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銀の翼を天使と呼んだ  作者: 早藤 尚
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火の神のしもべ③

 アリスは扉を開けようとした。

 しかし、ゼロの声を聞いたとたん、少女が激昂した。


「出て来たか背徳者! この香姫が骨も残さず灰にしてやる……!」


 極彩色の衣がはためく。広げた両手に灯るのはまばゆい光。


「……ちょっ、」


 一瞬のことで呪文も唱えられず、アリスが床に膝をつくと同時に、少女は扉へ向けて右手をかざし、言葉を放つ。


真木柱(まきばしら)


 烈光が一直線に扉へ突き立った。


(――ゼロ……!)


 思わず耳を塞ぎたくなるような轟音を立て、扉は無残に亀裂を走らせ崩れ落ちる。

 破片に降られ、アリスの体のところどころに傷が生まれた。

 ゼロの姿は見えない。


「かわされたか……ならば!」

「また術を使う気なの!?」


 問うた言葉は耳に入らないらしく、少女は躊躇うことなく次の呪文を紡ぐ。


「花の宴」


 呼応するかのごとく出現したのは……無数の火球だ。


(――まさか!?)


「ちょっとあんた正気!?」


 こんな場所で火炎魔法を使うなんて!

 少女がその腕を一振り、瞬く間に火球は四方に飛ぶ。

 うねるような爆風がアリスを襲う。火は物凄い速度でこの部屋を舐め尽くそうとしていた。

 ――逃げなければ。


(ど、どうやって……!?)


 もはや完全に火の海だ。肌がちりちりと焼かれる痛みを感じつつ、アリスは必死に頭を巡らせた。どうしよう、どうすればいい?


「いつの間にかあの変な女はいなくなってるし! ああもうゼロはどこ行ったのよ、あんたのせいでこーなったんだからねー!」


 やつあたり気味に叫ぶが、もちろん返答はない。無駄に息を切らしただけだった。


「ゼロのばかぁーッ!!」


 熱さで目がくらむ。呪文を唱えようにも、思考回路がうまく回ってくれない。


(こんな……こんなとこで止まってられないのに……!)


 ――不意に、熱気が消える。冷涼な空気が、アリスの周りをとりまいた。


(な、何?)


「目を閉じろ」


 上から声が降ってくる。


「ゼロ?」


 思わず声のした方へ顔を上げるが、半ば強制的に、多分ゼロのものだろうてのひらで瞳を閉じられた。


「いいから閉じていろ」


 冷たい手の感触。


「……あの人とは違う……」

「何?」


 独白めいた呟きは、ゼロのもとまで届いてしまったらしい。アリスは慌てて否定する。


「ううん。なんでもない。それより、手どけてよ。おとなしくしてるから。助けてくれるのよね?」

「……ああ」


 彼には助けられてばかりだ。

 ゼロは少し躊躇いながらも手を離す。すると、体がいきなり宙に浮いた。

 いや、浮いたのではない。……抱き上げられている。


(こっ、これは……!)


 自然と体が硬くなる。


「落とすかもしれないからしっかりつかまってた方が、いい」

「ええっ!? 落とすって何!? 落とすって、あんた一体何すんの!?」

「……うるさいな」


 言い返したいことは多々あったが、とりあえず今は、おとなしくゼロにしがみつく。

 とたんに、今までとは異なる浮遊感に身を包まれた。不思議と、炎が荒れ狂う轟音は鳴りをひそめたようだ。

 かわりに、微かな羽音。

 だんだんと、周りの空気が夜特有のひんやりしたものに変わっていくのが判る。これは……外に出ている? なんらかの、浮術かなにかか。なんにせよ呪文なしでやってのけるとはどういうことだ。

 俄然好奇心が湧いてきたアリスは、少しだけ――ほんの、少しだけ、目を開いた。

 その頃には、確かな安定感がゼロを通して伝わってきていた。おそらく地面の上に降りたったのだろう。

 いや、そんなことよりも。


「目、開けるなって言ったのに……」

「ゼロ……あんた――何?」


 口をついて出た言葉は、驚くほどかすれていた。

 瞳に映るゼロは、燃えさかる炎の光に照らされて、まるで肖像画のようだった。淡く輝く青灰色の髪。濃い影の落ちる茶色の瞳。

 そして、背に生えた、一対の翼。

 薄闇に映える白いそれは、光を束ねたようにも、鳥の翼のようにも見えた。


 ――天使。


 しかし、天使なんて本当に存在するのか。あれは信仰上の存在ではないのか。


(……本当に、いたの?……)


「小娘! その場を離れろ!」


 驚いて見上げると、木の枝を足場に、さきほどの少女が立っている。


「あんたなんてことしてくれたのよ!」


 そう、怒鳴りたい気持ちは一瞬で吹っ飛んだ。――少女の、次の言葉によって。


「そいつは、自分の主に暴行を働いた男だぞ!」


 ……ゼロは、苦しげに目を逸らした。


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