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銀の翼を天使と呼んだ  作者: 早藤 尚
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火神の廷にて②

「大っ嫌いって言われてもねぇ……」


 さしたる驚きや困惑もなく、東雲は呆れた面持ちで紫鳩を眺め遣る。


「だいたいお前は性格悪すぎ! どんだけ腹んなか真っ黒にすりゃ気がすむんだよ!?」

「あーじゃあ行けるとこまで」

「行くな! 止まっとけ!」


 紫鳩はまだ何か喚いていたが、東雲はどこ吹く風だ。

 ふと、東雲の感覚に馴染みの気配が触れ、それに誘われるように部屋の扉に視線をうつす。

 だかだかと、荒い足音が聞こえ始めた。

 とりあえず(あるじ)として、あの荒っぽさというか雑さ加減はどうにかならないものかと東雲はごく、ごくたまに思ってはいるが、面倒なので一度も指摘したことはない。そんなところも個性の一環と思えば上々だ。

 気がつけば紫鳩も気配を察したのか、喚くのをやめて主が現れるであろう扉を見ている。

 そして、両開きの扉が派手な音とともに開かれ、火神ユリウスが姿を現した。


「お帰りなさい、我が主」


 にこやかに迎えた東雲と目が合うと、ユリウスはぴたりと硬直した。そのまま半眼になって、


「……お前の笑顔がやけに爽やかだと何やら不吉だな……」

「おや、何の冗談ですか?」

「私は至って真面目だが……」

「ほらやっぱお前性悪なんだっあだ! あだだだ!」


 後ろで何か言っていた紫鳩の耳を力の限りつねりながらユリウスに尋ねる。


「それで? 首尾はいかがでした?」

「痛いっ! 離せ離せいだだだだっ!」


 火神はしばらくふたりの様子を見て、止めるかどうか悩んでいたが静観することに決めたようだ。


「首尾もなにも……。エリアーデ殿にはまたお会い出来なかった……」


 そう言って肩を落とすさまは酷く痛ましくはあるが、この主に限ってはわりとよく見られる姿ではある。

 東雲は特に慰めの言葉もかけず、状況把握に努めた。


「おや。出てくれなかったんですか?」

「ちょっ……! おまっ、ねじんないで痛い痛い!」

「いや……それが、メサティムヌ殿がいらしていてな。女同士の話に割って入るなと閉め出されてしまったよ」

「はあ。まぁそれもそうですね」

「いや、しかし! エリアーデ殿が傷ついておられるのは確かなのだ。なんとしてもあの小僧に贖罪はさせなければ……!」


 熱く闘志をたぎらせるユリウスを尻目に、東雲は思案げな表情を浮かべた。


「……傷ついて、ねえ……」


 本当にユリウスの思っている通りにことが運べばいいが。頭に浮かんだ説はなかなかに真実味がありそうだったが、それでは己の主の言と食い違う。火神の眷属なのだからここは主であるユリウスの言葉を信じるべきだろう。あと、何よりそちらの方が面白そうではあるし。

 東雲が思索に(ふけ)っていると当の火神が声をかけた。


「……ところで。東雲」

「はい?」

「そろそろ紫鳩を解放してやりなさい……」


 そう言って指差す先には、全身に鳥肌を立たせてぐったりと沈黙したまま、東雲に耳をつかまれている紫鳩の姿があった。彼の耳はいまや真っ赤に染まっている。ぱっと手を離すと、そのままがくりとうなだれた。


