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銀の翼を天使と呼んだ  作者: 早藤 尚
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黄昏の王と黒い夜④

「――はあっ!?」


 よりにもよってとんでもないことを訊いてきた。


「めかっ……! 何!?」

「妾。知らないのか? 金持ちや偉い権力者にはたいていいるんだって、東雲(しののめ)が言ってた」

「なにその間違った情報!」


 うろたえるアリスへ香姫は真面目に尋ねる。


「……間違い、なのか?」


 アリスはだいぶしどろもどろになりつつも、


「えっ。間違い、っていうか、そうじゃないかもしれないっていうか」

「だってほら、髪の色」

「髪?」


 香姫の指差す方向へ首をめぐらせる。そこには、ついさきほど王に話しかけていた貴族がいる。確か、名家の当主だとか言ったか。正直なところ、いちいち説明されても皆似たような面差しなので覚えづらい。目の色までは判別出来なかったが、金髪、または金に近い髪色の者ばかりだ。そういえば街中では金髪の住人はいなかったなと思い返す。


「みんな血縁なのだろ? 血の繋がった親子は似ると聞いた。顔とか、髪とか、肌とか。でもあいつだけ、」


 香姫の指が次に差したのは、王。その鮮やかな橙色の髪。


「金色じゃないじゃないか」


 それはそうなのだが。


「だからってそんな唐突に……。ていうか、髪の色くらい違ってていいんじゃないの? うちだってあたし黒髪だけどお姉ちゃん達は茶髪だし」

「でも、」


 納得する気配のない香姫にだいたい、と言葉をつぐ。


「金色と橙色なんて、そんな変わらないと思うわよ? まあ、目は惹くけど」


 穿ちすぎだ。もうこの話題を止めようと意思表示をすべく後ろの天使を振り返ったとき。思いもかけない方向から反応がきた。


「我が国の貴族は皆、王族の血縁であることは事実だ」


 眉間に寄せられた眉。芯にくる低い声。


「……そう、なの?」


 見上げた黒鷹隊の隊長は変わらずの渋面で、


「王族と婚姻を結んだ貴族は多い。それが何十年、何百年と続けばたいていの家は何らかの血縁になる。そもそも、直系でない王族が民間に下ったものが、現在貴族と呼ばれている家々だ」

「そっか……」


 そこで隊長はわずかに目を伏せた。


「王家の血族は代々金髪蒼眼だ。その血が濃いほど発現しやすいとも聞く。実際は、周囲を見れば解るだろう」

「……」


 つまりそれはどういうことなのだろうか。

 アリスは進行方向に向き直り、隊長が口にした台詞の意味を咀嚼する。


(その血が濃いほど?)


 聞こえていただろうに、いまだ無言を貫く夕焼け色。本当なら玉座に座ることもなかったかもしれないのか。


(いやいやいや!)


 頬をぱちんと叩く。


(流されてどうするのよ! あいつは平気で人を騙す最低な奴で、ゼロの敵であたしの敵なんだから!)


 王が直系だろうがそうでなかろうが、自分には関係のないことだ。今考えなければいけないことは、この窮地をいかに脱するかであって王の生い立ちなどでは決してない。

 打開策は全まったく思い浮かばないが諦めるわけにはいかないのだ。気持ちだけは、負けてはいけない。

 ――アリスは強く前を見据えた。

 幾度か階段を上り、いつしかすれ違う人影もだいぶまばらになって、閑散とでも言いたくなるような静けさに包まれた頃、ひときわ目を惹く豪奢な扉が一行の前に現れた。

 施された数々の装飾。凝った意匠。その何もかもが、まるで巨富を象徴しているかのよう。確かに城内はどこもかしこも豪華だったが、優雅さも兼ね備えていたそれまでとは違い、ここは明らかに異質だった。

 なんというか、質が悪い。

 城の中心からこんな離れた場所に、何のための部屋なのか。

 王は気怠げに一回、ノックをし、内側にいる誰かが扉を開けると同時に、なんとアリス達の首ねっこをつかんで放り投げた。


「うわっ!? わっ……わ?」


 あわや転倒するかと思い身構えた身体を迎えたのは、柔らかな感触と、それから、上質な布の肌触り。


「ソーニャ。客だ。ここから一歩も出すな。あとは適当にもてなしとけ」


 客人への扱いとはまったく思えない命令に、食ってかかろうと顔を上げたアリスの目に飛び込んできたものは。


「はい。かしこまりました、陛下」


 控えめに咲く微笑。慎ましやかな物腰。落ち着いた黒の侍女服のうえからかけられた真っ白いエプロンドレスが眩しい、可憐な女性だった。

 さきほどの柔らかな感触はどうやら胸だったらしい。彼女に抱きとめられる格好でよろけたようだ。

 ――軟禁。

 その二文字が頭をよぎる。

 何のために。

 それは、


「あ……あたしなんか捕まえたってゼロは助けにきたりしないんだから!」


 そう。

 元々ただの行きずりの関係だ。

 来るはずはない。


(来てくれる、はずもない)


「そうか。お前に人質の価値はないのか」

「……!」


 胸の奥がえぐられるような気がした。

 改めて突き付けられた、その事実があまりに痛くて。

 王の冷たい目よりも何よりも、それはアリスの心を容赦なく切りつける。


「お前が使えなくても、そっちは充分使えるだろう?」

「!?」


 まさか、王は香姫の正体に気付いているのだろうか?

 まずい。確か香姫はもうひとり仲間がいると言っていた。いや、例え仲間がいようがいまいが、香姫が天使だとばれた時点で王の目的は達せられているのかもしれない。

 しかし王は何をするでもなく、あっさりと背を向けた。


「じゃあな、ガキども」

「えっ! ちょっと、待って……!」


 慌てて手を伸ばしても王の姿はとうになく、アリスの耳に届いたのは鍵が閉まる音と、綺麗に響く踵の音が遠ざかる、たったそれだけ。

 物言わぬ扉を前に呆然と座り込むアリスへ女性は言う。


「お茶、飲みませんか?」


 敵意のなさそうな微笑みの向こうに、広がる澄んだ青天が見える。

 そこは、細い柱の間を硝子が天井まで隙間なく覆い尽くした、まるで鳥籠のような部屋だった。


              *

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