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銀の翼を天使と呼んだ  作者: 早藤 尚
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誰でもいいから俺の話を聞いてくれ③

 東雲の声を聞きながら、ゼロはやはり、と思った。

 揺らめきの向こうに居る王を、忘れぬようまぶたに焼き付ける。

 ――この青年が、自分を捕まえようとしている人物なのだ。


 予想より、ずいぶんと若い。人間界の常識はよく知らないが、あれくらいの若さで王の座につけるものなのだろうか。見た目だけならば、自分よりやや上である。体つきは、ゼロと同程度。だが姿勢が良いのか、内面からにじみ出るものか、すらりと一本芯が通っているふうに見受けられた。

 顔立ちはたぶん綺麗な部類に入るのだろう。だが怜悧な印象と、どこか暗く冷たい瞳がうっすら陰を漂わせていた。


 しかし、何より目を惹いたのはその髪、その色だ。

 赤毛でもなく、金髪でもない。

 例えるなら、燃える夕日の色。

 強く鮮やかな、光の色。

 ゼロが虚空の映像に見入っていると、火神が口を開いた。


「とは言え……東雲」

「はい、なんでしょう? ユリウス様」

「物騒なのは歓迎しかねるからな。慎重にことを運ぶべきだろう」


 愁眉を寄せる火神とは正反対に、東雲は笑んでいる。


「それは問題ないかと。少なくとも戦争なんておおごとには、ならないと思いますよ。もちろんこちらが、余計なところまでちょっかいかけなければの話ですが。彼と彼の護衛隊くらいならうまくおさまるんじゃないですか」


 さらりと言ってのける東雲に、その場の全員――いや、幸以外の全員が、ぽかんと口を開けた。気が付かなかったが、幸は再び東雲に寄り添っている。


(……その根拠は一体どこから?)


 きっと火神と紫鳩も同じ気持ちだろう、ふたりとも目を丸くして黒衣の使徒を見ていた。

 紫鳩にいたってはあからさまな不信感を隠そうともしていない。


「お前あやしい! なんか隠してんだろ!」


 まるで悪を指摘するかのごとく、紫鳩が東雲をびしっ、と指差す。


「何が? 失礼だなぁ、僕はなんにも隠してないよ?」

「じゃあなんでそんな自信たっぷりに言えんだよ!」

「やだなー、単なる()()()()()()()()に過ぎないのに」

「……知り合いなのか?」


 口をついて出た質問に、東雲と紫鳩が揃って視線をよこした。

 軽く既視感を覚える。ふたりの会話に入ると、どうも邪魔をしてしまったような気分におちいる。何故だろう。


「……おや。どうして?」


 心なしか一段と低い東雲の声音に、ゼロはいささか動揺しながら、


「……いや。ただ、本人を知っているような口ぶりだったから。勘違いなら、すまない」


 わずかに目を伏せた。


「へ――ぇ。そう? あいにく、全然知らないね」


 東雲の返答はまったくといっていいほど抑揚がなく、それがさらに疑心を募らせる。

 だが、おそらく訊くだけ無駄なのだろう。

 隣でため息をつく紫鳩を見遣り、ゼロはそう思った。

 代わりに、別の質問をする。


「アリスは……今どうしてる?」

「あー、そうそう」


 気の抜けた返事をして、東雲はゼロと紫鳩を交互に見た。


「ふたりは今、東ワールゲンにいるから」

「ふたり?」

「アリスっていう子と香姫。目下狙われ中だから、ちょっと助けてあげた方がいいと思うよ。そして紫鳩くんは香姫を連れて帰ってくる。――それでいいね?」


 狙われ中、との台詞にゼロは思わず目を瞠る。

 アリスはもともと東ワールゲンを目指していた。だから、あの国にいることはまだいい。

 だが、狙われているのはきっと相手方がゼロを見つけられていないからだ。だから関係のあるアリスが狙われる。

 もしかすると東ワールゲンにいる事実も、捕まるか何かしたからなのでは。

 そう考えると急激に血の気が引いた。


(いや、まだ)


 後ろ向きな考えは良くない。東雲は「狙われ中」だと言った。なら、まだその身は捕まっていないということだ。


(――助けに行こう)


 はっきりと、かたちある決意となって、それはゼロの目下最優先の指針となった。

 そんなゼロの隣では、紫鳩が東雲に詰め寄っていた。


「ちょ、香姫やばいのか!? まじで!?」

「だから紫鳩くんが助けに行くんでしょ? ちょっと落ち着いて」


 やんわり押し止める東雲に構わず、紫鳩は何故か顔を輝かせた。


「……行く! 今すぐ行く! 俺に任せろ!」

「行くのはいいがなぁ……どうする?」


 今にも飛び出して行かねない紫鳩の様子に、火神が困ったようにぼやいた。凛々しいはずの眉が垂れ下がっている。


「私の転送では眷属にしか効かないからなぁ」

「えっ、そーなの? 火神さま」


 すでに足踏みすら始めていた紫鳩が、火神の言を聞いてぴたりと止まった。

 雰囲気を察して、ゼロが呟く。


「ああ……俺は普通の道でも……」


 普通の道というのは、天界から人間界へ通じている、誰でも通れる道だ。榛の木に挟まれた小径で、かくいうゼロも、人間界へ行く際に使った方法である。

 正式名称はあるのだろうが、あいにくゼロは知らなかった。

 ゼロの台詞に東雲は肩をすくめ、


「それだと、また国境越えないといけないからねぇ。面倒くさいでしょう」

「じゃあ、どうするんだ?」


 尋ねると、黒衣の使徒はにんまり笑った。


「――裏技を見せてあげよう。ふたりとも、もっとくっついて」


 そして腰のホルスターから銃を引き抜く。


(――!?)


「危害は加えないから、気にしないで」


 東雲はそれはそれは爽やかに微笑んだ。

 ……物凄く場違いな発言に思えたのは、自分だけなのだろうか。

 ――いや、違う。

 もう何度めかは判らないが、紫鳩が自分の肩をぎゅうっ、とつかんでいる。


(痛い……)


 愉悦のこもった笑みを浮かべる東雲の後ろに、隠れるように幸が寄り添う。隠れきる前に、紫鳩を睨んでいたような気もするが。


「リンク、確立」


 細い、鈴の音のような声が耳に届いた。

 それは幸の声だったのだと思い至るより先に、東雲がじゃきっ、と銃を構えた。

 こちらに向かって。


「――!?」

「おま、何する気だこら!」

「だから、転送だよ」


 そう言って、東雲は銃の安全装置を外した。

 突き付けられた銃口に、淡く輝く火神の紋章があらわれる。それはどんどん輝きを増し、銃口に光を点す。どこまでもまばゆく、苛烈な光を。


「じゃあね、いってらっしゃい。健闘を祈ってるよ」


 言葉と同時に引かれる引き金。

 撃ち出される光の弾。


(ああ、これは……つまり――)


 ゼロは悟った。

 これは、つまり。

 来たときと真逆の方法で返されるのだ、と。

 ――風圧のような衝撃が、身体全体を襲った。

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