一
「おい、志人。仕事だ」
黒い長髪を無造作に束ねた男が、電話を切ってから言った。
志人、と呼ばれた栗色の髪の青年は、せんべいをくわえたまま、ゆっくりと振り向いた。
膝に黒猫を乗せている。
「またですかー」
間延びした声でそう言って、また首をもとの位置に戻した。
目の前の窓の外は、景色がいいとは言い難い。
青々とした稲が伸びていて、初夏の太陽がじりじりとアスファルトを熱している。
「なんかもー、圭亮さん、仕事熱心ですよねえ。暮葉に頼めばいいじゃないですか」
「あいつとかきは他の仕事だ」
「かきじゃ無いですよ、夏樹です」
「どっちでも同じだ」
「ふふ、圭さんは大雑把ですねえ」
志人は笑って立ち上がり、刀をもった。
猫が足に顔を擦りつける。
風が二人の髪をなびかせ、渦巻いて乱した。
圭亮が、ちろりと赤い舌をのぞかせた。
「行くぞ」
「ええ」
*
三、四人の男は覆面で顔を隠していた。
時代劇みたいだなあ、と志人はぼんやり思う。
自分が持っているのは日本刀なのだし…。と言っても、洋装では意味も無いか。
無言で、ゆっくりと銃を向ける男たちに、圭亮が溜息をつくのが聞こえた。
彼は狙いを定め、引き金を引いた。
志人も鯉口を切る。
ぽしゅぽしゅ、と炭酸の抜けたコーラのような音がした。
男たちの体に、弾丸が撃ち込まれた。
血が飛び散って、彼らの体が跳ねる。
地面に叩きつけられたとき、彼らはすでに絶命していた。
圭亮は、返り血を苦い顔で見つめた。
江戸時代ではあるまいし、名乗るまで待っているとでも思ったのだろうか。
あいにく、そんな武士道は持ち合わせていない。
「圭亮さん、はやいですねえ」
志人が軽い口調で言った。
返り血を擦っていた圭亮も、仕方なく微笑する。
「あれだけたいそうなこと言って、これだけですか?」
「そういうな、志人」
「でも、これじゃ移動時間の方が長いや。それに僕は要らなかったみたいですし」
「そうだな」
「じゃあ、これどうするんですか?」
「ほっとけよ」
「あーあ、可哀そうだなあ」
「うるせえ」
志人は死体に手を合わせてから、長い指笛を吹いた。
圭亮は嫌そうな顔で言った。
「またそれかよ」
「それとか言わないで下さい」
「時間かかんねえか?」
「僕、ちょっとぐらいストレス発散しないと」
「ストレスなんて言葉から一番遠い人間だろ、お前」
「失礼ですねえ」
「車は?」
「圭亮さんのってってくださいよ。僕は、」
言いかけたところで、栗毛の馬が走ってくるのが見えた。
徐々にスピードをおとし、志人の前で鼻を鳴らす。
「何時代だよ、まんま江戸じゃねえか。大名気取りかコノヤロー」
「僕の趣味です。圭亮さんとは違い、馬に乗れますから」
志人は馬に飛び乗り、涼しげな顔で笑った。
圭亮は不愉快だ、と呟く。
「それじゃ。早くしないと僕が先に着きますよ?」
「途中で落馬して、骨折れて帰ってくんな」
「そっちも事故しないようにして下さいね」
言って、馬首をめぐらせた。
コンクリートの道路を、軽快な音を響かせてかけていく。
馬の足を痛めるだろ、と思うけれど、関係ないのかもしれない。
圭亮は煙草をくわえ、車に乗り込んだ。