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夢の寿命の限りまで  作者: 真神
第一部
17/50

パンドラだーれだ_2


 後ろ手に手を拘束する金属の手錠が冷たい。


「…面をあげよ、ノイゼンヴェール」


 かけられる声が遠い。

 許しを得て見上げれば、思った通り、壇上の玉座に座る男は真っすぐに此方を見下ろしている。遠く高い――まるで、その秋空色の目のようだ。


「貴様には、軍の内紛を扇動した疑いがかかっている。有難くも、閣下は貴様に申し開きの機会を与えてくださった。

 発言を許可する。真実を述べよ、ノイゼンヴェール」


 緑青の目を細めながら言い放った男に、わらう。

 わらって、高い天井を仰ぎ、ゆっくりと玉座の男へ視線を戻した。


「――閣下。閣下。

 嗚呼、閣下。お慕いして、おりました」


 周囲がざわめき立つ。

 緑青の目を見開いた男が口を開こうとしたが、それよりも早く、玉座の男が頷いた。


「…嗚呼、知っていた。

 わたしは、いまだ貴様を想っているぞ」

「……ああ、ああ……。

 さすがは、閣下。なんて…ああ、お上手ですこと」


 細められた秋空色の目が、まるで痛みを耐えるように見えた。それすらも、あぁ上手くなったなと感心する。もう十分だ。機は熟したのだろう。ならば、いかねばならない。だから、言わねばならない。


「…閣下」

「ああ」

「閣下。どうか。おしあわせに。

 おさらばです」




「――……。……」


 目を開けたハノーニアは、しかしここが夢の続きなのか現実なのか、判断がつかなかった。

 体の隅々まで、なんだか重い。熱がこもっているかのように、頭がぼぅっとする。唾を呑み込もうとして、乾ききっていた喉が痛みを訴えた。


「っ、ぇほッ」

「――…ハノーニア?」


 横から声をかけられて、反射的に顔を向ければ、見開らかれた秋空色の目と視線が合った。

 笑みと共に、言葉が零れ落ちる。


「あぁ……かっか…。…閣下、…、…生きて、いらっしゃったのですね…」

「……。…あぁ、生きているぞ。生きている…わたしも、お前も…」


 伸ばされた手で目元を覆うように撫でられて、ハノーニアはされるままに目を閉じる。唇が、心地よさに釣られて弧を描くのを感じた。


「ぅ、ふ……あった、かい…」

「そうか。…そうだな。生きて、いるからな」


 触れる指先、重ねられる手のひらから伝わる体温が、嬉しくて仕方なかった。思わず顔を擦り寄せれば、柔らかい笑い声がそっと降ってくる。


「……閣下。…夢を、見ました……。

 …あなたさまを、……裏切る…ような……、そんな、ゆめ…でした」

「…そうか。所詮夢だ。今こうして話したのだから、じき力も失う。現実にはならん」

「……ほんとうに?」

「あぁ、本当だとも」

「………では、いつかのむかし……例えば、生まれるまえに、あったこと……だったのでしょうか…」

「…何故、そう思う」

「なぜ…なぜ、でしょう…。……わたしが、それを夢にみるから…、でしょうか…。

 …夢路は、あの世に繋がっている、らしいので……」


 また口走ってしまった。ハノーニアは自嘲の笑みを漏らすしかなかった。


「……なんて。…たわむれが、過ぎました。

 もうしわけ、ありません、かっか。…お許しください、かっか…」

「わたしは、居たか」

「…閣下?」


 降ってくる声は、呆れてもいなければ怒っているようでもなかった。

 確認するような声音に、ハノーニアは頷いて答える。


「はい。いらっしゃいました。……遠く、壇上に…」

「…そうか…」


 いつもならもう消えてしまっている夢の光景は、今回は未だ頑固に居座っている。

 夢の中の自分は、よくもまあわらうことが出来たものだ。誰も彼もが遠い。手錠の冷たさが肌に刺さる。

 エルグニヴァルの手が離れる気配を感じて、ハノーニアは咄嗟に両手で掴んだ。

 息を呑んだ音が二人分、小さく響いた。


「――……も、もうしわけ、ありませ「はなすな」…か、っか」


 震えながら手をはなそうとしたハノーニアは、エルグニヴァルの言葉と重ねられたもう片方の手によって身動きをやめる。

 ほんの少しだけ躊躇って、ハノーニアは重ねられたエルグニヴァルの手を自分の額に導いた。


「……閣下。閣下、お願いがございます」

「…あぁ、なんだ」


 柔らかい声に、自然と目を瞑る。

 この世界は、生前遊んだゲームにただそっくりなだけだ。瓜二つなだけだ。

 でももし、ゲームの世界そのものだったら。世界の中心はヒロインだ。あの少女だ。例えどんな状態――バーサーカーのようになっていようとも。

 名前がある登場人物だってそうそう太刀打ちできない。それならば、名もなき自分なんて、火を見るよりも明らかだろう。


(……あぁ。あぁ…いやだ、…っ…)


