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銀の翼を天使と呼んだ  作者: 早藤 尚
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人は誰しも守りたいものがある③

「そういえば」


 心の裡に湧き上がった思いへ今は蓋をして、火神使徒のその珍しい衣服へ目を向ける。

 ゼロの衣装も珍しいものではあったがこちらはさらに輪をかけて珍奇だ。身体にまとった布地も色鮮やかならかたち良く結ばれた帯もまた色鮮やか。大輪の花が咲き乱れる袖は香姫が動くたびひらひら揺れて美しい。何より、香姫によく似合っている。自分が着てもきっと不釣り合いなのだろうと考えてアリスは見るのを止めた。


「そういえば、香姫のところの神様ってどんな人なの? 火神、だっけ」


 火神と言うからには火にまつわる神様に違いない。そういえば香姫も火の呪文――天使の力を魔道士のそれと同じ呼称で呼んでいいものか判らないが、便宜上そう呼ぶことにしておく――が得意だったはず。


「どんな、とは?」

「え? っとー、性格、とか」


 答えると、香姫はいかにも複雑そうに顔をしかめた。言葉を選んでいるのか悩んでいるのか。やはり神だ、そう簡単には形容し難いのかもしれない。

 うーんとひとしきりうなり、香姫は至極真面目にこう告げる。


「暑苦しい」

「なにそれ」


 思わずもらした突っ込みも気にすることなく香姫はさらに眉をひそめ、


「あと、ストーカー」

「なにそれ!?」


 今度こそ突っ込まざるを得ない台詞を口にした。

 アリスの頭いっぱいに疑念が渦を巻くが詳細は問えない。問うてはいけない気がする。問うたら最後、何かが崩れそうで恐ろしい。


「でも」


 香姫が笑う。

 ほのかに、花開くように、温かく。


「好い人だ」


 アリスは火神に会ったことなどない。火神にまつわる知識を見たこともない。つい数日前まで存在すら知らなかったのだ。

 だから、アリスの火神に対する印象はほとんどないと言っていい。せいぜい、なんとなく偉いのだろうと思っている程度だ。

 それでも。


「そっか。大事なんだね」


 素直に、そう思えた。

 優しいとか、明るいだとか、そんなありふれた言葉よりずっと納得出来るものだった。


「て、いうか、さ。あたし、火神に仕えてる使徒は香姫しか知らないんだけど全部で何人いるの? 人間界にも、仲間が来てるんだよね?」

「我が火神使徒は全部で四人だ」

「ゼロのところもそう?」

朱夏(しゅか)神の使徒は今、ゼロだけだ。使徒の数はその神の自由だからな」

「へえ……」


 相槌を打ちつつ、アリスはゼロが仕える神の名を初めて聞いたことに軽く衝撃を覚えた。そんなことすら、自分は彼に聞いていなかったのか。


(朱夏神様、か)


 女性だ。

 直感で、そう悟った。

 そして。


『……誰かを殴ったその手で、触れたくないんだ』


 酷くせつない、ゼロの台詞が頭に蘇る。

 蹴り技しか使わない理由を尋ねたときの、答え。

 その、相手だ。

 きゅうう、と心臓が軋む。

 痛みから逃れるようにむりやり話を変えた。


「じゃあほかの火神使徒はどんな人達なの? 先輩、って言ってたけどやっぱ上下関係あるわけ?」

「うむ。そうだな、使徒をどう扱うかは神によって違いはあるが、我が火神使徒は使徒として迎え入れられた順に第一使徒、第二使徒と名乗っている」

「香姫は何番目?」

「私は第二使徒だ」


 偉いのだ、と言外に言われている気がする。


「我が火神眷属はどの神よりも使徒の数が多い。父様は賑やかなのが好きなのだ」

「父様?」

「尊敬と親愛の情を込めてそう呼んでいる」

「じゃあ香姫は二番目のお姉さんね」


 そう返したら香姫は一瞬きょとんとしたあと柔らかい眼差しになって、


「……そうか。私はお姉さんか。そうだな、きょうだい……とは、こういうものか。うん、シバトもサキハもまだまだ手がかかる弟妹みたいなものだ」

「ほら」

「え?」


 目を丸くした天使に言ってやる。その額を指で軽く弾いて、言葉とともに送り付ける。


「そんな家族みたいな人達がさ、見捨てるわけないじゃない。ね? あたしにだってわかるわよそれくらい」


 香姫はしばらく目をしばたたかせていたが、やがて納得いったように頷いた。


「――そうだな!」


 顔いっぱいに広がる屈託ない笑み、それが答えだ。


            *

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