日も今日とて、巡回をすれば特別車両の扉前でティハルトと鉢合わせた。衛兵と場所を入れ替わったウルリカは、何回目いや何日目だっけと隠さずに溜息を零す。


「ミノーレアとの国境も近いですよ」

「しかし、国境を越えて我が国に入ったからと言って…お願いを聞いてくださるわけではないでしょう?

 此処は、この列車は…クレヅヒェルトのものです。いわば、走る国家とも言えなくはない。シュエンディル王弟殿下もご乗車なさっています今は、特に」

「確かに」


 ウルリカとほぼ同じくらいの高さにあるティハルトの常緑色の目が、柔らかく細められた。


「…本当に、似ていらっしゃる。貴官と、シュエンディル殿下は」

「恐れ多いお言葉です、殿下」


 突然何を言い出すんだと笑って返したウルリカに、ティハルトは微苦笑を浮かべた。


「昨日、お話しする機会を頂けまして…。…まぁ、やはりアルスとの面会は叶いませんでしたが…」

(そりゃそうだ)


 アルス・ゲシェンクに対しては、様々な検査調査が行われた。しかしそれでも、はっきりしたことは少なかったという。

 あんなに衝撃的で苛烈な対面を果たしたハノーニアも、その一環として、厳戒態勢の下で面会したこともあった。がしかし、夢うつつを行ったり来たりする少女が突然覚醒して襲い掛かってくるなんて事態にはならなかった。気を張って損した、とまではいかないが、ドッと疲れたことは記憶に残っている。

 シュエンディルは「切っ掛けがあるんだろうけれど、絞る材料が少ないかもね」と苦く笑っていた。

 なんにしろ、ひとまず幕を下ろすことにした。いくらクレヅヒェルトとはいえ、爆弾を抱えているのは得策ではない。ミノーレアであろうが他の大国であろうが、いたずらに刺激するべきではない。とはいえ、やられたままというのも癪であるという厄介な気持ちは誰にも彼にも、どの国にもあるもので。折衷案として、この護送列車だった。

 餌はアルス・ゲシェンク。そしてハノーニア――が扮するウルリカ。あとは、貴人枠としてシュエンディル。当初ティハルトの同行は予定になかったが、彼自身から「ぜひとも同行したい」という旨が伝えられ、組み込まれることになった。

 アルス・ゲシェンクが狙われれば、『バイカラー』――『宵の薄明』が目的の犯行として幾らか絞ることが出来る。

 ウルリカが狙われれば、一番面倒だ。ウルリカの設定として『シュエンディルの御気に入り』『懐刀』とあるが、『宵の薄明』とは明かしていない。つまり、襲撃犯の撃破から捕縛、ひいては裏切り者狩りまで手を広げなければならない事態にもなってくる。


(……あぁ、とっとと置いて帰りたい。閣下のところに…)


 アルス・ゲシェンク(ヒロイン)ティハルト(攻略対象)も。

 ついつい剣呑さが湧き上がる。落ち着くために、後ろ手に組んだ手でもって手首にはめる補助演算珠をそっと撫でた。


「…お言葉ですが、殿下。

 いくら似ていると感じられましても、小官は小官です。シュエンディル殿下――ヴォルフォツェール大将ではございません。例え小官を篭絡できたとしても、あの御方までうまくいく…なんて、努々思われませんように」


 ハノーニアにはきっと吐けないだろう言葉も、不思議とウルリカの今はするりと口から出てくる。

 毒にも満たない棘に、しかして反応したのはやはりというかお供の騎士だ。

 一応先の騒動で懲りてはいるのか、佩いた剣に手をやることも無暗に口を開くことも我慢しているようだ。奥歯を噛み締めギッと此方を睨み付ける彼を横目に見つつ、美形の怒った顔は堪らなくおっかないなぁ!と引きつる顔をなんとか不敵な笑みに作り替えて対峙するウルリカに、同じくその彼の様子に気付いたティハルトが肩を竦めてみせた。


「ベルシュタイン大尉。あなたこそ。

 お願いですから、彼をからかわないでいただきたい。彼には心に決めた相手もいますので」

「王子!」

「…あっははははは! バレていましたか。いやね、可愛くってつい。

 あぁちなみに、小官にも心に決めた御方はおりますので。ご心配なく」

「それは良かった」


 あははは。うふふふ。なんて、ウルリカと王子が朗らかに笑い合う片隅で、護衛の騎士が「か、かわいい…」と見るからにどんより――を通り越して失意のどん底のように俯いていたことは、周囲を固めるクレヅヒェルト軍人たちがしっかりと目撃していた。


