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銀の翼を天使と呼んだ  作者: 早藤 尚
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黄昏の王と黒い夜①

「じゃ、あとは頼んだよ、(さきは)


 こっくり、と檸檬色の髪が揺れる。

 その隣に心配そうな表情の火神。


「なにもお前まで行かなくても良いのではないか? 東雲(しののめ)


 引き留めた気に伸ばされる手に気づかないふりをして、東雲は涼やかに微笑んだ。


「別にゼロくん達を手助けに行くわけじゃありませんよ。彼らは彼らで頑張ってもらって、……まあ、僕は僕の用事があるのでちょっと行ってくるだけです」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ?」


 東雲は笑みを絶やさない。

 火神も観念したのか、渋々ながら頷いた。


「あまり大事にするんじゃないぞ」

「心配ありません。もう充分大事ですから」

「うっ」


 大袈裟にのけぞる火神を少し笑って、東雲は自身の銃を掲げてみせる。


「と、いうわけで。僕は自分を撃つ趣味はないので、ユリウス様が送ってください」

「お前もうちょっと言い方というものが」

「ユリウス様は僕の自傷行為が見たいんですか?」

「いやいや見たくはないがいやそうではなくてだな……」


 ユリウスは尚も頭を振り続けている。自慢の艶やかな黒髪は乱れっぱなしだ。その原因が誰にあるのか考えてはみるが、あくまで考えるだけである。


「ともかく、くれぐれも気をつけて」


 いくらか疲労感が増した相貌に、それでも真摯の色を瞳に浮かべ、火神は東雲の肩へ手を置く。それは労りの仕草でもあり、人間界に送る眷属への加護の仕草でもある。

 己が主はいささか過保護なんじゃないかと頭の片隅で思いつつ、


「ええ、それなりに」


 やんわりとその手を離した。火神は憮然としているがだからといって今さらどうこうという仲でもない。

 主の紡ぐ言葉を聴きながら東雲は、あの地に降りるのはいつぶりだろうと思いを馳せた。足元から立ち上る炎が視界を包み、全身が浮遊感に囚われるまで。

 暫時(ざんじ)

 ――遠い昔を、思い出していた。



         *



 何もしないでいる時間ほど、不安は広がりやすい。この先何が起こるか判らなければますますその根は伸び、心の奥深くを縛りつける。ぎっちりと。心が軋む音がする。


(落ち着いて。臆してたら何も変わらないんだから)


 言い聞かせれば言い聞かせるほど早鐘を打つ鼓動。

 かん、かん、かん。

 冷たい石畳が響くのは誰かが階段を下りてくるからだ。今度は人数が多い。

 今度は、


(どうなる――か、なんて)


 起きてみないと判らない。

 そもそもアリス達を城に呼んだのは相手の方だ。遣り口は別として。

 だから。

 下手に騒いだりせず、その真意を問い質すべきだ。それでいい。

 もしも話が通じない相手だったら――


(そのときこそ強行突破。でも――)


 肩が、手が、足が震える。アリスの胸に、老婦人や少年、街の人々の姿が浮かぶ。誰も彼も。


(笑ってた、っけ……)


 ――かん。

 仄暗い地下に硬い靴音は一層際立ち。

 夕焼けが、現れる。

 視界に波打つ鮮烈な橙。横着そうな身のこなし。


「……なんだ、普通のガキじゃねえか」


 燃え盛る夕陽を思わせる髪と、夜に似た暗い蒼瞳。黒地に銀糸の刺繍で彩られた上着の裾を優雅に翻し、艶っぽく開かれたシャツの胸元に踊るのは細いタイ。

 おそらく二十代半ば頃だろうその青年は、酷く無機質な眼差しでアリスを見下ろした。まるで品定めでもしているかのように。

 沈黙さえも凍えるかというほど冷たい視線に射抜かれて、アリスは知らず息を飲む。

 と、青年の目が後ろの香姫を捉えた。


「……で? どっちだ」


 さして面白くもなさそうに彼は自身の背後を振り返る。

 自然とアリスの注目もそちらに移って――。

 そこに影のごとく佇んでいたのは忘れもしない、撫でつけた藍鼠色の髪に漆黒の軍服、いかにも気難しそうに刻まれた眉間の皺――黒鷹隊の隊長その人だった。

 思わず目を剥くが声には出せない。何故今まで気付かなかったのかと己を悔やむばかりだ。

 しかし答えは明快である。

 アリスの全ての注意力、関心までも(さら)われてしまうほど、眼前に立つ青年のまとう雰囲気が圧倒的だったということ。


「私が会ったのはそちらの、髪が短い方の少女です」

「違う」

「……。ああ、失礼しました。イェンゼンの話では、どちらも、ということでしたね」


 隊長は束の間首を傾げたが、相手の言わんとしたことをすぐに察したようだ。

 イェンゼン、とはおそらくさきほどの枯木めいた男のことだろう。アリスはふたりの会話へ耳を傾けながらそう当たりをつける。

 それにしても、と橙色の髪の青年を見上げ、心中呟く。


(……誰?)


 とは言え黒鷹隊の、他ならぬ隊長が(かしず)いているのだ。解答の選択肢はそう多くない。

 黒鷹隊は国王の私設部隊。ならばこの、傍若無人を絵に描いたような青年は国王もしくはそれに連なる王族ということになりはしないか。


(王子、とか)


 代替わりした新王についての情報は未だ少ない。聞いたことはないが王子や王女がいたとしてもおかしくないだろう。人を小馬鹿にしたような振る舞いもだが、何より王にしては若すぎる。


(そっか。坊ちゃん育ちの王子様がわがまま言って黒鷹隊を使ってるわけね)


 それなら違和感なく納得出来る。アリスは胸中で深く頷きつつ、青年を見遣った。


「盗み聞きするとはたいした図太さだな、あいつも」


 呆れたと言わんばかりに肩を竦める青年は、どこか皮肉めいた物言いで自身のかたわらに視線を落とした。正確には、彼の周囲でゆらゆらと羽ばたく、紫色の蝶へと。


「今も聞かれております」

「知ってて言ってる」


 何が面白くないのか、隊長への返事はずいぶんと投げやりだ。その腹いせなのかと疑うほど、えらくぞんざいに青年はアリスへ向き直った。その手に鍵の束をきらめかせて。


「!?」


 解放。いやそんなことはない。では別の場所へ移動させられるのか――。

 身構えるアリスのことなど気にも留めず青年は入ってきた。――そう、牢のなかへ。

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