「触られただけで真っ赤になるなんて……紫鳩くんもしかして耳が弱」

「そんなわけあるかあぁぁぁっ!!」


 まるでばねのごとく起き上がった紫鳩に火神は告げる。


「紫鳩。そういうことだ。ゼロを捕まえるのが最優先だが、香姫を野放しはまずい。あいつは加減を知らないからな」

「すでに宿屋一軒全焼させてますが」

「……まじか」

「至ってまじです」


 東雲の台詞にユリウスは無言で頭を抱えた。


「……とりあえず、紫鳩。お前、香姫を止めてこい」

「ええー……」

「文句を言うな! 急いだ方がいいか。私が送ってやろう。準備はいいな?」

「まあ……」


 紫鳩が応えると、ユリウスは言葉を紡ぎ始める。火神の名のもとに発動される、炎の導きだ。


「なあ、火神さま。あいつ、強いんだろ? 少しくらい、やり合ったってかまわねぇよな」


 にっと、挑戦的な表情で訊く紫鳩の足元に、ひときわ鮮やかな炎があがる。

 ユリウスは苦笑いを浮かべ、


「お前は前からそう言っていたな。よろしい、許可しよう」

「サンキュッ」


 炎は瞬く間に紫鳩を飲み込み、音もなく弾けると、そこにはもう紫鳩の姿はなかった。


         *



 とたんに静けさを取り戻した部屋で、さきほどまで紫鳩(しばと)がいたあたりをなんとはなしに眺めながら、ぽつりと東雲(しののめ)が呟いた。


「……それにしても、どうしてこんなことになったんでしょうねえ」


 ちらりと横目でユリウスを窺う。

 その端正な顔は今、悩ましい憂いで満ち満ちている。朱夏(しゅか)神への懸念もあるだろうが、人間界へ送った使徒(しと)ふたりへの気がかりの方が勝っているだろうと東雲はみていた。

 ひとつため息をついて、おもむろに歩き出す主のあとを黙ってついていく。

 今までいた広間を出ると、そこに伸びるのは豪奢な造りの廊下だ。天井は高く、片側は中庭に面しているので据えつけられた窓は大きい。差し込む陽射しで廊下は一段と明るく感じた。

 火神の廷はむやみやたらと広い。

 今でこそ(あるじ)に使徒が四人いるからなんとか有効利用出来てはいるが――それでも部屋はだいぶ余っている――遥か昔、まだここがユリウスと東雲のふたりだけだった頃はそれはもう、宝の持ち腐れ以外の何物でもなかった。


(中庭だって、草は伸び放題の花は枯れ放題だったしなあ)


 あの頃に比べたら、見違えるほど整然と花が咲き誇る中庭を、東雲は眩しさに目を細めながら眺め遣った。

 中庭を抜けると、花のアーチが彩る渡り廊下が続く。そこを渡らずに越え、門をくぐり、敷地を出た先をまっすぐ進むと見えるのが朱夏宮(しゅかきゅう)――エリアーデが住まう場所、つまりゼロが仕える(あるじ)の宮だ。

 そして、我が主が懸想しているのもそのエリアーデである。


(まあ、ユリウス様の行動はむしろストーカーに近いものがあると思うけど)


 目の上に手で(ひさし)を作り、半ば呆れ調子でひとりごちる。


「……お前今私のことをけなしただろう」

「いいええ全然」


 疑い深く睨んでくるユリウスを、涼しい顔で受け流した。


「私は耳がいいんだ」

「地獄のように」

「ああ。……お前やっぱりさりげなく私をけなしてるだろう」

「なんのことだかさっぱりー」


 東雲はへらりと笑ってかわす。もう数百年こんな掛け合いを続けているが、この主はいつになっても反応が新鮮でまったく飽きない。


「今頃あちらでは女性同士のひそやかな話が花咲いてるんでしょうねぇ」


 いっそ爽やかとも思える笑みを浮かべ、窓の向こうへ視線を遣りながら東雲は言った。


「さらりと話題を変えるでない。まあ、確かに……、エリアーデ殿とメサティムヌ殿は昔からの知己であられるからな」


 渋々といった面持ちでユリウスは話に乗ってくる。

 火神は中庭に通じる扉を開けて、砂利で造られた遊歩道に足を踏み入れた。

 東雲もそれにならい、中庭に降り立つ。


「今回のことを発見したのも彼女だ」


 まばゆい日差しにしばしくらんでいると、離れた場所からユリウスの声が届いた。ひとつ頭を振って、道なりに歩みを進める。次第に見えてくるのはこぢんまりとした四阿(あずまや)。花壇に囲まれたその四阿で一足早く、ユリウスはベンチに腰かけていた。

 東雲もユリウスの向かいに腰を下ろす。


「朝、朱夏宮を訪ねたら現場を目撃したんでしたっけ?」

「そうだ。私もその場にいたがな」

「朝っぱらからストーキングとは、精が出ますね」

「断じて違うぞ。違うからな」


 木製のベンチに浅く座る東雲は、まるで寝そべるように背もたれに身体を預け、屋根代わりの花棚を見上げた。おおぶりの(あか)い花が風に揺れ、甘い芳香を振りまく。まるで怠惰を誘惑しているように。


「……お前は本当私に対しての敬意がないな。主の前でその姿勢はないだろう」

「見てくれだけの敬意なんて敬意じゃありませんよー」


 間延びした声で東雲は返した。

 ちら、と窺う視界に、こめかみをひくつかせる火神の姿を見てこっそり忍び笑う。きっと何故この男を使徒にしたのだろうなんて思っているに違いない。もちろん本気ではないであろうことも承知している。

 火神ユリウスとは、そういう人だ。

 やがてユリウスが事の発端を話し始めるまで、東雲は涼やかな風に踊る花々を眩しく見上げていた。


          *

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