 * * *


 ――そんなイベントをこなしたからか。王子との親交はゆるゆると結ばれていき、結局ミノーレアに到着するその日まで主な話し相手になる羽目になった。


「あぁ…何事もなくて良かったです」

「そうだねぇ。まぁ、襲撃はないに越したことはないけれど、収穫は何かしらしたかったなぁ…。

 そう上手くいかないか」


 シュエンディルと向かい合い、会話の隙間に見る車窓からの風景――ミノーレアは、まさに風光明媚の一言に尽きた。放牧地帯はのどかで、穀倉地帯は風が通るたびに天鵞絨のように煌く。


「いっそ観光していくかい? ウルリカ」


 一瞬でも目を――意識を奪われていたのを見られたことが恥ずかしくて、彼女は素直に謝罪した。


「申し訳ございません、大将。

 いいえ。お気遣いいただきありがとうございます。ですが…早く帰りたく思います」

「あぁ…やっぱり相手がぼくじゃだめかぁ。残念」

「ンン、そういう事でありません」


 シュエンディルは「そう? 君が言うなら、そうしておこう」と笑ってから、頬杖をついた。


「……火中の栗、拾いましょうか?」

「んん~。魅力的だけれど、それしてもらったらぼくが確実に火炙りの刑だね。きっとトゥエルリッヒが直々に火を付けてくれるだろうよ」


 けらけらと朗らかに笑うシュエンディルだが、内容は全くもって笑えない。「……軽率でした。大変申し訳ございません、大将」と深々と頭を下げる。


「いいよいいよ。

 今回は牽制の意味も強いからね。見てるぞ、聞いてるぞって。

 大陸中がきな臭いったらありゃしないもの。何処が狙ってきたっておかしくない。っていっても、『バイカラー』――『薄明』が狙われてるのは、大昔からそうだけどね」

「……『宵の薄明』は、やはり少ないのですか。それこそ、大昔から」


 ウルリカ――ハノーニアは、そっと自分の目元に触れる。指の隙間から、じっとこちらを見つめるシュエンディルの紫の瞳と視線が結ばれた。


「そうだね。『バイカラー』、『明の薄明』、そして『宵の薄明』の順で少ないね。あくまでも、表に出て来ている分は…だけれど。

 未だに理由ははっきり分かっていない。ただ…原因は幾つか、ね。

 その中でも大きいのは、やっぱり人為的なものだろう。日の光の沈む時、夜の始まり…不吉だなんだと言って、寄ってたかって…。…やだねぇ、人間って」


 シュエンディルの口元に軽薄な笑みが浮かんだ。低い笑い声がいくつも部屋に零れ落ちる。


「そう言ってた口で、今度は崇めたてるんだもの。欲しい寄越せとせびるんだもの。

 …あぁ、 誰がやるかよ 」


 形の良い唇から、激情が声となってボタリと滴った。

 瞬きをして、呼吸を続けて、彼が刹那の過去視から戻るのを待つ。


「………ごめんね、みっともないところ見せて」

「…いいえ。

 貴方様は、いつも素敵ですよ。変わらず、素敵です」

「……ふふ。トゥエルリッヒよりも?」

「……うーん、そこは、お答え出来かねます」

「おやまぁ残念、無念」


 なんてね。そう笑みを零したシュエンディルに、同じく笑って見せた。

 車窓からの風景は、いつの間にか整備された街並みが広がりつつある。とは言え、乗客と運行の理由が理由だけに、首都へ直に乗り入れるわけにもいかない。終着地点として、クレヅヒェルトとの国境線からほど近い都市が選ばれたのは、やはりというかなんというか。とは言え、其処にミノーレア国軍の司令部の一つもあるのだから。郷に入っては郷に従え。とっとと置いて帰ろうではないか。


(あとはそっちでよろしくやってください)


 やっと折り返し地点に着きそうだと、溜息と共に補助演算珠に触れる。


「ふふふ、癖になっちゃったね。それ」

「え、あっ…」


 シュエンディルに微笑まれて、ハッとする。半ば無意識だったことに恥ずかしいというかなんというか。にわかに熱を持つ頬が辛くて、ウルリカは失礼と分かりつつ視線を外した。

 向かいに座るシュエンディルの笑い声が一層柔らかくなる。


「いいんじゃないかな。他にもトゥエルリッヒから貰ったものはあるんだろうけれど、表に出てるものはそれくらいだろう?

 ちゃんと設定…大怪我で、日常生活には困らない程度の後遺症が残って、その補助のためっていうのもあるんだし。しっかり魔力を巡らせておいても、なんの問題もないさ」

「は、はぁ…。…そう、です、ね…」

「トゥエルリッヒにも伝わるといいね」

「んぅッ」


 さらりと付け加えられた言葉に、クレヅヒェルトの軍服に包み隠された胸の奥が跳ねた気がした。


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