チューインガム化する創作
「よしっ! 出来た」
アパートの一室に、一人の漫画家がいる。
机の上には、パソコン一式と、そこから接続されたペンタブレットがある。その周囲には、作画資料やら栄養ドリンクの空き瓶やらが無秩序に積み重ねて置かれている。
漫画家は、ゴキゴキと凝り固まった関節を鳴らしつつ、ペンを置いて両手を組み、天井へ向かって腕を伸ばしつつ、胸を逸らした。画面を見れば、描画ソフトの制作風景が表示されており、十六ページ分の下描きを描き上げたばかりであることが見てとれる。
「さぁて、続きにかかりますかねぇ……」
漫画家が姿勢を戻してペンを手にしようとしたとき、スマホの通話アプリが着信を知らせた。
『おつかれさまです、先生』
「お世話になっております。進捗なら順調ですよ。たった今、ネームが仕上がったところで」
『あのぅ、大変申し上げにくいことなのですが』
「……何かトラブルでも?」
通夜の席のようなトーンで話を切り出してきた担当編集者に対し、漫画家は恐る恐る聞き返した。
『編集会議の結果、先生の連載打ち切りとレギュラー降板が決定しました』
「えっ、待ってください! ようやく大魔王が棲む根城がわかったばかりですよ?」
『エルフの弓使いの過去話あたりから、ハガキの数が目に見えて減っていることは、お伝えしましたよね?』
「えぇ。でも、アレは、その後で一度勇者たちを裏切る理由に繋がる伏線で」
『読者は、連載時点までの情報しか知り得ないんです。鬱展開が続けば、イヤになって物語から離れていきます』
「でも、平和を取り戻すパーティに参加する動機として、虐げられてきた過去がないと」
『お気持ちは共感できるのですが、私以外、満場一致だったのです。ご了承ください』
「そんなぁ」
『それと』
「まだ、何か?」
『今度の最終回は、新人賞作家を掲載する都合で、十六ページではなく八ページで収めてください』
「えーっ! 姫が捕らわれたままなのに、どうやってまとめれば?」
『そこは、適当に「勇者一行の冒険は、まだまだ続く!」って感じにして、結末は読者の想像に任せましょう』
「『こうして、はじまりの村に、平和が戻りましたとさ』としたかったのに。トホホ」
『まぁ、落ち込むのは、まだ早いですよ。これからまた、今の連載が始まる前みたいに、なるべく読み切りの仕事を先生に回すようにしますから。次に連載の機会が来るまで、構想を温めておいてください』
「ありがとう。でも、チャンスの女神は、前髪しか無いんだよ?」
『そうとは限りませんよ。とにかく、お願いしますね』
「……わかりました」
『では、失礼します』
通話を終えると、漫画家はスマホを置いてペンに持ち替えた。
「ごめんよ、勇者一行。君たちの活躍は、これからだったのに」
漫画家は、小さく謝罪の言葉を口にすると、ネームを上書き保存し、新しい原稿の作成に取り掛かった。
誰もが創作に携われるようになると、希少性が失われる。
希少性が失われると、価値が急落する。
大衆化すると、芸術性が希薄になる。
適当に噛んで味が無くなったら、ポイと捨てる。
口寂しさが無くなるなら、何味でも良い。
口に入れ、すぐ刺激が無いとハズレ扱いされる。
それが望ましいかは別として、時代の流れは、変えることは出来ても、元に戻すことは出来ない。