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銀の翼を天使と呼んだ  作者: 早藤 尚
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火神の廷にて①

「あーあー」


 窓辺で気持ち良くうとうとと居眠りしていた紫鳩(しばと)は、突如響いた奇声に驚き目が覚めた。


(……しっ、心臓に悪ぃ~)


 どくどくと脈打つ胸を押さえ広間を見回し、犯人を探す。いや、あの低い声を聞けば誰なのかは判る。案の定、犯人とおぼしき人物はそこに居た。紫鳩のいる窓辺からはちょうど反対側、かたちばかりの暖炉の隣。黒い長身の影は探さなくても目に入る。


東雲(しののめ)てめぇキモチワルイ声出すんじゃねーよ」

「あー紫鳩くんおはよ。――ってか起きぬけざまにさらっと酷いこと言うね」


 我が火神に属する黒髪の青年は、大きな水瓶に似た器の縁に立て肘をつき、怠惰に背を丸めてこちらを見ていた。酷いことを言う、と責めるわりにその表情は面白がっているようだ。


「うるせ」

「あっち、すごいことになってるよ」

「あっち?」

「人間界」

「はあ?」


 こいこいと手招きされるままに歩みよると、手はそのまま水瓶を指差す。素直に覗きこんだ、その先に映っていたのは――、


「げっ。何してんだあいつ!」


 水瓶は普段、観察の用途に使われる。水面に映し出されるのは遠く離れた人々の様子だ。見ることが可能なのは人間界のみで、紫鳩はめったに使わないが、ユリウスや東雲が水面を眺めている光景はたまに目にしていた。

 今見せられているのはどことも知れぬ暗い町の情景だった。暗いのはきっと夜だからで、夜のわりに明るいのは、すぐそばで炎が燃えさかっているからだ。

 夜闇で判別しづらいが、ふたりの人物が対峙している。青灰色の髪の青年と、極彩色の衣装をまとった、見慣れた少女。


「あ、ほら、香姫(こうき)発見」


 ぱん、と手を叩き、東雲が嬉々とした口調で言うが、紫鳩は耳を貸さない。


「香姫のことじゃねーよ、なんであいつ翼出してんだよ!」

「……危機的状況回避?」

「わぁってるよそんなこと!」

「じゃ訊かないで」

「別にお前に訊いてねえだろが!」

「うわ、酷い」


 水面に映るゼロは、その背にまばゆい翼を広げて、腕に人間の少女を抱えていた。


「わあ人間だね。ばっちり見られてるね」

「あー? どこどこ」

「ほらここ。からかったら面白そうな反応返してくれそう」

「お前はそーいう目でしか人を見ねえのか」


 半ば呆れ顔で紫鳩がうめくと、東雲は芝居がかった口調でおおげさに肩をすくませた。


「心外だなー紫鳩くん。長年一緒にいるのにちっとも判ってくれなくて僕は悲しいよ」


 どこからかハンカチなぞ取り出して目頭に当ててはいるが、その目は悲嘆の色などかけらもない。むしろどちらかと言えば笑っている。


「だー! やめろ気持ち悪ぃ! だいたい、香姫だろ! 東雲と一番付き合い長いのはッ!」


 感情のままに言い切って、ぜえはあと荒い呼吸を繰り返す。

 そんな紫鳩を眺める東雲は、にっこりと爽やかな笑顔でこんな台詞を吐くのだ。


「あーそっかやきもち? 大丈夫、僕は平等に可愛がってるよ」

「て――めぇ今コロス絶対ぇコロス俺の滄牙(そうが)で串刺しにしてやるから今すぐ死にやがれ」


 地の底から響くような声音で青筋浮き立てた紫鳩を東雲はなんなくあしらう。


「やってもいいけど、紫鳩くん僕に勝てないじゃん」

「……」


 ぴた、と紫鳩は固まり、こころなしか肩をふるふる震わせてそれでも言葉を絞り出す。この台詞だけは、言ってやりたい。


「……俺は、お前が大ッ嫌いだ!」


            *

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