 世界を呪ったところで、消えるのは自分の方だ。そもそも、端からいないのと同じなのだから。

 それでも、胸の奥が痛いくらいに締め付けられる。涙となって感情は溢れていく。この美しい秋空色の目から、消えたくないと願ってしまう。


「……閣下。閣下。

 嗚呼、閣下。お慕いして、おります。…ですから、ですからどうか……最期は、どうか、閣下の御手でもってお与えください」


 エルグニヴァルの手が震えた気がした。それでも、振り払われることはなかった。

 それをいいことに、ハノーニアは自分の首元へと持っていく。

 目を開ければ、零れ落ちそうなほど見開かれた秋空色の目と視線が合った。


「ミノーレアの士官学生と対峙し、感じました。明日は我が身かも知れない、と」

「…ハノーニア」

「『バイカラー』の…宵の薄明の噂も知っております。短命が多いこと、精神を患う者が多いこと…。

 ……拾い上げていただき、誠にありがとうございます。感謝しかございません。

 ですから…どうか、どうか……最期まで」


 沈黙が降りた。耳鳴りさえしそうな静けさを破ったのは、エルグニヴァルの声だった。


「……命が、ほしいのではない」


 ゆっくりと首を振るエルグニヴァルを、ハノーニアは見つめるしかない。


「…あぁ、確かに。はじめは命が欲しかった。それさえあれば、いいと思った。それ以外になにがあるのだと…。

 ……はは。それ以外にも、あったのだ。それ以上に欲しいものが、あるのだ。分かったのだ、ようやく、やっと。

 分かるか? ハノーニア。分からぬだろうハノーニア」


 明の薄明に変わっていくエルグニヴァルの目を、見上げる。

 怪物が笑った。


「お前の心だ。お前の心が、ほしいのだ」


 あっ――という間もなかった。添えられていた両手が目にもとまらぬ速さで肌を滑り、首筋を撫で、頭と背中にまわる。気が付けば、覆いかぶさるエルグニヴァルによって抱き締められていた。

 肉が押しつぶされて痺れる。骨が軋む。痛くて苦しいのに、これがずっと続けばいいと、ハノーニアは辛うじて保たれた気道でもってか細い息を吐いた。


「ああ、嗚呼。命だけでは駄目だ。命だけでは足りない。心も欲しい。心が欲しい。だがそれだけでも駄目だ。

 お前の心を紡ぐ口がいる。わたしの言葉を聞く耳がいる。わたしを見つめる両の目がいる。抱き締める腕がいる。…あぁ、そうだ。そうだとも、体もいる。

 つまるところ、お前のすべてがほしいのだ。……そうだと分かるまでに、あぁ…ながく費やしたがな…」


 耳に直接吹き込まれるこれは、おぞましい愛だろうか。それとも、甘い呪いだろうか。

 いよいよどこもかしこも痺れてきたハノーニアには、判断も区別もつかない。

 もしかすると、夢か現かさえ曖昧だ。下手に前世の記憶なんてものを思い出すから。生前の記憶なんて覚えているから。

 ここは今生であると同時に、死後の世界でもある。いつだってきっと、この世もあの世も地続きだ。


「……か、っか…」

「ああ」

「閣下も、いつかのむかしを…前世とやらを…夢に、見たり、なさるのですか?」


 喉の奥で笑う低い声が、触れ合う肌を伝わって響いてくる。


「あぁ、見るぞ。

 お前を手に入れ損ねた生を見た時などは…あぁ、最高の気分だ」


 グッと締め付けが増した。

 詰まる息に喘ぎながら、ハノーニアは思う。


(――あぁ。あぁ。ヒロイン(他人)にかまけてる場合じゃない。そんな暇なんてない。…なかったんだ)


 この世界にそっくりなゲームの名前は『薄明の輪廻』。

 ゲームでは、登場する薄明はヒロインと攻略対象ぐらいだ。だがしかし、此処では他にもいる。もしも、タイトルの通り『薄明が輪廻転生』しているとしたら?

 それはなんて――最高な地獄なのだろうか。


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